231.こいつら全員、ヤっちゃって良いですよね?
「ほう、今回は随分と突っかかるではないか?」
「流石に職務中に遊んでいるのを見れば、諫言したくもなるもの。
どこの貴族の令嬢か知らんが、男の職場に顔を出すとは、はしたないとは思わぬのかね。
まぁ、女を捨ててる連中は別にしてな」
「「「「「「あいつっ」」」」」」
馬鹿だ。
今、あの人、此処にいる女性隊員全員を敵に回したよ。
此処にいるお姉様方の殆どは貴族の令嬢だと言うのに、あんな暴言を吐くだなんて何を考えているのか。
それに、こう言ってはなんだけど、魔物討伐騎士団で戦えている女性隊員と言うのは、魔導士か相当な魔力持ちの人間である事が多い。
目の前にいるお姉様方は魔導士ではなく魔力持ちなのだけれど、間違いなくあの人より強いと思うよ。
あの人自身も魔力持ちらしいけど、保有魔力も質も違いすぎる。
多分、魔導具を揃えた対魔物用の遠征装備でなら、間違いなく今のヴィーとジッタ二人掛かりでも、お姉様方の一人の方が強い。
同じ魔導具の装備でも、持っている魔力で自然と嵩上げされる力も変わってくるからね。
だからこそ、以前にヴァルト様のお屋敷にお世話になった時に、お姉様方は私やジュリの護衛に回させられたのだと思う。
あと誤解のない様に言っておくけれど、ヴィーとジッタが弱いのではなく、このお姉様方が強いだけの事。
理由は別にあるのだけど、今はそれは今は置いておくとして。
「よくぞ、そこまで言った、それだけの覚悟があっての事だろうな」
「なにをこれくらいの事で目くじらを立てている。
獣ばかり相手にして、獣の様に相手に噛み付く様になった訳ではあるまい」
あっ、あかんやつだこれ。
相手は、ヴァルト様が引けない状態になっている事に気が付いていない上、手を出す訳がないと高を括って、まだ突っかかる気でいる。
はぁ……、しかたない。
「ヴァルト様、お待ちください」
「なんだ小娘が、大人の話に顔を突っ込むものではないぞ」
「悪いが少し黙っていて貰いたいのだが」
失礼なおっさんと違って、ヴァルト様の声音からは、自分達の沽券に関わるから今は黙っていて貰いたい、と言う意志と優しさを感じる。
だけど、そんなのは私だってそうだ。
私のために、大事にして貰いたくはない。
「失礼ながら本意はどうあれ、先程からの発言は、私が小娘で弱いから故と思われますが、その小娘の実力身をもって試されてみますか?
こう見えても魔導士ですが、攻撃魔法は一切使わずに全員を相手にしてみせますよ。
無論、そちらの魔導士の方を含めてもらっても構いません。
湯が沸くより早く、全員を地面に叩き伏せてあげられますから」
「貴様っ! 我等護衛騎士団を馬鹿にするのかっ!」
馬鹿にされる様な事をすれば馬鹿にされて当然だと思うけど、私としては正直面倒臭いのでしたくないのが本当。
なにより、痛いのも痛くするのも嫌いですからね。
「別に、事実を言っただけです。
貴方方全員掛かりでも、私に傷一つ付けられない程度の実力しかないとね」
ただ、こうすれば私個人の問題で済むし。
此処で恥を掻けば、当分は大人しくしてくれるんじゃないかなとも思う。
魔物討伐騎士団の人達が、私を馬鹿にするのが許せないと言うのであれば、私自身も同じ事。
私を大切にしてくれる人達を、守りたいと思ってなにが悪い。
たとえ目の前の事しか対処できないとしても、私に出来る事なんて元々それくらいのものだもの。
「貴様っ、いくら小娘の戯言であろうとも、そこまで言われて我らが黙っているとは思うなよ」
「御託は良いです。
これが魔物が相手だったら、そんな事を言っている間に全滅していますよ」
ヴィーやジッタのほか、アドルさん達を相手にしていたせいか、なんとなく相手の実力が分かる様になってきた。
目の前のこの人は、はっきり言って弱い。
おそらく指揮官タイプなのだろうけど、周りの人もそれほど強くはない。
精々が同じ指揮官タイプであるヴィーやジッタに僅かに及ばない程度だ。
夏前の頃の私ならともかく、今の私が遠慮をしないのであれば、攻撃魔法抜きでも余裕で勝てる、……たぶん。
「ユゥーリィ良いのかね?」
「良くはないですが、私が原因ならば仕方ありません。
後始末はお願いする事になるでしょうけど」
「此方としてもその方が楽ではあるが、面倒だから殺してくれるなよ」
「残念ながら、人を殺せるほどの度胸はありませんから」
「なら、そのままでいてくれたまえ。
そう言うのは大人の仕事だ」
うん、ヴァルト様、渋いです。
こう言う上司を持てて、ヴィー達やお姉様方も幸せだと思う。
さてと彼方さんも準備も出来た様だけど、ざっと四十人と言った所か。
女の子一人に大の男達が大きく周囲を取り囲んで、恥ずかしいと思わないのかな?
実際は攻撃魔法で、一網打尽にされないための対策なのだろうけど、そもそも宣言通り攻撃魔法を使う気のない私としては、この方がやりやすいけどね。
「ユゥーリィ、得物を出し忘れてないか?」
「要らない。
出すまでもない相手だもの」
心配してだろうけど、ヴィーが的外れな事を聞いてくるけど、あれはあくまで相手を怪我させないためのものだし、接近専用の得物。
今から私がやるのは、ヴィー達に合わせ、私の鍛錬のためでもある身体強化を主体とした綺麗な模擬戦じゃない。
攻撃魔法を使わないだけの、魔導士の戦い方。
でも、今の私とヴィーとのやり取りが相当気に食わなかったのか、私を取り囲む人達は一気に殺気付く。
はぁ……、本当に大人気ない人達だこと。
「手足の一、二本は幾らでも再生できる。やれっ!」
騎士にしては随分と御行儀の良い合図と共に、剣を構え包囲の輪を縮めようとする哀れな人達。
ゴゴゴッ!
なので、私もそれと同時に私と護衛騎士団の人達の間に【土】属性魔法を発動させ、私を中心に半径五メートルほど一帯に、地響きと共に高圧縮した土の壁を作り出す。
攻撃魔法ではなく、防壁であり目隠しでもあるので、私から言い出した攻撃魔法禁止の制限には引っ掛からない。
そして流石は相手にも魔導士がいるだけあって、反応が早いのか、それとも元々撃つつもりだったのか、手加減された火炎魔法が上空から迫ってくるものの、私はそれを無視する事にする。
魔力がまだ残っている土壁が邪魔して、私の位置は正確に掴めないだろうからね。
その代わり私がしたのは……。
ドゴッ!
地面を蹴る様にして土壁に向かい、身体強化で放った拳が高圧縮した土塊を破壊し、圧縮された土塊はそのまま石礫となって、その向こうにいる護衛騎士団の人達へ襲い掛かる。
石礫を追う様に私は土の防壁から飛び出し、石礫を受けて怯んだ護衛騎士団員二人を、身体強化を掛けた素手でもって吹っ飛ばす。
そんな中、背後で土の防壁の内側を、相手が放った火炎魔法が炸裂しているけれど、元々大した威力を込められていないため、防壁の内側を赤く染めたに過ぎない。
何はともあれ、最初から狙っていた人間を倒せたのは幸運だった。
でも、幾ら私を舐めていようとも流石は王都の騎士団、派手な土魔法と石礫の目眩しの効果など、その二人で終わり。
既に周りは状況を把握し終え、別の護衛騎士団の人達が私に剣を振るってくる。
かかんっ!
「「な゛っ」」
だが、私を守る様に回り込んだ重て硬い鋼鉄の盾によって、その剣は簡単に弾き返されてしまう。
相手の攻撃を弾いた盾は、先ほど私が吹き飛ばした二人が持っていた物。
二人を吹き飛ばす際に魔力の紐で奪い、力場魔法でもって操り振るわれた剣を弾いただけ。
無論、弾くだけでなく。
がん!がんっ!
「「ぐがっ」」
リーチが短く小さな手しか持たない素手とは違って、大きな盾であれば、攻撃を防ぐ事も、相手に当てる事も簡単だから、身体強化した手で振るえば、相手を軽く吹き飛ばす事も可能。
効率的かどうかは、この際無視。
魔力と盾の大きさに物を言わせて相手に当てれば、十分に威力は発揮する。
狙いは相手の出鼻を叩き、反撃に出る前に士気を挫く事。
だからこそ、大盾持ちが密接していた二人を最初に狙った。
そして当然ながら、今度は今しがた盾で吹き飛ばした相手の剣を魔力の紐で奪い取るのは忘れない。
まったく、幾ら攻撃を受けたからって、己が獲物を握る手を緩めるだなんて、本当に騎士なのかしら?
本当は魔力の紐で動きを止めた隙に、形状変化の魔法で持ち手を切り離して奪うつもりだったのに、そんな必要も無いだなんて情けないにも程がある。
二本の剣を魔力の紐で操りながら、更に別の護衛騎士に振るう。
剣自体をブロック魔法で包んでいるから、ただの棍棒扱い。
骨折や打撲はしても、斬り殺してしまう心配はない。
ヴゥーン。
新型の魔導具持ちの護衛騎士が、その魔導具を発動させて邪魔な剣や盾を切り払おうとするけど。
ギィ。
悪いけど、その魔導具は私には効かない。
開発した時点で対策は考えてあったし、課題だったブロック魔法への付加も夏前には出来ていた。
しかも、今は剣や盾がブロック魔法の軸になっているため、単純に魔導具対策のためだけのブロック魔法二重ね掛けをするだけで済む。
攻撃の威力を殺すために、普通の盾の魔法の様にブロック魔法を何重にもする必要はない。
結界を作る魔導具よりも防御力を一時的に上げる盾や鎧の魔導具が多いのは、単純に魔力効率のためではなく、芯となる防御力があるから、そこに魔法を重ね掛けをした方が簡単で、更に魔導具の寿命も延ばせるからだ。
盾の魔法と言うのは極端な話、空気を圧縮して作った盾の様な物。
そこに物理的な強度を出すためには、より大きな魔力だったり、角度を工夫したりと小細工が必要。
でも、芯材があるのならば、その物が持つ強度と重さを活かす事ができる。
攻撃魔法の殆どは重さと言うものがないし、硬さを出すにはそれだけの魔力制御と魔力が必要となる。
だからこうして芯材があれば、その欠点は大きく解消されるだけでなく、魔力も魔力制御をするための負担も一気に減る。
ががん!
「げふっ」
「おごっ!」
後は蹂躙するだけの話。
魔力伝達コードを使っていないため反応は悪く、コードの重さと遠心力を活かす事は出来ないし、幾ら剣や盾が重いと言っても人間が奮う攻撃に比べたら、遅く軽い攻撃でしかない。
でも、それは数が補ってくれる。
倒せば倒すだけ私の盾と剣が増えて行くので、自然と私の進攻は速くなっていくし、増えた得物は視界の邪魔になるので、使わない分はマントの様に私の左右と後ろに浮かせておけば、相手の攻撃を一方向に限定できる。
おまけに不意を付いた相手の攻撃にも、直ぐに対応しやすくなる。
ひゅごっ!
魔導師の攻撃は、ブロック魔法で包んだ盾で防いだんだけど、その事で本気になったのか、火球魔法を放って来たのだけど。
火球魔法って結界で包んでいるんだよね。
じゃあその結界を、私の結界で更に包んで圧縮したらどうなるかと言うと。
「んなっ!
……馬鹿なっ!」
ええ、逆に乗っ取れます。
無論、魔力の波長の違いで干渉を引き起こすけど、複数の結界で包んでいる内に、治癒魔法の応用で波長を合わせやれば、出来ない事ではない。
相手の戦意を挫けるかもしれないとやってみたけど、思っていた以上に負担が大きいから実戦向きではないかな。
正直、魔力酔いして気分が悪くなってきた。
喉まで込み上げてくる程に吐き気が襲うから、二度と使わないでおこうと心に誓う。
「…ゔっ」
流石に私が作った火球ではないから、火球を還すのは無理なので空高くに上げて、火球魔法を炸裂させる。
ついでに驚いて固まっている魔導士に一気に詰め寄って、盾で殴って気絶させておく。
勢いで馬鹿な真似したからか、本気で気分が悪い。
気持ち悪くなって動けなくなる前に、早く終わらせないと。
─────そうして、僅かに残った可哀想な護衛騎士団の人達を、文字通り全て吹き飛ばし終え。
「さて、後は貴方様だけですね」
「ま、まて、謝罪は」
「そんなもの、いらない」
がががががっ!
奪い取って私の得物にしていた剣達。
その全てを空高く上げてから、相手の周囲へと一気に落として地面に突き立てる。
全ての刃を内側にして出来た剣の林は、牢獄に見立てた物。
むろん、一擦りもさせていませんよ。
流石にヴァルト様と同格かもしれない護衛騎士団の団長さんを、直接攻撃するのは後々が面倒な事になりそうですからね。
でも、これで十分でしょ。
「……ああ、忘れる所だったわ」
大きすぎて当たったら面倒なので、残していた盾を手に掴み。
ブンッ。
ドゴッ!
盾は離れた建物の壁に突き刺さったけど、狙い通りその壁の破片が当たったのだろう。
指向性の集音の魔法でもって、僅かに呻き声が聞こえて来た。
まったく、一対多数の模擬戦において弓兵まで用意してくるなんて、何を考えているのか。
空間探知の魔法で居た事は分かってはいたし、それが見物のためか、狙うために潜んでいたのかくらいは分かる。
九歳の頃から弓矢で狩りをしていた私を舐めないでもらいたい。
弓使いが、弓使いの狙う気配が分からないとでも思っているのかしら。




