210.お友達と言うもの。
「「「「はいっ?」」」」
やっと普段の生活に戻って来れたと思える日課の早朝鍛錬。
身体が少し鈍ったかなぁと実感しながら、息も絶え絶えになりながらも何とかメニューをこなして、ようやく呼吸が落ち着いた頃、ここ半月の間に何があったかを極々簡単に説明。
よく聞こえなかったのか、理解できなかったのか分からないけど、阿呆面を晒しているアドルとギモルに、困惑顔が可愛いセレナとラキアにもう一度。
「私、子爵になっちゃいました。
しかも陛下に脅されて」
「「「「はぁ〜〜っ!? 益々ありえねぇぇ〜〜〜っ!」」」」
いえ、ありえねえと言われても、要約するとそう言う事になる訳で。
国としては、私を子爵にしないと色々と不都合が出てきたので、無理に爵位を拝命させられたと言う事には違いない。
あとは、それに関係して付随する出来事がほとんど。
頭が痛くなるので、あまり考えたく無いので割愛です。
ええ、特に何処かの変態残念馬鹿王子の事など考えたくもありませんね。
「子爵って、…えーと、養子とかでなく」
「当主本人です」
「いや普通、準男爵からだろ」
「一応、男爵で叙爵して、次の日に子爵を陞爵を拝命したと言う流れです」
「最速記録は間違いなしよね、でもどうしてそんな事に?」
「名目上は災害級の魔物から船の乗客を守った事と、大量生産できる幾つかの魔導具を開発した事に対する褒賞ですね」
「災害って、また聞き捨てにならない言葉が聞こえた気がするけど、名目って何よ名目って」
「名目は名目ですよ。
爵位を断って表舞台に立たないと、色々と困った事になるから成れと脅されましたから」
「「「「やっぱ、ありえねぇ〜〜〜っ!」」」」
それが有ったから困ったものなんですよね。
……災害級の魔物ですか?
クラーケンですよ。
本体は倍額で売り払った後で国が没収していましたから、残っているのは足の干物ぐらいですが、食べます? 糧食箱単位でありますよ。
滋養強壮効果があるみたいですが、人によっては夜に悶々とするらしいので気を付けないといけませんが。
……少しだけ食べて問題なかったら戴くと。
それが正解ですが、アドルさんとギモルさんにはあげませんので、御入用でしたら、二人から分けてもらってください。
……不公平だって。
言いましたよね、夜に悶々するかもと。
私、そう言う意味で渡したと思われたく無いので、全力で拒否します。
「「が〜ん」」
二人ともノリが良くなりましたね。
そう言う訳で、とりあえずセレナとラキアには二人分づつをお渡ししますね。
あの二人には贈るのでもあげるのでもなく、得た物の分け前を与えるだけであれば、問題ないかと。
……詳しいって。
前に知らずに贈って、恥を掻きましたからね。
「でも、これで平民のくせにって影口叩かれずに済むんじゃねえか」
「「「ギモル(兄さん)、甘い」」」
能天気なギモルさんの憶測に、私とセレナとラキアの言葉が重なる。
ええ、それくらいギモルさんの言葉はあり得ないくらい甘い考え。
此処の学習院の本来の意図を忘れたのかと言いたくなる。
貴族の後継の予備にも陪臣にも成れず、政略結婚の対象にも成れない子女の職業訓練所的な意味合いが強い場所。
大半は文官にしろ武官にしろ士官試験を目指して頑張っている、もしくは頑張っている振りをしている人達が集っている場所なの。
実態はともかくとして、自分の将来を不安視している子供達が多いわけで…。
「将来安泰の癖に、何しに来てるんだとか」
「成り上がりとも言われるわよね」
「どんな汚い手を使ったんだとかも、平気で言うかも」
「……まじか?」
「「「マジで」」」
ある意味、人の見ていない所では以前より酷くなると思っていたりする。
以前は只の異物扱いだけど、今度はハッキリとした嫉妬や妬みの対象だからね。
まぁ、貴族の階級制度がある程度の実害からは守ってはくれるだろうけどね。
……それが分かっていて、何で学院に残っているかって?
色々と勉強したい事が多いんですよ。
そう言う意味では、此処は良い環境ですからね。
学院生向けレベルとはいえ、ジャンルを問わず大量の書物もありますし、色々な分野の専門家もいます。
警備も下手に街中に居を構えるより安心ですし、お金も掛かりませんから。
「ユゥーリィのその姿勢って、本当に凄いと思うな」
「そうですか? 好きな事をやっているだけですよ。
やりたい事をもっとやれるようになるために、必要な事を頑張るのは普通だと思うんですけど」
アドルさんのその言葉に、そう返すのだけど、皆んなしてそれが中々難しいと返されてしまう。
うん、言いたい事は分かりますけど、私の場合は余所事に逸れる趣味の殆どが儲けに直結しているから、そう思われにくいだけですよ。
かと言って儲けが趣味だと言う訳ではないですので、趣味と実益が兼ねているのは単なる偶然ですけどね。
「殆どって……、そんなに?」
「魔導具に、狩猟に、料理に、意匠図にと、全部なんやかんやと換金対象になってますね」
他にも変な小説書いて儲けていたりしますが、それは脇に置いておいて。
……ええ、料理もですよ。
本に書いて出したら売れちゃいました。
今、甘味編を書いている最中ですね。
……欲しいって。
購入してください、っと言っても多分買えないでしょうから、書籍棟で予約しておくかです。
図鑑扱いなので、貸出禁止扱いになると思いますよ。
そうでないと、血を見る事になりかねませんから。
「「いや、見ないだろっ」」
「アドル、甘いっ」
「そうそう、兄さんも自分があまり食べないからって、それは甘い」
「基本的に女は甘い物に飢えているの」
「そうよ、普段の節制の反動もあるけど、男に比べて色々我慢しているから、癒しが欲しくなるの」
「だいたい、血を見るくらい慣れてるし」
「だよねぇ」
それは、魔物や野生動物の血という事ですよね?
もしくは鍛錬中の相手の鼻血とかですよね?
いや、深く考えるのはよそう。
「別に甘い物を否定している訳じゃないぞ」
「ああ、ただ、お前等ほど求めてないと言うのもあるけど、なんと言うか物足りないんだよな」
「分かる分かる。
やっぱ腹にど~んと来る物が良いよな」
「やーよ、そんなの。
美味しいかもしれないけど、後が怖いじゃない」
「美味しい物が少しずつ、と言うのが理想なの」
取り敢えず程度の差はあれ、四人とも甘い物は好きみたいなので、漢の甘味編も書いてみようかな?
前世でも一定の支持がある分野だし、前世が男だった私としては、その思いや考えも理解できる。
まぁ、今世ではラキアの意見に賛成。
甘い物かどうかは別として、私は胃袋の大きさの関係上、あまり量が食べられないから、少しづつの量で種類を食べたい。
そうでないと栄養バランスが偏っちゃうからね。
「しかし、問題はあるかもしれんが、取り敢えずおめでとうと言っておくよ」
「だな、ユゥーリィとしては不本意だろうけど、俺等からした羨ましい限りだ」
「そうそう、爵位とかはともかくとして、ユゥーリィとしては成人した立場が欲しかったわけだからさ」
「だよね。普通は逆だけど、そのために必要な事だったと思えば、良いんじゃない?」
うん、素直に嬉しい。
私が貴族と言う立場を望んでいないという事を理解してくれた上で、それでも祝福してくれる四人の言葉と想いに胸が熱くなる。
それでもって反省。
確かに私からしたら望んでいない爵位かもしれないけど、この学院にいる子供達からしたら、喉から手が出るほど欲しい物には違いない。
それが分かっていながら、気心の知れた知り合いという心の緩みから、四人にそんな事を言ってしまった事に。
本当にアドルさん達四人には感謝の言葉しかないし、私は周りの人達に恵まれているのだと実感させられる。
そんな私にアドルさんは急に真面目な顔をし……。
「でも真面目な話、影口や嫌がらせとかはいいとして」
「いえ、よくは無いですけど」
「でも君は心の中では別として、影口など気にしないし、嫌がらせは対応はできるだろ?」
「まぁ、今までもそうでしたしね」
「それに関しては相談ててほしかったが、そう言う連中はある意味無害だと言える。
問題は君の所に雇えと言ってくる連中だ」
あぁ……、確かにあり得る話か。
そして悪意が無いだけに厄介ではあるよね。
実際、ジュリがそうだったような物だし。
まぁ彼女の場合は諸々の事情があるので一概にはそうは言えないけれど、大枠で見ればそう言う人達と同じと捉えられる。
新興の貴族なら旧態依然の家臣などがいないため、重用される可能性が高いため狙い目だとも考えられるからね。
でも、ある意味博打的ではあるけど、現状が博打みたいなのだから、それに賭けようと思う連中も出てもくる。
でも、その手の連中の大半には……。
「でも私、家臣を雇う義務はないんですよね。
国から年金を貰っていませんし、当然ながら領地もありません。
正真正銘、名前だけの貴族ですから」
法衣貴族が貰う年金には、一族が最低限の貴族らしい生活できるための物と言う意味合いがある。
その最低限の中には、執事や従者、侍女や使用人等を雇い入れるための物も含まれているの。
むろん、それ以上の生活や多くの家臣を雇おうとすれば、それなりに働いて稼がなければならないのだけど、それはまた別の話。
「「「「はいっ?」」」」
本日、二度目の揃っての『はいっ?』が出ました。
本当に皆さん、息が合ってますね。
「驚くのは無理もないですけど、私みたいな子供にいきなり子爵ですからね。
陛下としても批判を避わす狙いがあるそうです。
来年の貴族年鑑にはその辺りの情報も記載されるでしょうし、王都の役所で調べれば分かる事ですから、隠さずに公開するつもりですよ。
摺り寄って来ても、払う給金は無いですよって」
雇用と文化を生むべき貴族としての収入が、一切無いですからね。
なので当然の主張ですし、認められるべきもの。
……魔導具とかの収入?
アレは貴族としてではなく、個人の収入なので関係ありません。
それはそれ、これはこれです。
「そっか、それなら良いが、必要だったら俺等の名前を貸しておこう。
そう思っただけだからさ」
アドルさん曰く、必要なら虫除けとして四人を雇った事にして、それを理由に断って貰えればと思っていたらしい。
はい、有り難い事です。
どうしても鬱陶しくなったら、その時はお願いいたします。
でも、四人はそう言う事をする気はないんですよね?
「まぁ、俺等の力なんて不要だろうしな」
「身体強化と盾の魔法だけで、私達四人掛かりで手も足も出なくなるもの」
「流石に身の程がね」
「足手纏いって分かっているし」
要は護衛としては力不足と分かっているし、そもそも今の私に護衛を雇う理由が無いだろうと言う事。
まぁ、その通りなんだけどね。
でも護衛が全く不要と言う訳ではない。
ただ、一人二人の護衛ではなくチームとしての動ける人材。
私やジュリの二人だけでは対応できない事態を、数という連携ができる四、五人の人間は、場合によっては居ても良いとは思ってはいる。
でも、それは今のアドルさん達では駄目。
想定している事態は街中を主にしたもので、応用が効く人間でないといけない。
力量そのものはともかく、狩猟や採取を想定してきたアドルさん達では、そう言う意味では鍛えてきた方向性が違う。
なにより、教会の狂信者みたいな相手に冷静に対処出来るかと言えば無理だろうし、そんな事をさせたくないと言うのが本音だから。
だから……。
「ごめんね、でもありがとう。
もしアドルさん達の力が欲しい時は、頼らせて戴けると嬉しいかな。
私も、必要な時は力を貸すから」
これが精一杯。
アドルさんもギモルさんもセレナのラキアも、まだまだ子供だもの。
国や教会の汚いモノを見せたり、巻き込んだりするには忍びない。
「ああ、その時は喜んで。
もっとも、それまでに腕を磨いておかないとな」
「だよなぁ。
ユゥーリィを見ていると、剣を振る以外にも磨いておかないとって思うし」
「当たり前でしょうが。
一生、冒険者なんてやってれないんだから、その先を見ないと」
「だよねぇ。
でもユゥーリィに力を借りるって、無茶苦茶に高そう」
あははっ、確かに魔導士を雇うのは高いからね。
でもまぁ、そこは内容次第でお友達価格を適用するから。
その時は駄目元気分で、気軽に声をかけてくれて大丈夫だからね。
じゃあ、また明日。
「ああ、また明日な」
「だな」
「ん、ユゥーリィ、馬鹿な人達には気を付けてね」
「なんかあったら言うのよ、力になれるかは別だけど」
うん、これでいい。
私は、本当に良い人達に恵まれた。




