238.美味しいお茶会のお菓子ですよ。おかしいのはお菓子ではなく、この場です。
「まぁ、なんて可愛らしい」
デフォルメした牛の形にするため、台座のタルトの色と形には拘りましたけど、中身は唯のチーズケーキです。
「色鮮やかな宝石みたいですわ」
フルーツタルトですから、そんな物です。
味よりも見た目を左右するカッティングと、配置のバランスが命ですからね。
無論、それだけにベースとなるタルトと、中身のカスタードクリームの工程には、細心の注意を払っていますよ。
「此方も色鮮やかで可愛らしいですわね」
前世では定番のお菓子であるマカロンですけど、色鮮やかさがなければ、私的には飽きる味なので、偶に食べる分には良いのですけど、一応定番なので作ってみただけです。
「食べるのが可哀想なくらい可愛いですわよ」
ヒヨコを模したシュークリームです。
実は一番の自信作なので、生地がふやけ始める前に是非とも食べて戴きたいです。
この世界では、まだそれほどお菓子は発達していないため、見た事も聞いた事もないお菓子に、黄色い声と子供の様にはしゃぐ表情と視線に戸惑いながらも、なんでこうなってしまったのだろうと、思い返してみる。
だってね、此処って後宮ですよ。
しかも目の前には、王妃様、王太子妃様、王女様、そして王女様の御友人であられると同時にヴィーの婚約者であるレティシア様。
この錚々たるメンバーに囲まれている事自体、私にとっては不思議で仕方がない。
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【回想中】
『あら、ゆうちゃんいらっしゃい。
相変わらず忙しいみたいだけど、今日はどうしたの?』
『もちろん本を預けに来ました』
ジュリが側に控えているのにも関わらず、あっけらかんと言う私に、ライラさんが脳裏に浮かべていた本のシリーズでない事を察してくれたのは良いけど、何故そこまで残念そうな顔を?
今回の本も、ライラさんとって良い本ですよ。
なんと、ライラさんが待望していた、調理本シリーズの第二弾として甘味編ですよ。
第三弾として、前回が冬向けの料理が多かった事に対して、料理本の夏編も同時発行です。
……本より、甘味の実物が一番良かったと。
それ、仮にも本屋さんの台詞じゃないですよ。
……私に教わった通りに作るための材料を揃えると、食べる気を失くすと。
お菓子って、基本的に体重の敵の塊ですからね。
そこはそこ、食べても関係ないぐらいに動くか、どこかで調整するとか。
……旦那が朝の運動に付き合ってくれないと。
旦那さん、頭も使いますけど、基本的に肉体労働ですから、仕事前に余分な疲労をしたくはないですよ、きっと。
……夜は夜で、私に教わった料理が美味しくてお酒が進むからヤバイと。おまけに夜の運動となると、旦那がそっちの方をしたがるって。
そう言う生々しい話はいいですから。
『そう言う事を言うなら、見本に作ってきたお菓子はあげませんよ』
『あーん、ゆうちゃんの意地悪っ』
取り敢えずそこはラフェルさんを巻き込むと言う事で……。
……妖精って。
体重の増加に巻き込む方ではなく、運動する方を巻き込む方と言ったつもりですよ。
そう言う発想に先ず行くライラさんの方が、よほど妖精ですよ。
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【同じく回想中】
うん、此処までは何時もの事なのでなんの問題もない。
次にこの甘味系で回ったのが、ルチアさんの所で……。
『甘いお菓子を凍結乾燥製法ですか?
確かに面白いですけど、腐りません?』
『そこを試してみるのが、ルチアさんのお仕事という事で。
それに、ルチアさんが現役の時に、疲労から甘い物が食べたいと思った事ってないですか?』
『……砂糖って、甘味とは似てまったく別の物なんですよね。
もしもあの時そんなものがあれば、もっと戦えたとは思いますけど』
ふわふわの可愛い系お姉さんの外観のわりに、中身は意外にスパルタンな生活を送っていた経験を持つルチアさんの返答は、これまた此方の想像の上を行くものだった。
取り敢えず、もし開発に成功すれば、それを現役で味わう事の出来る後輩達を恨めしいとは思いつつも、賛成だと言う事はその後に続いた現役時代の悲惨な食生活の話を聞いて、十分に理解できました。
取り敢えず前世の知識で実在する物を思い出しながら、それ等を一通り試したら、後はお任せと言うか、いつも通り丸投げで。
あと半年もすれば、一年を通した季節毎の野菜を用いた基本レシピと、保管及び腐敗の試験も終えるので、その仕上げの一つとして、甘味に行くのも丁度良いかも知れない。
レシピの開発は、今後も続くだろうけど、それは土地土地の食材に合わせた物を各地やってもらうとして、今後は商会【女神の翼】としては、設備と基本レシピの販売に移行する事になる。
ルチアさんは、当初は其処までのお仕事のお話だったけど、なんでも私の助手として働く事を希望しているとか。
その事に、ぶっちゃけ、今までみたいに丸投げになるだけですよと言ったのだけど。
『方針や指示が明確で、技術的な話如何に関わらず相談にも積極的に乗ってくださる上、機器の改善希望どころか設備投資を次から次へとしてくれる人間の、何処が丸投げと言うんですか?』
と、最前線の魔物討伐騎士団出身の人間を舐めないで欲しい、と何故か逆に怒られてしまった。
うん、話には聞いてはいるけど、本部である王都とか、このコンフォード領などの幾つかの支部は例外として、魔物討伐騎士団は中々にブラックな業界みたいです。
取り敢えず、ブラックな業界は私も前世で経験があるだけに、それを改善したいと思うのは当然の考え方。
ただし、開発した機器や設備も結果的にお金になるので、決して甘いだけのつもりはない。
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【更におまけに回想中】
これもまぁ問題はなかった。
問題だったのは王城に顔を出した時で、今回は陛下に会いに来たのではなく、王城の敷地の外周部にある魔物討伐騎士団などの一部の食事を賄っている厨房。
ヴィー達と再会した時にも使わせてもらったし、あの後、数回程使う機会があって、その時に作った料理から、最近噂になっている料理本を書いたのが私だとバレてしまった。
少しでも早く読みたいと、今度本を出した時には是非にと頼まれていたため、持って来たのは良いのだけど、幾人かの調理人達と談笑まじりに、料理の事に関する質問に答えていたら……。
『やぁ、またもや城に顔を出しておいて、僕のところに顔を出さない悪い子が此処にいると聞いて来たんだけど』
『ごく個人的な頼み事をされたので、此方に顔を出しただけですので態々陛下の貴重なお時間を割く訳にはいかないと思いまして』
言外に暇なのかとも捉えられる私の言葉に、周りはギョッとするけど、この半年ちょいで、いい加減に陛下の扱いにも慣れてきた。
少なくとも今の陛下には、これくらいは許されるし、そう言う軽口を言える関係を望んでいられている。
そんな私に、いつか陛下は『だから君を玩具にして正解だと思ったんだよね』と少しも嬉しくないお言葉をくださいましたよ。
本当に困った大人だと思う。
そこにどんな意図が含まれていようとも、その言葉に喜べるほど、私は性格が屈折していませんから、憮然とした顔を返すだけです。
『ふ〜ん、ごく個人的な頼み事ね。
じゃあ僕も個人的な頼み事をしようかな』
『毎回顔を出せとかですか?』
『まさか、僕は君が望んで顔を出す事の方が嬉しいし、嫌々来る君の顔を見るのも楽しみにしているから、そんな事は頼まないさ』
うん、いい加減に一度殴りたい。
だけど、いくら不敬罪御免の証書があっても、それをするのは私としては譲れない事なので、今回も耐え忍びます。
『昼から知り合いが数人お茶会をするから、其処にお茶菓子を作ってあげてほしいかな。
君の作る料理やお菓子は、素人にしては中々に美味しいと聞いているからね。
ああ、一応君が安心するだろう情報として、そのお茶会には、残念ながら僕は仕事で忙しくて参加しないから、気楽に作ってくれればいいよ。
これ、命令ではなく、お願いね』
きっちり先程の皮肉を返してくれた陛下のお願いと言う言葉に、多分これに難色を示したら、『じゃあ、やっぱり命令ね』と平気で言いかねない陛下の前では頷くしか最初から選択肢がない訳で……。
この厨房だと流石にと言う事で連れて行かれたのが、男子禁制の後宮の厨房。
まぁお茶会なんて言うくらいだから、普通は女性の催しなので、王城と言う立地条件を考えたら、おかしくないので此れは分かる。
そして、そんなやんごとなき身分の方だけでなく、貴族の令嬢が行儀見習いとして、女官や女中として住まわれる後宮の厨房である以上、部外者の私やジュリに監視の目が向けられるのも百歩譲って理解はできる。
最近は王都内では討伐騎士団の方が側にいるので、その目も柔らかい方だし、側付きの存在にも王都に居るだけの間だけならと、いい加減に諦めたし、慣れもした。
なんでも私の行く先々で騒ぎが起こる事があるから、その対処のだめだとか。
私が原因ではないものの、騒動自体に出くわしている自覚はあるので、黙って側付き兼案内役として受け入れているけどね。
『よく落ち着いていられますわね』
『陛下の奇行は今更だし、場所は変わってもやる事は同じだからね。
緊張しても仕方ないでしょうが』
変なお願い事されるより、よほどマシなので此れくらいは構わない。
後宮だったら、残念王子と顔を合わせる心配もないし、むしろその分だけ気楽にもなれると言うもの。
ええ、ポジティブに考えれば、悲壮的にもならずに済みます。
『あれ? そんなに作るんですの?
陛下は数人と仰っておられていたはずでは?』
『前にも言ったけど、家で作るような少量のお菓子だと味の調整が難しいからね。
個人で楽しむのなら、毎回味が微妙に変わっていて良いけど、こう言う所で作るのは味優先。
一流の料理人はそれでもなんとかしちゃうものだけど、そこは素人の哀しさで、自然と最低人数が上がっちゃうものなの。
それに、私の場合は魔法でズルしちゃうから、数人分作るも十数人分を作るも手間は一緒だし』
余った分は、討伐騎士団のお姉様方に持って行けば良いだろうし、収納の魔法の中に入れておけば、当分おやつを作る必要もなくなる。
そう思ってジュリに言った言葉が何故か……。
『では三百人前をお願いしたい』
何故か後宮の調理長が宣ってくれました。
いえ、材料さえあれば出来ますけどね。
……あると。
では、今回は此れと此れと此れと此れを作りますから、此処に書いてある材料を。
え? だって三百人前も、延々と同じ物なんて作りたくないじゃないですか。
たとえ手間が増えても、精神的にその方が楽なんですよ。
あと後宮のお茶会なら、幾つか種類があって見た目が華やかの方が良いでしょう?
ちなみに、私がお菓子を作る事を此処の人達にバラしたのは?
……討伐騎士団のお姉様方を始め、甘党の男性隊員達が、見た事も聞いた事もないお菓子を食べたと自慢をしていたと。
本を回すようにお願いしますから、自分達で作られては?
きっと私が作るより、よほど美味しく見た目も綺麗にできると思いますよ。
其れは其れ、此れは此れと、それに素人だからこそ、自由な発想が勉強になると。
あと本に関しては次が出たら取っておくようにお願いしてあるから、その内に届くだろうと。
そうですよね、王城の調理人ですから、最新の料理には敏感ですよね。
仕方ないので、調理に掛かるのだけど、所々で質問の声が上がってくる。
『これですか?
ゼムチンと言って、動物の骨や皮から手順を踏んで抽出した物を粉末化させたものです。
液体を固めたり、面白い食感を与えてくれたりするので、お菓子とかに最適ですね。
●#▲∃◆と言う本に製法が載っていますので、参考にしてください』
『それって、もしかして魔法の学術書では?』
『ええ、暗号化されてますけど、暗号自体は大した物ではないですし、その内容も魔法の学術書と書いてあった割に、こう言った薬品の製法とその効果を幾つか纏めた物でした。
その薬品も安全な物でしたよ、暗号化されているのが不思議なくらいに』
そんな会話をしながら魔法を駆使してケーキ作りをし、最後の方は飾り付け等は私の作った見本を元に手伝ってもらいながら、五種のケーキを作り上げ、帰ろうとした私を調理責任者として立ち会う様にと連れて行かれたのが、何故か後宮の庭園にある東屋。
まだ肌寒さが残る時期ではあるけど、日が照っている上に風が無いため、小春日和なのでお茶会にはもってこいなのかもしれない。
そしてそんなお茶会日和の席に立ち会えと言われたのに、気がついたら何故かお茶会に参加させられている始末。
そこで陛下に嵌められた事に気がついたのだけど、全て後の祭りな訳で……。
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【現 在】
「味も悪くない……、と言うか素直に美味しいですわね」
「此方も切った果実が載せてあるだけに見えて、表面に何か掛かっていますし、その下のものも果実に負けない濃厚な味がして」
「サクッとしたと思ったら口の中で溶けるように広がって。これ面白い感触ですわ」
「少し食べるのが可哀想な姿でしたけど、外の生地を崩すと物凄く甘くて濃厚な物が。
えっ、これ手で持って齧り付くのが一番美味しいい食べ方って、流石にそれは…」
マカロンも、シュークリームも、マナー通りナイフとフォークで食べているので、葡萄の粒のように直接が一番美味しいと言うと、少し引かれてしまう。
うん、高貴な方々の婦人や令嬢としてはあり得ないかもしれないし、別にマナーとしては皆さんの方が合っているのは分かってはいる。
ただ、もともとそう言った食べ物だと言うだけの事だし、城の外だと、そう言うのもありだと話しただけ。
「でも、此方なら……、あら、悪くないわね。
ナイフとフォークで崩れていない分、先程より一層口の中で解ける感じがして」
王妃様が、早速マカロンを相手に実践してくださっているのは、きっと気を使って私に話を合わせてくださっての事だと思う。
思うのだけど、クッキーと同じような物と考えればと言うのと、明日からは此れも混ぜたものを用意しておくようにと女中に指示しておくのはどうかと思う。
軽い食感が爆弾となって、文字通り身を襲いますよ。
そんな事を思っている私に王妃様は、優しい笑みを浮かべながらも、どこか静かな瞳で私を見つめてくる。
「それにしても話には聞いていましたが、本当に多才でいらっしゃるのですね」
「いえ、もともと身分が低いため身の回りの事は自分でやっていただけです」
「あら、調理器具の殆どを使っていなかったと聞いていますが」
「魔法の練習も兼ねていますので」
「身の回り全てが鍛錬のための道具ですか。
やはり、飛び抜けている方は、考え方も飛び抜けてらっしゃるのですね」
そう捉えちゃうか。
実際にその通りなところもあるけど、半分は楽をしたいのと、そうせざるを得なかっただけなんだけど、……流石は後宮の主人と言ったところか、それとも、あの陛下の奥様だと言うべきか。
会うのはこれで三度目だけど、いずれも軽く顔を合わせて一言二言差し障りない言葉を交わしただけだと言うのに。
対して王太子妃様や王女様は顔を合わせた事があるだけだし、レティシア様に至っては、お名前はヴィーの母親であるジュシ様から、良い子だしきっと気が合うだろうから仲良くしてあげてねぇと、何度か聞いてはいたけど、お会いするのは今日が初めて。
「殿下からも話を聞くだけで、こうして実際に言葉を交わす機会が無かったのは残念でしたわ」
「サリュードお兄様から、時折名前が出ますから、どのような方かと思っていたのですのよね」
王太子殿下は、数度言葉を交わしたけれど……、うん普通だった。
軽薄な態度の陛下を見た後だと、普通に王太子殿下オーラを放っていましたよ。
イケメンで背が高くスタイルも良い。
しかも話を聞く限り頭の回転も良く、ドルク様達の評価でも優秀だと事。
どこからどう見ても立派な王太子殿下だったし、性格もまとも。
少なくとも何処かの変態残念王子のような失礼な発言はしない。
そして、その残念王子。
秋口に、両頬を思いっきり引っ叩いてから会ってもいないのに、何故、私の話題が出る?
確かに国主催の年度終わりと年度始めの舞踏会では顔だけは見たけど、向こうからとっとと離れて行ったし、私も必要以上視線を合わせなかったはず。
う〜ん、不思議だ。
「そうですよね。
お義母様からだけでなく、ルメザヴィサ様からも良く貴女様の名前を聞きますので、是非とも一度お会いしたかったですの」
そして、お会いした瞬間から、ちょこちょこと刺さる視線の持ち主たるレティシア様。
私、何か彼女に恨まれるような事をしたかな?




