225.私、十三歳になりました。
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「よう嬢ちゃん、久しぶりじゃねえか」
「そうですか?
なんやかんやと、十日前にも顔を出した気がしますが」
「前はもっと頻繁に顔を出していた気がするが、まぁ、あれだけ忙しければ仕方あるめえ」
コッフェルさんが言っているのは、ルーシャルド侯爵家の人間が、義足や義手の技術を学ぶために来ていた事なのだろうけど、私が此処に顔をあまり出せなかったのは、それだけでは無く、単純に自分で忙しくしていただけだ。
「珍しいお肉が手に入ったので、今、お夕飯を作っちゃいますね」
もはや慣れたもので、奥の台所で、収納の魔法の中から材料を取り出しながら、コッフェルさんと雑談。
コッフェルさんは仕事の大部分をギルドの方に移行しており、此の店の方も長年の付き合いや、指導している魔導具師への見本にもしている模様。
お店の大きな商品棚が減って作業机になっているのは、そのためらしく、昼間は若い魔導具師がチラホラと此処にやってきては、コッフェルさんの指導を受けているのだとか。
「うーん、私もコッフェルさんの指導を受けたかったなぁ」
「馬鹿を言え、俺が今更テメエに何を教えるって言うんだ」
「ええー、でも色々素材の扱い方とか加工方法とか」
「そんな物、幾らでも相談に乗ってやるから、テメエを弟子になんぞ勘弁してくれや」
酷い嫌われようである。
其処まで言わなくても良いと思うのだけどと思っていた所に、コッフェルさんには珍しくフォローの言葉が……。
「嬢ちゃんとは対等で居てえんだよ。
実際、弟子どころか、魔導具師としての腕は、嬢ちゃんの方が上だしな」
私の魔導士や魔導具師としての才能の基礎は、生まれ持った体質による所が大きく、繊細な魔力制御を身につけなければ、生き残れなかったと言うだけの事で、自慢するような物では無い。
「そう言う嬢ちゃんは、今日も街の外に出ていたのか?
ジュリ嬢ちゃんも居ねえようだが」
「ジュリは先に宿舎に戻ってへばっています。
でも、とりあえずは、目的の所まで行けましたね」
十日毎の休日や、午前中の講義や当主教育を終えて、昼からの予定もなく空いた日は、ジュリと二人でお散歩に行っていた。
本当は一人の方が速いけど、ジュリの鍛錬も兼ねて彼女を連れて行ってはいるんですよね。大抵は半日もしない内に魔力切れを起こした挙句、心身共にへばってしまっている。
その後は、いつかの様に背負子に乗せての移動。
と、そんな事を思い返しながら話している内に、コッフェルさんのお夕飯を完成。
「はい、今晩は雀の照り焼きです。
味に癖がありますが、中々にいけますよ。
醤油ベースと、味噌ベースの二つの他に、野菜と漬物と味噌汁です」
前世でも偶に雀の串焼きが売られていたりするけど、此の世界の雀は、少しばかし違う。
「おめえな、雀は雀でも、ただの雀じゃねえだろうっ。
いってえ何処まで行って来てるんだか」
「雀は雀ですよ。
皇紅雀と言う種みたいですが」
魔物:皇紅雀
ある意味ペンペン鳥と似た様な鳥で、鳥類を舐め切ったまん丸のフォルムの雀。
ただ、それだけなら羽を膨らませているだけとも取れるのだけど、実際に肉はみっちりです。
そしてペンペン鳥の様に、【風】属性魔法のジェット噴射で強引に飛ぶのではなく、魔法の補助があるとは言え、ちゃんと羽ばたいて飛んでいる。
ただ、普通の雀と違う所は、その体長が二メートルを超える事と、口から低威力の火球魔法を放つ事ぐらいかな。
そして、ペンペン鳥ほどでは無くとも、それなりに美味しい鳥肉です。
癖のないペンペン鳥に対して、癖があるからこそ、それが病みつきになる味と言う類のね。
此の冬の初めに、やっと使える様になった醤油と味噌によく合います。
「皇紅雀って、大陸の西部か、もっと東の国外の山奥にいる人災級の魔鳥だろうがっ」
「西の【断罪の高台】に結構いましたので、二十匹程を狩ってきました。
いつか読んだ旅行記に、中々にイケるとか書いてありましたから」
此処に来る前に、寄った魔物を引き取る商会で聞いた所、此の魔物の羽は保温性が高く、布団の中身として最高の素材の一つなのだとか。
他にも火球を口から吐くものの、風属性の魔物なので素材としても価値があるとか。
とりあえず半分ほど売って、金貨四枚半程の儲けです。
うち一匹はジュリが頑張って獲った分なので、後で分け前を渡しておかないと。
「大陸、最西端じゃねえかよ。
途中の【死の大地】はどうしたんだ?」
「もちろん、駆け抜けました」
「……あの嬢ちゃんが気の毒になるわ」
大陸の最西端にある【断罪の高台】と呼ばれる場所。
南北を高い山脈に囲われ、東には王国の領土の二割を占める【死の大地】と呼ばれる強力な魔物の領域があり、西には海があるものの、人の出入りを拒むかの様に、断崖絶壁が南北の山脈まで続いている。
便宜上はシンフォニア王国の領土にはなってはいるけど、先程述べた様な理由で利用しようにも利用できない土地。
南北の山脈にある向こうの国も、高い山脈に囲まれているため、危険を冒してまでそんな袋小路の土地を主張したくは無いと言うのが本当のところみたい。
「コンフォードに来た時を思えば、立ち寄る街が少ない分、早く到着できましたけどね」
「そもそもゲール山より向こうは魔物の領域だ。普通は行こうとは思わねえ場所だからな。
おっ、確かに、癖はあるがイケるな」
「塩で串焼きもイケましたが、癖がある分、醤油や味噌のタレの方が合いそうだったので、まずはコッフェルさんの分で実験を」
「ふん、実験だろうがなんだろうが美味けりゃ文句なんぞねえ。
やる気があっても、下手な自覚がねえ馬鹿もいるからな」
「ライラさんは、大雑把で失敗する事があるだけで、下手では無いですよね?」
「嬢ちゃんのおかげで、人並みに食える物になったのは確かだからな。
別の人間の話だ、嬢ちゃんが気にする様な事じゃねえ」
気にするなと言うなら気にしませんけど、また私に黙って、変な事を企んでいないでしょうね?
……本気で関係ない話だから、気にするなと。
前科が散々あるから疑わしくはあるけど、コッフェルさんの様子から、本当に関係ない話の様なので、今回は引いておく。
「それで嬢ちゃん、そんな最果てに行って何を企んでるんだ?」
「企むだなんて、人聞きの悪い。
ただ、彼処ならば誰の迷惑も掛けずに、実験ができるかなって思っただけです」
実験とは言ってはいるけど、シンフェリアに居た頃に作った秘密の工房と同じ様な感覚でいるため、大陸最西端を目指したのも、いっそうの事、人が立ち入れない場所なら、誰にも文句言われないんじゃない? と言う軽い気持ちでしかない。
そして辿り着いた【断罪の高台】は、想像していた以上に良い土地だった。
多少の魔物はいるけど、【死の大地】程強力な魔物はいないし、森林に埋もれてはいるものの平野部も多いく、南北からの山脈から流れ出る水も豊富だ。
ただ四方が自然の脅威に晒されていて、誰も近づこうとはしないし、その様な場所を莫大な資金と労力を掛けて開拓したとしても、交易ができなければ、いずれ朽ちるのが分かりきった場所だと言うだけの事。
そんな場所だからこそ秘密の研究にはぴったしですし、なにより偶然に発見したとは言え、彼処には最高の物がある。
私を魅了してやまないそれは、そのままではとても使えないけど、少し手を入れるだけで素晴らしい物になる事には違いない物。
「ある程度形になったら、一度、御招待しますね」
「おう、その時には命の覚悟をしておくわい」
「……コッフェルさん、人をなんだと思っているんですか?」
「ん? 嬢ちゃんは嬢ちゃんだろ」
「答えになってませんっ」
「けっけけけっ、自分の胸に聞くんだな」
あいにくと、十三歳になったばかりの薄く小さな胸は、相変わらず約束された勝利の胸の兆しを未だ見せていない。
……うーん、お母様もお姉様もアレだけ立派なのに解せない。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「うぅ……、龍が……、龍が……」
すぐ隣から呻く様な声で聞こえるジュリの寝言に、少しばかし反省する。
前々回の時に既に【死の大地】と呼ばれる強力な魔物の領域を抜けており、今日はさほど強力な魔物と遭遇はしていないのに、未だこうやって魘されるのは、ジュリがそれだけ怖かった証なのかもしれない。
ジュリが先ほど寝言で言った龍種にしても、遠目で見ただけで、目の前に現れたわけではない。
目の前に現れたのは精々竜の名前を冠してはいても、龍種どころか竜種ですらないワイバーンや、魔法を扱うだけのデカイ蜥蜴程度で、戦災級や災害級であるなら、それなりの準備をして行った私に倒せない敵ではない。
それでも、今のジュリにとっては脅威でしかない相手ではあるので、怖かったのだろうと思う。
「……大丈夫だから」
小さく呟きながら、ジュリの手を握り、髪をそっと指で梳いてあげる。
それだけで、顰めていた眉が下がり、穏やかな寝息を立て始める彼女の姿に、小さく笑みが溢れてしまう。
うん、だってね。
今みたいに手を握ってあげれば、安心するところも……。
魔物の領域に入った日は、怖いからと人の布団に潜り込んでくるところも……。
図体と胸はこんなにも大きいのに、こういう所は妹みたいで可愛いじゃない。
実際、私の前世の年齢を合わせれば、妹どころか娘みたいなものなのかもしれないけど、最近は前世は前世、今世は今世と思う様になってきた。
多分、以前にも感じたけど、肉体に魂が引っ張られているのかもしれない。
かと言って、普通の女の子みたいに誰かに恋するなんて真似は、どう考えても考えられない。
ええ、男になんて無理です。
男に抱かれるなんて嫌だし、寒気がします。
女として生まれ変わった今でも、男より女が良い事は前世より変わらないけど、かと言って、今世では同性である相手に恋する事は憚れる。
別に、前世の中世みたいに同性愛は火炙り極刑という世界ではないけど、公に認められるような事ではないし、私の男より女が良いなんて自己勝手な異常な性癖に、誰かを巻き込む訳にはいかない。
いくら自分勝手な私でも、やって良い事と悪い事の区別くらいはつく。
だから、私はこうやって見守るだけにしている。
それ以上の感情を持たない様に、妹として……。
姉として……。
そして友達として……。
……なにより親友として。
「今頃、どうしているかな?
……元気でいると良いけど」
遠いシンフェリアの地に残してきた親友に心を馳せてしまう。
親友の証しである首飾りが、僅かな魔力を込めれば、彼女のいる方向を指し示す事が、私を少しだけ慰めてくれる。
あんな一方的な別れ方をしてきた、酷い私の心を……。
【今更ながら人物紹介】 年齢は主人公が13歳の誕生日時
ユゥーリィ・ノベル・シンフェリア ♀ 13歳 12月生まれ
相沢ゆう ♂ 享年3●歳
●シンフェリア男爵家
アルドシア・ノベル・シンフェリア(主人公の父で男爵当主) 52歳
お母様
アルフィード・ノベル・シンフェリア(長兄) 23歳
マリヤ・ノベル・シンフェリア(長兄嫁)
アルティア・ノベル・シンフェリア(長兄の子) 5歳
ダルタックルド(次兄、名主の所へ婿入り) 21歳
ダリア(次兄の長女) 4歳
ミレニア・ノベル・シンフェリア(姉、主人公より七つ年上) 20歳
●シンフェリア領
エリシィー・ブラーガ(主人公の幼なじみで、教会に住んでいる) 13歳 7月生まれ
小母さん(エリシィーの母親)
小父さん(エリシィーの父親だけど現在服役中)
オーフェン(神父) 老人
カルノ (修道士) 青年
ドリノア(シンフェリア家が運営する商会の副商会長) 中年
コギット(家具工房の元工房長) 初老
ダントン(水晶工房の責任者) 50歳ぐらい
ガイル (ガラス工房 ダントンの息子) 22歳ぐらい
コリント(ガイルの妻、17歳ぐらい、やや先天性色素欠乏症ぎみ)
アルべルト・ラル・ガザルフィルド(魔法の鞄の製作者で持ち主、主人公にとって魔導具師の師匠)
●シンフェリア家関係
セイジ(シンフェリア家の通いの使用人) 50歳ぐらい
リリィナ(シンフェリア家の通いの使用人) 50歳ぐらい
フェルガルド伯爵(シンフェリア家の貴族後見人)
ギルバード・???・フェルガルド(フェルガルド家の次男でユゥーリィの旦那候補だった) 26〜28歳
ラルガード・ウル・グットウィル(グットウィル子爵家当主)
マリエーゼ・ウル・グットウィル(子爵夫人)
グラード・ウル・グットウィル(ミレニアの旦那でギルバードの部下)21歳
ミレニア・ウル・グットウィル(主人公の姉、嫁入りで家名が変更)20歳
ユゥラード・ウル・グットウィル(二人の愛の結晶)2歳
●コンフォート領
ジュリエッタ・シャル・ペルシア(主人公の押し掛け従者) 13歳 7月生まれ
ライラ(書店の女主人)十代後半
エルマー(ライラの旦那)
コッフェル(魔導具店の店主で、おっかない魔導士だけど根は良い人、ライラの大叔父)六十代後半
ラフェル・マイヤーソン(ライラの伯母、書籍ギルドコンフォード支部長、庶民ながら男爵家に嫁いだ) 三十代後半
ドゥドルク・ウル・コンフォード(コンフォード家-元当主)五十代後半
ヨハネス・ウル・コンフォード(コンフォード家-現当主)四十代前半
マイヤー(コンフォード家-ドルクの執事長)
ホプキンス(コンフォード家-ドルクの従者長)
女神の翼(ドゥドルクの商会で、主人公の魔導具関連を主に扱っている)
ヨハン・コットウ(法衣伯爵家元当主の弟で女神の翼の副商会長)
アルフォンス・レギット(法衣伯爵家元当主の弟、女神の翼の副商会長補佐)
グラード(貴族向け家具職人、サラの祖父)
サラノア(貴族向け家具職人、グラードの孫娘)14歳
ルチニア・メルローズ(負傷引退魔導士、撲殺女神)23歳
アドルシス・カルミ(学友その1) 15歳
ギモルアード・ドールゼン(学友その2) 15歳
セレナーゼ・アーベル(学友その3) 14歳
ラキアラ・ドールゼン(学友その4) 13歳
ポーニャ・ラル・フリムガム(学友その5) 13歳
学習院長(主人公が通う学習院の長)
パウアー・フィールド(書籍棟 責任者)
グリムワード伯爵(コンフォード領近くの領主)
●王都ルグスブルク
ジュードリア・フォル・シンフォニア(国王) 41歳
カーライル・フォル・シンフォニア(王太子) 25歳
ラードゥナルド・フォル・シンフォニア(王太子の子) 5歳
ヴェルナルド・フォル・シンフォニア(第二王子、既に鬼籍、双子)
バルドルク・フォル・シンフォニア(第三王子、世間的には鬼籍、双子)
第一王女
第二王女
ルイフォード・・フォル・シンフォニア(第四王子) 20歳
サリュードシア・フォル・シンフォニア(第五王子、変態残念馬鹿王子) 18歳
フィニシア・フォル・シンフォニア(第三王女) 11歳
ルードリッヒ・ネル・グリニッチ(サリュードの従者) 18歳
ラジェンヌ・サチェンコ(城の侍従長)
ベネデッタ・チェーザリー(城の統括侍女長)
古き血筋の五公爵七侯爵
ジルドニア・ラル・アーカイブ(宰相、古き血筋の侯爵家-当主)六十代前半
シャルド・ノルド・ヴォルフィード(古き血筋の公爵家-当主)
ジュシリィーナ・ノルド・ヴォルフィード(公爵夫人、王妹) 三十代後半
ルメザヴィア・ノルド・ヴォルフィード(主人公の男友達) 16歳
ジッタガルド・ノンターク(ヴィーの従者) 16歳
レティシア(ヴィーの婚約者) 13歳
シュヴァルト・カル・ガスチーニ(魔物討伐騎士団王都師団長)五十代半ば
レーギルドア・ウルド・ルーシャルド(古き血筋の侯爵家-元当主)五十代
セルニバス・ルーズベルト(レーギルドアの執事)五十代
プシュケ・ルーズベルト(セルニバスの孫娘)15歳
オルミリアナ侯爵家(古き血筋、聖オルミリアナ教本殿の枢機卿の一人)
グリニッチ侯爵家
キエリーニ侯爵家
ジュリのお父様
ジュリのお母様
ベルナルド・シャル・ペルシア(ジュリの弟) 8歳
バルタザール伯爵家(ペルシア家の元貴族後見人)
アルトゥール・???・バルタザール(バルタザール伯爵家の嫡子)




