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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
222/977

222.魔法の先生と、第三の侯爵家。




 学園の上級魔法講義の講師となる魔導師は、未だ見つからないままなので、領主であるヨハネス様が伝家の宝刀で、ルチアさんを指名。

 ただし当人の意思を尊重して、極少数を選定して領主のお屋敷の離れの一角を利用してと言う事になったのだけど。


「……これって家庭教師と言いません?」

「そうとも言いますね」


 結局、私とジュリ、そしてもう一人は演習場を一緒に魔法で直した女学院生ことポーニャのみ。

 座学の成績もよく、学ぶ事に貴賎を気にしない所が選ばれた理由らしい。

 それはともかく講師に関しては、ルチアさんのような退役魔導師に声を掛ければ良いのではないかと思うのだけど、どうやら力がないから退役する事になった魔導士などに、誰も師事したがらないし、縁起が悪いとの事。

 はっきり言って根拠のない理屈なのだけど、ルチアさんの足の件もあるし、そう言う風潮があるのは確かだと思う。

 かと言って、熟練の魔導士を用意しようと思っても、なかなか用意できないのは、基本的に優れた魔道士は高齢まで現役で戦えるため、当然、退役する頃には高齢になっており、報酬の割に面倒な講師などやりたがる魔導師は、ほぼいないらしい。

 老後ぐらいは自分の好きな事をして過ごしたい、と言う考えも分かる話なので無理強いはできないと言うのも分かる話でもある。

 私としては、学べる事さえ学べれば気にしないので、問題ないので宜しくお願いします。


「いえ、私の方こそよろしくお願いします」

「え?」

「四回に一回はユゥーリィさんが講師役として、前に立つのが引き受けた条件ですので。

 私もユゥーリィさん程の魔導士の考え方には、興味がありますから、……って、聞いてませんか?」


 聞いてませんよっ!

 ……えっ、ジュリは聞いていた?

 なんで教えてくれないんですか?

 ……教えたら、何かと理由をつけて逃げる可能性があったと。

 酷いっ!

 いえ、その通りなんですけどね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 そんなある日、商会のヨハンさんが商会の一室に、ドルク様と共にお客様を連れて来られた。


「レーギルドア・ウルド・ルーシャルドだ。

 こっちは、セルニバス・ルーズベルト、共に好きに呼べ。

 あと後ろの連中は気にするな。只の外野だ」


 歳の頃はドルク様ぐらいだろうか?

 疲れ切ったような表情ではあっても、深いシワの奥から覗く眼光は鋭くはあったが、何処か諦めたような眼差しでもって、私に自己紹介をしてくださったのだけど。

 ドルク様、ヨハンさん、此方の御仁は?

 ……確かに説明は受けましたよ。

 魔導具の義足と義手を、欠損してから年数経った方で試したいから、被験者を探して欲しいと頼んでいたのが、条件にあった方が見つかったので近い内の紹介すると。

 ええ、確かにそう聞きましたが……。


「侯爵家の方が来られるだなんて、欠片も聞いてませんっ!」


 吃驚にも程がある。

 治験の被験者として高位貴族である侯爵家の人間が来ると、誰が思うと言うのか。


 ルーシャルド侯爵家。


 コッフェルさん達の陰謀によって、いつの間にか知らない間に、私の後ろ盾として名前が上がっている家の一つで、シンフォニア王国の古き血筋と言われている五公爵七侯爵の一つでもある。

 この十二家の内一つを除けば、広大な領地を持っており、それ以外の侯爵家は伯爵家クラスより少し広い程度の領地しか所有していない。

 しかも古き血筋の公爵家以外の公爵家は、莫大な年金が貰えるかわりに、四代で領地を持たない法衣伯爵にまで降格される事が国法で決まっているので、実質この十二家が、この国を仕切っていると言っていい。

 ちなみに十二家の中で、唯一領地を持っていない代わりに年金を貰っているのが、オルミリアナ侯爵家なのだけど、この家は半ば国内の教会の勢力が領地みたいなものだから、ある意味一番領地を持っている家だとも言えない事はない。

 なんにしろ、そんな恐ろしい権力を持つ十二家、その内の一つを名乗る初老の男性が目の前にいる訳で。


「ルーシャルド家には、まだ直接挨拶に伺っていなかったから丁度良かろう。

 元とは言え、これでもルーシャルドの家の名を背負った人間だ、名代にはなる」

「偶々お嬢さんの出された条件、それに適った人物でもありましたし」


 絶対に嘘だ。

 いや、本当ではあるだろうけど、それ以外の意図がそれ以上にあるのが目に見えている。

 見えているのだけど、とりあえず後回しっ!

 今は、爵位拝命の際の後ろ盾になって戴いたお礼を。

 ……手紙とお礼の品で済んでいると、あとは実益で返して貰えばって。


「お嬢さんが開発された魔導具の義足や義手は、ルーシャルド家の商会の方で登録して戴こうかと思いまして」

「コンフォード家は今さら言うまでもないとして、ガスチーニ家は牙と爪と眼の販売と管理。

 アーカイブ家は命を助けられた恩があるので後回しで良いとの事だし、ヴォルフィード家も次男が命を助けられた件に加え、先日の手紙の魔導具でも当主自身がかなり助けられているからな、先にルーシャルド家にしただけだ。

 丁度条件にあった人物もいたしな」


 ですよね。

 私なんかのために、後ろ盾になるなんておかしいな、何か裏があるはずだなと思っていたら、やっぱりそう言う事ですか。

 単純に投資として、後ろ盾になったと言う事ですね。

 ……誤解だと。

 確かにある程度高位の貴族は利がないと動けないし、動いてはいけないから、それは当然として、動くための信義があったからこそ後ろ盾になってくれたのであって、そちらが主な動機ではないと。

 別に誤解はしてませんよ。

 それくらいは当然あるとは思っていたので、やっぱりと思っただけで、なんで皆んな物事を隠して動くのだろうなと思っているだけです。

 私、そんなに信用がないのかなとも思って。

 確かに、まだ信用を置けるほど付き合いはないかもしれませんけど、商品の開発はどれも真剣にやってきましたし、真摯に当たって来たつもりなんですけどね。

 もちろん開発した物の利権を、他家に回すのも理解できます。

 独占が過ぎていても軋轢を生むだけですからね。

 それよりも利権を分散させる事で、全体の市場を守り育てる事が出来ますから、私としては賛成です。

 私では技術を生み出す事は出来ても、それを育てて広げる事はできませんから。


「とにかく疲れる話は後でするとして、今は、魔導具の実験(・・)の方です。

 失礼ながら、今、この場だけはお家の事は忘れて戴いて、今回の治験の説明に移らさせて戴いても構わないでしょうか?」

「好きに呼べ、俺はそう言ったつもりだ」

「失礼しました。では改めて説明させて戴きます」


 私がルチアさんのために開発した義足の魔導具。

 当然、ルチアさん一人で終わらせて良い物ではなく、同じ苦しみを抱えている方達に広げるべきだと考えていた。

 かと言って、いきなり広げれるほど安定しているとは言い難い技術でもある。

 ほんの二ヶ月程だけど、今のところルチアさんが使っている義足には、なんら異常や変調は見当たらないので問題はないものの、これからも問題がないとは限らないので、経過観察も必要だし、ルチアさん以外の被験者も必要。

 そんな訳で、治験として義足の他に義手の被験者を探すように、ヨハンさんに条件付きでお願いしていたの。

 その条件の一つが、手足を欠損して一定の年数が経った人と言うもの。

 そうでも言わない限り、嫌な話、わざわざ手足を斬ってと言う事も考えられる。

 欠損しても一定の日数以内であるなら、治す事の出来るこの世界では、そんなとんでもない事もあり得る話だからね、この世界は。

 あと、欠損して直ぐに義手や義足の魔導具を着けられる機会に恵まれる可能性は、おそらくこの魔導具が広まったとしても、稀な例だと思えるから。

 欠損して五、六年以上、それくらいがこの世界での目安ではないだろうかと言う予測と、身体が欠損した部分の動きを忘れている可能性がある時間。

 その上で有効な技術かどうかを確認するのが、今回の治験の趣旨。


「動かせぬ可能性がある事は理解している。

 どうせ失くした(あし)だ、動けば儲け物くらいにしか考えておらん」

「いいえ、もし動かせないのであれば、なぜ動かせないのか。

 動かす手立ては何かないのか、そのための幾つかの手立てを考察し、幾つもの試しに付き合って貰わなければいけません」

「動かねば、身体を弄ぶか」

「そう取って貰っても構いません。

 私は最初から、実験だと申していますし、断って戴いても構いません」


 いくら私自身が動作確認で疑似的に義足や義手を動かせてみても、それはあくまで疑似的な物でしかないため、世間に広める事を考えるのであれば、どこかで必ず人を使った実験はしないといけない。

 そう言う意味では、ルチアさんは欠損して年数がそれほど経っておらず、身体の神経も魔力の流れも身体が覚えていたし、操作型の身体強化の持ち主なので、慣れてしまえば最低限の魔法の発動で稼働させる事が出来る義足を開発した事が、問題なく使えている要因として大きい。

 本音を言えば、勢いでやってしまったと言えば、それまでなんだけどね。

 とにかくアフターサービスがしやすい身近な人間であればともかく、外に出すのであれば、その辺りはきちんと検証しなければならない。

 むろん実験ではあっても、非道な事を更々するつもりはないものの、治療の過程で痛みや苦痛を伴う事がない訳ではない。


「綺麗事を言う気はないか」

「此方の意図はどうあれ、相手がそう捉えなければ同じ事ですので」


 途中で誤解をされるのであれば、最初からそう思って貰った方が此方は気が楽だし、相手もそれだけの覚悟を背負って貰った方が良いはず。

 肩透かしで終われば良いけど、長年使っていない身体を、…ましてや失った肉体の部位を動かそうと言うのだから、動くにしろ動かぬにしろリハビリの苦痛ぐらいは耐えて貰わねばいけない。

 だから真っ直ぐと、二人に目を向ける。

 侯爵家としての意図はどうあれ、二人は失った手足の代わりになる物があるのであれば、取り戻したいと思っているからこそ、此処にいるはず。

 そして私もそう言う人達の力になりたいからこそ、ヨハンさんやドルク様にお願いして、このような機会を設けてもらったのだから。


「だから、その上でお二人にお願いします。

 痛みや苦痛があるかもしれませんが、手や足を失った人達に希望を灯せるかどうかの実験に付き合ってください」


 例え此方が与える側だとしても、それは傲慢でしかない。

 動くか動かぬか分からぬ物で試し、多くの実験結果を得ようとしているのだがら、そこに貸し借りはない。

 寧ろ結果如何によっては、此方がある程度満足するまで、不安と苦痛を与え続けようと言うのだから、此方が頭を下げるのは当然の事。

 ルチアさんや目の前の二人のような人達が、また自信を持って歩けるように、私が(・・)此れを広めたいのだから。

 私の我が儘に付き合ってもらうのだから。


「……なる程。こう言う娘だったか。

 ドルク、聞いている話と随分違うな」

「そうか?」

「ふん、まあいい。

 失った物の代わりを得ようと言うのだ、それくらいの覚悟などなくてどうする。

 いいからとっとと始めろ。

 片足を失って隠居した俺と違い、若いお主はそれほど暇ではあるまい」


 くだらぬ問答はこれ以上は不要だと言わんばかりに、二人はズボンを捲り、または上着を脱いで、身体の欠損部分を見せてくださる。

 欠損して十数年経っているため生々しさはないものの、おそらく火で焼いたのだろう部分は、皮膚と肉が歪み爛れているのが伺える。


「治癒魔法で皮膚の部分は多少再生されていますが、痛みや感覚などはありますか?」

「多少鈍ってはいるが触れられれば分かるし、荷重が掛かれば痛みもする」

「私もです。

 多少引きつった感触に襲われる事はありますが、それだけですな」


 なるほど、痛覚や神経が生きているのであれば理論上は可能だけど、問題は何処まで生きているかだ。


「お二人は魔力をお持ちのようですが、魔法の方は?」

「魔導士ではない。

 魔力と言える程強くもないし、外部魔力も無いゆえ、儂も此奴も弱い身体強化しか使えん」


 つまり魔力循環は多少できると言うことね。

 なら問題はないだろうけど、まずはそれを置いておいて、幾つか調べたい事が。

 私は収納の魔法から魔法石を取り出して、それを二人の患部に当てて、二人に失った部分を動かしてもらうようにお願いする。

 

「んっ、んっ!」

「ぅん〜〜、ん〜」


 漏れ出る声と浮き出る神経と血管に、二人の真剣さが伝わってくる。

 私が今やっているのは、欠損した部分を動かそうとしている、筋肉や神経の信号を魔法石に拾わせている所。

 ルチアさんの時にもやったけど、彼女の時と違って、やはり時間が経っているためか、反応がかなり悪い。

 でも………、悪いだけで、反応そのものはある。

 ならば、まずは腕より足の方か。


「すみませんが、下の履き物を脱がせて戴いても宜しいでしょうか?」

「ん、儂は構わぬが、若い娘の見るものではないぞ」

「別に下着まで脱がなければ、私は気にしませんので」


 例え下着まで脱がれても、前世が男の私は気にはしないけど、態々見たいモノでもないので、そう答えておく。

 臨戦体制でもない限り、いつかのようなトラウマは出ないとは思うしね。

 そうして再び失った部分を動かすようにお願いするのだけど、今度は両方の足を同じようにお願いする。

 その分不安定になる上半身を、ルチアさんに支えてもらうようにお願いしておく。

 私はその間は、……まぁルーシャルド様の股間を目の前に身体を向けているのだけど、あくまで診察のためのポジションです。

 無事な方の足を動かす時に、流れる神経や筋肉の信号、そこに流れる特有の魔力の流れを

感じ取って拾いながらも、それを魔法石に覚え込ませる。

 左右の違いはあれど同じ人間の身体なので、此れを元に左右の違いを微調整すれば使えない事はないのは、既に実験済み。

 問題は、その実験そのものが自分の身体でやったので、それが他の人に当て嵌るかは別。


「……ふぅ」

「どうかね?」

「まだなんとも言えませんが、ただ、ある程度予想していた通りでもあるので、このまま続けさせてください」


 収納の魔法の中から、魔導具の義足を取り出すけれど、サイズが合っていない上に、ルチアさんのに比べて、かなり無骨な作りになっている。


「ほう、だいぶ彼女の物と違うようだが?」

「彼女のは試作機で、金額や労力を無視して、限りなく元の足に近い機能や能力を全て費やした特別仕様です。

 今回の治療(・・・・・)で使うのは汎用向けの試作機で、日常生活をする上で必要最低限な機能と能力を持たせただけの物です」


 今回のコンセプトは、普通の生活をする上でのスペックをなるべく低価格でと言うのもある。

 ルチアさんの義足のような特別仕様の義足を、侯爵家であるルーシャルド様が払えないとは思わないけれど、此方はそんな方が来られるとは想定していないし、やる事は此方でも変わらない。

 なにより、誰もがそんな特別仕様の義足や義手を購入出来る物ではないからだ。


「成る程、それが基本となる訳か」

「話が早くて助かります」


 あくまで此れがベース仕様となる。

 お金がある方は、幾らでも強化してゆけば良いだろうけど、特別仕様品のみの価格帯では、とてもではないけど普通の人には、失った足の代わりの魔導具の足を手に入れるなど夢のまた夢の話でしかない。


「これでも、なかなかの価格帯となりますので、これ以下の物となると、魔導具ではなく木のしなりを活かした義足になってしまうでしょうね」

「ほう、そのような物もあるのか?」

「ええ、ただ、動きもそうですが、どうしても形状が大きくなったり、遠目にも義足だと分かってしまうので、貴族の方には好まれないかと思います。

 ですがその分、安く、傷んでも交換しやすいという利点があります」


 此方の方は、魔導具の義足の普及と共に、平民向けに広めて貰うつもりだと言う事は既に商会の方に話してはあるので、ルーシャルド様に話しても構わないと思い、会話の繋ぎとして話しながら義足の長さを大雑把に調整。

 欠損部分が膝よりも上からと、ルチアさんの時より大きいせいか、腰まで固定バンドを必要とした。

 これならば脊椎の方から信号を取った方が良かったかもしれないけれど、そうなると今度は左右の切り分けが難しいか。

 この辺りは今後の課題にしておくとして。


「んーーっ!

 はぁ…はぁ…はぁ…」

「旦那様、今、僅かにですが」

「はぁはぁ…、そ、そうなのか?」

「ええ、確かに」


 欠損した右足の代わりに着けた魔導具の義足は、確かに反応はしてはいる。

 例え拳一つ分ではあろうが、膝より先が僅かに上がったのは確か。

 ん……でも、魔法石が受け取った信号を処理し切れていない。

 ノイズなのか、それとも違う信号を拾ってしまっているのか。もしくは信号そのものが弱いのか?

 考察した内容を片っ端から走り書きしながら、何度も魔法石を外して、微調整を繰り返し、なんとか主要な信号を掴めたところで。


「今から、この魔法石をルーシャルド様の血でもって、反応をより拾いやすくしますが、魔力の流れを意識しないようにお願いいたします」

「魔導具なのであろう、ならば魔力を意識する物ではないのかね?」

「慣れれば、魔力の流れを意識する事で一時的に能力を上げる事は可能ですが、今、この魔法石は、ルーシャルド様の身体が忘れてしまっている足の動きを読み取るために、かなり増幅をかけて読み取っています。

 そこへ、必要以上の魔力が流れてしまえば、義足が過剰に反応したり、せっかく魔法石が覚えようとしている身体の動きを阻害するだけでなく、誤って覚えてしまいかねません」


 人間の身体と言うのは思った以上に適用できるようになっている。

 身体の一部が欠損したのであれば、それでも動けるように身体を動かす事を覚える。

 でもその一方で、元の動きを忘れてしまう。

 新しい動きをするのに、古い動きは邪魔になってしまうからだ。

 だけどもその痕跡は残っているので、それを思い出してもらうために、今僅かに拾えている動きで、当時をなるべく再現してやる事で、身体の方にも思い出して貰わばければいけない。


「此方の手摺りと手摺りの間を歩いて戴きますが、身体は付けて戴いたベルト付きのズボンで支えておりますので、バランスを気にせずに歩く事にのみ集中してください」


 衰えた筋肉とかつての歩き方を思い出させるために、ベルトの先端を魔法で浮かす事で荷重を減らしてあげるも、やはり足は引きずった状態。

 ほんの五メートルほどの距離を、汗を流し、苦悶の表情を浮かべながらも、その足は変わらず引きずったまま。

 それでも、往復して戻ってくる頃には、その一歩がほんの少し大きくなり、膝が先ほどより少しだけ上がっているのが分かる。


「ふぅーっ、ふぅーっ、……動く、動くぞ」


 顔を真っ赤にし、汗だくになりながらも、歯を見せ笑みを浮かべる姿は……、ちょっと小さい子には見せられないような凶悪な笑みではあるけど。

 本人としては、失った足が動いて喜んでいるのだと思うよ。…たぶん。

 なにせ、その証拠にもう一往復しようとしているからね。

 でも、流石にストップをかける。

 少し息を整えて、体力を回復させてからにしようと。

 心が幾ら息込んでいても、身体が付いて行っていない。

 変な姿勢になっているので、それを身体や魔法石が覚えてしまうと問題が出てしまう。

 焦る気持ちは分かるけど、少し休んでからにしましょう。

 冷たい果実水を収納の魔法の中から出して、水分補給と熱った身体を冷やしてもらう。


「ではその間に、ルーズベルト様の方を診させて戴きます」

「どうかよろしくお願いいたします」






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