224.失われた手と足で繋がれた絆。
「此方が、新しい義手と義足になります」
義足と義手の治験を始めてから半月程経ち、魔法の補助なしに自力で手摺沿いに歩いたり、手を振ったり出来るようになってきたルーシャルド様とルーズベルト様に、今、着けている物とは別の義手と義足を見せる。
中身が剥き出しな上に無骨な作りの物と違って、此方はズボンや靴下、または上着と手袋さえしていれば、生身の物と見た目の差はほぼ無い代物。
「随分と見た目が変わったが、どのような意図がある。
そちらがあるのであれば、最初からそれを出せば良いのではないのか?」
「此方が本来の物になります。
今着けて戴いているのは、あくまで身体に動きを思い出して戴くための物でしかありません」
人間の身体は良くできていて、例え偽物であっても、身体を以前のように動かせば、自然と本来の動きを次第に身体が思い出したり、順応してしまうもの。
それ故に、ルチアさんの時とは違い、まず身体にその動きを思い出してもらうのが肝心。
何年も放置されていた神経や器官を、失われたままに動かすと言うのだから、この半月のお二人の苦労は、かなりのものだったと聞いている。
まだ学院生である私は、お二人に付きっきりでいる訳にはいかないので、そこは色々な人の手をお借りしたけれど、そう報告は聞いているし、私が来ている時もお二人の頑張り様には目を見張るものがあった。
だからこそ、実はその義足や義手は本来の物ではありません、と言われたお二人が憮然とするのも理解はできる。
反応は良くても、動きは重く、単純な動きしか出来ない物に慣れてもらったのには、それなりに理由はある。
「今度の義手と義足は、以前より取り扱いしやすい物になっていますが、それ故に気を付けてもらわねばいけません」
「どう言う事か?」
義足や義手に使用している魔法石は、基本的に強い魔物が持つ魔石ほどその性能は高い。
ルチアさんが使っている角狼は単体でこそ人災級ではあるものの、本来は群れであってこそ本来の力を発揮できる魔物で、群れでいる状態が戦災級の魔物になっているのは、群れていると言う理由だけでは無い。
互いに連携し合えるほど知能が高い魔物だからだ。
実際、魔石の質は戦災級と何ら遜色はない。
ただ、肉体的な性能が戦災級に届いていないと言うだけの事。
魔物の階級の判断はどうあれ、そんな上位の魔物の魔法石など、普通はおいそれと使える物ではないらしいので、比較的手に入りやすい有害級や人災級の魔物の魔石を加工した代物を、汎用品の核として使用している。
なので、あまり変な動きを最初に覚え込ませてしまうと、後々影響が出る事が実験から分かっていたため、本来の義足とそれに使われる魔法石には、ある程度の動きが出来た状態で覚え直してもらった方が良いと考えたからだ。
無論、練習で使った魔法石は、それを基に本来の義肢の魔法石の見本になるし、練習に使った義肢とて、魔法石と人工筋肉を取り替えれば練習用の義肢として使い回しが効く。
「成る程、確かに戦災級の魔物の魔石など、早々手に入る物ではないな」
「はい、他にも理由があります」
魔導具の義足や義手に使われる人工筋肉の材料である岩石大蜘蛛の吐き出す糸を加工した物。
練習用の義手と義足は反応も悪く、寿命もあまり無い代替え品を使用したけど、岩石大蜘蛛の糸を加工して作った人工筋肉は、使い込む程に、動きが馴染んでゆく特性がある。
ルチアさんが、幾ら身体が元の動きをまだ覚えていたからと言っても、たった数時間で元の足のように使えるようになったのも此れが大きな要因。
使えば使うほど、人工筋肉に流れる魔力に馴染み動きを良くしてゆく。
魔石を除けば、この廉価版の魔導具の義足や義手に使われている材料の中で、一番高価な部分でもあるからこそ、無駄には出来ないと言うのも理由の一つだ。
その事に何やら後ろの方で、不敬だのなんだのと不満を口にしている人達がいるが、ルーシャルド様が一睨みで黙らせてくださるので助かります。
「連れ共が失礼な事を言った。
黙って大人しく学べば良いものを、くだらぬ事を」
「いえ、お立場を考えれば分かる話ですので」
ヒソヒソと聞こえるように嫌味や皮肉を言っていた人達は、ルーシャルド家が抱えている魔導具師達。
この魔導具の義足や義手の技術を、学びに来ている人達でもあるのだけど、どうやら選民思想に毒された人達のようで、私がルーシャルド様を侯爵家の人間に相応しい扱いで持って接していない事に不満があるようだ。
「ふん、立場で物を言うのであれば、彼奴等より子爵家当主であるお主の方が上だし、侯爵家の元当主とは言っても、当主を退いた今では、公式の場ではお主の方が上になる。
その上、魔導士としても魔導具師としても、お主の方が国に貢献している以上、彼奴等に何かを言う権利など最初からないと言うものを」
うーん、確かに厳密に言えば、ルーシャルド様の言う通りなのだけど、私自身貴族の当主としての自覚はあまり無いし、小娘でしか無いのは変えようが無い事実。
自分達の主人が軽く扱われていたら、不満が出るのも分からない話では無いんですよ。
面倒なので、あの方達相手には相互不干渉でもって、必要最小限の接触をと言う立場を取っているだけでね。
よし、今のも無かった事にしよう。
どうせ何を言っても面倒な事になるし、遜れば遜ったで、またドルク様やヨハンさんから、当主らしく無いとお叱りを受けるに決まっているからし、ジュリにムクれられても厄介だ。
「前のものより馴染む感じがすると思いますが、如何でしょうか?」
「成る程。これが本来の魔導の義足か。
まだ魔法石に専用化を施していないのにも拘らず、魔力が義足に満ちてゆくのが分かる」
練習用と違って、魔力が流れ易くはしてあるので、感覚がだいぶ違う事に感動してくれるのは良いけど、満ちるだけでは意味がない。
意識して動かせるようにならなければ、義足や義手としては動作しない。
魔力制御に長けた魔導師であれば、極端な話このままでも義足として使えないわけでは無いけれど、魔力制御が意識して出来ない人達のために、魔法石に血を垂らして個人専用に特化する設定をする必要がある。
今後の事も考えて、この設定を【紅血設定】と名付けられたのだけど……、私としては、【血の盟約】の方が格好良いと推したのよ。
なのに、何故か満場一致で【紅血設定】になってしまった。
ジュリ曰く、名前が物騒すぎて当然ですわ、らしい。
う〜ん、解せないっ。
【血の盟約】の方が響きが良いと思うんだけどなぁ。
まぁ今はそんな事を言っているべき時では無いので、思考を目の前の事に向け。
「紅血設定が馴染むまで、もう少し時間が掛かりますますので、そのままもう少しお待ちください」
その間にルーズベルト様の方にも、上半身を裸になってもらい新しい義手を取り付け、紅血設定をする。
うーん、何度見ても、初老の身体付きでは無いですね。
ええ、もう鍛えられて引き締まっていますよ。腹筋もしっかりと割れています。
右腕を無くしてからも、主人であるルーシャルド様の盾になるために鍛える事を忘れていなかったらしい。
でも執事ですよね? 従者や護衛という訳では無いですよね?
執事が此処まで鍛えてどうするのか?
そう思わないでも無いのだけれど、ルーズベルト様曰く『隠居した身で暇だから鍛えていないとボケそうで怖い』との事。
実際は、賊に襲われ、主人であるルーシャルド様を守れないばかりか、家族もその犠牲に遭わせた事が、自分を今だに許せないだけなのだと、ルーシャルド様からこっそりと聞いている。
「反応が良くはなりますが、そのぶん細かな事に気を付けてください。
焦らずゆっくりと、まだ身体が思い出していない動きを思い出させてあげるんです」
「…ぉぉ」
「例え血が流れていなくても、ゆっくりと血と魔力が巡るように意識しながら、自分の手足にしていってください」
明らかに前の物と違う動きに、興奮するも言われた通り一歩一歩、一動作一動作を噛み締めながら、ゆっくりと動かしてゆく二人。
あとは、単純に時間の問題だろう。
少しずつリハビリの時間を増やし、稼働範囲を広げてゆけば、元どおりとまではいかなくても、健全な人間に近い動きが出来るようになるはず。
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そうして更に半月が経った頃、ルーシャルド様が、ほぼ問題なく動けるようになった頃、別れの時が来た。
義手であるルーズベルト様の方は、指の動きにまだ時間が掛かるだろうけれど、そこは脚よりも動きが複雑な分だけ仕方ない。
おそらく時間が解決すると思われる。
この辺りは課題として残っているものの、私の方の仕事としては終わり。
今後はルーシャルド家の方が、この研究を引き継ぎ世に広めてくれる事と軍事利用をしない事を約束してくれている。
「大変に世話になった。
今後はレーギルと呼べ、様付けも不要だ」
「…ぇ…と、その」
「義足と義手の礼では無い、お主の心根に対してだ。
手足を無くした者への蔑みも哀れみもなく、ただ真っ直ぐに歩むための手足を与えようとする姿勢と、裏表の無い言葉は非常に心地良かったぞ。
セルもそうであろう?」
「はい、この血の通わぬ手に、血が通うかのように感じさせて戴きました」
それは魔力が通っているから、そう感じるだけだと思うのですが……。
逆に言うとそう感じるほどに、義手を使いこなしてきていると言う事でもある。
二人が頑張ってきて、失った手足を取り戻そうとした証。
ならば、その証は受け取らないといけない……か。
「では、レーギル様、本当にそのままで宜しかったのですか?
望むのであれば、侯爵家に相応しい物を用意できますが」
「これで構わぬ。
お主が儂等のために、何度も何度も細かに調整した物だ。
そこになんの不満があると言うのだ。
儂はな、此の足が良いのだ。
お主の想いが籠もった此の足がな」
「私めも同様にございまする」
その言葉に嬉しく思う反面、申し訳ないとも思う。
二人の義足と義手は、ルチアさんのために作った物の廉価版。
調整などに一切手抜きなどはしていないものの、ルチアさんの物を見た後ではどうしても見劣りしてしまう様な代物。
普通に歩き、ペンを持つ事も可能だし、簡単な運動ぐらいなら可能な代物ではあっても、使っている魔法石の質や、人工筋肉の量、エアクッションになっているペンペン鳥の羽の量など、全てにおいて劣るそれは、全力で駆ける事も、剣を振るう様な事も出来ない代物。
見た目だってメンテナンス性を重視するあまり、無骨な箇所が幾つもある。
その事に二人は……。
「儂等のような年寄りが、今更そのような生活を求めてどうするのだ。
普通に生活が出来る、只、それだけの事がどれだけ有り難い事か」
「これでまた妻や孫を抱けると思えば、これほど嬉しい事は在りません。
シンフェリア様、これは十分に良き手と足でございます」
そう言ってくれて、私がどれだけ嬉しかった事か。
だからなのだろうか、そんな私を気遣ってかレーギル様が……。
「だが、気にするのであれば、一つ特注品を頼もう。
セル、此奴の孫娘のために、左腕を与えてやってくれ」
「旦那様、それは…」
「ふんっ、構わぬ。
儂もお主も、謂わば職務の上での事だ。
だが彼奴はそれに巻き込まれただけに過ぎぬ」
「我が家は、ルーシャルド家に仕えし時より、一族全てその覚悟は出来ておる者達ばかりです」
「ならば、その一族の働きに報いるのも、我等ルーシャルド家の務め。
これ以上は言わぬ、黙って従えっ」
「……旦那様のお心の儘に」
目の端に光る物を滲ませながら、黙って深々と頭を下げるルーズベルト様とその主人であるレーギル様の姿に、熱い物が込み上げる。
そして、その二人の信頼に応えるような代物を作らないといけないと思いつつも、ルチアさんの義足クラスの物を、義手で作った場合の参考価格を告げると、横で聞いていたルチアさんも、そしてルーズベルト様も顔が青くなっていく。
ええ、凄い金額ですからね。
言っておきますが、私が設定した金額では無いですよ。
コッフェルさんや商会のヨハンさんが、金額を付けるとしたら此れくらいだと言った金額の低い方です。
ええ、最低でも白金貨単位の金額です。
廉価版にしたって、義手は金板貨相当の価格設定らしいですからね。
義手より簡単な構造である義足はその半額とまではいかなくても、それなりの価格帯になっている。
流石に施術費と調整費込みではあるものの、魔導具の相場自体が高いから仕方ないし、これくらいの価値がないと、市場としてはやっていけないらしい。
確かに前世でも、これだけの性能を秘めた義足や義手となると、それくらいの金額でもおかしくは無いだろうから、適正相場と言えば適正相場なのだろう。
「ふん、それであの娘の左腕の代わりになるのであれば、むしろ安い買い物だ」
レーギル様、男前です。
「それにそれくらいは軽く儲かるだろうし、技術参考費と思えば、尚更だな」
……そして流石は貴族です。




