232.女神の翼。
「あれが君の魔導士としての実力かね?」
「実力も何も私は攻撃魔法を使ってませんし、魔導具の得物すら手にしてませんよ」
一騒ぎを起こした私を出迎えてくれたヴァルト様に私はそう答えるが、吹聴ではなく厳然たる事実だ。
対人戦で、相手をなるべく傷付けずに無力化するためには、どうしたら良いかを考えた戦い方の一つ。
あんな鉄の棒切れや板を魔力の紐で振り回した程度では、下位の魔物にすらたいした効果はなくとも、人間相手にはそれなりの効果があったみたい。
馬鹿な指揮官の犠牲者を、流石に癒してあげる余裕が今は無いから治さないけど、殆どが打撲や骨折ですんでいるはずだから、治癒魔法を施せば明日にはピンピンしているだろう。
「すみません、少し席を離れます」
「どうしたのかね?」
「えーと、その、……察してください」
「失礼をした」
申し訳ないけど、色々と後始末をヴァルト様にお願いして、私は急ぎ足でその場を後にする。
その私の動きに気が付き、心配気に近寄ろうとするヴィーとジッタをヴァルト様が指示を与え怪我人の救護に当たらせてくれる。
流石は仕事が出来る男は、心遣いも出来るものですね。
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「…うげぇ、…うぅぅ、…ぅぉっ…」
人目が無くなった所で、駆け足で駆けこんだレストルーム。
その一室で吐く物が無いため、涙目に胃液を吐き出す。
仮にも女の子が出すべき声ではないとは思うし、流れ出る胃液に喉が焼かれる感覚がするけど、今はそれどころではない。
他人の攻撃魔力への直接干渉。
それは私が幼少生まれた頃から私を苛ませていた、魔力過多による中毒症状に似た感覚の強い物が私を襲った。
治癒魔法で他人の魔力の波長に合わせる事で耐性が出来ていたつもりだったけれど、攻撃魔力への直接干渉はまったくの別物。
気持ち悪さに耐える事にも、戻す事にも幼少の頃からの事なので慣れてはいるものの、苦しくない訳では無い。
こんな姿、とてもではないけどヴァルト様やヴィー達には見せられないから、察してくださって本当に助かった。
まぁ察してくださった理由は、別の理由でしょうけどね。
「……はぁ、……はぁ」
胃が脈動する苦しみを無理やり抑えながら、呼吸を落ち着けるように心掛けながら座り込む。
こういう時、前世でも今世でも、この手の個室は便利だと思う。
この世界のこの手の個室は臭いが問題だけど、今は【風】属性の魔法で新鮮な空気が絶えず入り込んできているので、さほど気にはならない。
「……実感しちゃったな」
野生動物や魔物の群れに囲まれた事はあったけど、人の群れ……、多くの人達と相対した事は無かった。
私がそう言うのを避けていた事もあったのだけど、今回は自ら飛び込んだ。
その事に後悔は無い。
どう言う経緯でその時の想いはどうあれ、自分で選んで行動した事だから、例え嫌な思いをしようとも、それを含めて自分の罪業。
だからこそ、分かってしまう。
自分が人間兵器なのだと。
その事に、胸が痛む。
何時かコッフェルさんが言っていた、魔導士は人間の変種であり、成り損ないなのだと。
今ならその言葉に含まれていた意味がよく分かる。
そうとでも思っていなければ、とても正気ではいられないのだと。
今回の相手の質はともかくとして、あの程度で正規の騎士達を蹂躙出来てしまう事に。
まるで同じ形をした別の生き物なのだと、言われたような気がした。
薄々はそんな気はしていたけど、あまりもの格差に心が否定してきた。
私の気分次第で、殺してしまえるのだと。
物凄く恐ろしい事なのに、実際にやろうと思えば簡単に出来てしまえる。
別に今日のように直接戦わなくとも、攻撃魔法の一つを放てばそれで終わってしまう。
ううん、そもそも人間が相手ならば攻撃魔法すらも必要が無い。
大気中に二割程ある酸素を、魔法で四分の一にしてしまえば、人はそれを一呼吸するだけで死んでしまう。
前世の知識がある私は、そんな事すら魔法で簡単に行えてしまえる。
そんな危険な生き物が、生きていていいのか?
そんな疑問がふと浮かんでしまう。
うん、馬鹿な事を考えるのは、止めよう。
気分が悪いからか考えも暗くなってきたし、まだ魔力酔いの影響が残っているのか視界が滲んだままだ。
手を洗って……。
その後は顔を洗って……。
髪を結い直して……。
ぁっ、ちゃんと目と目の周りに治癒魔法を掛けておかないと、勘違いで心配されてしまう。
化粧は……、うん、鋭いお姉様方にバレそうなので、止めておこう。
もう少しだけ此処で休んでいれば、自然と何時もの私に戻れるはずだから。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
魔物討伐騎士団王都師団長。
【シュヴァルト・カル・ガスチーニ】視点:
昼間の一件、あの娘から魔物の討伐で役に立つかもしれない技術を伝授したいと、鍛錬場に場所を移す前に聞いていたので、馬鹿供をその実験台にするのかと黙って彼女のいい様にやらせてて見たものの、当てが外れてしまったが、全体としては得るものが多かったと言えよう。
そして良き事もあれば、当然ながら良くない事もあり、それが問題だ。
事後処理を終え、陽も疾うの昔に落ち、夜の帳が落ちようとも、この部屋の中は真新しい魔導具の光が照らす中、幾人かの隊員に話を促す。
「報告を聞こう」
「第二護衛騎士団、当該の四十七名の内、十七名が骨折、二十九名が打撲、一名が無傷ですが恐怖のあまり気絶。
四十六名は、既に治癒魔法を施し回復済みとの事です」
副師団長であるロゼルトが、報告を纏めた物を簡潔に述べてくれるが、正直、彼奴等の怪我の具合など聞くに値しない報告だが、立場上は聞かぬ訳にはいかない。
問題があるとしたら、怪我をした者達が全て奴の配下なのかだ。
「演習場横の倉庫兼待機所に使われていた棟で気絶していた者は、ガルロード・ヒライスナーで、護衛騎士団の同部隊に所属する弓兵でした。
以前、合同演習で話した事があるので間違いないとの事です」
あのような演習ですらない模擬戦で弓兵まで潜ますとは、騎士として以前に軍人としてもありえん所業。
だが、あの馬鹿の事だ、どうせ認めてはおるまい。
「続けろ」
「目を覚ました後、本人は見学していただけと。
また、向こうの団長からは、そのような指示はしていないし、参加していない者への攻撃など抗議ものだと息巻いておりますが、最初に二名の者が現場に駆け付けた時には、弓射籠手を着けていた上、弓を構えていた形跡があり、言い訳は通用しないかと。
しかも、使われていたのは新型の弓矢の魔導具です」
「証人は?」
「キシバール隊員とセレスティナ事務官の二人です」
「ウチの隊付きとはいえ、文官をか?」
「はい、模擬戦の話が出た際に、急いで呼びに行かせたのが役に立ちました」
「よくやった」
ウチの方で問題が起これば黙らせ、先方に問題があれば証人として使える。
此れで先方の抗議を黙らすどころか、此方から正式に抗議を申し立てが出来る。
あの馬鹿は以前に所属していた王国の東部地方において、作戦行動に出る直前の治癒術師を無断で強引に連れ出したため、治癒術師不在のままに遠征に出ざるを得なかった討伐部隊が半壊の目に憂き目にあった。
その結果、死傷者多数。
戦闘終了後も治療が間に合わずに、多くの実力のある騎士が退役に追い込む事となった。
百を超える角狼の群れと言う災厄を討伐対象としているのに、治癒術師なしと言うあり得ない出撃は、予想を上回る群れの大きさに相当の激戦だったらしく、よくも全滅せずに済んだものだと言わざるを得ない内容の報告が上がっている。
退役に追い込まれた魔導士の中には、片足を魔物に食われながらも、最後の一頭まで他の騎士達を守りながら戦い抜き、部隊を壊滅の危機から救った二つ名持ちの優秀な魔導士も含まれていた。
当人は凶悪な野党の討伐に必要だったと言い訳はしたらしいが、そんな事前情報は一切無く、寧ろ小規模程度の野盗相手に過剰戦力を投入しいたため、単に自分が怪我をした時のための保険を掛けたかっただけの事。
正規の手続きを取らなかったのが、何よりもの証だ。
事実、野党の討伐は死人どころか重傷者が出る事なく終えていた。
それでも一応は公爵家の当主だからな、その責は取らされずに済んだが、その事実がなくなった訳ではない。
せいぜい護衛騎士団の指揮官としては、功を立てる事の出来ない中央に呼び戻させられただけの事。
だが、その指揮官としても無能な事が、今回、誰も庇う事の出来ない状況で露呈した。
「ロゼルト、参考までに聞くが、昼間の模擬戦であの馬鹿の立場に立たされた場合、お前ならばどのように動く?」
優秀な指揮官なら勝つための策を練るのは当然として、敵わぬ相手であるならば被害が大きくならない内に即座に撤退を決めるべきだし、引けぬ状況であれば犠牲を出してでも相手を倒すか、援軍を呼んで足止めをするか、又は消極的ではあるが相手に引かせるか等の策を練らねばならない。
「どのようにもなにも、話になりませんね。
最初に土の防壁を出された時点で、勝ち目がないと判断して白旗です。
模擬戦でしかない以上、無理を通すべき時ではありませんし、一瞬で広範囲に人の背よりも高い土壁を自分の周りに築かれたのですよ。
実際には目くらましの魔法でしかありませんでしたが、もしもアレが攻撃魔法なら、全員が土砂に埋められるなりしていたと、指揮官クラスなら誰もが理解できます。
まぁ、それで状況が飲み込めなかったとしても、四、五人倒されて盾と剣を奪われて、全て相手の武器とされている時点で後の展開なんて読めますからね、その時点でも勝ち目がないと判断すべき状況でしょうな。
おまけに未だに信じ難いですが、相手の火球魔法を乗っとるだなんて真似をされたのですよ。
圧倒的な力の差を見せつけられた様なものです。
実際にあの時点で、護衛騎士団の魔導士は心が折れていましたね。
しかもそんな馬鹿げた方法も騎士達を相手にしながらなのですから、まともな手段ではは生まれないと見て良いでしょう。
何方にしろ、もし彼女が本気であったならば、勝てるどころか撤退すら不可能だと判断しました。
何せ彼女は探知の魔法を使い、更には空間移動の魔法も使うのですからね」
「だろうな。
お前のその所見、報告書に書き起こしておけ」
「良いのですか?」
「構わぬ。
上は彼女の実力に関しては、ある程度知っている。
今更これくらいの事を報告したところで問題にすらなるまい」
問題にすべきは、前回、棚上げにされたままの責に今回の責と一太刀も振るう事なく気絶した上、下半身を濡らすと言う醜態に指揮官としての無能さを記した報告書、おまけに陛下お気に入りの玩具に、騎士団を巻き込んで喧嘩を売ったと言う事実だ。
次代を待たずに伯爵落ちは免れまい。
まったく何のために、陛下が玩具宣言をしたと思っているのか。
「此れでまだ温情を掛けると言うのであれば、誰であろうと喧嘩を売るだけの事だ」
「此れで簡単に折れたら、師団の士気に関わりますな。特に誰かの」
「やかましいっ」
そんな事は言われんでも分かっている。
実際、魔物討伐騎士団の中では彼女へのシンパはかなり多い。
自分達を生き残らせるための武具を与え、更には暖かい飯まで与えたのだ。
死線をくぐり抜けてきた者であればある者ほど、それを与えた彼女に感謝する者が多いのも当然だろう。
中には、あの竃の魔導具に刻まれた言葉を見て、売名行為だと揶揄する者もいな訳ではないが、大抵は口にして数日後には二度と口にしなくなる。
特に、この王都の部隊ではその傾向は顕著に現れている。
色なしだという事さえ除けば、明るく優しい性格。
多少変わった所があるのは確かだが、彼女自身の本質は作られた魔導具を見れば分かるし、一度、本人に触れれば、それが尚更によく分かる。
その証が今日の一件だ。
彼女は人が傷つく事より、自分が傷つく事を選ぶ。
「まったくルメザヴィアの奴め、商会名に女神の翼とはよく名付けたものだな」
「そうですな。まさに鋼の翼。
我等を庇護せし女神の両翼でした」
おそらく本人は意図していなかっただろうな。
戦いの最中、ただ単に視界の邪魔と言う理由と、弓兵からの狙撃を警戒して後ろに回した結果が、まさに鋼の剣を重ねて作られた翼に見えた。
しかもその刀身に陽光を煌めかせて戦う姿は、幻想そのもの。
「強くて、将来美人は間違いなし」
「頭も良くて、気配り上手」
「おまけに作る料理も美味い」
「まるで少し前の私達みたい」
「ね〜〜」
我が隊の華、戦乙女と呼ばれてはいる女性騎士隊員達だが、華どころか文武共に男性隊員顔負けの実力者揃い。
その辺りは何処の師団でも似たようなものだが、もし、此処に男性隊員達がいたとして、どれだけの者が彼女達の言葉に頷いただろうかと思うが、そんな事を考えているのが悟られたら、後々面倒な事になるので話の先を促す事にする。
「そんな事よりも、お前達の報告がまだだが」
下手な感情が顔に出る前に、さっさと話しを促す。
早々に危険な会話から脱したいのは確かだが、今はそういう会話をしている時ではない。
「模擬戦の後、彼女を遠くからつけましたが、乙女の秘密の部屋と言う事で」
「……それで?」
「身体を休める振りをして外壁に身体を預けて、秘密の部屋の外壁に糸を張って後は身体強化した耳での盗聴と、頃合いを見て私も使う振りをして来ましたが、詳しく聞きたいですか?」
「詳細はいい、貴様の所見を述べよ」
相手が探知の魔法持ちだと分かっていれば、やりようはある。
そして目の前の彼女等は、それが分かった上で動けるだけの頭も能力もある上、判断においてもそれなりに信用している。
故に、誰が好き好んで、そんな変質者的な事を聞きたいものか。
その様な悪癖はないし、後々厄介毎になると分かっていて足を踏み込む真似などせん。
くだらぬ事で上司を揶揄ってないで、とっとと先を話せと視線でもって促す。
これ以上の戯言は特別鍛錬ものだぞと。
「嘔吐らしき呻き声と嗚咽らしきものを確認、それと幾ばくかの独白染みた言葉を発してました。
間を見てからの接触時は、模擬戦後より顔色は良くなってはいたものの、精神的に少し弱っている様に感じられました」
最初はトイレにでも行ったと思ったが、少し変な感じを受けたため此奴をやったが、正解だった様だな。
しかし顔色か……、ただでさえ白い顔だから分かりにくかったが、流石は同性だな。
その辺りを見抜く辺りは、仲間意識のためか、それとも相手の弱みを見逃さないためのものなのかは兎も角として、儂等男性陣よりよほど観察力がある事が多い。
「判断を聞こう」
「今回の件ですか? それとも彼女自身に対して?」
「今回の件を含む、お前達にとって、あの娘がどう映っているかだ」
下手に情報を持っている儂よりも、むしろ歳の近い同性である彼女達の方が、冷静に判断できるだろう。
女はそう言う事には冷徹だからな。
「あの娘や、あの娘の知り合いであるヴォルフィードとノンタークの二人から聞いている狩りの話から、模擬戦で疲れたからとは別の事が要因でしょうね。
戦災級の魔物の群れに囲まれても平気な子が、あの程度の数の人間の群れを相手に疲弊するとは思いませんから」
「お人好しの上、とことん甘ちゃんみたいだから、まぁ【人間】が相手って言うのが、疲弊の原因ってところでしょうね」
「団長が何のために、脅しで追っ払おうとしているのか分かっていない世間知らずではあるよね」
「バーカ、あれは自分の事で問題になって、周りの人間が迷惑をしているのが我慢できなかっただけよ。
周りがそんな迷惑など、欠片も気にしていない事に気がついていない事には違いないけど」
「総じて、お人好しの甘ったれの自己満足に浸るおチビちゃん?」
ぁぁ……、冷徹に判断しているだろうと思ってはいたが、お前等、そこ迄言うか?
「あ〜、団長ったら勘違いしている目をしている」
「だよね〜、絶対人の事を冷たい人間とかロクデナシとか思っている顔だよ」
「言っておきますけど、団長が冷徹な言葉で言って欲しそうだったから、期待に応えただけですし、別に今言った事が悪いと言っている訳じゃないですよ」
「そうそう、私等、皆んなあの子の事が好きだし」
「だよねぇ〜、嫌いになる訳がないじゃない」
いや、今のを聴いていたらとてもそうは思えんが、……此奴等の事、儂等の反応を楽しんでいたとしても、なんら不思議ではない。
いいから続けろと溜息混じりに促してやると。
「自分達にとって利のある相手と言うのもありますけど、今、言った事も当て嵌まっていて、当て嵌らないんですよね、あの子の場合」
「なんて言うか話をしていたり、よく観察していると、子供が大人ぶっているんじゃなくて、逆で大人が子供ぶっている感じを受けるんですよ、おかしな事に」
「でもそう考えると、何も知らない子供の我が儘じゃなく、全部分かっている上で、お人好しで甘ちゃんな道を選んでいるって事なら、嫌いじゃないかなそう言うの」
「そもそも、いくら天性のものがあったとしても、アレだけの魔法を使い熟したり、色々な魔導具を作ったり、模擬戦でアレだけの動きができるのも、血の滲むような努力がないと、とてもじゃないけど出来る訳がありませんから、見た目通りの子供ではなく、むしろそう考えるのが自然かなって」
「夏に来ていた時もそうだけど、時間があったら、当たり前の様に何かしら勉強なり研究なりしている姿を見ると、相当な努力家ですね。
でも、その上でアレだけ真っ直ぐ歩いているなら、年上のお姉さんとしては応援したくもなりますよ。
まぁ、多少の世間知らずは、むしろ可愛げのあるところかな」
ならば最初からそう言えと言いたいが、此奴等の事だ、対極の視点で敢えて述べたと考える方が自然か。
まあいい、年寄りの視線と若いものの視線の違いは差はあれど、共通すべき認識も多くあるな。例えば……。
「儂としては、もっと大人に頼って貰いたいものだが、彼女の立場を考えれば、そうもいかんか」
「その事ですが、少しお話が」
「許す、話せ」
そうして彼女の話を聞き終え。そう至った根拠を話せと問えば、女の勘だと巫山戯た返答を返してくるのだが、……此奴等が真面目な顔でそんな事を言う場合は、大抵は当たるから馬鹿に出来ん。
総合的な判断だけど、その根拠を示せない事を勘と言う言葉を使っているだけなのだろうが、そこで【女の勘】と言う言葉を使われると、途端に胡散臭く聞こえてくるのは、儂だけではないと思いたい。
「成る程、そう考えれば色々と辻褄は合う」
なにより、コンフォードのところのコッフェル老師の意見と合う。
最初は孫の様な彼女に対して可愛さゆえの発言かと思いもしたが、老師と此奴等の意見、そして根拠の乏しい判断とはいえ、同様な意見が幾つも揃えば、無視できない判断だと取るべきだろう。
人間相手の殺し合いは、あの娘の心を静かに壊し、正気のままに狂わしてゆく類の人間だと。
ふぅ……、厄介だな。
唯でさえその手の闇に陥った人間の末路は、狂気から周りを巻き込んでの暴走死が多い。
そして魔導士であれば、その暴走の仕方も被害も、普通の人間の比ではない。
ならば、その手の類に近づけないのが一番だろうが、此れからあの娘を利用しようとする者が益々増えてゆこうとする中、強引な手を使う輩がいないとはとても思えん。
ならば、目立つ事にはなるが、まずは牽制しておくべきだろう。
「分かった。
先ずは、護衛騎士団が討伐騎士団の客人に暴言を吐いたため、一方的に叩き伏せられたと、あの屑の名前と共に噂を流しておけ。
それで当分の間は、ウチとウチの客人に喧嘩を売る馬鹿は息を潜めるだろう」
「代わりにウチの評判は下がる事になるのは仕方ないですが、馬鹿がそれを理解できますかね?」
「その時は構わん。
馬鹿にも理解できるように指導してやれ、儂が許す」
まぁウチに喧嘩を売るだけぐらいなら、皆、軽く流すくらいの頭と余裕のある者達ばかりだ。
その馬鹿と言うのは、誰に対して馬鹿をしたのかは自然と限られてくる。
後は何処まで広めるかは上と相談するとして。
「女神が新たに授けてくれた物を、形に出来た者はどれくらいいる?」
「私は覚えた」
「私も」
「もちろん」
「当然」
「形だけだけどね」
「貴様等はいい、団の者で聞いている」
全くコイツらは優秀ではあるが、直ぐに図に乗る、しかも分かっていてやっているから頭が痛い。
「ヴォルフィードとノンタークは当然として、部隊長クラスの何名か。
後は平で数人かな。
そう言う事なので、私等全員、教導側に入れます」
はぁ……、本当に優秀だから、ある意味扱いに困る。
頼もしくはあるのだが、年寄りには此奴等のノリには付いて行けん、流すのにかぎると理解できるまでが長かった。
「ならば、夏までに団員全員に形にさせろ。
部隊長クラスは息をするレベルで身につける様に通達」
「それは団長も?」
「当然」
「「「「「……っ!!」」」」」
言葉と共に、彼女から授かった技を発動させる。
部屋の空気が一気に何倍にも重くなった様な圧力と共に、場に満ちる殺気。
彼女が魔物の【咆哮】を基に開発した、新たな魔法【威圧】。
魔力投入型の身体強化同様に、魔力持ちでさえあれば発動させる事が出来る身体強化型の魔法の一種。
効果は、今、部下供がとっさに後ろに飛び退くほどに感じている圧力。
儂の場合、殺気と共に込めるのが一番覚えやすかったが、彼女が見せた様に相手を倒すという強い意思でも、闘気でも、怒気でも、覇気でも構わないとのこと。
要は相手に向ける強い意志を魔力と融合して身体から前方に発するモノだが、理屈とそしてちょっとした魔力制御のコツを掴めば、発動する事ができる。
儂がこの時間まで報告が聞けなかったのは、事後処理を終えるのを待っていたと言うのもあるが、師団長として面子を保つためもあり、彼女に個人指導を受けていたからこそ。
慣れれば、集団戦において人災級クラスまでなら、かなり有効だろうと言っていたが、今の儂ではそこ迄はとても無理だろう。
せいぜい一般人相手に恐怖で体を硬直させ、思考を鈍らせれる程度だ。
部下達が現状で誰が一番なのかを分からせられた所で【威圧】を解除し……。
「と言っても見ての通り形だけだ。
形にしてから、質を上げて本当に身に付くまでが長い」
「ですね」
「流石は団長と言いたいけど」
「アレを知った後だとね」
「確かに」
「私等、団長以下だけどね」
彼女がこの【威圧】を見本で見せた時、腰を抜かした者や気絶した者が何名も続出した。
手加減されてさえ、それだ。
あれを知る者の前では、今の儂の放った【威圧】など児戯に等しい。
だが、身体強化の魔法同様、自分で【威圧】に成り切っていないと分かるのも、この魔法の良い所でもある。
そして、この【威圧】をある程度まで身につけて纏っておけば、魔物の【咆哮】にもある程度耐えられるとも教えてくれた。
つまり、この【威圧】の魔法は、武器ではなく身を守る鎧として、彼女は伝えたかったのだろう。
魔物の脅威と対抗するための鎧として。
「最後に皆に徹底させろ、【威圧】の習得は殺気でも構わん。
だが、身につけるのは殺気以外のモノにしろとな。
それが騎士団としての矜持だ」
女神の翼の庇護にある者が殺戮集団と思われては、それこそ騎士団の顔にも、そして女神の顔にも泥を塗る事になりかねん。
我等、魔物討伐騎士団、民を守りし剣であり盾なのだからな。
その誇りを忘れれば、それこそ我等は、ただの殺戮集団でしかない。




