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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
223/977

223.娘からの手紙。……そして変化の兆し。





【アルドシア・ノベル・シンフェリア】視点:




「……ふぅ」


 手紙に目を通し終え、深く息を吐き出す。

 既に何度も読み直した手紙であっても、未だ多くの感情が儂の中を渦巻いておるが、何よりも大きな感情は何かと言えば、素直に娘が無事に生きている事に対する喜びだと言えよう。

 経営する商会の方からの報告で、娘がなんとか元気にやっているらしい事は聞いてはいたが、こうして直接手紙を受け取った事で知る喜びとはまた別と言える。

 少なくとも此れでコギットやダントンの奴に、嫌みったらしく手紙を貰った事を自慢げに報告されずに済むと思ってしまうのは、例え仕事の話でしかたなく奴等に手紙を送ったとはいえ、儂に今まで手紙の一つも寄越さなかった親不孝者の娘に対しての不満と嫉妬だとは認めたくはない。

 ないが……、娘が家を出た経緯やそれをさせた儂が言える事ではないので、素直に自戒の意味も込めて甘んじて受け入れてはいる。

 それでも、無事に元気でやっているのならば、手紙の一つでも寄越して来んかと怒れたりするのも、仕方ない事ではないかと周りの人間に問いたい。

 もっとも、ただの手紙であれば、寄親であるフェルガルド伯爵家からの婚姻をああ言う形でなかった事にした手前、破り捨てねばならなかっただろうがな。

 まぁ……、その前に目を通すぐらいはしたとしても、許されたとは思うが。


「しかし、何時迄も黙っている訳にはいかんか」


 今後、娘からの手紙は破り捨てる事なく保管しておけるが、今回送られてきた手紙の中身は、儂の予想を遥かに上回る、……と言うか、どこをどうやったら、そうなるのかと問いたい様な内容が綴られていた。

 だが、手紙の内容通りであると考えると色々と辻褄は合う。

 予想だにしていなかった貴族や商会から直接大口の契約の話が幾つもあったし、小規模とは言え、隣領の街に魔物討伐隊の駐屯地を作るための工事が始まっている。

 その領地は魔物の領域に接していないと言うのにだ。

 おまけに狩りや採取を目的に移り住んで来たとは言うものの、どう見てもそれで生計を立てているようには見えない自称冒険者が十数人程。

 隠してはいるが、正規の訓練を受けた人間のもの特有の匂いを感じる。

 まぁ今のところ敵意を感じない故に放ってはいるが、……さて何方側の人間かだ。


 コン、コンコン。


「父上、俺です。あと母上も」


 そこへ夕食後落ち着いてから来るように呼んでいた息子と妻が、書斎に顔を出してくれる。

 妻には娘から手紙が来た事は知られてはいるが、内容は今まで伏せてあった。

 無論、息子にも伏せてあるし、手紙の存在すらも妻や使用人が儂の命令に反して知らせていない限りは知らぬはず。


「座るが良い」

「どうしたんです父上、改まって話があるなどと。

 もしかして、水晶屑をまた買い漁るとか言わないでくださいね。

 以前までは確かにタダ当然でしたが、運ぶための人足代も馬鹿になりませんし、今や市場価値も出来てしまっている。

 そこへまたそんな真似をすれば、恨みを買いかねませんよ」

「なにを言っているんだお前は?

 今更そんな真似をする訳がなかろう。

 あんな真似は、一度きりだから出来る事だし、許される事だ。

 それに、お前の言うとおり、今や市場価値も出ている上に人足代も馬鹿にならん。

 お前がアレをどう理解していたかは今ので分かったが、白水晶屑を買い集めるなど、目眩しに過ぎん。

 詳しい事はダントンの奴にでも聞け」


 娘の残していった策の一つである水晶屑の買い占め。

 表向きには、まだ価値が無いどころか処分費を払ってまで、処分する白水晶屑を搔き集めると同時に、商売敵への牽制と技術の突き放しが目的だが、実際はそれを隠蓑に、シンフェリアでは採れない色水晶屑と粗悪品の買い占めだ。

 確かに一番使うのは白水晶屑ではあるが、それだけではいずれ飽きられてしまうのは目に見えている。

 顔料で色付けはできるが、やはりどうしても輝きは鈍いものになってしまうからな。

 まぁ、アレはアレでありだが、色水晶の輝きと使い分けをした方が、より良いものが出来る。

 だが色水晶は希少性も値段も高い。

 高いが、その分価値を維持するために、少しでも混ざり物や燻みがあれば価値が無い物として取り扱うため、産出量の割に水晶屑が多く出てしまっている。

 白水晶屑をタダ当然、または金を貰って買い漁る裏で、色水晶としては市場に出さない事を条件に、色水晶屑をも安い価格で購入する長期契約を結んでいたのだ。

 当然、既にある色水晶屑も同様の価格で引き取って。

 色水晶としては価値が無く屑であろうとも、一度溶かしてしまえば、その限りでは無いし、燻んだ色味も綺麗な色合いになる。

 その事をユゥーリィは何故か知っており、ガイルの奴に試させていた。

 より長生きできる産業とするためにな。

 うむ、話が逸れたな。


「話と言うのは、ユゥーリィの事だ」

「「…っ!」」


 一瞬息を飲むものの、以前にユゥーリィを担ごうとしている連中がいた時のように、娘の存在に視線が泳ぐ事もなく、次期領主として落ち着いた、それでいて兄として妹を心配する目でもって、儂に話の続きを促してくる。

 その事に、あの一件は息子にとっても大きな成長の糧になったのだと、今更ながらに思う。

 娘は、……ユゥーリィは、息子のアルフィーを、そしてコギットやダントンを始めとする関わった多くの人間を、成長させてくれたのだと。

 このシンフェリアの土地を育んでくれているのだと。

 例え遠い土地に居ようともな。


「ユゥーリィは遥か南の大都市、リズドの街にいるらしい」

「そ、そんな遠くに」

「どうりで、探させても…いえ、なんでもありません」


 本人は隠しているつもりだが、妻が実家を介して娘を探させていた事は知っているが、隠すつもりならば、最後まで隠し通して欲しいものだ。

 だが、こう言う時折見せるドジな所が可愛いと思ってしまうのだから、儂も甘いとは思う。

 もっとも他家の目があるところでは、その様な迂闊さを見せないから呑気な事が言えるのだが、そこがまた良いとも思えるのだから、コギットの奴を愛妻家だと揶揄(からか)いにくい。

 まぁ儂はあそこまで、デロデロのドロドロに骨は抜かれてはいないつもりだ。


「今はそこで、色々と(・・・)勉強をしながら、魔導具師として生計を立てているらしいが、この辺りの事はそれとなく聞いてはいるだろう」

「ええ、何処かの商会を介して、父上の商会と取引していると聞いています」

「知り合いの魔導具師が直接取引しに来た事も。

 だからてっきり近くの領内にいると思ったのですが、まさかそんなにも遠い街に居るとは」


 まさかその魔導具師が、元王宮魔導士だとまでは知らされていないようだな。

 ドリノアが、元王宮魔導士の印である首飾りを見せられて、大慌てだったからな。


「この際ハッキリ言っておくが、アレはもはや我が家とは関係ない人間だ」

「そ、それは、…ですが父上、例え家を出たとしてもユゥーリィはユゥーリィです。

 俺の可愛い妹には違いありません」

「アルフィー……、その言葉は心の中にしまって置かねばならないものです。

 無くなった事になったとは言え、寄親であるフェルガルド伯爵家に恥を掻かせた事に変わりはないですからね」

「母上、そんな事は分かってはいます。

 だけど、こんな山奥の田舎なら、いくらでも庇えれるでしょう」

「それで、もし伯爵家にそれが露見した場合、どう責任取るつもりなのか、そこまで考えた上で口にすべきと母は申しているんです。

 別にあの子を見捨てろとまでは……」


 う……む、私の話の持って行き方が悪かったようだな。

 二人とも盛大に勘違いしてしまったようだ。

 二人の本音が聞けて悪くはないのだが、もし放っておいて敢えて黙っていたと思われては、後が厄介な事になるのは目に見えているので、二人の口論を諫める。

 今は話を黙って聞くようにとな。


「アレは新たなシンフェリアの家を立てた、それ故に我が家とはもはや関係がない。

 陛下より爵位を戴き、今やシンフェリア子爵だそうだ」

「「………はっ?」」


 なにを言っているんだこの人は?

 そう顔に書いてあるかのような、間抜け面をした二人を見て、おそらく儂がこの手紙を読んだ時もそのような顔をしていたのだろうな。

 だが、手紙を受け取った数日後にコンフォード侯爵家からの使いの手紙で、娘の寄親になったから安心しろみたいな内容を見れば、信じない訳にもいかない。

 使者も手紙も正式な作法に則った物だったからだ。


「ぇ、えーと……子爵?」

「……凖男爵で無くて?

 いえ、それでもどうかと思うのですが……」


 ……ああ、やはり家族だな。

 儂と同じような事を呟いておる。

 手紙を最初に読んだ時に、儂もそう呟いてしまった。

 娘が手紙で綴って来た事は、それくらいあり得ない話なのだが……。

 

「我が家の場合と同じだ。

 アレの作った魔導具の幾つかが、陛下に認められたようだ」


 詳しい事は流石に書いてはいなかったが、侯爵家からの手紙でもそのような事が書いてあった。

 その結果、娘が子爵でないといけない理由が国にあり、我シンフェリア家も身辺には気をつけるようにとまで言ってきた。

 その事に信じられない思いもあるが、娘ならばあり得ない事はないとも思ってしまう。

 我シンフェリア家も次代であるアルフィーの代には、子爵へと陞爵する事が決まっており、その理由はやはり娘にある。

 その上、シンフェリア領自体が景気が良くなり、アルフィーが力を入れている開墾や街道の整備に多くの人を雇い入れる資金があるのも、娘が残していった物のおかげだと言えよう。


「アルフィー、薄々は気がついているだろうが、アレは力を隠して生きていたようだ」

「俺がこの家を継げるようにですか?

 そんな事は俺が一番分かっています。

 以前にユゥーリィに言われましたからね、病気を理由に好きな事ばかりやらせてもらいながらも、領民と共に生きなかった自分には領主たる資格がないと」


 生来の病気に加え、色なし(アルビノ)で生まれた事。

 兄二人や姉と歳が離れている事に加え、女であった事が尚更娘を領民達から遠ざけていた事は確かではあった。

 この町に同年代の子供が男児しかおらず、その思い出も娘にとってあまり良い物ではない。

 誰に似たのか幼い頃から見目の整った娘に、あの年代の頃の男児は素直になれぬ故に、興味を引こうとした結果、親に大目玉を喰らい近づくなと言われてしまう始末。

 実際には病弱な娘を、手加減を知らない子供達が無理に連れ回して倒れられては堪らない、と言うのが本当の理由だったらしいが、それが故に娘は益々家に篭るようになり、領民と疎遠になっていったし、仕事に忙しくしていた家族ともあまり触れ合わなくなってしまっていた。

 教会に見放され、何時死ぬかもしれないと敢えて触れて来なかった部分が、当時の儂等に無かったと言えば嘘になるがな。


「父上、俺はきちんと理解しているつもりだ。

 俺が好きに開拓を出来ているのは、妹であるユゥーリィが残していった物があるからだって事は。

 なら兄である俺は、そんなユゥーリィが残していた物と想いを大切にし、この土地に住む者達に、安心して暮らせる土地にする義務があるともね」


 だが、何時からだろうか、表情が乏しかった娘がよく笑うようになったのは……。

 病弱な身体と立ち向かい努力するようになったのは……。

 少しづつだが、確実にその頃から、我が家が明るくなった事は覚えている。

 平民ではあるが、娘に同じ年頃の女友達を用意させてからは、外によく出かけ、外での出来事を家族の団欒で話す様になった事も。


「それが分かっているのならば、それで良い。

 経緯はどうあれ、アレはアレだ、そして我が家は我が家でしかない。

 冷たいように聞こえるが、貴族とはそう言う物だ。

 その想いだけを心の内に秘めておけばいい」

「……分かりました。

 ユゥーリィは、他家の人間として扱え。

 つまり、そういう事で(・・・・・・)良いと言う事ですね」


 そうだ、我シンフェリア家の娘であるユゥーリィであれば、我が家は寄親であるフェルガルド伯爵家の手前、許す訳にはいかない。

 だが、全くの他家であるならば、係りあったとしても話は別だ。

 ましてや、娘の貴族後見人であるコーンフォード家は、我が家やフェルガルド伯爵家の派閥とは別の派閥。

 コンフォード家の寄子である娘にどうこうは言えぬし、その事で我が家を責める事もできない。

 幾ら、些か常識を外した要請により、我が家が娘を無駄に失った事に対する我が家への借りは、国中の水晶屑の買い占めの件で動いてもらった事で精算し終えたと言ってもな。


「アルフィード、近い内にお前には、儂の後を継いで当主になってもらう」

「名前だけのお飾りとしてですね。

 男爵と子爵ではやれる事が、大きく違うと言いますからね。

 父上が子爵家の名前でもって、商会を大きくしたいと言うのであれば賛成ですし、正直俺のような若輩者には、まだ領主としての荷は重すぎます」

「領内の開拓や治水等は決められた予算の範囲では好きにやるが良い、お前の代にして行くためには必要な事だ。

 政の幾らかも、お前に任す事にする故に励む事だ」


 アルフィーの良い処は、自分を器を理解している事。

 決して無謀な事はしないが、無茶をしない訳では無い。

 己が出来る事を理解した上で、自分の限界を少しづつ広げようと無茶をするだけの話。

 自分の出来る事を、周りを巻き込みながらもコツコツと積み重ねてゆく。

 地味ではあるが、領主としては大切なものを持っている。

 その上で、ユゥーリィのような偉才に触れ、それに触発されて自分を磨く事に疑問を抱かない。

 例え周りの口さがない連中から、ユゥーリィほど秀でた才能がないと影口を叩かれようとも、アルフィーはユゥーリィの兄である事を誇っている。

 そのユゥーリィから、自分こそ領主に相応と言われた事も、その一因なのだろう。

 自分の向かうべき姿を見つけたが故に、アルフィーは、もうそのような影口ぐらいでは揺らがない。

 己が為すべき事を為すために、邁進し続けるだけだ。

 そして、儂も為すべき事を為すだけの事。

 当主として……、そして親として……。

 あの馬鹿娘が残していった想いを守るために。






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