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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
233/977

233.この人達、私が大変な間に何をしているんでしょうね。





 シンフォニア王国、国王。

【ジュードリア・フォル・シンフォニア】視点:




「ふーん、馬鹿一人の職を解いて、爵位を降格させるくらい構わないけど。

 君が聞きたいのは、そんな事じゃないだろ?」


 魔物討伐騎士団の王都師団長とは言っても、王国の討伐騎士団の実質的な長であるガスチーニ侯爵。

 持ってきた事件の報告書と上申書の内容には、なんら不満はない。

 僕としては馬鹿を一人処分したいのなら、どうぞやってくれと言うだけだ。

 実際、問題となっている彼の行動や失敗は目に余っていたし、僅かながらも国庫が助かる事になる。

 法衣公爵と法衣伯爵では年金にしても桁が変わるからね。


「今回の一件、僕の仕込みではないかと疑っているんだろうけど、あいにくと僕は何もやっていないし指示もしていないさ。

 妻の名前に賭けてね」


 疑わしい目を向けていたものの、妻の名前を賭けてと言った途端、態度を豹変させるのは臣下としてどうなのと言いたい。

 けど、態度を変えるあたり、彼自身はそこまで僕を疑っていなかったのだろう。

 一応は僕を疑って見せないといけないと言う、彼自身の立場を考えればそれも納得できるので、乗ってあげただけだ。


「彼女を僕の玩具にしたのに、その意味を理解できない馬鹿は不要だ。

 これで良いかい?」


 彼女に渡したあの証書は幾つか意味があって、分かりやすい物で言えば、裏を返せば僕の玩具という事だけど、その玩具の意味を返せば、彼女で遊んで良いのは僕だけと言う意味になる。

 そしてそれは、彼女に手を出せばどうなるかは保証しないよ、と言う事なのに、それを理解できなかった馬鹿がいた。

 実際は、その噂を知らなかっただけなのだろうけど、知らしめさせるための良い生贄になってくれたと思えば、彼の降格も無駄ではないと言う事だ。


「言わせてもらえるなら、確かに興味ある報告書だけど、彼女の実力がこんな物じゃない事くらいは、災害級の魔物を倒している時点で分かっている事だし、対集団戦にしたって魔物の群れを一蹴する事が出来るらしいから、今更こんな小物を嗾けてもさして意味がない」


 彼女の気質に関しての報告内容は参考にはなるけれど、最初から彼女をくだらない事で使い潰す気などはないし、させる気もない。

 それ故に不要と言えば不要の事で、問題はその様な状況に陥らせない事だ。

 平気で魔物の領域に行く彼女の身辺警護は課題ではあるけど、彼女にとって厄介なのは魔物より人間だろう。

 あの子の本質は此方側(しはいしゃ)の癖に、彼方側(へいみん)でいるつもりだから、困った所であり面白い所でもある。


「今回の様な事を起こさせないため、彼女が城内いる間は君等がそれとなく護衛に当たれ。

 関係性の深い君の部隊なら周りも不審には思うまい。

 城外に関しては、嫌われない程度に巧くやってくれよ、あまり遣り過ぎると籠の鳥が籠から逃げ出しかねないからね」


 警備がそれなりにある学習院に彼女が籍を置いている内は、それほど問題ないから、その間に準備は整えるつもりで僕もコンフォードの奴も動いている。

 まぁ謂わば下準備段階さ、その結果、ますます平民のようにいられなくなってしまうだろうから、また彼女に一つ嫌われそうだよ。


「まったく、これほど可愛がっていると言うのに、彼女の態度は、少しつれないと思わないかい?」


 ガスチーニやジルには、季節の挨拶と言って、彼女の趣味である狩猟で得た飛び切り良い肉を、新型の魔導具の糧食箱で持って来たと言うのに……。


『こう言う物を王家に方に、お渡ししても良いのか分からないので』


 とか言ってジル経由で、顔も見せずに帰るだなんて、少し酷いと思わないかと思うんだよね。

 確かにそう言うのを露骨な御機嫌取りと捉える輩がいるから、ジル経由と言うのは正解ではあるけど、面白くないのは確かだ。

 もし私の所に来ていたら、巧く乗せて『じゃあ調理しますね』とか言わせて、周りや城の厨房をあたふたとさせられたと言うのに。

 いや、彼女の事だから、それこそ調理器具など使わずに、此の場で全て魔法で調理した可能性もあるか。それはそれで見ものだったのにね。


「普通の者であれば、当然の反応かと思いますが」

「酷いなぁ、僕、妹と違って、相手の事をちゃんと考えるし、此れでも公正のつもりだよ」

「国と王家に対してですがね」

「当たり前だ。

 巫山戯た性格はしていても、国王だからそれが第一に決まっているだろ。

 仲良しごっこの好きな奴等とは、一緒にしてもらいたくはないね」


 それでも人間だから好き嫌いは出るし、完璧なんて真似はできない。

 でも、過程はどうあれ、結果的にそうであれば問題は無いぐらいの懐の広さは持っているつもりだ。

 だから国にとって多少危険な事も、それを弁えて行動するなら構わないし、少し噛み付くくらいや、人を不機嫌にさせるぐらいは問題は無い。

 それが必要な事のための必死さの表れと思えば、可愛げがあるとさえ思える。


「どちらにしろ、そう言う連中から彼女を守るのも君達の仕事だ。

 今回の件を口実に、僕から彼女を守れと言う言質が欲しかったんだろう。

 彼女から一番恩恵を受けている討伐騎士団が、そうしてみせねば周りに示しがつかないだろうし、士気にも関わってくる。

 だから、僕もそれには乗ってあげるけど、その代わり此の王都で、彼女の身に何かあれば君の責任となる、その事は肝に命じておく事だね」


 彼女の同意の上で影は付けてあるが、影は影でしかない。

 もしも彼女が暗殺されるとしたら、一番可能性が高いのは多くの闇が蠢く此の王都だろう。

 かと言って彼女が定期的に王都に来る事は止められないし、来て貰わなければ色々と困る。

 彼女には、まだまだ色々役に立って貰わないといけないからね。

 そしてそんな状況が三ヶ月経ったから、早い連中はそろそろ動き出すだろう。


「まったく、僕に気に入られるのが気に食わないのなら、彼女以上に役に立てば良いのにと思うのに、甘い汁を吸う事しか頭にない寄生虫には困ったものだよ。

 僕も君達も(・・・)ね」


 敵は外からとは限らない。

 むしろ身の内からの方が怖いものだ。

 それは、例え結束の高い討伐騎士団とて例外ではない。

 まぁ、忠告はしたから、あとは任せたよ。






 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【ジュリエッタ・シャル・ペルシア】視点:



「はぁ……、はぁ……、ん、ん〜〜……」


 珍しく荒い呼吸をしながら眠るユウさんの様子に、否も応もなく心配になってしまう。

 王都で合流した時から様子がおかしいと思ってはいたけど、空間転移の魔法でリズドの街の自室に戻るなり、倒れる様にベッドに潜り込み眠りについてしまった。

 最初は疲れただけで珍しいなと思いつつも、着替えもせずに服が傷みますわよと注意した時の反応からしておかしかった。

 幾ら彼女が物臭なところがあり、何でもかんでも魔法で済ませてしまう所があると言っても、着替えまで魔法で済まそうとするだなんて事は、今までなかった事。

 精々が脱いだ上着を魔法でハンガーに掛けて壁に掛けたり、チェストの中に収めたりする程度。

 まるで一刻も早く横になりたいと言わんばかりに。全て同時並行に出来る魔法で済ませ横になってしまう。

 それでも、私の分の夕食を収納の魔法から作り置きから出しておくだけ余裕はあったから、何か疲れる事があったのかなと思いつつ、煩い事は言わずに早く休ませてあげようと、続き部屋の自室に戻ってしばらくして様子を見に来たら、熱で魘されているユウさんの姿が。

 慌てる私に目を覚したのか……。

 

『はぁはぁ……、大丈夫、久しぶりなだけで、……よくある事だから、……ん、ん〜…』


 そんな事を言う彼女の姿は、少しも大丈夫そうには見えないけど、よくよく見れば、いつの間にか用意したのだろうか、ベッドの反対側のサイドテーブルには水と飲みかけのコップと何やら薬容器(ピルケース)があり、水を少し張ったタライや幾つもの布巾まで用意してある。

 その事に、本当にユウさんは、こう言う事態に慣れているのだと理解させられてしまうと同時に、私はユウさんの事を何にも知らないのだと思い知らされる。


『明日には、…だいぶ良くなっていると……、思うから……、心配しないで……』

『こんな時くらい、素直に看病くらいさせなさい』


 望まざるを得なかった結果で主従の関係になってしまったとは言え、基本的には私とユウさんの関係は変わっておらず、むしろより親密になったと言って良い。

 でも、本当にそうなのか? とも思ってしまう。

 ペルシア家を救ってもらっただけでなく、私自身も彼女の側にいる事で多くの恩恵を受けている。

 美味しい食事はもちろん、服も以前よりも上等な物を用意してもらい、その上、厳しいながらも魔法を教えてもらっている。

 ううん、それだけではなく、様々なものをユウさんから戴いている。

 その事に情けないと思いつつも、感謝と思うのならば、今は従者として身を磨くべきだと、従者として色々な事を教えてくださっているホプキンス様やキャロリーヌ様は仰るけど、焦りもします。


 結局、今、私が彼女のために出来る事など、結局はお使いぐらいしかない。

 お茶ぐらいは、それなりに淹れられる様にはなったけど、それは従者が客人に出すために作法として学んだもの出会って、彼女のための物にはならない。

 お茶を淹れるだけなら以前にも出来ていたし、専用の教育を受けている今ならそれなりに飲める物にはなってはいるのだけど、……ユウさんの場合、紅茶だけでなく色々な物を飲まれる。

 地方に多いと言う香草茶ばかりでなく、果汁や果物の皮を乾燥させた物で香り付けや味付けを少しだけした果実水や、ユウさんが【炭酸水】と呼ぶ【あわ水】を魔法で作り出して使用するなど多種多様な飲み物を好む。

 しかも温度も自在に操るため、とても私では対応しきれないし、そもそもの紅茶を淹れる腕さえもユウさんに劣る有様。

 その事をホプキンスさんやキャロリーヌさんに相談しても、乾いた笑みを浮かべられるだけでした。

 ただ、学び、身につけている事は無駄ではないと仰ってくださっているし、従者として必要な技術だと言う事も私自身理解している。

 そしてそう言う従者として以外でも、情けない思いをこの間したばかり。

 幾ら夏の頃から、生活が一変した様な生活が続いたと思ったら、王都に連れて行かれていきなり国王陛下に謁見し、その挙句、本当に生活が一変しユウさんの従者という生活になってしまった。

 それからも、本当に色々ありましたわ。

 従者教育の他に、魔導士の修行と称して魔物の領域に何度も連れて行かれたり。

 十五歳でするはずのデビュタントも果たしていないのに、ユウさんの貴族としてのお披露目会に合わせて社交会デビュー。

 表立って騒ぎにはなってはいないけれど、ユウさんの知り合いの結婚式の前にも後にも一騒ぎがあり、その後始末に走り回った。

 挙げ句の果てに戦災級どころか、災害級や大災害級の魔物を見かける様な【死の大地】を駆け抜けるなんて生きた心地がしない日々が続いたとは言え、主人であり友人であるユウさんの誕生日を忘れてしまっていたなどと、情けないにもほどがある。


「すぅー……、すぅー……」


 おまけに、ほんの半日離れている間に何があったか知らないけど、こうして熱を出して魘される程の事があり、こんな事は慣れているなんて言われる始末。

 思い起こしてみれば、私は、従者だ友人だと言いながらも、ユウさんの過去を何も知らない。

 シンフェリア領と言う辺境の山奥にある領地で男爵家の次女として生まれ、魔法の実力を家族にも隠しながらも野山を駆け回っていたと。

 両親に愛されながらも、貴族の家に生まれた娘の義務である、政略結婚が嫌で、シンフェリアの名を捨てて家を出たとだけしか……。

 ただ、そのシンフェリアの名を聞く様になった原因である魔導具もどきは、全てユウさんが開発に関わっているとも。

 でも、本当にそれだけだ。

 熱を出して寝込む事に慣れている事も初めて知ったし、ここまで熱が上がっていながら、私はおかしいなぐらいしか気がつかなかった。

 そもそも、ユウさんさんの好みすら知らない。

 魔法以外で好きな物も、好きな食べ物もや飲み物も知らない。

 食べ物も飲み物も作る料理の種類が多すぎて、とても掴みきれないし、服装に関しては地味な物を好むのは知ってはいるけど、それは目立ちたくないと言う表れであって好みではありませんわ。

 基本的にユウさんは着飾る事には無頓着ですもの。

 その癖して人を着飾らせようとするから、まったく嫌いと言う訳でもないでしょうに。

 ただ、身に着けている装飾品型の魔導具には、それなりに拘りあるのは知っている。

 耳飾りは結界を補助する物だとは聞いてはいるけど、可愛らしい彫金と瞳の色と同じ色の魔法石が、ユウさんにとても似合っていますわ。

 他にも収納の魔法を固定し維持する腕輪には、繊細な彫金が施されているし、寝る時すらも身体から外す事がない首飾りも、見事な装飾が施されている。

 時折、その首飾りをもの凄く優しげな表情で、または申し訳なさで溢れた悲しみと苦しみに満ちた顔で眺めているのを知っている。

 とても大切な人との絆なのだと……。


「ふふっ、そうね」


 つい、小さな声が溢れてしまう。

 その事にユウさんを起こしてしまわないかが気になったけど、どうやら大丈夫な様子。

 多分、ユウさんの身体は、身体を休める事に必死でそれどころではないのだろうけど、だからと言って私が出来る事なんて何もない。

 私が出来ることなんて、こうして見てあげるだけだし、偶に発熱具合を確認して、冷たく冷やした布巾を首回りの物と取り替えてあげる程度。

 ユウさんの様に直接冷水は作れなくても、水と氷を別々に作る事が出来るようになったから、態々井戸水を組んで冷水を調達する必要もない。

 時折その際に間違えてなのか、それとも癖なのか……。


『…ん、お姉さま……、ありが…とう……』


 そんな言葉を漏らす。

 熱に促されながらも、物凄く安心した表情で……。

 きっとそれがユウさんの日常だったのだと思う。

 私の知らないユウさんのあたりまえ……。


『今はゆっくりと休みなさい』

『…ん、う…ん…』


 だからそう答えてあげた。

 弟のベルが風邪をひいて不安がった時の様に、優しく声を掛けてあげる。

 きっと、優しいユウさんがされたであろう、日常を彼女の夢の中で見れる様に願って。

 そう、私が出来る事なんてきっとそんな事だけ。

 この先、私が幾ら自分を磨こうとも、その殆どはユウさんに届かないだろう。

 でも、それで構わないと思えてきた。

 ユウさんは幼い時からずっと駆けてきて、今も駆け続けていると言うのに、そんな彼女に私が追いつこうと隣に立とうと駆けたところで、そうそう追いつける訳がない。

 かと言って諦めた訳ではない。

 追いつけなくても置いて行かれない様に、見失ってしまわない様に、駆け続けて行かなければいけない。

 そんな努力なんてモノは、当然のこと。

 彼女を見ていると、本当にそう思う。

 だから私が彼女のために出来る事なんて、本当に大した事ではない。




 ユウさんの側で、ユウさんをよく見続ける事だと思う。

 彼女を一人にしない事だと思う。




 私は、本来執着心の強い人間だと自覚している。

 家の事もそうだし、弟のベルの事もそう。

 だから、ユウさんの事を名前で呼んだら……。

 彼女をもっと見続けていたら……。

 きっと私はユウさんに執着してしまうと思っていたし、その事を恐れていた。

 でも、それは私の惨めな……、そして忘れたいあの一ヶ月の結果に、巻き込む事だと思っていたから。

 ユウさんは私と違って、輝く未来がある人だから、私の汚れた身体と捻れた心に付き合わせる訳にはいかないと。

 だけど、そんな情けない考えはもう止めにする。

 そんな私の身勝手な心で、もっと大切なモノを失う事になると気がついたから。

 従者として、そして何より彼女の友人として、彼女の側にいるためには、もっとユウさんを見て行こうと心に決める。

 過去なんて関係がない、大切なのはこれから歩む未来。

 だからユウさんといっぱい話して……。

 たくさん色々なところに行って……。

 でも、魔物の領域はなるべく勘弁して欲しいと思うけど。

 それでも、ユウさんの側に必死について行こうと思う。

 ユウさんの側でユウさんを見て、何を思い何を感じているのかを、見て行こうと。

 たとえ、私が恐れる様な想いになってしまっても、それこそ私が必死で抑えれば良いだけの事だから。






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