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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
218/977

218.昔から、こんな事ばかりやらされている気がするな。





【ヨハン・コットウ視点】:




「主人は直ぐに帰られると思いますので、此方で暫しお寛ぎくださいませ」


 大きな屋敷の応接間に案内され、家令と女中に勧められるままに、上等なワインでもって口の中の渇きを潤す。

 正直、こんなものを飲んでいる心境ではないのだが、先程までの緊張を思えば、これくらいは許されて欲しい物だ。

 怒り心頭な爺いの前に立つだけでも生きた心地がしないのに、あの少女までもとなったら、正直、今直ぐ最前線に放り込まれた方が楽だし、よほど生き残れる可能性があると思える。


 竜のように扱え。


 まったく、いつかのあの爺いの言う通りだ。

 見た目の迫力こそはないが、あの時のお嬢さんの目は、それを感じさせるには十分だった。

 あの爺い同様、敵には容赦しない狂気を持った瞳に、いつもは欠片も感じさせなかった圧力は、まさに強者の名に相応しい圧迫感。

 そして、それが例え領兵全軍であろうと、壊滅出来るだけの実力がある少女の姿に、戦慄しない訳がない。

 正直、ペルシア家の少女、ジュリエッタの姿をお嬢さんが気が付くと共に圧を放つのを止めてくれなければ、私の膝はあの場で崩れ落ちていた自信がある。

 それでも、ジュリエッタがお嬢さんを少しでも落ち着かせてくれなければ、話をする事すら出来ない雰囲気が彼処にはあった。

 ペルシア家の少女は、お嬢さんの足枷として従者となるように仕向けた存在ではあるが、同時にお嬢さんを此方側へと留まらせておける存在でもある事が分かっただけ、今回の一件は我々にとって価値のある出来事ではあった。

 それとなく守り、導いておかねばならない重要人物として。


「主人が帰宅されましたので、今しばらく御容赦を」


 ノックの後に入ってきた家令に、そう教えられて思考を切り替える。

 正直、今から行われる事は、先程の事を思えば取るに足らない小事ではあるが、失敗は許されない。

 そんな事になれば、間違い無くこの屋敷は惨劇に見舞われる。

 まぁ、それそのものはどうでも良い事だが、秋祭りやお嬢さんのお披露目会を前に、この手の騒動を起こしてもらっては困るのでな。


「コットウ様、ようこそ、このような荒屋へお越し下さいました。

 もう少し早めに先触れを下されば、お待たせをする事などありませんでしたのに、大変な失礼をいたしました」

「なに、夜分に出かけている所を呼び戻してしまう事になって、申し訳ないと思っているのは此方だ」


 キンペイ商会、その商会長の遠回しな苦情を込めた挨拶に、笑みを持って返しながら……、さて、どう切り出すかと僅かばかし思案する。

 このリズドの街を中心に、肉や野菜などの食料品を中心に、手広く幾つもの店舗と牧場や農場の経営権を持つ商会の代表者。

 当然、コンフォード侯爵家にも入り込んでいるし、コットウ伯爵家も使っている御用商人の内の一人。

 恰幅は良いが、見苦しいほど肥えてはおらず、商人としては成功をしていると見せている体型をずっと維持している辺り、それなりに出来る人物ではある。

 それだけに少し惜しくはあるが、所詮は平民でしかなく、代わりは幾らでもいる人物でもある。


「まずは、挨拶がわりの一杯を」

「ほう、これは白とは違うようだな。

 実に澄んだ香りだ」


 部屋の隅に控えていた家令が用意したグラスに注がれた酒に、思考の片隅で記憶にない酒だと判断する一方、何か盛られていないかとも警戒する自分がいるが、まぁ問題はないだろう、それが出来るだけの度胸はこの男にはないし、薬を盛るだけの理由が、今は無い(・・・・)


「大陸の最東部で作られている、穀物を原料にした酒です。

 まだこの国には、そうは入ってはいない代物です」


 軽く甘口ではあるが、水のように清々しい飲み口と、口の中に残る香りに興味本位に聞いてみると、どうやらお嬢さんが、ルシードの港街で大量購入したと言う穀物を原料にした酒のようだ。

 お嬢さんの事だから、この酒の事も知識としてはお持ちかもしれないが、今は置いておくとしよう。


「珍しい酒を馳走になったな、なかなかに良い酒だ。

 コットウ家だけで無く、コンフォード家にもこの酒の事は耳に入れておこう」

「いえいえ、コットウ様の手間を煩わせる事もありません。

 この度領主様の御屋敷で行われる宴に御祝いの品として、御納めさせて戴く予定の物ですので、今夜はその味の御確かめと言う事で」


 多くの貴族が集まる、お嬢さんのお披露目会。

 確かにその場で振る舞えば、より多くの納品先を手に入れる機会となれば、一回分の酒ぐらいは良い宣伝費と思えば良い訳だし、その直ぐ後にある秋祭りやコンフォード家の当主交代を兼ねた舞踏会を考えれば、元手の数倍から数十倍の利益を直ぐに回収できる。


「なかなかに商売人だ。

 手を広げる事はさぞ楽しかろう」

「いえいえ、私などまだまだです」

「なるほど、そのために、この酒以外の物も納める予定だとか?」


 あきらかな利益を見越した上での祝儀品など、貴族では祝儀品として見做され難い。

 当然御用商人の一人として、場の末席に呼ばれる予定だった(・・・・・・・・・)この男がそれを分かっていない訳が無く、今回の一件はそのための物だったのだろう。

 そもそもお嬢さんのお披露目会自体が急だった事あり、凝った物を用意するだけの期間がなかった事も起因している。

 本来であれば、この男の商会が得意とする質の良い肉を数頭丸々など、見た目を派手にして贈れば良いところを、もっと良い物が男の持つ商店の倉庫に眠っている事を何処からか嗅ぎつけたのだろう。


「いやいや、お耳が早い。

 この時期には中々に手に入らぬ物でして、御祝いの席には相応しい物である事には間違いありませぬ。

 状態も最高の物で、領主様だけではなく、訪れる多くの皆様も大変に喜ばれる物になると約束いたしましょう」

「なるほど、それは楽しみだ」

「ええ、我がキンペイ商会が力の限りを尽くして入手した物を御賞味ください」


 それが間違いの元だと気が付かずにな。


「さて、夜分にも関わらず急に赴いた用件なのだが、少しばかり気になる話を聞いてな。

 その力の限りを尽くしたものが、かなり無理をして手に入れた物だとか」

「いやいや、お恥ずかしい。

 その噂が何処からかはお聞きしませんが、領主様があれだけの貴族達を集めて催しをなされるのです。

 その催しに花を添えるためならば、多少の無理など惜しくはありませぬ」


 その心意気は確かに買うが、今度ばかしは少し急ぎすぎたな。

 情報を下ろしてはいないと言っても、下調べが足りぬ。


「その催しなのだが、コンフォード家が此度貴族後見人となった者の御披露目であってな。

 当主であるドゥドルク様も、次期当主であられるヨハネス様も、今までに無いほどに大変お目に掛けられている方だ」

「それ程の……、ならば尚更に喜ばれる事は間違い無いと思われます。

 いや、そこまで信頼のあるお方であるのであれば、更なる祝いの品を用意もさせませしょう」

「気持ちは嬉しいが不要だ。

 その場でその方の名を聞く事は貴様にはないだろうから、今、教えておく。

 ユゥーリィ、ユゥーリィ・ノベル・シンフェリア子爵だ。

 貴様が無理をして用意をしたと言う品物、その本来の持ち主だ」

「……ぇ、……え?」


 おそらくは一瞬、意味が分からなかったのだろう。

 茫然と間を置いてから間抜けな声が出た後に、面白いように顔色が青くなり、脂汗を掻き出すこの男に、少しばかし哀れみを覚えるものの、手段が悪かったのはこの男自身の行いの結果によるもの。

 もう少し慎重に筋を通そうとしていれば、結果は違っただろうに。

 目の前の欲と機会に、野良犬のように飛びついた結果だと言えよう。

 こんな調子では何時か大失敗をして、コンフォード家やコットウ家に損失や恥を掻かせかねない。


「それと、その品物だがな。

 本来は、あの(・・)コッフェル魔導師が、大変に可愛がっている大姪の結婚式に使われる予定の物だと知っていたか?

 あの老人を本気で怒らせて、この街で生きていられるとは、貴様も本気で思ってはいまい」

「ひぃっ!」


 こっちの方が、余程この男に理解できたようだ。

 あの老人が作った影の伝説は、この男の持つ商会ほどに大きくなれば、嫌でも耳にする話。

 ある意味、この領の主人であるドゥドルク様より、話が通用しない恐怖の対象として。


「貴様にとって幸いな事に、あの御二方とは縁があってな、私の一存で時間を戴いてきたところだ」

「そ、それでは」

「言っておくが、私が此処に訪れる前は、コッフェル殿は此処に来られるために家を出た所だった」

「ひぐっ!」


 実際はそこへ更に災厄がいたとは流石に気の毒すぎて言えないし、お嬢さんの恐ろしさをこの男が理解できるとは思えないので、爺い一人に泥を被ってもらう。

 これくらいの事など、あの爺いは笑って許すからな。

 さて、前置きはこれくらいで良かろう。

 この男も、己と、己の商会が置かれた立場を理解できたようだ。

 だから問うまでもない事を問う。

 このまま私が帰り、キンペイ商会を今夜限りで、文字通り消える事になるか……。

 それとも落とし前をつけて、力を削がれながらも生き残り再起に賭けるかを……。

 当然ながら、男は絶望しながらも項垂れるしか道は残されてはいない。


「品物の所有権は、本来の所有者に戻すのは当然として。

 今後五年間、コンフォード家とコットウ家に納める分には利益分を差し引け」

「そ、…そんな」

「ならば此度の一件、妥協案も出さずに報告しても良いと?

 当然、此方からの提案を拒絶された事も報告する事にはなるが」

「い、いえ、とんでもございません」


 今回の不祥事が表沙汰になれば、コンフォード家はもちろんの事、彼方此方の家において、御用商人指定を取り消しになってもおかしくはない。

 そうなれば商人として信頼を失った事になり、下手をすると本気で潰れる事となる。

 ならば、これくらいの仲介手数料は貰わねば、やっていられないと言うのもあるが、見せしめである意味合いの方が強い。

 少なくともこの一件で、お嬢さんに喧嘩を売れば、どうなるかが主だったこの街の商人達の中に広まるだろうからな。

 もっとも、あの老人の所に、お嬢さんが出入りしている事は、その筋では有名な話だから、知らぬ者がどれだけいる事やら。


「それと、シンフェリア子爵への迷惑料として、あの店と従業員、及びあの店に関わっている商会員と販路を含めて譲渡しろ。

 むろん、あの店への取引は今まで通りの卸値で売り渡せ」

「店や商会員だけで無く、は、販路もですか?」

「当然だ。

 放っておけば、枯れてしまう池になんの意味がある」


 落とし前の内容は私の独断だが、悪くはない内容だ。

 コンフォード家やコットウ家への割引は当然として、あのお店は、お嬢さんがこの街に姿を現すようになってからのお気に入りのお店だし、此度は焦るあまり失敗はしたが、この男の持つ商会の質は高い。

 どうせあのお店の従業員や関わっている商会員は、今度の一件で不信感が強く植え付けられた以上、商売に影響が出るのは目に見えている。

 それにお嬢さん自身、魔導具とは関係ない物の商売を考えているようなので、畑違いではあるが、気心が知れた店の関係となれば悪くはないはず。

 そしてこう言う状況ならば、此方の手の者や国の手の者も紛れ込ませやすいと言うもの。


「貴様にとって、数ある店舗の一つとその関係者でしかあるまい」

「わ、わかりました。

 ど、どうか、それでよしなにお願いいたします」

「良かろう。

 今回の一件を下に、一層励むがいい」


 とりあえずは、お嬢さんの忙しさが落ち着くまで、どう誤魔化しながら体制を作らせるかだな。

 ……はぁ、ただでさえ忙しいのに、仕事を増やしやがって。






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― 新着の感想 ―
[一言]封権制度って竜を抑えられるんだな~
[一言] 強盗に対する処置としては、甘すぎるように感じますね。
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