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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
227/977

227.白角兎と押し掛け弟子。





 冬。此の世界にも当然ながら四季は巡るのだけど、温暖なコンフォード領は、その移り変わりは生まれ育ったシンフェリア領ほど厳しい物ではないとは言え、それなりに冷え込む。

 雪が深く積もる訳でも無く、耳や指先が赤くなる程度の寒風が吹くらいの優しい冬。


「十分に寒いですわっ!」

「ジュリ五月蝿いっ、逃げられるでしょうが」


 まったく此れ位の寒さで悲鳴を上げるだなんて、鍛え方が足りないのではないかと思う。

 一度、シンフェリアの冬を過ごさせてあげたいくらいだ。

 先日、アルベルトさんのお墓参りのために、雪の中に行っただけに余計にそう思ってしまう。

 とにかく、此のコンフォードの冬といえば、美味しいお肉の季節。

 究極のお肉である白角兎(ホワイト・ラビット)が地中から顔を出し、尚且つ一番美味しくなる季節。

 せっかく見つけて、もう少し三匹が求愛行動に夢中になるのを待っていると言うのに、そんな事を大声で口に出されては台無しである。

 あれ一匹でどれだけの価値があり、どれだけお腹いっぱいに究極のお肉に有り付けると思っているのか。

 ライラさんの結婚式の時に使った、熟成した白角兎(ホワイト・ラビット)の肉は、まさに究極で至高のお肉でしたからね。

 冷凍庫のない此の世界では、肉の熟成は賞味期限が短くなるため、売り切れる量以外は、塩漬けか干し肉などの加工品の物でしか出回らない。

 最近は、私の出した本に触発されて、ベーコンやソーセージなどの加工品も出回ってはいるらしいけれど、その数はまだまだ少ない。

 そして高価な白角兎(ホワイト・ラビット)は、高価すぎて一度に売り切れる物ではないため、大抵はそのまま解体された物が、貴族やごく一部の高級店に卸されるだけ。

 丸々一頭を熟成するなど、よほどの一頭丸々消費する予定がある余程のお金持ちか、私の様に収納の魔法に自信がある魔導師を召抱えている家ぐらいだろう。

 よし、求愛行動に集中しきっている今っ!


 ぷす。

 ぷす。

 ぷす。


 相撲の様に、押し合いにも勝負がつきそうになり、恋の相手を求めて必死に押し除け会いをしている雄の二頭も、そして繁殖の相手として、その勝負の行方に興味がある雌の一頭が最高潮に盛り上がった所を、私の放った弓矢が襲い、三頭とも無事に仕止める事に成功する。


「相変わらず見事な腕前ですわね」

「魔法で軌道修正を掛けているから、慣れの問題よ」

「普通は、彼処まで正確な修正はかけれませんわよ」

「そこは真剣度の問題じゃないかなぁ」


 此の世界の魔導師は、選民意識の高い人間がそれなりにいるし、狩猟などしなくても食べて行けると言う自覚もある。

 私自身も、どちらかと言うと趣味としての意味合いが強い。

 実利より美味しい食べ物を得られるというね。

 無論、その実利だって馬鹿にならない。

 子供の私ですら、シンフェリアに居た頃から、年収として金貨(ひゃくまん)単位で儲けていたし、魔物でもある此の三頭など、大凡で金貨五枚に銀板貨五枚の価値がある。

 前世換算で五百五十万相当の売却価格。


「そんなにするんですのっ!?」

「そう、嫌でも真剣になるでしょ?」

「た、確かになりますわよね」

「そう言う訳で、次は譲ってあげるから頑張ってね」

「えっ?」


 早速、次の求愛行動中の白角兎(ホワイト・ラビット)らしき反応を空間レーダーの魔法で発見したので、ジュリを引きずる様にして駆け出す。

 求愛行動中に現場まで間に合うかどうかは、時間の勝負。

 そして間に合ったのならば、周りが気にならないくらいに集中しきるまで待って、一気に仕止めるかが勝負。

 ジュリ、寒さなんて忘れて頑張りなさいね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「……はぁ…、いえ、すみません言葉を失いました」

「別に全てを買い取っていただけなくても構いません、数が数ですから」


 リズドの街の何時ものお肉屋さん。

 ライラさんの結婚式の時に、お肉の件で此のお店のオーナーと一悶着起きたものの、商会のヨハンさんの取りなしで、無事に預けてあったお肉を取り戻し、ライラさんの結婚式を迎えれたので、私としてはそれ以上は思う所はない。

 何せ悪いのはオーナーであって、此のお店の人達ではないですからね。

 なんでもあの一件の騒動が原因で、オーナーが所有している商会が、内部分裂を起こした挙句に、結局、お肉愛に溢れた人達が商会から独立して別の商会を立ち上げたとの事。

 それでなんとかやって行けるのかと心配するのだけど、例の一件をネタに今度は脅迫の種にして、販路と供給路を奪ったとかなんとか物騒な噂話を聞いた気がするけど、まぁ噂は噂。

 こうして無事に付き合えていられるのが一番大事。


「雌の六頭と、此方の傷物の二頭は、熟成の方をお願いしたいのですが、後は買い取ってもらえれば、……流石に量が多かったでしょうか?」


 結局あの後、求愛行動中の白角兎(ホワイト・ラビット)の群れを十一グループ見つけ、全部狩り獲って来た。

 つまり、雌が十二頭に、雄が二十八頭、合わせて四十頭もの白角兎(ホワイト・ラビット)である。

 雄の数が合わないのは、雌一頭に数頭が集まっていた分である。

 ざっと換算すれば、お肉だけで雌が金貨二十四枚に雄が金貨三十五枚となり、角や肝なども大凡金貨十二枚になる。

 魔石は別にしても、合わせて金板貨(せんまん)で七枚超えにもなるので、幾らなんでも簡単に支払えるものではない。

 そんな訳で、雌の六頭分は、爵位拝命の際に後ろ盾をして下さった家に対して細やかながら季節のご挨拶品として、ジュリが狙いに失敗して頭を吹き飛ばした二頭は、身内で消費用として美味しく頂くとする。

 実際、一匹あたりが牛一頭分以上もあるので、とても私やジュリやコッフェルさんだけでは食べきれない量となる。

 だから何かのお祝い事に出す時用にしておくつもり。


「なんでしたら私の方で保管をしておいて、売り先が見つかったら改めてという事でも構いませんし、別の街のお店で引き取って貰うと言う考えもあります」


 だとしてもやはり金額が金額なので、こういう分割もありだし、それでも厳しいのであれば、王都の方で改めて売れば良いと考えている。

 お互いに無理はいけないし、長く付き合いたいのであれば、良い商売である事の方が大切。

 結局、話し合いの結果、熟成を引き受けてもらった上、雌四頭と、雄八頭を購入していただいた。

 残りは王都で売るにしても次回からは、もう少し手加減をしようと心に誓う。


「絶対にユウさんは、その内に馬に蹴られますわ」

「その時は、その馬ごと美味しく戴くだけの話よ。

 大体、そう言う意味ならジュリの方が酷いと思うけどな」


 なにせ、掛かっている金額の緊張感に、あわあわとしている内に恋を賭けた勝負に片が付いてしまい、片方の雄が倒れた場所が悪かったのか岩に頭を打ちつけて気絶している中、その横でさっそくおっぱじめている最中の二匹の頭を吹き飛ばしたのだからね。

 まさに幸せ絶頂中の所を邪魔したジュリの方が、余程馬に蹴られる所業だと思う。

 幸いな事に貴重な角は無事だったものの、もう少しズレてたら、銀板貨(じゅうまん)数枚分が吹き飛んでいた事になる。


「不可抗力ですわ」

「緊張感と集中力の不足。

 後で特訓と言いたいけど、こればかりは経験か」

「そ、そうですわね」

「ああ、でも練習量に裏付けられた自信と言うのもあるわね」

「そんなの迷信ですわ」

「ホプキンスが、よくジュリに言っている言葉だけど」

「き、気のせいですわ」


 うん、ジュリを虐めるのはこれくらいにして、熟成が出来たらジュリに食べさせてあげるかな。

 美味しさを知れば、緊張感なんて吹き飛んで、狩る事に集中出来るだろうからね。

 ジュリ、ライラさんの結婚式の時は、ホプキンスにも言われてて、案内役に徹していたらから、白角兎(ホワイト・ラビット)の熟成肉を食べれなかったんだよね。

 そういう案内役や給仕役の人達用に取っておいた分が、何時の間にか白角兎(ホワイト・ラビット)の熟成肉に感動した御客様によって、食べられてしまいましたからね。

 私も新郎新婦であるライラさん達も、挨拶回りに忙しいのもあって試食分くらいしか食べれなかったから、今回多く獲れた事は丁度良かった。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「と言う訳で、今日は、そっちの御土産は無く、結婚式の時に余った鹿肉で作ったハムを使いますね」

「まだ余ってたのか?

 てっきり食べ尽くされたと思っていたんだが」

「余ると思って出さなかった分が、残っているだけです」


 ライラさんの結婚式の後の披露宴は、ある意味阿鼻叫喚の肉パーティーと化してしまった。

 いえ、純粋に皆さんお祝いしてくれたり挨拶もそれなりにあったのだけど、やはり秋祭りの最中の雰囲気は伝播するらしく、最後の方は、数だけは大量にあった鴨肉や鹿肉に猪肉は、街道を行き交う人にまで振る舞う事になってしまったからね。

 途中、私オリジナルのタレが無くなって何度作らされた事やら。

 流石にあの時は、髪やドレスに焼き肉の匂いが付くからと、調理する方は見逃してもらったけれど、肉を大量に持って来た私が原因だと言われても、そんなの知らんがなと言いたかったですよ。


「ジュリはスープの方をよろしく」

「えっ?」

「固形スープだからジュリにでも出来るわよ。

 と言うか此れでどうやったら、失敗するか聞きたいわ」


 鍋にお湯とフリーズドライの固形スープを入れて一煮立ちさせるだけなので、これで失敗したらお仕置き物の特訓である。

 今回はトコトン手抜きなのは、狩りに夢中になって少し遅くなってしまったため、偶には勘弁してもらいたい。

 鹿肉のハムは癖はあるものサッパリしているので、ソースと香草が決め手。

 と言っても、スライスして軽く炙って塩胡椒を振り、千切った香草を散らしてゆく。

 ソースは、お手製の山葵マヨベースの物を器の周りに、そ〜と垂らして置いてお好みで付けてオニオンスライスと共に食べて貰う。

 酒のツマミはこんな所で良いとして、主食はトマトチーズリゾットにするかな。


「なんでえ、今日は珍しく食べていくんか?」

「はい、此処のところコッフェルさんを放っておいたから、寂しがっているかなぁと思って」

「そんな暇なんぞねえってんだ。

 まぁ、いいから食え、積もる話があるのはお互い様だ」


 いえ、自分で作ったから遠慮なく食べますけど。

 三人分の食事を互いに摘みながら、近況報告じみた雑談をするのだけど、コッフェルさん、何やら少しお疲れの様子。

 そんなに大変なんですかと思うのだけど、どうやらギルドのお仕事より、別件で精神的疲労があるらしい。

 なんでも……。


「お師匠さま、今日は自信ある物を持って来ましたーっ!

 ……ってあれ? 御客様?

 寂しい老後を過ごしているお師匠さまに?」


 元気よく、ノックもせず両手に鍋を手にしたまま、いきなりドアを開けて入ってくる桃色髪の少女。

 歳の頃は私達よりも年上ではあるけど、それでも十四、五くらいかな?


「此奴が疲労の元凶だ。

 それとミゼル、何度も言っているが飯は不要だ。

 客が来ている、邪魔だ出てゆけ」

「そんな、お師匠さま冷たい、そんな訳の分からない女が作った御飯より、愛弟子の私が作ったご飯の方が美味しいに決まっています」


 と言って、何故かジュリを睨みつけるミゼルさん。

 まぁ、普通に考えてジュリの方がお客で、私はオマケに見えるのも仕方ないし、面倒くさそうなので、否定する気はない。


「誰が愛弟子だっ。

 俺は弟子なんぞ取った覚えなんぞ生涯一度たりともねえ」

「じゃあ私が一番弟子ですね」

「今後も一切取る気はねえと言ってるんだ。

 あとオメエが作った飯が美味かったためしはねえと言うか、味見してんのかお前は?」

「そんな、お師匠さまが食べてもいないのに、つまみ食いなんて出来ませんよ」


 うん、なんとなくコッフェルさんが疲れている理由が理解できる。

 この子、人の話を聞かない上、自分が正しいと思ったら只管駆け抜けるタイプだ。

 状況と実力があれば、非常に頼りになるタイプではあるだろうけど、逆に状況が合わずに実力もなければ非常に迷惑なタイプになる。

 なにせ人の話を聞かないから止まらない上に、突っ走る訳ですからね。

 そしてなんやかんやと口にしてあげるコッフェルさんは、やっぱり悪ぶってはいても優しい人なんだとは思うけれど、こう言うタイプの子にその優しさはつけ上がらせるだけですよ。


「大体なんですか、この如何にも手を抜いた食べ物は……うっ、美味しい」

「確かに今日は手を抜いているかも知れんが、オメエなんかの作る飯なんぞとは比べ物にならん。

 と言うか、勝手につまみ食いするんじゃねえっ」

「これは買って来た素材がいいんです。それだけです」

「言っておくが全部、手作りだぞ、それ」


 確かにハムも調味料も全部手作りですし、仕上げそのものは手抜きでも、加工品にする際には一切手抜きはしていないので、こう言う時に多少手を抜いても誤魔化せているだけです。

 無情なコッフェルさんの言葉に怯むかと思えば、彼女はビシッとジュリの方に指差し高らかに宣言する。


「貴女がお師匠さまの所に図々しく出入りしていると言う女ですねっ!

 この程度の事に勝った等と思わないでくださいっ!」


 うん、面白いわこの子。

 昔のジュリを思い出す。

 あまりの残念具合に後ろで笑いを堪えながら、ジュリ、もう少し付き合ってあげてと合図を送る。


「言っておきますけどその台詞、私ではなく彼方ですわ」


 だと言うのに、酷い裏切りである。

 それでも従者なのかと文句を言いたい。

 言いたいのだけど、ジュリの目が『私を巻き込まないで下さい』と訴えているので仕方がない。

 私は従者に優しい主人なので、無理強いはしません。


「こんなちびっ子の色なし(アルビノ)が、お師匠さまの押しかけ弟子?」


 自分の事を盛大に棚上げして、人の事を押しかけ弟子扱い出来る精神構造は、ある意味天晴だと思う。

 頭の中身も髪の色同様に、桃色かも知れないけど。


「コッフェルさん、結局この子は?」

「ん、国が寄越したギルドの裏ボスの孫だ。

 祖父みたいな魔導具師を目指しているらしいんだが、見ての通り、駆け出し以下のレベルだ」

「裏ボスって、むしろコッフェルさんの方が似合っていそうですけどね」


 実際はギルドの事務方の纏め役のお孫さんと言う所なんだろうけど、なんとなく想像がついた。

 魔力の波動からして、学院生よりはマシだけど、とても魔導具師を名乗れる様な魔力制御を身につけているとは思えないレベル。

 最も見た目の魔力の波動から実力を測れない事に関しては、私も人の事を言えないけどね。

 コッフェルさん曰く、私は例外中の例外らしいので、とりあえず見た目通りで判断。


「貴女、お師匠さまに対して馴れ馴れしいんですよ。

 だいたい見た感じ魔導士ですらなさそうなのに、こんなお店になんの用なんです。

 あっ、もしかして姪御さんがいると言っていたから、そのお子さん?」


 何気に色々と失礼な子だな。

 自分が師匠と崇める人が開いているお店を、こんなお店呼ばわりしているし、彼女が言っているコッフェルさんの姪御さんは、ラフェルさんではなくライラさんの事を指しているのだと思うけど。

 ライラさんに私みたいな大きな子供がいると思われたと知ったら、間違い無くライラさんキレると思う。


「ユゥーリィと言います。

 一応は、これでも魔導具師としてやっています」


 でも、一応は挨拶だけでもしておくけれど、家名はいらないでしょう。

 相手的にも私的にも面倒臭いのは御免だしね。

 そう言う訳でジュリ、今回は怒らず黙っていてね。

 私に対する言葉に、不穏な空気を纏い出したジュリを視線で制しておく。


「ユゥーリィ?

 ああーーーーーっ!

 お師匠さまが作った魔導具に名前を載せて、売名行為している汚い女の名ですね。

 一体どんな汚い手を使ってお師匠さまにあんな真似をっ。

 はっ、まさかお師匠さまと男と女のか・」


 ぽこっ。


 うん、流石に、コッフェルさんに女の子を殴らせる訳にはいかないので、代わりに私が脳天に身体強化なしの拳を落としておく。

 落とした拳に力は入れなかったけど、少なくとも今の身体強化による動きで、私の実力は分かったはず。

 そう言う事なので、コッフェルさん、その拳を引っ込めておいてくださいね。

 気持ちは嬉しいですけど、コッフェルさんが女性に暴力を振るう事はないと思っているラフェルさんやライラさんの幻想を壊しては可哀想ですから。

 しかし、……売名行為か。

 いつか言われるかと思っていたけど、あんな刻印があったら、そう言われても仕方がないとは思っている。

 だから嫌だったのに、コッフェルさんやドルク様がどうしてもと言うし、王都の魔物討伐隊の皆さんは好意的だったので、あまり反対できずに今までいたのですが、やっぱり言う人は言いますよね。


「テメエなっ、言って良い事と悪い事の区別がつかねえのか、ああっ!?」

「えっ?えっ?」


 まだ子供と言えるミゼルさんに、思いっきりメンチを切るコッフェルさん。

 今まで口が悪いだけで、特に凄む事で威圧を掛けて来なかっただろう、コッフェルさんの豹変ぶりに驚く彼女。


「いいかよく聞け、クソ餓鬼っ。

 此奴は俺の客で、大事な仕事仲間で、家族だっ。

 テメエのチンケな脳味噌で捏ねくり回した言葉で、汚していい相手じゃねえんだよっ。

 次にまた巫山戯た事を言ったら、裸にひん剥いて外に放り出すぞっ」


 はいコッフェルさん少しやりすぎです。

 脅しすぎて、彼女エライ事になっているじゃないですか。


「はあ? あっ、テメエ汚えなっ」


 ジュリに収納の魔法の中から取り出した後始末セットを渡して、彼女を部屋の奥に連れて行ってもらう。

 私は私で、魔法で床を洗浄したついでに、ジュリに連れて行かれる彼女の服も魔法で乾かしておく。


「コッフェルさん、本気で脅すなんて遣り過ぎですよ」

「五月蝿っ、俺も遣り過ぎたと思うが仕方ねえだろうが、嬢ちゃんが人より先に手を出しやがるから、手加減出来なかっただけだ」

「もう、直ぐに人のせいにする。

 ……でもまぁ、家族ですか、ふふっ、良い言葉ですね」

「忘れろっ」

「嫌ですよ〜だ」


 ええ、忘れてなんてあげません。

 それに、おかげさまで、コッフェルさんにあまりにも失礼な言葉を言いかけた彼女に、頭に上った血がすっかりと下がりました。

 彼女が後始末をしている間に、彼女が持って来た鍋を少しだけ味見。

 う゛っ……、塩が多すぎ。

 あと色々と鍋に入れる順番がおかしい。

 でも、入れた具材はきちんと切られているので、そう言う意味ではジュリよりましかもしれない。


「ユウさん、終わりましたわ」

「……」


 やがて戻って来た二人なのだけど、ジュリは当然ながら私が馬鹿にされたので機嫌が良くなく、ミゼルさん自身も失態を見られた挙句に、その後始末をされたので当然ながら、居心地は悪そうだ。

 でも、その目は私を睨みつけんばかりに視線を送っているので、残念ながらコッフェルさんに本気で脅された挙句に失態を見られた程度では、ちっとも懲りてはいない模様。

 その根性を、もっと別の事に使って欲しいと思うのだけど。

 うん、そうだ。


「コッフェルさん、面倒だからいっその事、弟子にしちゃったらどうです?」

「はぁ? 馬鹿を言えっ。

 こんな基礎の基礎もできてねえガキを、なんで俺が面倒を見なきゃいけねえんだってんだ」

「ええ、ですから課題を出して、それが出来る様になったらと言う事で。

 ほら、私が最初にコッフェルさんに見せた様な基本が出来たらとか」


 私が言う基本とは、私の師としているアルベルトさんが書いた魔導具師の入門書に載っている魔導具師としての基礎。

 魔法銀(ミスリル)を使った形状変化や、魔法石の精製等。

 コッフェルさん曰く、基礎ではあるが基礎とは言わないらしい、魔導具師の基本的スキル。

 少なくともそれなりの魔力制御を持たなければ、魔導具師になど成れないし、それが出来なければせっかく教わったとしても練習も実践もできない。


「アレならば一人でも練習できますし」

「確かに、出来るかどうかはさておき、うってつけではあるな」


 逆に言うと、あそこまで出来れば後は知識と経験の問題なので、出来たばかりとは言え、魔導具ギルドに出入りしているのであれば、自然と知識と技術を身につける環境が整ってゆくはず。

 つまり結果はどうあれ、それを理由にコッフェルさんは、他の魔導具師達と同様に受講生として扱える。


「嬢ちゃん見本を見せてやりな」

「私がですか?

 まぁ、良いですけど」


 コッフェルさんが見せるよりも、彼女より年下である私が見せた方が、彼女には刺激になるだろうからね。

 収納の魔法から出した魔法銀(ミスリル)をミゼルさんの前で、鏡面状にしたり網状にしたり、犬、猫、鼠、と次々と形作る。

 そして最後にゆっくりと網状にした後、再びゆっくりと時間を掛けて鏡面にして終える。

 鏡面状にしたのと網状にしたのを二回やったのは、変化する速度が違う。

 時間を掛けて均一に魔力で成形をするのと、一気に仕上げるのとでは違う技術が必要とされる。


「今のを半刻以内に出来る様になったら、弟子の件も考えてやる

 それが出来る様になるまでは、出入り禁止だ、分かったな」

「うわっ、甘っ」


 一時間以内って、余裕だと思うんですけど。

 そりゃあ確かに私も最初は時間がかかったけど、それでも与えすぎな気が。

 最初の五分で一通り、残りの時間を精一杯使って、ゆっくりと平面加工とかなら判りますが。


「貴女みたいのが出来るなら、こんなの余裕よっ」


 うん、清々しいまでの捨て台詞を残して立ち去る彼女見送りながら、甘い時間設定をしたコッフェルさんに、優しいですねぇと揶揄(からか)ってあげると、


「あいつの魔力制御じゃ、十年は掛かる課題だ。

 ちっとも甘くねえぞっ」

「……私、今程度の速度にするのに半年も掛かりませんでしたけど」

「そりゃあ嬢ちゃんはヘンテコだからな」


 うーん、コッフェルさんが言うことが本当だとしたら、ちょっと気の毒な事をしたかも。

 今度、会う事があったら、魔力制御のコツでも教えてあげようかな。






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― 新着の感想 ―
[一言]やっぱ、ピンク色の髪は屑かポンコツかイノシシの属性を持ってるんですね
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