219.私のお披露目会なんて、アッサリで良いんです。
屋敷の大広間の方から聴こえる楽士達の奏でる音色に、身を委ねるようにして、椅子に深く腰掛ける。……と言うかダラける。
「ふははっ、若い者がと言いたいが、流石のお主も慣れぬ事には疲れたようだな」
ドルク様の笑みと言葉に、私も笑みでもってお返しする。
作り笑みでは無く、自然と出た心地良い疲れを滲ませた笑みを。
昼過ぎから日が暮れて一刻程までの間、貴族の方々と挨拶をしたり、踊ったりとしていたら、私も疲れると言うもの。
幾ら踊りなどは、身体操作の魔法を使ってズルをしているとは言え、相手の足を踏まないように神経を使ったのは確かだし、そもそも基礎体力その物がない。
「それにしても良かったのですか?
こんなに早々に引き上げてしまって」
「主だった者達との言葉も交わし終えたし、儂や息子との仲の良さも見せつけれたのだ。十分であろう。
それに言い方は悪いが、今頃向こうでは品評会をしている頃であろう。お主のな」
ドルク様は、暫くしたらまた戻られるようだけど、私とジュリはもう出なくて良いらしい。
「まぁ、そうでしょうね。
いきなり聞いた事がない名前の者が、コンフォード侯爵家が懇意にする貴族だからよろしくなんて紹介されたら、多くの憶測を生むのも当然かと思います。
事実、色々と聞かれましたからね。ジュリもそうでしょ?」
「ええ、キャロリーヌ様に何度も助けられなかったら、とても避わしきれませんでしたわ」
思い出したのか、少しうんざり顔を見せるジュリについ小さく笑ってしまう。
ジュリみたいな綺麗な娘がドレスで着飾っているのに、不釣り合いなウンザリ顔に笑みを誘われても罪ではないと思う。そう言う事だから睨まないでね。
実際、ジュリは綺麗だし、十三歳にはとても見えない成長した身体と雰囲気は、今日が彼女の本来のデビュタントと言われても違和感がない。
百七十は軽くあるであろう背に、幼さは残してはいるものの大人びた顔つき、更には注目を浴びていた、けしからん胸の大きさとか。
他にも髪型も私がドリ・、もとい縦ロールヘアにしてあげたので、尚更に目立っていた事もあり、私より彼女の方がよほど貴族令嬢と言うに相応しく見える。
紹介がなければ、彼女の方がシンフェリア子爵だと思われていたに違いない。
「さて、向こうが品評会をしていたように、我々の方も品評会をしておくとしよう」
「ああ、やはりそう言う事でしたか。
ドルク様、我々と言われましたけど、間違いなく私の採点評価の品評会ですよね?」
「そうとも言うな」
うん、やはりコッフェルさんと同じ穴の狢だと思う。
そのコッフェルさんは、私と違ってまだ会場の方で、ヨハン様と共に歓談中。
新設のギルド長として、必要な挨拶は貴族付き合いをする気のない私と違って、ギルドが取り扱う物や、活動や目的からして、貴族の方々との協力は必須。
実際は事務方専門の人が国から配属されるらしいのだけど、大きな催しや最初の頃は仕方ないらしい。
と、言ってもコッフェルさんは、今日こられた貴族の方々とは、ほぼ知り合いらしい。
コッフェルさんに、弱みや借りがあると言う意味の知り合いが。
そう言う会話が、ちょこちょこと聞こえていたので間違い無いと思う
ええ、魔法で会場中を集音していたので、丸聞こえでしたよ。
私に聞こえないと思って油断した会話をね。
此方は此方で挨拶まわりやダンスを踊りながら、そう言う事をしていたので、余計にへばっているんですけどね。
なので疲れるべき事は、とっとと終わらせるべく評価結果を開示。
と言っても付き合う必要がある人とない人。
気を付けないといけない人、味方になりそうな人、利用できそうな人。
そして、相談できそうな人。
「ほう、その者の名をあげるか。
あれだけ嫌味を言っていた相手にな」
「嫌味では無く、アレは心よりの注意かと」
私が相談できそうな人物として名をあげたのは、グリムワード伯爵様。
ロマンスグレーが似合う初老の恰幅の良い紳士。
恰幅が良いと言っても、鍛え抜かれている故の恰幅の良さ。
この紳士は挨拶の際に色々と御教授をして戴いた。
まぁかなり独特で、周りの人達が『またあの老人の新人虐めが始まった』と揶揄していた程。
でも言っている内容は、正しく正当な物。
侯爵家で貴族後見人であるコンフォード家の方々に、許されてはいても馴れ馴れしいだとか。
子爵としての相応しい振る舞いがあるだとか。
子供であろうとも、当主となったのなら関係ないだとか。
子爵程度でしかない私から伯爵に話しかけるなどと、此方が敢えてそう見せていた事を、事細やかに見つけ指摘してくださった方。
ただ、そのやり方が、上手いやり方では無く、嫌みや虐めに聞こえてしまうだけ。
「とても愚直で真っ直ぐな方と感じましたわ。
多分、これからも色々と御指摘をしてくだされるでしょうから、甘えてみようかと思っています」
「良い目だ。
彼処は当主も息子も、あんな感じでな。
仕事も商売の方も融通も効かぬし、馬鹿と言える程に愚直だ」
「まぁ、それはさぞかし信頼がおける方なのですね」
「確かにその愚直さ故に信頼を置く者もいるが、融通も効かぬ故に苦労の割に得られる利があまり無いが故に、疎遠にされがちではある。
気に入ったのならば頼ってやるが良い。
法律や手続きの他に、慣例やしきたりにも詳しい。
商売の方も薄利多売ではあるが、顔が広く様々な物を扱っている」
どうやら大体は合格らしい。
幾つか補足や注意事項を戴いた後に、私が思った以上に判断を下せていた事に驚いてくださっていたので、種明かしをする。
魔法で周りの音を拾っていたのだと。
いつかの伝声管の魔法とは違った、魔法を使っていたのだと。
その事にドルク様は魔法そのものを驚くよりも……。
「……あの人数の会話を盗み聞いており、それを理解するなど、フェルの奴がお主をヘンテコと言うのも分かる」
「が〜〜んっ! ドルク様にまでヘンテコ言われたっ!」
流石にショックですよ。
だって絶対に、ドルク様に縁のない言葉だと思っていましたからね。
おのれコッフェルさん、ドルク様に何を吹き込んでいるのやら。
ただ、ドルク様も誤解されている。
別に全てを同時に聞いて理解しているのではなく、魔法を駆使して適当に取捨選択しているだけ。
それに視線で、なんとなく此方の話をしているなと察しがつく事も大きい。
魔法で調整が効く分、前世で指向性も無く集音した話し声を、骨伝導スピーカー越し聴く事を思えば大分楽だもの。
会社の妖怪爺い共に、一介の研究者の私が、何故にパーティーの付き添いをしなければいかんのだ、と何度文句を言った事か。
挙げ句の果てに、高校を出たばかりの孫娘を紹介された時は、何を考えているのか本気で意味不明だった。
オメエの孫自慢のために、貴重な休日を潰すんじゃねえとね。
当時、彼女と別れた後で苛立っていた事もあって、その孫娘からの遊びに連れて行けとか意味不明なメールに、子守のオッサンじゃねえとキレ気味なメールを返してしまったのは、我ながら余裕がなかったと思う。
それでも変わらずメールを送って来ていたあの少女に、別の意味で大丈夫か此奴? とも思ってしまったけどね。
まぁ、そんな文字通り人生毎終わってしまった前世の話はさておき。
「ならば尚更に疲れたであろう」
ああ、真っ先に労いの言葉が出てくるだなんて嬉しいなぁ。
だからこそ、こう言う気遣いをしてもらえるだなんて、あの妖怪爺い共とは大違いだ。
如何に同時に複数の会話を聞いて判断するのが、疲れる事なのかを理解してくれる事が、本当に嬉しく感じてしまう。
「馬車を裏に回して貰っているから、早く楽になり休むが良い」
やはり本当に出来る男は、ドルク様みたいな方を言うんだろうなと思う。
ええ、私の中身まで女だったら惚れそうですよ。
部下としてですけど。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【学習院、宿舎】
「ふはぁ〜〜〜っ」
緩めたコルセットの紐に、ジュリが淑女らしかぬ声をあげるけど、その気持ちは分かる。
ええ、私もつい先ほど上げましたからね。
開放感に、思わず声が上がるほどまでに、このコルセットは苦しい。
一度着てしまえば直ぐに慣れはするけれど、有るのと無いのとでは大違い。
今年は、あと最低二回は付けないといけないと思うと気が滅入るけど、高位貴族の淑女は、これをほぼ毎日着けていると言うから凄いと思う。
「王都暮らしのジュリも、流石に慣れていなかったのね」
「それほどに余裕のある家ではありませんでしたから」
「まぁウチも似たようなものね。
あと田舎って言うのもあったけど」
でも、いくら伝統であろうとも、これはないなぁとも思う。
そもそも締めすぎだし、締める範囲が広すぎる。
これでは肋骨が変形してしまうかもしれない。
しかも所々金属使っているので、重いし痛い。
その上、一人では脱着できないのも戴けない。
貴族の催しの度にお腹の中身が飛び出るのかと思うほど締め付けられるのは、とても耐えられそうもない。……よし、作ろう。
要はそれなりに腰が細く見えれば良いのであって、彼処まで求めなければ、幾らでもやりようがあると思う。
実際、前世でもああ言うコルセットは廃れた訳だから、決して突拍子な考えではないはず。
図面帳とペンを取り出し、シャシャッとペンを走らせる。
ウェストニッパーで、スリップやキャミやビスチェ風の物もあると良いかなぁ。
締め付けは紐じゃ無くて、ホックや滑り止めテープをマジックテープがわりにすれば、用途別に使い分けれる。
そうそう、こういう試みは、やっぱり口煩型の年配の方を味方に付けないと、失敗に終わる可能性があるため、ボディースーツもあると良いかも。
思い出せる限りの補正下着を書いていると。
「もうっ、何を思いついたかは知りませんが、着替えてからにしてください。
そんな下着一枚で、幾ら部屋の中とは言え、はしたないですわ」
ジュリに怒られて自分の姿を見直してみると、文字通り下着一枚です。
二枚ではないです。
うん、怒られて当然かも。
前世で、似たような格好でリビングを彷徨いていた、お風呂上がりの小学生の妹を叱った覚えがある。
年齢は、今の私の見た目より下だったけどね。
まぁ此処まで書けば、何を書いていたかは忘れないから、続きはまた今度にするとして……。
「流石に今日は疲れたから、お風呂入って寝ちゃいましょう」
まだ寝るには少し早い時間帯だけど、此処数日は、かなりハードだったのは本当の事。
ジュリの引越しもその中の一つで、既に終わっているので、部屋に戻るのも直ぐと言うか、改造をしてわざわざ廊下に出なくても、部屋の中で繋がっている。
無論、幾ら主従の間柄でもプライバシーは大事なので、ドアを数枚を介しているし、防音対策もしてある。
ええ、私の安眠対策には必須ですから。
彼女の寝言は、私には色々と毒です。




