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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
226/977

226.私の師匠は、私にそっくりらしいです。どう言う意味ですかっ!





「やぁ、君の敬愛すべき国王陛下だけど、……どうしたんだい疲れた顔をして」


 いえ、疲れた顔をぐらいさせて貰いたい。

 いくら美形だと言っても、四十過ぎのオッサンがこんな軽薄な口調で、国の重要な仕事を処理すべき執務室で迎えられれば、精神的疲労も推して知るべしこと。

 そして此の陛下は、その辺りを判っていて態とやっているから性質(たち)が悪い。


「いえ、陛下の尊顔を拝顔出来た事に感動するあまり、気が抜けただけでございます」

「本音は?」

「歳を考えろと」

「んふふっ、良いねぇ、その反応。

 不敬不問証書を渡した甲斐があると言うものだよ」

「お戯れを」


 一見、此の軽薄で性格の悪い陛下は、中身も性格が悪い。

 なにせ脅して私を爵位に着かせた挙句に、私を陛下の玩具扱いする。

 今みたいに私が怒らない範囲で揶揄(からか)う辺りは、流石だと言わざるを得ないけど。

 一応は裏にそれなりの意図はあるものの、その扱いを止めないのは、陛下の性格が悪い所なのは間違い無い。

 まぁ国の重圧を背負うストレスの発散の場なのだろうけど、本気で勘弁してもらいたいのだけど、相手は腐っても国王陛下。

 一個人でしかない私が逆らえるわけがない。


「ん〜、だって君、また物だけ置いて帰ろうとしたでしょ」

「私の様な若輩者は、国のゴタゴタに巻き込まれたくはありませんので」

「よく言うよ、君なら平気で避わしそうだけどね。

 ああ、でも連れの子達はそうもいかないだろうから、まぁ今回は許してあげる。

 君の可愛い連れには護衛を兼ねた監視はつけてはいるから、本気で困る様な事にはならないはずさ。

 そう言う訳で、此れからも気にせずに会いに来て欲しいものだね」


 本当にこの人は人の逃げ道を塞いで、その反応を楽しむ悪癖がある。


「純粋に考えて、十を幾つか過ぎたばかりの幼い娘が、四十も過ぎた男性に会いに来て何か楽しみがあるのでしょうか?」

「あはははっ、確かにそれは難しいかもね。

 でも、そこには敬愛や頼りになるとか含まれないのかな?」

「残念ながら、それを育む程の時間は未だ足りませぬ故に」


 でも、決して憎めない人でもあるから、困ったものである。


「それは残念だ。

 親愛の情は此れから育むとして、君、前回、僕に頼んだ事を忘れた訳ではあるまい?」

「ジルドニア様から、先程、封書で戴きました。

 陛下が私に意地悪をして、教えないと駄々を捏ねかねないからと」

「信頼があるって、凄い事だね」

「陛下の扱いに、たいへん長けた方なのかと」

「そのおかげで、僕は君を揶揄う機会を一つ失ったと言う訳だ。

 まぁ良いや、それ自体は大した事ではないし、僕の楽しみはそれだけじゃないからね」


 そうして陛下は、軽薄な仮面を脱ぎ捨て、重く鋭い眼差しを私に向け、眼差し以上に重く硬い言葉でもって、私に淡々と告げる。


「ガザルフィルド、今は法衣伯爵家には成ってはいるが形だけのものだ。

 当主も既に交代していて、お主が探している人物はおそらく元当主の方が相応しいだろう。

 そして、お主はアレが亡くなる事になった本当の理由に気がついているはずだ。

 ある意味、それはお主の未来にも成り得るかもしれないのだからな」


 ああ……、やっぱりな。

 陛下の言葉に、想像は付いていたけれど、やはり想像の通りだったのだと胸が痛くなる。

 私にとって恩義のある人だけに、その事実が胸に深く突き刺さる。


「まぁ、君は大丈夫だと思ったからこそ、僕は君を気に入っているんだけどね」


 いつもの軽薄な口調に戻った陛下であっても、その中身は同じもの。

 私も一歩間違えれば、そうなってしまうから気を付けろと言う意味だと。

 だからこそ、国の意向に逆らう様な魔導具を作らぬ様に気を付けろ、と言う意味合いがあの証書にはあるのだと。

 ならば、私も利用させてもらおう。

 陛下の言質を貰っておけば、後々やりやすくなるのも確かな事。

 だから、私が今やろうとしている事の一つの概略を軽く説明しておく。

 此の魔物が生態系の頂点に立つ世界からしたら、とんでもない事を。

 準備が整う前に露見すれば、大騒ぎになる事は間違い無い事を。


「君は、本当にとんでもない事を考えるね。

 だが、それを自覚しているのなら好きにやるが良い、あの地なら誰にも迷惑をかけないだろうからね。

 でも、一応は経過報告だけはしてくれよ。

 それだけの事となると、表に出すにしろ根回しと手順が必要だからさ」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【数日後】




 本来は学習院で社会学と商業学を受けている時間帯ではあるけれど、コンフォード家の街屋敷を介して、先触れの手紙から本日の此の時間帯を先方から指定されたため、自主休講。

 連絡のやり取りに国の設備となったFAXの魔導具を、私用に使う事に多少の申し訳なさはあるものの、陛下から気楽に使って良いよと言うお許しがあるので、今回は有難く使わせて戴いている。

 ちなみに此のFAXの魔導具には【遠き想いを伝えし鏡台】と言う名前を付けてあり、本体にも掘り込んでもあるのだけど、王宮内では手紙の魔導具で通っているらしい。

 うーん、少し名前が長過ぎたかな?

 素直にファックスの方が良かっただろうか?

 せっかく格好いい名前を付けたのに、浸透しなければ意味がない。

 それは兎も角として、教えられた通りの場所にだ取りついた屋敷には……。


「……もう使われていない家紋。

 どうりで神父様も御存知なかった訳よね」


 蔓草が絡みつく敷地を遮る門戸の支柱に、大きくバツの字に彫られた見覚えのある古い家紋の上に、新しい家紋の石板が貼り付けられているものの、既に数十年の月日を感じる。

 本当は取り去りたいであろう家紋ではあっても、貴族と言う古い歴史が中々にそれを許さないのだろう。

 少なくとも、当時の当主が生きている限りは。


「お嬢さん、何か当家に御用かな?」


 もう冬だと言うのに、よく日焼けした顔の門番が門柱を眺めている私に話しかけてきたので、名前と約束してある旨を手紙と共に伝えると、一瞬驚いた顔を見せつつも屋敷の中へと消え、やがて一人の老紳士を引き連れて戻ってくる。


「シンフェリア様で?」

「ええ」

「お待ちしておりました。

 大旦那様の下へ御案内いたします」


 執事らしい老紳士は、今しがた出てきた豪華な屋敷へは戻らず、屋敷の裏にある歴史を感じる建物へと私を案内する。

 王都の貴族街だと、こんな贅沢な敷地の使い方はできないだろうけど、少し離れれば元子爵でも、これくらいの敷地は手に入れられたのだと、変なところで感心してしまう。

 少なくとも私としては新しいお屋敷より、此方のお屋敷の方がセンスが良いと感じるし、古くてもよく手入れをされて大切にされてきた事が分かる。


「大旦那様、シンフェリア様を御案内いたしました」

「うむ」


 執事に案内され通された部屋には、老夫婦が待ち受けていた。

 歳の頃は七十代半ばだろうか?

 それでも、背筋はまっすぐとしており、高齢さをあまり感じさせない。


「ようこそおいでなさいました。

 陛下から書状を戴いた時は、何事かと思いましたが、私共は貴女様を歓迎いたします」

「ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアと言います。

 今回は紹介者も介さずの御無礼を、どうかお許しください」


 貴族同士の紹介は本来であれば、お互いの知人を介して、初めて成り立つものだけど、貴族同士の付き合いが殆どない私は、今回はその決まり事を破っているため、まずはその事を謝罪しなければいけない。


「なに、陛下からの紹介となれば、これほど信頼のおける紹介はありませぬ。

 たとえ此の場に紹介人が立ち会っておらぬとも、陛下直筆の書状であれば、何ら恥じる事はなく、陛下のお名前を背負われている事を誇っても良き事ですぞ」

「陛下の御威光をお借りしているだけの小娘です。

 どうかお気楽にお話しください、私もその方が楽ですので」


 とりあえず此れで、堅苦しい貴族の家同士の挨拶は終わり。

 たとえ目の前の相手が、伯爵家の人間で元当主とはいえ、公的な立場では私の方が上になってしまう。

 敬意を払うべきは小娘である私の方であっても、それは覆せれない貴族社会の掟、……けど、まぁそれは表向きで絶対ではないし、こういった私的な場であれば、お互い楽にいきましょうとした場合はその限りではない。


「気を遣って戴き有り難い。

 流石にシンフェリア殿の様な、若い方に気を使い続けるのは少々肩が凝ってしまってな」

「あなた」

「いえ、お気持ちは分かりますので、文字通り小娘としてお扱いください」


 文字通り肩の力を抜きながら、砕けた口調に戻る夫を軽く嗜める奥方様に、私はそう話しかけておく。

 私としてもその方が気が楽だと。


「して息子相手ならともかく、儂等老夫婦に貴女の様な若い方が話とい言うのは?

 ましてや当主である方が、従者すらも付けずの訪問」


 少しばかし不審な目を向けながらも、そう聞いて来られるのは仕方無い事だろう。

 子爵以上となれば、正式な訪問には従者か側付きの者を付けるのが礼儀作法。

 おまけに私と此のガザルフィルド家とはなんら接点もないし、現役を退いたお二人からしたら、いくら陛下からの紹介状があるとはいえ、信用が置けない成り上がりの小娘である事には違いない。

 少なくともガザルフィルド家からしたら、私には何ら接点も興味もない相手だもの。

 でも……、私にはどうして為さないといけない用件がある。


「本日、私が此方にお伺いいたしましたのは、

 アルべルト・ラル・ガザルフィルド様の遺品をお渡しするためです」

「「……、………っ」」


 長い沈黙が訪れる。

 重く、長い時間が……。

 やがてその意味が浸透したのか、奥方様の方は一瞬頭をふらつかせるも、気丈にも歯を食いしばって此方に強い視線を返してくる。

 そしてそれは、老紳士も同じ事。


「アルは、息子はどの地で逝ったのかね?」

「此の地より遥か北の山奥、そこにある洞窟の中で静かに眠っておりました」


 もともと覚悟はしていたのだろう。

 私の言葉に奥方様の方は、涙を流し嗚咽を漏らしながらも、私の話に耳を傾けてくれている。

 遠いシンフェリア領より僅かに外れた、山中である事。

 洞窟内では争った跡があった事。

 私が発見した時には既に完全に白骨化しており、厚く埃を被っていた事。

 そして残されていた魔法の収納の鞄に入っていた手記で、名前と家紋を知り得たものの、それだけでは身元が分からず、今まで時間が掛かった事をお詫びする。


「いや、謝られる事などなにもない、こうして息子の死を知らせてくれた、礼を言うのは此方の方だ」

「…ぁうぅ、アル、…アル……」


 話の途中で、泣き崩れる奥方様に申し訳ないと思いつつも、最後まで話さなければならないと言う思いと義務が、何とか私に話を途切れさせる事なく最後まで話させてくれた。


「多少形は変わっていますが、これが遺品の魔法の鞄になります。

 中身は当時のままですが、アルベルトさんが残された書記や本は大変参考になりました」

「……貴女の様な若い方が、中身が分かったのかね?」

「はい、まだまだ勉強中の物もありますが、私にとってアルべルトさんは魔導具師としての師にあたる人だと思っております。

 アルベルトさんの書かれた書物や手記が語った事が、私の魔導具師としての基礎であり、課題でした」

「アレを理解するか。

 ワシも読んでみたが、かなり悪評のある本だと言うのに」

「当時の私には、他に魔導具の事を知る術はありませんでしたから」


 シンフェリアと言う山奥ならそれも仕方ない事だし、例え問題ありだと言われている本だとしても、当時の私にはありがたかった教本には違いない。

 まぁ……中身がかなり偏っていて後で恥を掻いたし、苦労もさせられたけど、それでも心からアルベルトさんを師だと言えるのは、今も、……そしてこれからも変わらない。


「そうか、アレを師と呼ぶか。

 少なくとも、死んでなお孤独でなかった事を喜ぶべきではあろう。

 それと、此の中には何が入っているのかね?

 申し訳ないが、我が家には息子の作ったこの魔導具を扱える者はいなくてね」


 魔法の収納の鞄は、万人が使える事を目指して作られはした物らしいけど、結局は【時空】属性を持った人間しか扱えない未完成品。

 たとえ、そこに凄い技術が注ぎ込まれていようとも、アルベルトさんの【魔法を大衆に!】と言う夢には届かなかった物。

 私は収納の鞄の中から、当時書いた収納物のリストをお渡しする。


「……彼奴らしい物ばかりだな。

 すまんが手記を見せて戴いても構わないかな」

「どうぞ、もともとお返しするつもりでいたものですので」


 手渡した手記をパラパラと捲っては行くけど、その手つきはとても大切な物を扱う様に優しく丁寧に見える。

 時折、全く相変わらず文章になってない悪癖は、結局、死ぬまで直らなかったかなどと愚痴を優しく漏らしながらも、小一時間ほどかけて、アルベルトさんが遺した手記と日誌に軽く目を通し終え。


「金と宝石以外は貴女が継ぐが良い。

 アレを師と呼んでくれるのであれば、その知識と技術を継いだ君が持つのが相応しい」

「でもそれは…」

「本来であれば、弟子である貴女が全てを継ぐべきであろうが、陛下の書状もあって息子が勘ぐっているだろうから、これ(遺産)があれば言い訳が立つ」

「手記と日誌は控えがありますが」

「いや、貴女も薄々気がついているだろうが、その魔導具も手記も日誌も危険な代物だ。

 陛下がこの件を知っているのであれば、尚更に貴女が持っていた方が良いだろう。

 年老いた私等では、それを守る事すらできん」


 収納の魔法を封じ込めた魔導具。

 前世のゲームや物語ではよくあるアイテムではあるけど、実際に使うとなると大変危険な代物。

 危険な物を幾らでも隠して運べるし、そう言う危険な事をしなくても、商売をやろうとしたら、これほど喉から手が出る様な代物はないだろう。

 なにせ馬車代も護衛も最低限で済むし、関税を幾らでも誤魔化せる上、収納している間は時間が止まるとなれば、どんな遠い地にでも鮮度を保ったまま輸送出来る。

 もし、こんな物が誰にでも使える状態で世に流通したら、まず世の中の物流が死ぬ。

 物が動く事で仕事を得ていた人達や、その事で恩恵を受けている達の仕事の多くが無くなってしまう。

 次に食品が腐らない事の弊害として、四季を通しての価格変動が最小限に止まってしまう。

 一見、これは良い事に聞こえるかもしれないけど、変動するからこそ価値が生まれるし、それを生活の糧にしている人達は意外に多い。

 例えば季節に外れた果物があれば物珍しさもあって高く売れるし、旬は旬で多く手に入る事から、フェアなどと言って商売が成り立つ。

 そして一番困るのが為政者達だ。

 物が動く事によって手に入る関税や入頭税が、誤魔化されてしまうし、売買による利益その物をなかった事にして、税金を誤魔化す人達も多く出てくるはず。

 物が動いたのが分からなければ、幾らでも誤魔化しようがあるからね。

 かと言って税金を一律に全てに掛けてしまえば、間違いなく暴動が起きる。

 当然、クーデターを起こすのに必須の武具や資材の運搬も気が付かれずに出来るから、後は旅人や商人に扮した人達で、人の移動を掛ければ良いだけになってしまう。

 表社会でも、裏社会でも問題の多い魔導具。

 それが誰にでも使える収納の魔導具の正体であり、それを作ろうとしたアルベルトさんは、おそらく……。


「……分かりました。

 ありがたく受け継がせて戴きます。

 そして同じ徹を踏まないよう心がけ致します」


 アルベルトさんを殺したのは、確かに冒険者ギルドの手の者かもしれない。

 その指示を出したのは、魔導具を疎んじた魔導士ギルドかもしれない。

 でも、魔法の鞄を幾つも作らせるだけ作らせて、護らなかったのは国だ。

 いや……、国も周りの人達も、忠告はしたのかもしれない。

 今となっては真相など分からないけれど、おそらくそう言う事なのだと分かる。

 陛下が私に忠告したのも、そのため。

 どちらの気持ちも分かってしまう私は、アルベルトさんの弟子としては、もしかして薄情なのかもしれない。

 かと言って、明らかに危険だと分かっている魔導具を、世に広める様な強い意思も勇気も私にはない。

 私は我が儘だから、私のやりたい事をやるだけ。

 多少不便ではあっても、多くの人達が笑える様な魔導具を作りたいだけだ。

 アルベルトさんの様に、全ての人達に魔導具をなどと大風呂敷を広げる気はないし、そんな面倒臭そうな事をする気もない。

 ただ、本当に必要としている人達の支えになる様な物を。

 それだけの想いでしかない。


「そう言えばアルベルトさんは、どの様な方だったんでしょうか?

 私は、その書物や遺された物でしか知らないので」

「その遺された物から、貴女にはアレはどの様に写ったのかね?」

「塗り潰すほどの手記から、魔導具の研究には凄く真面目で、周りが見えなくなる傾向がある様には思いました。

 ………ただ」


 魔法の鞄の中から、アルベルトさんが遺したお金や宝石などの貴金属を取り出しながらの雑談なのだけど、少し返答に困る。


「変人かね?

 遠慮などしなくても良い、家族である儂等ですらそう感じているのだ」


 なので、そのお声がけには大変ありがたいです。

 なかなか、貴方の息子さんは変人ですだなんて言い辛いですからね。


「私が勝手に誤解釈して勝手に恥を掻いただけですけど」

「そう誘導したのは間違い無くアレの仕業だ、怒るのは正当な権利だろう」

「でも、今、思い返せば良い想い出です。

 色々な意味で教訓になりましたから」

「あははっ、そのうち迎えが来たら、向こうで貴女の分も殴っておこう」


 うん、この手の老人ネタは笑うに笑えない。

 はい、さっさと逝って殴って来てくださいとは言えないし、かと言って、まだまだ先の話でしょとは、魔導士か、それなりの魔力持ちでもないかぎりは言えない。

 この世界の七十代ならば、明日にでも迎えが来てもおかしくない年齢だからだ。


「ざっと、白金貨(いちおく)六枚分といった所か」

「詳しい鑑定は流石に……」


 届けた権利として二割を請求できると言ってきてくれたけど、他の遺品を戴いたため辞退させて戴く。

 幸いな事にお金には困ってはいないし、聞いた感じの現当主である息子さんとトラブルの元は避けたい。

 アルベルトさんが使っていた衣服等はどうするかと聞いてみたら、引き取ってくださる模様。

 結局、数枚を残して処分する事にはなるだろうと仰ってはいたけど、それでも遺された者達からしたら必要な事だとは思う。

 そうして、なんやかんやと事務的な処理を終えれば、私とアルベルトさんとの関係は表面上では片がついた事になる。

 なるのだけど……、どうしても自己満足のお節介が出てしまう

 

「最後にですが、私は空間移動持ちの魔導士です。

 アルベルトさんが眠る地へ案内する事が出来ます」

「……それはありがたい話だが、本当かね?」

「はい、……ただ、この季節には、もう雪深くなってはいると思いますが」

「構わぬ、今、準備をしてこよう」




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【シンフェリア領近くの山中】



 雪こそは降ってはいないものの、既に私の腰程までに積もった雪の中、私は力場(フィールド)魔法で、辺り一帯の雪を谷底へと払い落とす。

 谷底に、何かがいたら不幸だったと諦めてもらうとして。

 どかした冷たい雪の下からは枯れた草と共に、二つの簡易的な石碑が姿を表す。


「右の石が、アルベルトさんと思わしき方が眠る墓になります」


 目を瞑れば、今も思い出せる。

 正直思い出したくない光景ではあるけど、それでも私の師にあたる方には違いないし、もう片方とは違って色々と言いたい事もある人だ。

 その証拠に、もう片方に関しては綺麗さっぱり忘れていますからね。


「洞窟は、そこの雪壁の中にあるはずですが、後で掘り出します」

「いや、そこまでして貰わなくても構わぬ。

 こうして息子を弔って戴いた上、儂等を連れて来てくださった。

 それだけで十分だ」

「此処は今こそ寂しい光景ですけど、春になればおそらく綺麗な光景なのでしょうね」

「ええ、暗く寂しい洞窟よりも、此処の方が安らかに眠れると思いまして」


 最初は此処で景色を楽しみながらお茶をしていた程に、此処からの景色は一見の価値がある光景。

 そのお茶のすぐ後で洞窟を発見したので、順番が逆で無くて良かったと思ったのは内緒の話ではある。

 逆だったら、間違いなく野苺や木苺の甘酸っぱいものではなく、別の酸っぱさが口の中を襲ったに違いないからね。


「まったく、この馬鹿息子め。

 魔導具などにのめり込まずに、大人しく儂の後を継いでいれば良いものを、それを三男だからと言い訳ばかりをしおってからに」

「…うぅ……、アル……」


 貴族の家で優秀な魔導士が生まれれば、時折、そう言う話も出てくるらしい。

 実際にシンフェリアの家でも私を担ぎ出そうとした人達がいて、アルフィーお兄様と不穏な関係になった事もあったので、大袈裟な話だと他人事の様には言えない。

 そしてガザルフィルド家では、当主自らがそう望んでしまった。

 それが元当主である二人が、離れの古い屋敷に住んでいる背景であろう事も、当主を継いだ長男との確執があろう事も容易に想像がつく。

 そして陛下の話では、アルベルトさんの実績でもって伯爵家に陞爵した事を自分の実績として吹聴し、増長した挙句に社交界で大失敗をやらかして、村八分状態で腐っているのだとか。

 うん、胸が痛いです。

 グサッ、グサッと、言葉の剣が突き刺さりましたよ。

 アルフィーお兄様なら大丈夫だと思いつつも、状況としては私達と重なる部分があるのだから、他人事であっても心配にもなる。

 おまけにその様子を、陛下は本当楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべているから腹が立った。

 ええ、こんな事でも思い返していないと、この重い沈黙には耐えられません。

 いえ、正確には沈黙ではなく、嗚咽が聞こえてくるからこそ尚更に耐えられないんですよ。

 ただ、アルベルトさんが御両親に再会できた事と、一部とは言え御両親の下に帰れた事を、心の中で祝いながら。






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