239.女の戦い? いえ、唯の誤解と思い込みです。
「あら、ジュシは貴女にまで、彼女の事を?」
「ええ、お義母様が、今、一番お気に入りの子だと、何度かその価値を話されてくださいました」
「そうね。
あの人、なんやかんやと美味しい所を持っていってしまうから、気に掛けているのは当然よね」
うん、なんだろう。
レティシア様の言葉の節々に、トゲみたいなものを感じる。
確かに家として私に価値があると思ったからこそ、私の後ろ盾になって下さっているのだろうし、お力を貸して戴いているので、言っている事は間違っていないため、トゲみたいな物を感じる必要はないのだけど。
考えすぎかもしれないけど、本気で何か彼女にやったかなぁ?
会うのは初めてだから、巡り巡ってと言う事になるんだろうけど。
ああ……、でも、関係ないかもしれないけど、こう言う公の場でお義母様と言うのはどうかと思う。
まだ彼女とヴィーは結婚していないので、ヴォルフィード夫人、またはジュシリィーナ様とか、せいぜいがヴィーのお母様と言うのが正しいと思うのだけど、誰も突っ込まない所を見ると、この場ではさしたる問題ではないと言う事かな?
「……ぁ」
そこまで考えてから、やっと彼女が私を気にしている理由が思い至る。
そして私がやっと気がついた事に、気がついたレティシア様の目が一層鋭くなるのだけど……、うん、それ、百パーセント誤解だから勘弁してほしい。
ほしいので……、
「ヴォルフィード夫人とは仕事の上で大変良くして戴いておりますし、御子息であられるルメザヴィア様とは、友人の一人として、仲良くさせていただいておりますので、話題に上がる事もあるのかと」
実際、ヴォルフィード家とは仕事だけの関係だし……、と言うかそれ以外は全力で回避するか、ジュリを使いとしてワンクッションを置くかをしている。
それでも避けられなさそうな時はヴァルト様やドルク様を巻き込ませて戴いているけど、最近は、宰相であられるジル様が付き合ってくださる事も……。
そして、ヴィーに関しては今更言うまでもない事。
なので、本日一緒に来てくださっている討伐騎士団のお姉様にヴィーの事に関して話を振ると。
「そうですね。
本日の私のように側付きとして護衛につく事もありますが、基本的にシンフェリア様は、仕事の上と、御友人としてのお付き合いのみをされています」
ぁぁ……なんだろうか?
間違っていないのに、何か間違った説明をされた様な気がする。
「そうですか、シンフェリア様は、ですか」
しかも、唯の友人だと説明されたにも関わらず、レティシア様の瞳の色が一層深くなった気が……。
とりあえず何か決定的な誤解をさてているようなので、誤解を解いてあげないと。
婚約者に誤解をされていたら、ヴィーだって面白くないでしょうからね。
「他にも、偶に模擬戦をしますけど、毎回冷や冷やものなんですよ。
私一人に、ルメザヴィア様とジッタガルド様の二人掛かりで私を攻め立ててくる訳ですから。
しかも此方は攻撃魔法禁止の他に色々制限有りなのに対して、二人は魔導具もありの本気装備で」
「えっ? …ぇ…と」
うん、どうやらこの辺りの話は聞いていなかったようで、戸惑っておられる。
そりゃあ普通は思いませんよね。
私みたいな子供相手に、成人した自分の婚約者が従者と共に二人掛かりで、武器を持って攻撃をするだなんて。
「ある意味、命を賭けた本気の付き合いとも取れますが」
お姉様……、何故に今その言葉を?
確かに模擬戦とはいえ、その危険がないとは言えないし、本気のどつきあいではありますけど。
「そうですか本気の付き合いですか」
「模擬戦、模擬戦の話ですっ!
それに、最初の頃は、それこそ鋼鉄の盾すら真っ二つにする魔導具の剣を使って攻撃してきていたんですよ」
「つまり最近はきちんと手加減を」
「いえ、私には効かないため、扱いやすさを重視にした結果で使わなくなっただけです。
あくまで、私を地面に叩きのめすための選択です」
うん、言っていて何か自分が悲しくなった。
友人が私を地面に叩き伏せるために、必死になっていると考えると、さすがに悲しくなるじゃないですか。
私がヴィー達に対してやっている事と同じではあるけど、それこそ、其れは其れ、此れは此れです。
「最近は、ルメザヴィア様達だけでなく、部隊全体を相手にする事もあって。
もはや完全に、魔物扱いされている気が」
冬の護衛騎士団との一件依頼、そう言う事も何故か時折頼まれてやる事になったので、嘘は言ってはいない。
「多くの盾を操って魔物に見立てた動きを再現してもらうだけで、シンフェリア様には離れた安全な場所で、部隊の鍛錬に付き合っていただいているだけです」
なので、速攻で実情をバラさないでもらいたい。
……討伐騎士団が誤解されそうなので口を出したと。
すみません、私の配慮が足りませんでした。
「と、とにかく、私はこのような粗野な人間ですので、お二人とは、男同士の友人のようにお付き合いさせて戴いているだけです。
もし、あらぬ誤解をされては、ルメザヴィア様もお悲しみになられるでしょうし、レティシア様のお気持ち一つで、ルメザヴィア様の御交友関係を狭まれてしまう恐れもあります」
よし、途中、何故か妙な誤解を深く招くような発言が飛び交ったけど、二人とは男女の仲ではないので、安心して口出しするなと、遠回しながら言い切った。
だと言うのに……。
「……これが本妻の余裕?」
全然、通じていない。
そもそも本妻になるのは貴女でしょうし、私、そこには何の関係もないからね。
あと、頼みますから、人の友情に亀裂を入れるのは止めてください。
「もう、レティばっかり話して、私にも話させて欲しいかな。
だってお兄様、前は格好良かっただけだけど、最近は色々な表情を見せるようになったから、その原因になったと言うシンフェリア様には、興味がありましたのよ」
「確かにあの子、最近は男前が上がったわよね」
「以前は少し配慮が足りなくて、空気の読めない所があったけれど、最近はそんな所も影を潜めたし、若い子達が色めいて噂していますものね」
「そうなんです。
お兄様、なんで今までモテないのかなぁと思っていましたのに、最近はお兄様のお話をする人も増えているんです。
時折、失敗してめげながら反省している姿が可愛いとか」
「そうね、もともとあの子は出来る子だったし、切っ掛けと自覚さえしたら其方の成長も早いだろうと思っていましたから、此処にいる以上は若い子達も視る目は持っているでしょうし、むしろ当然の評価かもね」
「流石は殿下と同じ血を引く方と、最近は思うようになりましたわ。
きっと、誰かさんのおかげですわね」
話しているのは私が知っている人なのだろうけど、少しも私の知っている誰かさんとは一致しないのは気のせいだろうか?
話しているのは、あの変態残念王子の話ですよね?
女子トイレの前で待ち伏せするだけでなく、中の音を聞き耳を立てる変態で。
尚且つ、その中での会話を平気でするデリカシーの無い残念さを持ち。
しかも、カフェなんて多くの人の目がある場で、人の恥部に関して大声でバラすどうしようもない馬鹿。
うん、話の続きを聞いていても全然一致しない。
いったい誰の話をしているのだろうか?
そんな訳で話を振られても、私としては乾いた笑みを浮かべるしかないありません。
訳も判らぬままに始まったお茶会も、時間的にも会話的にも終わりに差し掛かろうとした時、王妃様が、どこか静かだった瞳を感情が揺れる瞳に戻され。
「あの子に良い眼を与えて下さった事、お礼申し上げますわ。
しかも大変な失礼があったにも関わらず、もしもの時を考えて予備の物まで与えてくださって」
「いえ、陛下に御依頼された物ですし、お代も戴いております」
「それでもです。
何か困った事があれば、どうかお声掛けください。
私、此れでもそれなりに友人が多いので、お力になれると思いますわ」
それが、このお茶会の終了の合図だったのだろう。
これ以上は私に何も言わせないとばかりに王妃様が席を立ち、王太子妃様や王女様も続き、レティシア様も慌てて後に続かれる。
そんな四人を見送りながら、きっとこのお茶会は、陛下が私をあの四人と言うか三人に合わせるために、急遽仕組んだ事なのだろう。
今の後宮を代表する三人の女帝達。
その三人と個人的なお茶会をする仲だと、世に知らしめさせるために。
手作りのお菓子を、なんら疑う事もせずに口にする間柄だと思わせるために。
「……はぁ、本当、守られてばかりだな」
どっと疲れた強制参加の急遽なお茶会に深く溜め息を吐きながら、目の前のマカロンを口に一つだけ放り込む。
精神的疲労の回復には、糖分は必要ですからね。
それにしても、ずいぶん減っている気がするけど。
王妃様達、大丈夫かな?
それはそうと、お姉様もどうです?
……流石に今は無理と。
確かに任務中ですから、仕方ありませんよね。
……任務中とかではなく場所的に無理ですか。
では厨房に寄って、お土産分を戴いて行きましょう
「あの、お姉様、此処って、いつもの厨房ですよね?」
「ユゥーリィ様、後宮の厨房に残っている訳ないじゃないですか。
とっくに分配されているに決まっています」
それはそれで嬉しい話ではあるけど、お城の危機管理としてはどうかと思うんですが。
あと、此方の厨房に案内された理由は?
どすっ。
ごとっ。
ぼふっ。
何も説明されていないにも関わらず、調理人達の手によって、黙々と作業台の上に用意されるお菓子の材料の山。
つまり作れと?
それにしては、いつもより量が多い気が。
……最近、隠れ甘党男性隊員が隠さなくなった分と、妻子持ちが家族の分をと望む声が上がるようになってきたと。
あのう、絶対に厨房の皆さんが作った方が美味しく出来ると思いますよ。
いえ、見せるだけ見せられて、おあずけを喰らっているお姉様のために作りますけど。
「うんうん、ユゥーリィ様の、そう言う所が好きですわよ」
「無理に煽てなくても作りますから、でもハグなら喜んで」
しょうがない、昼間のケーキの他に、少しだけ日持ちのする焼き菓子として、グランドシャでも焼いてあげよう。
隊員の何人かに、小さな息子さんや、娘さんがいるって知っているから、その子達のためにもね。
さくっ、とした食感の後、ふわっ、と口の中で解けるように、口の中にいっぱい広がる小麦粉の香りと甘さに、顔の表情までもが解けるように喜ぶ姿を想像して。
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【リズドの街】
「ユゥーリィさん、どう言う宣伝をされたかは知りませんが、貴女がこの間出された本が、凄い事になっていますわ」
珍しく、先触れの使者が来てすぐに、と言いたくなるほど間を開けずに尋ねて来たラフェルさんに驚く私に、更に驚く事を告げられた。
どうやら、先の出した料理本の二冊だけでなく、その前の一冊も、写本待ちでパンク状態だとか。
小説の方と違って、此方の方はラフェルさんにも私が著者だと話してはあるので、ラフェルさんが知っていてもおかしくはないのだけど、……これでは、今、髪型の本が纏め終わった所だなんて、とても言える状態ではないよね。
だけど、もし此処で言わないと、きっと後で苦情が来るのだろうなぁと、思いつつ呆れ顔をされるのを覚悟でその事を伝えると。
顔を手で覆われて俯かれてしまいました。
「其方はそこ迄ではないでしょうけど、念のため、本の発行は半年ほど控えて頂戴」
「構いませんけど、あとその流れだと」
「写本に必要な魔導具を追加依頼に来ました。
出来た物順で良いですので、なるべく早く二百をお願いします」
一台、銀板貨五枚の仕事を二百台だから、白金貨の仕事か。
魔導具としての単価としては破格の金額設定ではあるけれど、私の作る魔導具は基本的には生活魔導具なので金額は軍用品に比べて控えめ。
まぁ売れる数が違うので、総合的にはかなりの利益になる。
「予備や修復用に取ってある在庫で三十はいけますけど、それ以上は流石に材料がないと」
「ええ、元々五十は予定していたので、近い内に届くと思うから、残りは届き次第でお願いする事になるわ。できれば……」
「空間移動はやりませんよ」
ラフェルさんの言いたい事は分かるけど、流石に仕事の上で大量に物資を運ぶのは色々とまずい。
コッフェルさんの時にやっておいてなんだけど、あれは侯爵家であるドルク様や元王宮魔導師であるコッフェルさんが背後にいたからこそ問題にならない話であって、例え知り合いでお世話になっている方であっても、物流を仕事にしている人達と事を荒げる様な真似は、なるべくならしたくない。
その辺りはラフェルさんも分かっているはずなので、おそらく駄目元で、受けてくれたらラッキーという気持ち程度だったのだろう。
私の先んじた言葉に、諦めた顔をしてくれる。
「ただ、先の本は贈答用に置いてあるのがありますので、そちらを回す事は出来ます」
嘘ではない、以前に書籍棟の件もあったので、今は贈答用に余分に刷ってあるのを手元に置いてあるし、先日、王都の魔物討伐騎士団が使っている厨房に贈ったのもそのうちの一つ。
残りは二十づつも無いけれど、それだけあれば、優先度の高い客に対しては言い訳もつくと思う。
「それだけあればなんとか、助かります。
お礼に、其方はそのまま売り上げを回す事にさせて戴くわ」
貴族としての付き合いがある以上、どうしても断れない客と言うのはあるだろうから、仕方ないだろうし、売り上げをそのまま渡すだなんて言う辺り、やはりよほど焦っていたのだろう。
とりあえず売り上げをそのまま渡すと言う話は丁寧に断って、通常通りの配分で構わないとお伝えし、その分、写本で忙しい人達に回してあげて欲しいとお願いしておく。
できれば、貧窮層でお仕事をしている人達にと。
こう言う時に一番割を喰うのは、エリシィーの様な真面目だけど低所得な人達だから。
例え、それが自己満足だと分かってはいても……。




