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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
211/977

211.なんで私の周りは、勝手に動く人ばかりなの?





 軽く汗を拭いてから、朝食後に慌てるようにして部屋を出る。

 ジュリの部屋の引越しはもう少し先だし、彼女の従者教育は授業の後でドルク様のお屋敷で行うらしいのだけど、ホプキンスも従者長として仕事があるため、他の従者の方達と共に講師役をやってくださるという、豪華な指導体制を予定しているらしい。

 良かったねジュリ。


『良い訳がありませんわっ! ……やりますけど』


 帰ってきたら癒してあげようと思うけど、今日のところはジュリと一緒に上級魔法学の講義。

 初級魔法学の座学が受かっていれば、実技の成績が振るわなくても受けられるのは、単純に魔導士の数が少なく、知識だけでも学んでおくのは魔導士を雇う側になった時に役に立つため、と言うのが表向きの理由らしい。

 なので実技の講師の先生にはボロクソに言われていようとも、座学で良い成績を収めている私は、当然ながら講義を受ける権利があるので受けているのものの、……残念ながら、まだ一度も座学を受けた事がない。

 単純に魔導士不足が原因で、現在では講師役の魔導士が手隙の時だけ招かれる方式なので、この上級魔法学の単位の習得は幻の単位と言われている。

 ええ、滅多に来ない熟練の魔導士が来た時のみ単位としてカウントされる仕組みなので、そりゃあ幻にもなると思う。

 前任の専任講師が亡くなられたのが二年以上も前らしいから、数の少ない魔導士を探すのも大変なのだろうと思うけど、いい加減なんとかしろよと言いたい。

 しかも此処半月の間は、何故か毎回来られたと言うから腹立たしい。

 なんで人がいないときに限ってと、恨み言の一つも言いたくなる。

 何故そんな事をグチグチと思っているのかと言うと……。


「今日も来られないそうですわ」

「みたいね」


 割り当てられた教室に行ってみれば、使い回された『本日実技』の張り紙が貼られており、周りの学院生から……、


『あら、残念ね貴女達がいない間、ほぼ毎回、来られていたのに』

『避けられているじゃねえか、ほら、その白髪って忌み子の証だろ』


 などと、親切にも教えてくれる人もいれば、なにも考えていない馬鹿もいるので、大変ありがたい。

 だって、黙っていても教えてくれる訳だしね。

 内容が良いか悪いかは別としてだけど。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【屋外魔法演習場】



 どぉん。

 ゔぉーっ。

 ごぉっ!


 流石と言うべきか当然と言うべきか、初級と違って上級ともなると何人かは火球魔法もどきを放てる学院生が何人か見られるのだけど、その数が私達が王都に行く前に比べて確実に増えているのは、その魔導士の講師としての実力なのだと窺わせる。

 ただ、中には目の前で火球を圧縮しきれずに、暴発させている子がいるから、うーんとも思ってはしまう。

 幸いな事に、あまり魔力を込めていなかったみたいなので、たいした火傷を負ってはいないみたい。


「こら〜〜っ!俺が良いと言うまで、火の魔力は強めるなと言っただろうがっ!」


 違った、あの火力至上主義の実技教官の指導の結果でしたか。

 かなり偏った人ではあるけど、こういう所はちゃんと指導をしていたんだな〜、と妙な感心をしてしまう。


 どごぉーーーーーーんっ!


 そんな中、ジュリただ一人が、まともに見える火球魔法を的に炸裂させており、一身に周りの注目と尊敬の眼差しを受けている。


「おーし、ジュリエッタ・シャル・ペルシア、お前は本日の的は終わりだ。

 威力があるのは分かったから、もっと一発一発をよく狙え、だいぶ的の縁に当たっていたのもあるぞ。

 残った時間は、他の奴の面倒を見てやってくれ」


 前半はともかくとして、後半は完全に学園側の仕事を投げただけでは?

 まともな講師を用意できないツケを、学院生に払わせようなんてと思わなくはないけど、きっと学院側も苦渋の決断なのだろうなと思ってしまう。

 そしてジュリが周りの学院生に掴まっているのを脇目に、私は……。


 ぺち。


 例によって火炎魔法に見せかけた火球魔法を的の直前で消して、火球魔法に纏わせていた火炎魔法だけ的に当てるという器用な芸当を続けている。

 無論、夏前に比べて進化した内容ですよ。

 今の火球魔法も一つに見えるけど、実際は火球魔法が三連連なっていたりするし、その前に放ったのは、威力より圧縮する事に力を入れて、米粒ほどまでに圧縮したの火球魔法を放ってみた。

 暗いところや夜ならともかく、明るい昼間では目視は不可能な一撃などと、如何に周りに気がつかれずに、火球魔法のバリエーションを増やすかに力を注いでいる。

 いえいえ楽しいですよ。

 こう何時までバレないかなぁ、と言うドキドキ感もありますし。


「相変わらず変わった事をやってますのね」

「ん? 向こうはいいの?」


 他の学院生を放って私の所に来たジュリにそう尋ねるのだけど、どうやら、私に教えてもらった事をあまり外に出すのはと逃げてきたらしいのだけど、別にそれくらい教えても構わないのにと思う。

 ジュリに教えているのは、まだまだ基本の基本でしかない。

 もっとも、その基本が、ジュリからすると泣けるレベルで厳しいらしいけどね。

 とりあえず光石を使った魔力制御の鍛錬方法と、火球を覆う盾の魔法を安定させるコツは教えて構わないと言っておく。

 見ていた感じ、放っておいたら調子に乗って無駄に魔力を込めてしまい、何時か事故が起きてもおかしくないもの。

 それに火炎魔法に比べて二割も威力が上がっていない魔法を、火球魔法だと自信気に放つ姿は……、正直、見ていて痛すぎるわ。


「それで、今、何をやったか分かる?」

「火球魔法が重なっていたようにしか」

「それだけ分かれば、今は上等かな」


 私の魔法を真似をするためらしく、ジュリの魔力感知の精度が増してきたみたい。


「今のは、結界の中に三つの火球魔法を封じたもので、火球魔法の一つ一つに違う方向に回転をかけてあるの」

「……それで、炸裂した時に、威力が増すんですの?」

「残念、全体の威力は増さないけど、炸裂中心域では、それぞれ違う爆風が吹くから、衝撃を多方向から受ける事になって、火球魔法そのものに耐えられる魔物でも、皮膚や結界越しに伝わる衝撃が変わるの。

 一方向だけなら衝撃にも耐えられるけど、同時に色々な方向から衝撃を受けると耐え難いかなってね」

「い、色々考えるんですのね」


 そりゃあもちろんね。

 夏の時のクラーケンの時でもそう思ったけど、人間が生み出しす魔力なんてものは、上位の魔物からしたら、たいした物ではない。

 なら、工夫して威力を上げたり、効果的な使い方をしたりするしかない。

 魔物が生態系の頂点であるこの世界で、人間が魔物を相手に生き残ってゆくには、団結力と小賢し悪知恵と小手先の技に頼るしかない訳だからね。


「それはそうと、さっきのジュリの魔法だけど」

「分かっていますわ。

 少し無理して圧縮してみたのですが、見ての通り火球を包む結界が不安定で、もう少し不出来だったら、暴発していたかもしれないと言うのは」

「そう、分かっているならいいけど、

 当分はあれ以下のものは禁止ね、それとあのレベルを使おうと言うなら、あれ以上の距離も禁止。

 あと三割ほど距離が長かったら、確実に暴発してたわよ」

「ぅっ、そ、そんなに酷い状態でした?」

「そんなにだったから忠告しているの」


 こと魔法に関しては嘘を言う気はない。

 下手をすれば死人が出でしまうからだ。

 特にジュリみたいに人より魔力が強い子は、その危険性も人より高い。

 とにかく威力や命中率よりも、火炎を包む結界を安定させられる魔力制御を身につける事の方が優先。

 遠回りに思えるかもしれないけど、これが一番近道でもあるからね。


「こらっ! そこの色なし(アルビノ)っ!

 何時までジュリエッタ・シャル・ペルシアを独り占めしているっ。

 お前が引き留めている分、他の者に遅れが出る事が分からんのかっ!

 成り損ない風情が分を弁えろっ」


 相変わらず威力偏重主義な上に、自分達の仕事を棚上げにして何を言っているんだと思うような台詞だけど、事情を考えれば分からないでもない。

 まぁ、腹は立つけどね。


「だ、そうよ。

 私は此処で適当にやっているから、他の子にさっき言った基本を教えてあげて来て頂戴。

 あのままじゃ、あの子達、本気で危なっかしいから」


 別にジュリとは、今、話さなくても何時でも話せるし、あの実技監督官からしたら、その分、他の危なっかしい学院生の成長の場を妨げているのも事実なので、適当に合わせておく。

 相手をするだけ、面倒臭いだけだもの。

 どうやら、まだ私の事は周りに知られていないようだし、その状態で態々教えてやるような親切心は湧かない。


「分かりましたわ。

 でも、これだけは言わせてもらいますわよ」


 何故かジュリは私をキッと、何かを言いたげな強い眼差しで見たあと。

 実技監督官を睨みつけ。


「言っておきますけど、私がユゥーリィさんに教えていたのではなく、私がユゥーリィさんに教えて戴いていたんです」


 などと、いきなり言い出す。

 その事に私は苛立ちながら、ジュリを嗜めるように短く名前を呼ぶのだけど……。

 彼女は私にだけ聞こえるような小さな声で、だけどハッキリと拒絶の意思を示す。

 こればかりは聞けないと。

 いったい何が彼女を、こうまで頑なにさせているのかと思う暇もなく。


「ふん馬鹿を言うな。

 実力の無い頭でっかちに何ができる。

 いつまでも子供じゃ無いんだ、庇うにしろ、もう少しやり方がある事を勉強しろ」

「目で見える事しか判断できない、人に言われたくありませんわ。

 ユゥーリィさんが如何に優れた魔導士かも理解できないくせ、馬鹿にしないでくださいませっ」

「小細工しかできない人間の何が優れた魔導士だ。

 魔導士はな、威力のある魔法が出せて、初めて価値がある。

 この際だ、言っておくぞ。

 本当の魔導士の放つ魔法と言うのは、こんなお遊びじゃない。

 優れた魔導士と言うのはな、せめて此処にある的を、同時に全部倒せるぐらいはできる魔導士だ。

 俺の知っている中には、魔導具師のような魔導士の成り損ないでも、それぐらいの事ができる。

 お前等も、本気で魔導士になりたければ、此処を出て行くまでにそれぐらい目指せっ」


 大風呂敷を広げるなぁ。

 たしかに、此処にある的を全部打ち落とすぐらいなら、コッフェルさんでもルチアさんでもあっさりやってのけるだろうけど、それをやるには彼等では学習院を出るまでは、厳しいと思う。

 現に中止にはなったけど、王都に集まった他の学習院の代表者は、そこまでの魔力制御を身につけているような人は感じられなかったもの。

 魔法の使い方は上手いだろうが、制御力で言えば、今の(・・)ジュリと同じかそれ以下だと見ている。

 まぁ全部見た訳でも細かく探った訳でもないので、私の周りにいた人達で言えばだけどね。


「つまりそれ以上の事が出来たら認めると言う訳ですわね。

 もっとも、それによって生じる問題に責任が取れるならですけどね。

 でも、たかが監督官に、責任を取れる訳ありませんでしたわね」

「おう、出来るもんなら取ってやろうじゃねえか。

 その代わり、出来なかったらどうなるか分かっているんだろうな」


 馬鹿だ。

 この監督官も、そしてジュリも。

 私は、本気の冷たい声でジュリを諌めようと……。

 されど感情的にならないように、必死に抑えながら口にしようとしたところで。


「分かっています、貴女がそんな事を望んでいないのは。

 でも、嫌なんです。

 ユゥーリィさんが、無意味に馬鹿にされるのも、不当に罵倒されるのも、嫌なんです。

 本当は凄いのに、それを面倒だからと隠して。

 でも…、でも…、駄目なんです、悔しいんです。

 私の家族が貴族である事の全てを掛けて、寄親を変えたと言うのに……。

 私が全てを掛けて仕えないといけない人が、尊敬すべき人が、落ち零れだと思われ続けるのが」


 支離滅裂な言葉を吐くジュリ。

 はっきり言って、その言葉の内容そのものはどうでも良い。

 他人にどう思われようとも、私にはまったく関係のない事だから。

 でもねジュリ、流石に泣くのは反則だよ。

 私も前世は男かもしれないけど、今世は女だから、嘘泣きかどうかは分かる。

 本気で言っているかどうかくらいは理解できる。

 私がジュリを泣かせているんだって。


「あーっ、もうっ!」


 ジュリの暴走に頭を掻き毟りたくなる。

 でも仕方がない、従者の落ち度は主人(あるじ)である私の責任。

 私一人なら此処まで騒ぎを大きくしても出来ませんでした、てへっ❤︎、と平気で誤魔化すのに、今、それをやっても私よりジュリの方が白い目で見られるだけ。

 まったく、騒がしいの嫌なのに。


「ジュリ、後でお仕置きだから、覚悟をしておいて」


 私はジュリにそう宣告するなり、パチリッと指を弾くと十を遙かに超す光球が虚空に生み出され、それは一斉に標的へと向かい。


 ーーーーーーーっ!!


 音として捉えきれない程の爆風が辺り一帯を襲う。

 残っていた鋼鉄製の的を数本どころか、既に的を失い鉄の棒だけになっている十数本までも含めた全てに、私の爆裂火球魔法(エクスプロート)(改)が一斉に襲ったからだ。

 火球魔法の中に更に高圧縮した風の魔法を封入し、威力を数倍にあげるのが私の従来の爆裂火球魔法(エクスプロート)

 改であるこれは高圧縮した風を水素と酸素で構成した物で作り、以前の爆裂火球魔法(エクスプロート)を更に威力を上げようとしたもの。

 この場にいる人間すべてに、同時に結界を張っていなければ、この距離では爆風だけで人間には致命傷になりかねない威力がある……はず。

 当然、的があった場所は……。

 

「「「「「………ぁ」」」」」


 跡形もないどころか周囲の地面が溶解し、真っ赤に煮立った地面がボコボコと泡立っているのは、地中にある空気や水分が、熱で小規模な水蒸気爆発を起こしながら爆ぜているからだろう。

 魔法の構想は夏からあったけど、実際使ってみての感想は、思った程ではなかった。

 確かに熱量と爆風の威力は上がったけど、上位の魔物なら結界で防げる程度だし、込めた魔力や魔力制御の労力の割に効果が低い。

 あと音が威力の割に煩いだけなので、私としては失敗した構成と言える。

 極小規模では上手くいっていたから、大出力化と肥大した爆圧に伴う燃焼効率の低下と拡散で相殺されたのが原因かもしれない。

 その辺りは観測とシミュレーションする手段がないから、現状では高効率化を狙うのは限界かぁ。

 あと、やっぱりこの手の魔法による攻撃は、質量がないのが欠点かな。

 それはさておき……。


「ジュリ、夜までに今の一瞬で幾つの魔法を同時に発動させたか、考察して答えを考えておく事。

 一割までは許容するけど、それ以上の間違いだったから、お仕置きを追加するから、よ〜く考察(・・)しておく事。

 貴女の我が儘を聞いてあげたんだから、それくらいは覚悟の上よね」


 さようなら、私の平穏な学院生生活。

 どうせ、爵位を取った事などが広まったら、それどころじゃなくなるとは覚悟していたけど、もう少し今までの生活を楽しみたかった。

 でも、しょうがないよね。

 ジュリを本気で泣かせてまで、守るべきものじゃないんだから。

 ……くすん。






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