217.人様の獲物に手をつけるなんて、いい度胸していますね。
秋祭り。
実家のシンフェリアの方でもあったけれど、基本的には大抵の町や村で、名前や形は違えど行われているのは収穫祭を兼ねた物。
当然、コンフォード領にあるリズドの街でも毎年行われている大体的な御祭りで、田舎であるシンフェリアの町の収穫祭とは規模も内容も大きく違う。
聞いたところによると、祭りに訪れる凡その参加人数からして桁その物が大きく違うから、当然と言えば当然だろう。
祭りの日数も五日間と長いのは、領の内外からの観光客や訪問者に合わせたもので、王都を含む大きな街では、この日数が採用されているらしい。
それで、結局は何が言いたいかと言うと、祭りの期間がそれだけあっても、祭りを楽しんでいる余裕が恐らくないと言う事。
まず重要なのが、祭りの三日目にライラさんの結婚式がある。
これは色々な人に祝ってもらう、と言う平民の慶事によくある伝統なのだけれど、その数日前から、私はその結婚式で振る舞われる料理に掛かりっきりになる。
むろん、私自ら望んで進み出た事なので何の不満もないし、寧ろやらせろ、邪魔するなと言いたいほど。
当然、結婚式の当日は花嫁のライラさんの化粧から、髪のセットに着付けまでする予定。
えっ、専門家? そんなものは実力で黙らせましたよ。
文句があるなら、もっと腕を磨いて来い、此方人等伊達に本を出していない。
もっとも……、化粧の本を出したのは代筆者であるお姉様ですけどね。
最終日の五日目には、このコンフォード領の領主を、ドルク様から御子息のヨハネス様へと世代交代するためのセレモニーを行うため、それに参加するように貴族後見人のドルク様から言付かっている上、私に何かをやらせるらしく、前日からお屋敷の方に入るように言われている。
おまけにその秋祭りの十日前に、私の貴族当主としての御披露目会があり、実質、五日後がその当日だったりする。
なので、ただでさえ王都でのドタバタに加え、リズドの街に戻ってきてからの此処半月も、目も回るような忙しさに振り回されている。
つかれた~~……。
今日も今日とて自然とそう零れるぐらい、本日も当主教育&淑女教育でぐったりして帰って来たところに、至急話したき事がありと伝言を戴いたので、何事だろうと昔なじみのお店に顔を出したら。
「も、申し訳ございませんっ!」
五体投地で涙目に謝罪するのは、お肉屋の店長ことモーゼルさん。
いきなりと言えばいきなりの出来事に、取り敢えずそのままでは落ち着いてお話を聞く事が出来ないと身体を起こしてもらい、収納の魔法から作り置きの温かい紅茶に、お疲れのようだから蜂蜜を垂らして、ゆっくりと飲んでもらう。
まだ熱い紅茶をちびりちびり呑みながらも、悔しげに話してくれる店長さんの話に、顔が引き攣るのを感じながらも最後まで聞き終え。
「横取りですか?」
「……はい」
「持ち主がいると説明はされたんですよね?」
「……はい」
「それなのにですか?」
「……その、……なんと言うか」
「言いにくい事でも、今は在ったまま話してくれる事の方が重要です」
店長さんの様子に、なんとなく想像はついたものの、構わないからと先を促すと、案の定と言うか。
小娘の言う事など気にするなとか、金で黙らせてやるとか、此方は貴族を相手にしているんだ子供のママゴトに付き合っていられるかとか。
要は自分勝手な自己正当化のための、自己擁護な言動のオンパレード。
「その結果、私が熟成の為にお預けしてあった、ペンペン鳥や白角兎を始めとする数種類のお肉の殆どを横取りされたと」
「も、申し訳ございません!」
「店長は止めたんですっ!
お店の信義に関わるからと何度も何度もっ」
店長さんを庇いながら、一緒に謝罪するほかの店員さん一同。
もう何年にもなる付き合いなので、店長さんやこの人達の言葉を疑う気はない。
「確認しますが、まだ地下の熟成室にはあるんですね?」
「はい。で、ですが」
「分かっています。
雇われの身である以上、逆らう訳にはいかない事情がある事は理解しています。
こうして、この店の経営主である、商会長の不興を買う危険を冒してまで教えてくださった事には、感謝の言葉を申し上げます」
ええ、悪いのはこの人達でなく、私に喧嘩を売る経営主だ。
此処で嘗められたままにしておいては、貴族として今後にも影響するとか言う問題もあるけれど、それ以前にライラさんの結婚式の御祝い品を横取りなど、とても許せるような物ではない。
そもそも横取りされたお肉は、結婚式当日の料理にも出す事にもなっている。
今から代わりの物を探し回っていたら、とてもではないが良い物は出せない。
なにせ、ペンペン鳥や白角兎扱っている事も分かるように、このお店がこの街で一番高級なお肉を一括で扱っているお店でもあるからだ。
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【某魔導具店】
「そう言う訳で、喧嘩を売られたんで、カチコミの方法を教えてください」
「ちょっと待てっ、いきなり物騒だな、おいっ!」
お肉屋さんの店長さんから聞いた商会に、イキナリ押しかけても良いのだけど、如何せん私は平和主義者なので、この手の正しい作法が分からない。
本気で無法地帯と言う訳でもないだろうから、それなりの作法があると思い、世の中の屑代表者であるコッフェルさんに、正しいカチコミ方法を御享受して戴こうと来た次第です。
「…あぁ、取り敢えず嬢ちゃんが怒り心頭なのは分かったが、屑代表は止めてくれ、嬢ちゃんに言われると流石に凹む」
「では酒屑で」
「……まじで余裕ねえみてえだが、何があったんだ?
先ずはそれからだ、相手も罪状も分からねえんじゃ、対処のしようがねえ」
残念ですよ。
私のこの抑えきれない怒りをコッフェルさんなら、話を聞かなくても理解してくれると思ったのに、本当にがっかりです。
「……無茶を言うなっての」
仕方ないですね、私も今の状態で上手く説明できるか分かりませんが、かくかくしかじかです。
「だから、かくかくしかじかで分かるかってのっ!」
我儘ですね、それで分かってくださいよ。
そう文句を言いながら、今度はなんとか説明すると。
「ライラの結婚式の料理の材料を横取り?
つまり式を台無しにしようって輩か?
んなもん、容赦する必要なんざ欠片もねえな。
ったく、未だにこの街でこの俺に喧嘩を吹っ掛ける馬鹿がいるとは、いい度胸じゃねえかっ。
嬢ちゃん特別授業だ、正しい汚ねえ大人のカチコミの仕方ってのを見せてやる」
「嫌ですよ、コッフェルさん、そう言って独り占めするつもりでしょ」
「ちっ、半分はくれてやる」
「逆ですが、まあいいです。
人生の先輩は立てるものですからね」
……準備は良いかって。
角狼の群れより厄介ですか?
……油断は大敵って。
それもそうですね、なら此れくらいで。
ん、此れですか?
これは近接用の魔導具ですよ。
ほら、私ってリーチが短いですから、念のために作ってみたんです。
見た目はアレですが、こういう時には中々に凶悪な性能ですよ。
そう言う訳で準備万端なので、私とコッフェルさんが夜道に踏み出したところ。
「はぁはぁ、お、お待ちをっ」
街中だと言うのに、猛スピードで馬を駆けさせてきたヨハンさんが、必死な形相で馬から飛び降りてくる。
そしてそれに遅れるようにして、ジュリも馬で駆けてくるのだけど……、街中で急ぐような事があるのであれば、本気で身体強化を鍛えさせた方が良いかもと、彼女の鍛錬メニューを考え直す事を頭の片隅に覚えさせておく。
その方が断然に早いし、ルートを選ばずに急げるからね。
「ヨハンか、今、取り込み中だ後にしろっ」
「貴族が関わっていると言う話を聞いたので、ジュリには念の為に商会に走って貰ったんです」
「ドルクにじゃなくか?」
「貴族同士の柵もあるでしょうから、その手の対応に慣れてそうなヨハンさん達の方が適任かと考えたので」
「怒り心頭の割りに冷静だったんだな」
意外そうに言うけど、それくらいは考える。
遠慮なくヤルためには、逆にそれくらいの冷静さも必要ですからね。
ええ、動き出すまでは冷静に、冷静に、ふふふふっ。
「ユウさん、怖いから、その顔、怖いから」
「大丈夫ですよ、たぶん、今だけですから」
「それ、絶対に駄目な奴ですわよねっ!?」
「気のせいですよ。
ああ、そうですか、でも駄目ですよ。
ジュリのお願いでも、連れて行きませんから」
「もう、違います。
ああ、もう此の際、非常事態ですわ」
ぷにゅん。
何を思ったか、ジュリはいきなり私を正面から抱きしめる。
ほんのりと暖かな、それでいて弾力のある柔らかさが布越しに伝わってくる。
ん~……、良い匂い。
少し汗が匂いますけど、女の子特有の甘い匂いが鼻を擽る。
ぐいぐいと、人の頭を押さえるジュリの手が、自分の方向に、……つまり私の顔をより一層ジュリの胸に押し付けてくる訳で。
はい、極楽です。
こう、ぽにゅっ、ぽにゅっと、やや若すぎるが故に硬さがやや残る感触に、身を任せたくなる。
いやいや、今はこう言う事をやっている場合じゃなくて。
「やっぱりあの人の言う通りですわ」
あの人って誰の事でしょうかと言うか何が?
……私が大きな胸に弱いと。
いえいえ、別に変な目で見てませんよ。
……変な目で見てなくても、好きな物は好きなんでしょうって。
偉く確信めいた感じを受けるのですが……いえ、こうするのは好きですけどね。
……ああ、ライラさんですか。
あの人はいったいジュリに何を教えているんでしょうか。
……落ち着いたかって、別に怒り心頭は変わりませんよ。
でもヨハンさんの話を聞くらいの余裕はできましたけど。




