221.新居にお邪魔しちゃいますね。
「ゆうちゃん、いらっしゃ〜い。
この間の結婚式は、本当にありがとうね〜」
玄関の戸を開けて私の顔を見るなり、熱い抱擁をしながらの挨拶に、私は顔全体に生暖かくて柔らかい感触に包まれる。
いい加減にライラさんの胸に顔を埋められる事に慣れてきたので、呼吸が出来る角度は確保済みなので、心ゆくまでお互いに感触を楽しみますよぉ。
ふにふにぃ〜〜〜♪
ふふふっ、ライラさん暖かくて柔らかくて気持ち良いです。
ややリバウンドが見られるけど、幸せが身に付いたとも取れる。
一通りライラさんとの挨拶を終えたところへ……。
「ようこそ我が家においでくださいました。シンフェリア様」
ライラさんの旦那様であるエルマーさんで、ライラさんより二つ年下との事。
美人のライラさんに対して特別イケメンと言う訳では無く、どちらかと言うと素朴な感じの男性だけど、笑顔が似合っているのと仕事をしている時の真剣な顔が男らしい、と言うのはライラさんの惚気話から聞いているし、実際に会った感じそんな感じを受ける。
「ユゥーリィで構いません。
それに様付けは慣れませんので、公の場でもない限りはお許し下さい。
私としてはライラさん同様、エルマーさんともお付き合いして行きたいと思っています。
あと、此方は私の従者のジュリエッタですけど、あまりそう言う事は気にせずに、普通にお願いします」
「ほらっ、言ったとおりでしょ。
ゆうちゃんは私にとって家族の一人なんだから、堅苦しい事を言っても嫌がられるだけだって」
早速、ライラさんに尻に敷かれているエルマーさんの姿に、自然と目元が下がるのは仕方がない。
だってね、お世話になった人が幸せそうなのだもの、それが嬉しくない訳がない。
と言っても、目の前で延々とイチャコラされ続けられても迷惑なので、いい加減に家の中に入れてくださいね。
結婚式後の引っ越しも無事に終わり、落ち着いた所で結婚式でのお礼を兼ねて新居に御招待されたのが、今日訪問した理由。
そして新居は、引っ越し前の何もない状態では何度か足を運んだ事があるけれど、荷物や飾り付けがあるのとないのとでは大違い。
「ふわぁ〜、良い感じに飾りましたね。
大人っぽくシックに攻めながらも、要所要所に可愛らしい小物や飾りがある所が、ライラさんらしいですね。
これなら旦那様の職場の方やお友達が遊びに来ても、可愛らしいお嫁さんの趣味で済みますね」
「まあねぇ、流石に趣味全開と言う訳にはいかないからね。
他所様に見られる場所は、お店同様に抑えているわよ」
つまり人様に見られない寝室とかは、ライラさんの趣味全開と。
エルマーさん御愁傷様です。まぁ愛する奥さんの安らぎと思って諦めてください。
「ジュリも可愛い飾り付けとか好きだから、後で参考に見せて貰ったら?
人の飾り付けって結構勉強になるし」
「ユウさんは可愛いのが好きな割に、そう言う飾り付けとかをしないのも、どうかと思うのですけど」
「他人が可愛い物を持っていたり、可愛い格好をしているのを見るのは好きだけど、自分となると途端に面倒臭くなるのよね。
だいたい、そう言うのは似合わないし」
「似合うわよ」
「似合いますわ」
「似合うと思いますけど」
何故か三人に突っ込まれる。
私が可愛い姿をして誰得と言うのだろうか。
そもそも部屋を可愛い物で飾るなんて掃除が面倒くさいし、女の子の部屋みたいで落ち着かない。……いえ、女の子ですけどね。
「もう、相変わらずね。
ジュリエッタさん、貴女が気をつけてあげてね。
この子ってば放っておくと、自分の事は物臭になるんだから」
「そうなんですよね。
せっかく素材が良いのに、何時も何時も最低限で、それなのに人の事は飾りたがるんですのよ」
いえいえ、物臭さでは二人には言われたくないですよ。
料理に洗濯に掃除に帳簿付け、細かい事を言えばキリがないですが、間違いなく私の方が小まめだし、二人ともせめて普段使う物の整理ぐらいは、キチンと出来るようにしてほしいものです。
そう、リビングの一角に視線を敢えてやる。
読みかけの本が数冊ほど乱雑に積み上げられているのが見えます。
「なんかゆうちゃんが、小姑の目をしているわ」
それに対して、エルマーさんが座っていたらしい机の前には、先程迄、何か小物を作っていた様子はあるものの、既に道具は革製の道具入れに仕舞われて革紐で巻き取られている。その置き方も乱雑ではなくキチンとしたもの。
道具を大切にしてある辺り、流石は職人さんなだけはある。
「立ち話もなんですから、どうぞお掛け下さい。
ライラ、お茶の用意を」
「採点されそうで怖いわ」
「しませんってば」
「心の中ででしか?」
「ジュリまでも、もうっ!」
エルマーさん、実は職人ギルドの支部長さんの息子さんで、先日の結婚式には各ギルドの支部長クラスの人が来るなどの賑わいを見せていた。
平民としては富裕層だとはいえ、錚々たる顔ぶれに、私も吃驚でしたよ。
特に服飾ギルドの支部長さんや、エルマーさんのお父様である職人ギルドの支部長さんは、私みたいな子供に偉く低姿勢だったし、冒険や商業も、何やら、何かあればよろしくと、態々声を掛けに来ていたほど。
ライラさんの結婚式を祝いに来たと言うより、ある意味、打ち合わせや相談の場と化していたような気がするけど、組織のお偉いさんと言う物はそう言う物だから仕方がない。
ああ言ったお偉いさんが、祝いに来た事実が大人の事情的に大切ですからね。
「なに言ってるの、ゆうちゃんと叔父さん方が、よっぽど賓客だったでしょうが」
「私もコッフェルさんも中身の品格が伴っていないので、そう言われても実感がありません」
両家の祝いの席に来たお客さんの数は、職人ギルドの支部長さんの子供の結婚式なだけあって、新郎側の方が圧倒的に多かった。
新婦側は人数こそは控えめではあったけど、ライラさんのお店を贔屓している貴族からのお祝いの品々が多い上に、半ばライラさんの親代わりであり後見人であるラフェルさんや、その夫の子爵当人とその家族や知り合いなどと、社会的な立場のある方達の出席や祝いの品の名前が多かったため、……なんと言うか、双方のお祝いの品を置かれたテーブルの格差が酷かった。
見た目の山こそは揃えられてはいるけど、その中身がね。
特に名前と目録を書かれたコッフェルさんの家とかが酷かった、しっかりと敷地面積まで書かれていたし。
「なに言ってるの、ゆうちゃんのも大概だったわよ」
「結婚祝いの品としては食べ物は細やかな部類の物のはずですよ。
しかも調理済みの物ですから、ぱっと見では何かは分かりませんし。
まぁ見慣れない料理ばかりで、注目は浴びたとは思いますけどね。
なんにしろ私としては、皆さんが舌鼓を打って楽しんでいましたから、頑張った甲斐がありました」
「大半の人は一生に一度の経験だったと思うけど、確かにあれは凄かったね」
「貴族の結婚式でも、あれだけの料理は出ないわよ」
そうみたいですねぇ。
料理が出てからは、皆さん一瞬、御披露目の宴だと言う事を忘れて食事に夢中になっていたし。
でもその後、流石は両家の結婚式だと言う雰囲気になったので、たいした問題ではない。
「しかも、それがお金に飽かしてでなく、自ら獲りに行った物ばかりと、ゆうちゃんが言うもんだから、注目浴びてたわよね。色々な意味で」
「いや、多分、殆どの人が冗談と思っているんじゃないかな。
こんな小さくて可憐な子がと、普通は思うし」
「あら、可憐だなんて、私は貴方にそんな言葉を言われた覚えはないけど。
まぁいいわ、ゆうちゃん相手なら分かるし。
でも駄目よぉ~、ゆうちゃんは私のだから、唾をつけようと考えちゃ」
「ライラにとって義妹みたいなものなら、僕にとっても義妹みたいなものだし、僕にとっての女神はライラだけだから、そう言う疑惑は勘弁してほしい」
なにやら人を出汁に、イチャコラ空間を作り出しているバカップル二人を横目に、ジュリとお茶と御茶菓子を戴きながら雑談。
……え? 二人を放っておいて良いのかって?
放っておけばその内に戻ってきますし、逆に真面に相手にすると、延々と付き合わされるので要注意です。
適当に相槌は打ちつつも大事な事は聞き逃さず、その上で反応はソコソコ薄くがコツ。
「もう、ゆうちゃん冷たいわよっ」
「そんな事ないですよ、ライラさんの事が好きだからこそ、暖かく見守っているだけですから。
ええ、御馳走さまです、もう御腹一杯と言うぐらいに」
「そんな一杯に成る程、話してないわよ」
「いえいえ、結婚前の時に散々聞いてますので、エルマーさんライラさんがどんな風に話していたか興味あります?」
「ゆうちゃんっ!」
「残念、またの機会という事で」
「ははははっ、本当に仲が良いんだね」
「ええ、私にとって本当にありがたい事です」
ライラさんに出会って、本当に色々と私の人生は開けたと言っていい。
最初こそは男装して、お店に出入りしていたのだけど、実はそれはバレバレで、それをきっかけに開き直る勇気が持てたし、冬の間の小金稼ぎに始めた執筆が人気が出ているのも、ライラさんが影で色々とお勧めしていてくれた結果だと思う。
シンフェリアを出る事になってからは、本当に感謝の言葉しかない。
身元の不明の私に部屋を貸してくれたばかりか、コッフェルさんやラフェルさんを始めとする、多くの人達と出会える機会をくれた人。
「私もね、ゆうちゃんに出会えて本当にありがたいと思っているの。
ゆうちゃんに出会えて顧客も増えたし、化粧も教えて貰って色々勇気を貰えたから、こうして素敵な旦那様と結婚できたものね。
それに、まだまだだけど、料理もだいぶ上達したし、作れる料理も増えたのも、みんなゆうちゃんと出会えたからだもの」
「ライラさんだったら、私がいなくてもきっとエルマーさんを掴まえられたと思いますよ。
料理だって、今程で無くても頑張っただろう事は間違いないです」
「ふふっ、かもね。
でも伯母さんが支部長の地位を皆んなに認められるようになったのも、叔父さんがようやく、私や伯母さんを守るなんて事に残りの人生を費やさずに、凄い魔導具師としての道を歩む事になったのは、間違いなくゆうちゃんのおかげ」
あぁ……、やっぱり。
ライラさんの言葉に、そう心の中で漏らす。
幾らコッフェルさんが、性格の悪さを駆使してライラさんにスケベな変態叔父として悪ぶって見せたからって、ライラさんほどの人が、コッフェルさんの事が分からない訳がないと思っていたら、分かっていたから怒っていたんだ。
自分が守られていると言う自覚がある分、余計に素直になれなくて、だけど自分なんかに構わずに、凄い魔導士としての道を歩んでほしかった。
その結果、コッフェルさんを毛嫌いして見せていたのだと。
でも、たぶんコッフェルさんには見抜かれていたんだろうな。
このじゃじゃ馬娘め、仕方ねえ奴だ、とか言ってね。
本当、素直でないあたり、似た者同士なのかもしれない。
「じゃあ、凄い魔導士の道を歩み出したコッフェルさんが、疲れて逃げてきた時は、美味しいお酒と料理で鋭気を養ってあげないといけませんね」
「そうね。私が出来るのはそれくらいだものね」
「それが良いんですよ。あの人にとっては」
「叔父さんの事だから、ゆうちゃんの手料理と比較してきそうだけど」
「でも言われっぱなしのライラさんじゃないでしょ」
「もちろん、実力で黙らすわよ」
「あっ、でも、フォークやナイフを投げるのは止めてくださいね」
「叔父さん次第ね」
せっかくエルマーさんに聞こえないように小声で言ったのに、ライラさんブレないです。
つまり、その辺りはもうエルマーさんにバレていると言う事なのかな?
良い人で良かった。
「そうならないように、料理は頑張るわよ。
せっかく伯母さんが、良い台所を揃えてくれたんだから。
……と言っても、こっちも半分はゆうちゃんからみたいな物だけどね」
と言うのも、この新居の台所は二箇所あって、大勢の客が来た時に使う、ごく普通の大きな台所と、もう一つが普段使う台所で、実は私の設計。
コッフェルさんと相談し、使いやすい台所と言うのを大工さんに無理を言って作らせました。
ライラさんには黙っているけど、大工さんがやった事がないと駄々を捏ねた箇所は、私が魔法でチャチャっとやっちゃいましたけどね。
大工さん、それ以降は相談された事はあったけど、私のお願いしてくれた通りやってくれたので、想像通りの良い台所になりましたよ。
そうして完成したのは、なんと対面式のキッチンです。
この世界の台所では無かった方式なのだけど、その理由は簡単、薪で火を起こすためどうしても外壁側に向けて作らなければならなかったのだけど、携帯竃の応用というか、携帯でない魔導具の竃を作ってみました。
火口が四つもある豪華版。
中型魔石が複数魔力タンクとして組み込んであるので、最大で二十分ほど竃の前から離れても、魔力切れを起こさないので、一瞬でも離れれないと言う、携帯竃にあった不便性も解決。
流石に防火性の問題があるので、床やキッチンその物は石材やタイルを使用しているけどね。
排気も形状を工夫して自然吸気するので問題なし、この辺りは私の部屋のお風呂の湿気対策の成果を応用。
水は前世の手押しポンプを再現した物を設置して、後は配管の工夫で解決。
かくして、この世界でただ一つの台所が完成しました。
『若い時に此れがあったら』
と見に来たラフェルさんが声を漏らすほど。
なんでも新婚の頃は子爵夫人にも関わらず、自ら台所に立っていたとか。
もともと富裕層とは言え平民出身だから、その辺りは気にしていなかったらしいのだけど、流石に子供が大きくなってからは、体裁を考えて調理人に任せるようになったそうです。
だってね、せっかく好きな人にご飯を作ってあげれるのに、見えるのは壁か手元だものね。
対面式キッチンなら、顔を見て今日あった事を話しながら、料理をする事もできるから。
ちなみに冷蔵庫は断念したけど、断熱構造を取り入れた新型の糧食箱を元に作った食品保管庫も、部屋の片隅に鎮座している。
見た目は冷蔵庫と変わらないし、使い方も似たような物。
ただ冷えずに、中に保管した食材が傷みにくいと言うだけ。
「そうそう、その調整に来たんだった」
「調整?」
「そう、調整。
食品保管庫の魔導具を、エルマーさん向けにね」
魔導具である以上、基本的にある程度の魔力が必要となるのだけど、その魔力を魔石に介したり溜め込む事ができるのだけど、その際に個人向けに調整する事で効率を上げる事が、実はできる。
その分、他の人が使う時には、効率が悪くなってしまうのだけど、個人向けの物ならそれで問題がない。
そして、この食料保管庫の魔導具なのだけど、実はそこそこ魔力を必要とする。
現状だと半月に一度魔力を補充をしてやらねばいけないのだけど、その役目にコッフェルさんを予定していたものの、エルマーさんに会ってみたら、実は外部魔力のない魔力持ち。
じゃあ、エルマーさん用に調整すれば、コッフェルさんいらないじゃん。
新婚夫婦の家に、それを理由にチョコチョコお邪魔するなんて、ライラさん達からしたら申し訳ないというか、はっきり言って邪魔だろう。
コッフェルさんも、ああ言う人だから、嫌味たらたらで魔力補充に来てやってるんだぞと言う態度を取るに決まっている。
素直にライラさんに会いに来たと言うのなら、ライラさんも邪険にはしないだろうけど、そう言う事をされたら、分かってはいても間違いなく切れるのがライラさんな訳で、……まぁそれも一種のレクリエーションかと思っているものの、避けれる物なら避けた方が良いに越した事はない。
「コッフェルさんも此れから忙しくなるでしょうから、一月や二月、街を離れる事になっても大丈夫なようにと思いまして」
「そう、じゃあお願いするけど、ちゃんと調整代金は請求してよ」
「ラフェルさんに付けとくか、サービスにしておきます」
当然、これだけの魔導具ですので、それなりにお値段がします。
と言うか魔石不足の中で、こんな家庭用品など、幾らお金を積まれようとも、なかなか世間的には許されないのだけど、当然其処には表向きの理由が存在する。
魔導具の携帯竃にしろ、新型糧食箱にしろ、年間の使用時間数から考えれば、決して多くはない。
その点、家庭用であれば、ほぼ毎日使う物なので、耐久試験や寿命の試験に向いている。
つまり開発者の関係者であるライラさんが、その試験運用対象者になっても、なんらおかしい事ではない訳です。
かと言って、無料でとなると露骨過ぎるので、ラフェルさんが姪っ子の結婚祝いとして代金を肩代わりして贈ると言う形を取る流れとなった。
「それに、此処で使った技術の幾つかが、商会の方で登録されましたから、また資産が勝手に増えてゆきそうなんですよね」
携帯でない魔導具の竃とか、手押しポンプとか、排気システムとか。
特に手押しポンプは売れるとヨハンさんが意気込んでいましたから、職人ギルドは、また当分の間忙しくなると思います。
ええ、先日、水を建物の高い場所に上げれば、屋内の水道システムが出来る事を教えちゃいましたからね。
「「「どう考えても、勝手じゃないでしょ」」」
三人とも息がぴったしで、仲が良いですね。
私も混ざりたいです。




