237.いくらお義兄様のお願いでも、無理なものは無理です。
「あはははっ、そんな気はしたよ。
ギルバード先輩にはそれとなく伝えておくけど、きっと一晩ぐらいは酒に付き合わされるんだろうな」
夕刻、帰ってきたミレニアお姉様の旦那さんであるグラードお義兄様と、グットウィル子爵夫妻を混ぜての夕食会で、お義兄様は和かに気にしないようにと笑ってくださるけど、そんな言い方をされて気にならない訳が無い。
でも此処は申し訳ないと思いつつも甘えるしか選択肢は無い訳で……、うん、一度しか会った事のない男性から求婚を断るだけなのに、なんでこうも申し訳ない思いをしなければいけないのかと思うのだけれど、こればかりは話しを受ける訳にはいかないので致し方がない。
「一応、誤解の無いように言っておくけど、先輩自身は物凄く良い方なんだよ。
強く、頭も良く、紳士で、女性や子供にも優しくあたれる人物で、裏表も少ない人間だ」
うん、そう聞いている。
聞いてはいるけど無理です。
「でもグラード様より幾つか年上の方が、ユゥーリィ様のように幼い容姿をしている方を、是非妻にと言う時点で色々とおかしいと思いますが?」
「……はははっ、まぁそうなんだけど。
でも歳の差だけなら、それくらいの年齢差は無い話ではない訳だし」
そして従者モードのジュリの言葉に、グラードお義兄様も乾いた声で笑って誤魔化すしかない訳で。
ええ……、ジュリがバラしました。
何時かジュリに話した、熊馬男ことギルバード様に対して恐怖した事実を。
いえ、一方的な私視点の話なので、全て鵜呑みにしてもらっては困るけど、私としては家を出る切っ掛けの一つとして、トラウマレベルの話になっているのを、事情を知らないミレニアお姉様が、普通は無い良縁話なのにと悪気なく呆れていた事に、ジュリが口を出してしまった。
ジュリ自身も、男性に対して良い経験がないため、ジュリの気持ちも分かるし、ミレニアお姉様の貴族の令嬢としての、ごく普通の意見も分かる。
お姉様自身、それがその件に対しての最後の言葉として締め括りだったと言うのも分かってはいたけど、お姉様と初対面なジュリにそれが分かる訳もなく。
おまけに妙なところで鋭いお姉様がその勘を発揮してしまい、従者であるジュリが、口を挟んだ理由が気になったらしく、口を割らされました。
ええ、何故かジュリではなく私がです。
「アナタにとって恩義もあるの大切な先輩だと分かってはいますが、私としては大切な妹が、そう言う方の所に嫁がせる話は」
「分かっているさ。
先輩から頼まれたから話を振ってみただけの事だ。
ただ、誤解してあげないで欲しいのは、妙な性癖があったとしても、本当に良い先輩だし、愛妻家になる事は間違い無いだろうと言うだけで」
お義兄様、必死だなぁ。
そりゃあ職場の先輩で上司の頼み事となれば、必死になるのも分かるけど、全力でお断りです。
何が悲しくて、浮世の義理で身体と人生を差し出さないといけないのか。
いえ、貴族社会というのは、そう言う価値観の世界なんですけどね。
そして言葉の節々から感じられるのは、ギルバード様が、本当に良い人らしいという事。
でも例え美形で、仕事ができて、人望があって、収入があって、女性に優しくて良い人であろうとも、幼女趣味と言うだけで、全て台無しにしているのは、前世でもこの世界でも同じみたい。
少なくとも私にとって、それ等の良い点はなんら加点対象にならない。
と言うか、性別が男という時点で加点対象外なので、どんなに良い人でも婚姻相手としてはマイナスになるので無理です。
「グラード、いい加減にしないか。
幾ら義妹にあたると言っても、子爵に対して失礼であろう」
「分かりました父上、もうこの話はしません」
はぁ、助かりました。
私が困っているのをグラードお義兄様の父、つまりミレニアお姉様の義父にあたるラルガード様が助けてくださった。
ただグラードお義兄様には、ギルバード様の問題ではなく、私の問題でお断りしているのだとだけお伝えくださいと述べておく。
ある意味、私もギルバード様も異常性癖という点では同じ穴の狢ですからね。
「あと、此方も後日、御家族でお楽しみください」
そう言って収納の魔法の中から、蜂蜜酒の瓶を数本取り出す。
ええ、お土産と言う名の迷惑料です。
原料が山歩きの採取で得た物なので、元手が瓶代だけと言う、私としては気持ち程度のものだけど、世間一般的には高価なお酒らしいので、こう言う時の贈答用品として使用すると良いとコッフェルさんやドルク様から教わっている。
「これは?」
「手遊びで作った紅い蜂蜜酒です」
魔物の名前を出すのは無粋なので、こう言えば大抵通用するともね。
ちなみに、食事の最後に出ているデザートも私の手作りのお土産品。
皆さんお世辞ではなく褒めてくださっているので、手間暇かけた甲斐があったと言う物だけど。
それは美味しからなのか、それとも王都で流行っている(予定の)お菓子だと伝えてあったからなのかは不明。
「これはこれは、そのような良い物をこんなにも、よろしいので?」
「お酒の飲めない私が持っていても、持ち腐れですので」
甥っ子のユゥラード君がもう少し大きければ蜂蜜をお土産にする手もあったけど、幼児に蜂蜜は厳禁なので、またその内に持って来てあげようと心のメモに書き留めておくとして。
「もう、飲まれても良い年頃では?」
「いえ、飲みたいのは山々なのですが、御存知の様に身体が弱いため、身体に負担の掛かるものは控えるようにしています」
「これから飲まれる機会も多いと思いますが、早く慣れた方が良いかと」
この世界では成人であれば二十歳未満でもお酒を飲んでも良いし、私の年齢だと早く慣れさせるために実際に飲み始めている子達も多いと聞く。
前世ではお酒は好きで強い方ではあったけれど、今言った通りの事情で控えている。
それに味見用の小さな御猪口に一杯飲んだだけで、それなりに良い気持ちになってしまうので、グラスに一杯も飲んだらどうなってしまう事やら。
そんな訳で、もう少し身体が大きくなるか、成人するまでは飲むのは我慢しようかな~と思っている。
少なくとも、それまではお酒をたっぷり使ったお菓子程度で我慢。
「幸いな事にこう言う外見ですし、陛下から社交は最低限で構わないとお許しを戴いておりますので、今は、そのお優しい言葉に甘やかせてもらおうと思っています」
「はははっは、笑っては失礼だが、確かに子爵のような幼い外見の者に飲めなどと中々言えるものではありませんからな」
「相手にされていないだけです」
実際、私みたいな新興貴族、ましてや子供当主など、商売の話はともかくとして、それ以外では貴族としては相手にされていないに等しい。
私自身もそれが分かっているし、そもそもそう言うのが面倒と思っているから、貴族にはなりたくなかったと言うのもあって、陛下の言葉のままに甘えさせてもらっている。
「だが、それで正解なのかもしれぬな。
慌てて足掻いたところで、あの世界はその手の事はゆったりとした時間だ。
力を貸して下さる方がいる内はそれに甘え、地道に力を付けて行く事が肝要だろう」
ラルガード様の言われる通り、そもそも陛下も私の後ろ盾になってくださった方も、華やかな社交界で華やかに振る舞うなど求めてはいないだろうし、そもそも私には似合わないと思う。
「はい、私に出来る事をコツコツとやる事が一番だと思っていますし、焦っても仕方ないと考えていますので、ゆっくりと腰を落ち着けて御恩を返してゆこうかと」
結局、貴族になろうと平民のままであろうと、私にやれる事なんて知れている。
たくさんの人の力を借りながら、面白楽しく魔導具を弄っている事ぐらいだ。
魔法は趣味でもあるけれど、それ以上に生きるための手段なので横に置いておいて、狩猟も料理も執筆も、私にとって息抜きの一つでしかない。
「グラード、お前の立場も分かるが、お前とギルバード殿との友情に重きを置けば、子爵の後ろ盾になっておられる方々の不興を買う事になりかねん。
子爵の仰る様に、自分の出来る事をコツコツとだ」
「分かりました。
例え義妹であろうとも子爵は子爵。
我が家とは別と考えるべきですし、コツコツやる事の大切さは子供の頃から耳が飽きるぐらい聞いていますから、理解はしているつもりです」
話の流れで、陛下のお名前を混ぜた意図などを、ラルガード様は正しく理解してくださったみたい。
グットウィル家は、一応は曲がりなりにも親戚になるので、何処かで利益を還元しないといけないのだけれど、その辺りは待ってくださる事を了承して戴いたようなので何より。
流石は年の功だと言わざるを得ない。
一方、ミレニアお姉様はお姉様で、今の私の貴族らしいやりとりに目を丸くされており、ジュリはジュリで『どこが、ゆっくりなのか是非とも聞きたい』と言う目を私に向けている。……うん、何故に?
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【夜更け】
「最初は厳しい方と思いましたけど、やはりユウさんのお姉様なんですね」
「まあね、私なんかよりよほど慈愛に溢れた人よ、お姉様は。
最初に厳しい事を言ったのも私を思っての事だし、愛情の裏返しだと言うのも分かっていたもの。
あんな情けない姿を見せておいてなんだけどね」
「私は安心しましたわ、ユウさんが、ちゃんと年相応なところが見られて」
夕食の食事会の後、お姉様との時間を少し戴いた後、通された客室でジュリと二人きりになって、従者モードと言うか、猫の皮を剥いだジュリが、いつもの様に私を揶揄ってくる。
それにしても年相応なところって……、私、結構、子供子供している所は見せているつもりだけど、どうやらジュリには私は頼れる年上のお姉さんに見えているみたい。
肉体年齢では私の方が半年ほど若くて、精神年齢は遥かに年上だけど、最近はあまり自信がない。
魂が肉体に引っ張られているのか、それとも【ユゥーリィ】と【相沢ゆう】が完全に統合していった結果なのかは分からないけどね。
ただ、それでも主要価値観は【相沢ゆう】よりだって事は変わらないかな。
「でも初めて会う人の大半は、ジュリがシンフェリア子爵だと勘違いする人が多いんだけどね」
「見た目からの思い込みと、魔力感知の結果のせいでしょうけれど、ちゃんと従者としての服を着ているのに間違えるのは、相手がそそっかしいとしか思えませんわ」
私が色なしだと言うのは分かりやすい外見的特徴として広まっているにも関わらず、間違えるのは子供な訳がないと言う思い込みの結果みたいだし、魔力感知に関しては、私の魔力は漏れや起伏が無さすぎて、普通の人間、もしくは珍しい魔力なしと勘違いされるらしい。
でもジュリの言う通り、従者の規則に則った形式や紋章を施された服を着ていて間違えるのは、観察力が無いとか以前にどうかと思ってしまう。
私みたいに下位貴族の上、世間知らずな令嬢育ちならともかく、当主当人や上位貴族や中位貴族の家族は、知っていて当然の知識みたいですからね。
だけど以前に一度面識があったにも関わらず、ラルガード様の奥様が間違われても、けっして珍しい事では無いので、私もジュリもさして気にしていない。
そう言う訳でその話はそこまでにして、ジュリとしては私の家族に初めてあった感想は?
「あまり似ていない家族だと思いましましたけど、話していて、ああユウさんの家族だと思うところが何箇所か」
「……それはそれで凄く気になる言い方なんだけど、具体的には?」
「そんなのは内緒です。
あと、ユウさんが大きな胸に拘る理由もなんとなく分かりました。
似た部分が欲しかったんですわよね?」
いいえ、半分以上は唯の性癖です。
とは流石に言えないけど、ジュリが言っている事も全く的外れでは無いので黙って頷いておく。
白い髪に、白すぎる肌、そして紅い瞳。
色なしである事が、私と私の家族にとって、自分は違うのだと見せつけらて育った事には違いはない。
おまけにやや尖り気味の耳に、顔立ちも美人だったと言う曽祖母様に似ていると言われても、見知った家族の誰とも、あまり似ていない事には違いない訳で。
尖り気味の耳も、御先祖様の一人に北の大地に住む獣人族の血を引く人が混ざっていて、その名残ではないかと揶揄する人も中にはいたっけかな。
こう言う事の囁きは、幾らお父様達が気をつけていても、どうしても入ってくるものなので仕方がない。
なにせ、幼い【ユゥーリィ】に対して真正面から指差して、人の髪の色をオカシイと言った子供がいたくらいですからね。
そんな私が、せめてお母様やお姉様の様に成長する事を夢みても、なんら不思議はない。
約束された勝利の胸は、ただ目覚めていないだけで、確実にその因子を私は引き継いでいるはずですから、それを夢見たって誰も不思議ではないでしょ。
「アレを見た後だとジュリの胸を見てもね。
お姉様がジュリの年齢の時は、もっと凄かった訳だから」
「そう言う意味では、私なんて大した事がないと自信を持てましたわ」
「いや、ジュリも年齢の事を考えたら、相当な物である事には違いないわよ」
「そう言うユウさんは年齢の事を考えたら、相当ペッタンコですけどね」
「ペッタンコ言うな、そこまでない訳じゃないし」
「そう言えば、揉むと大きくなると言いますわよ」
「なら、いらない」
だからジュリのはそんなに立派になっているのかと思いつつも、そこまでして欲しいと言う訳でもないので、ジュリの言葉をあっさりと流してあげる。
女の子同士だと、その手の巫山戯合いはあるのだけど、私はアレはあまり好きではない。
正確にはやる分には良いけど、やられるのは苦手な訳で……。
とにかく抱きつかれるくらいならともかく、直接のアレは駄目、変な気分になる。
例え身体は女でも、私は男だから、そう言うモノに呑まれたくない。
「あら、試してみようと思わないんですか?」
「思わない。と言うか試した結果がそれとか?」
「さぁ、秘密ですわ」
取り敢えず、ジュリの弟のベル君情報によると、ジュリと別れて住む様になる前からジュリは凄かったらしいから、ジュリの凄さは暗黒歴史の結果ではない事は確かなので、深くは突っ込まない。
あくまで軽い冗談で流せるレベルになる様に留めておく。
まったくジュリったら嫌な経験があるくせに、最近そう言うネタを振ってくるから困る。
まぁジュリも年頃の女の子なのだなぁ、と思いつつ流してはいるけど、あまり私を刺激しないでほしい。
勘違いしてしまいそうになるからね。
「でも良かったんですか?」
「ん、なにが?」
「御家族に、あんなにもはっきりと結婚する気なんてないと仰っても?」
「うん、本当の事だからね。
私にはどうしても、男の人と結婚するだなんてイメージは浮かなばないから。
なら早い方が良いでしょ?」
たぶん、今はまだ子供だから、と思われているかも知れないけど、それでも私にとって厳然たる事実だし、貴族の女としての宿命を受け入れろと言われても、無理なものは無理。
さぁ、もう寝ましょう。
偶に早く寝るのも悪くないし、こんな話が続くのなら寝てしまった方がよほどマシだもの。
部屋中を照らす光球の魔法を消してベッドの布団を被る私に、ジュリはそっと囁く様に。
「私も、……もう浮かびませんわ」
なんの事だろうと思いつつも、やはり数年ぶりにお姉様との再会で疲れたのか、あっという間に目蓋が重くなってしまった私は、ジュリのその言葉の意味を考える事も出来ずに深い眠りについてしまった。
2020-10-10 名称間違えの修正




