21.女の子は着飾ってこそ映えるのです。無論、私以外での話し。
しゅわわわっ。
水を張った大きな桶に手を当てて、中の水に洗浄魔法を掛けていると、中に入れてある燭台から、もう此れでもかと言うほど薄黒い汚れが滲み出てくる。
水魔法で水流の向きを調整しながら、燭台の隅々まで洗浄魔法が当たるようにし、やがて……。
「はい、終わり。次は?」
「此れもお願い」
「はいはい」
洗浄を終えた燭台を私から受け取ったエリシィーは、乾いた布で燭台の水を拭き取り磨き上げてゆく。
私は私でエリシィーから受け取ったのは、同じく銀製の大きな杯を受取り洗浄魔法。
そんな事を幾度か繰り返していると。
「ユゥーリィって、本当にどうでも良い事にばかりに魔法を使うよね。
私は助かるから別に良いけど」
「そうかな? でも便利だし、手でやる事を思えば楽だよ」
「ユゥーリィ、魔法を覚える苦労を入れていないでしょ」
「ん〜〜、そこは最初から気にしていないから」
「気にしようよ」
「無理♪」
本日は十日に一度の休息日。
毎日が日曜日状態の私にはあまり関係ないので、いつも通り日課をしている事が多かったのだけど、エリシィー母娘と付き合うようになってからは、時折りエリシィーと約束をして、外に遊びに行く事もある。
それでもって今日は約束していた日なのだけど。
来てみたらエリシィーの仕事である祭具の手入れが不十分で、燻んできている事を咎められている真っ最中。
私が顔を出した事でお説教は終わったものの、祭具を綺麗に磨き直すまでは遊びに行かないよう言われてしまったので、我ながら甘いなぁと思いながら此処は魔法でお手伝い。
「言っておくけど、次は手伝わないからね。
銀製品は手入れを怠ると、すぐに曇ったり黒ずんだりする物だから」
「結構、疲れるんだよね」
「それ、力の入れ過ぎなだけだからね。銀製品はもっと優しく磨かないと傷つくだけだよ」
カトラリーの手入れの要領だけど、エリシィーに銀製品の手入れの話をしながら、雑談を交えていれば、祭具の洗浄なんてあっという間に終わる。
エリシィーが祭具を所定の場所にしまいに行っている間に、汚れきった桶の中の水を捨てて、もう一度魔法で水を張る。
目の前に井戸があるのに、ついいつもの癖でつい魔法で出してしまった。
その事に我ながら呆れつつも、小屋の外に掛けてある作業用の前掛けを取り出し、桶の中に。
「ユゥーリィ、終わったから遊びにって、……何をしているの?」
「うん、まあついでだから。
あといつもの御礼のつもりかな」
そう言って、桶の中に再び洗浄魔法をかける。
収納の鞄の事は隠しておきたいので、二種類の衣類用洗剤はエリシィーが戻ってくる前に投入済み。
いつも私が狩ってくる獲物を解体してくれる小母さんと神父様に、少しでも綺麗な前掛けを使ってもらいたくての事。
「うわぁ……、ドロドロと……凄いね」
流石のエリシィーも、滲み出るあまりもの汚れに引き気味だ。
無論、私も自分でやっておいてなんだけど、口元が引き攣っているのが分かる。
この獲物の解体に使う前掛けから滲み出ている物の殆どが、アレやコレなんだと思うと気持ちの良い光景では無いのは確か。
あまりにも凄かったので、濯ぎの洗浄魔法を二度ほど掛けて取り出すと、それなりに使用感があって、くたびれたり日焼けなどで変色はしているものの、シミらしいものは綺麗に落ちたと言える。
「こう見比べると、やっぱり凄いね」
「うん、すごい綺麗になったと思う」
「そっち!?」
「どっちよ」
うん、訳の分からないノリに、私もエリシィーも思わず笑ってしまう。
やるべき事もやったので、この後は年相応に楽しむ時間。
いつもだったら、川辺を雑談まじりに散歩しながら、木の実や小魚を採ったり、木陰で一緒に雑談しながら、ああでもないこうでもないと、家族についての愚痴を言い合ったりと、まぁそれなりに子どもらしく遊んでいる。
普段は我ながら枯れているなぁ、と自分で思う事もあるけど、楽しむべき時を楽しめなくなるほど枯れてはいないつもり。
それでもって今日は、あまり時間もないので我が家に御招待。
と言っても、私の部屋だけどね。
部屋の中にはあまり物はないけど、子供なんて物は無くても遊べる天才。
そして今日は、前々からやってみたかった事をする事にした。
「そんな訳で、今日のエリシィーは私の玩具という事で」
「意味が分からないから! と言うかヤダよ。そんなの」
「うん、却下♪
そんな訳で、大人しく髪を弄られるがよい」
私は強引にエリシィーの髪を解いて弄り出す。
薄明るい茶色の髪を、鼻歌まじりに櫛で梳きながら髪型を整える。
まずは、お嬢様風なハーフアップ。
うん可愛い可愛い♪
他にも左右で少しだけ小さく留めて、控えめなリボンも中々大人しめな女の子といった感じが出て良いよね。
彼女は元が良いから、大抵の髪型は似合うと思う。
「もう私ばかり玩具にされるのは狡い。
ユゥーリィも交代」
「え〜、私をやって誰が得するの」
「もちろん私が♪ ユゥーリィにさせてみたい髪型もあるし」
そう言って、私がやられたのは……。
「ぅわぁ……痛いわ」
「なんで! 似合うじゃないっ!」
いやいや、エリシィーには悪いけど、高い位置でのツインテールは流石に小さい子がやる髪型だと思う。
鏡の中の私を可愛くないと思わなくもないけど、それ以上に冷静さを取り戻させる髪型だ。
そんな訳で今度は私の番。
高い位置のツインテールなら、お団子にした方が可愛いと思う。
特にエリシィーの髪の色は陰影が生えるから余計にそう思える。うん、後はリボンで飾って。
「これはこれでありかも。じゃあユゥーリィもアップ系で」
「うん、良いわね。これなら動きやすいかも」
「その判断基準はおかしいからね」
よくお姫様スタイルで見かける髪形で、前髪から小さな三つ編みで後ろに回してのアップは白い髪の私でもよく似合っているとは思うけど、どうやら私の感想がエリシィーにはお気に召さなかったようだ。
道具があれば、フワフワのカールをかけてやりたいけど、代わりに小さな三つ編みを沢山作ろうかなと思った時。
「楽しそうな事をしているわね」
「ユゥーリィが珍しく誰かを連れてきたかと思ったら、こんな素敵な事をしているだなんて」
「あちらで、皆でお茶をしながらしましょう」
いつの間にか部屋の入口で此方を覗いているお母様達。
その目は爛々と輝かせ、物凄く良い笑顔だ。
うん、知っている。
それって絶対に私達を玩具にする気満々の目だって。
「え、え〜と、せっかくのお誘いですが」
「確か教会でお世話になっているエリシィーさんでしたわね。
ユゥーリィは、エリシィーさんの可愛いドレス姿とか見てみたくない?」
「やりましょうお姉様っ」
「えっ!?」
辞退を願おうとしたところで、お姉様の魅力的な提案に瞬時に掌を返す。
隣から何か聞こえたけど、この際は気にしない。
自分も玩具にされるとしても、この際それも気にしない。
エリシィーのような元々可愛い女の子が、髪型だけでなく色々着飾った姿を見るせっかくの機会を逃す事を思えば些細な事。
二人では髪型がせいぜいだけど、お母様達の支援が受けられるなら、服だけでなく小物も使える。
うん、今からエリシィーの可愛い姿に胸が膨らむ。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「うぅ……、ユゥーリィに弄ばれた」
いいえ、愛でて可愛がっただけです。
帰り際の彼女の言葉に、私は心の中でそう断言する。
眼福♪ 満足♪ 英気は十分。
これで明日から十二分に戦える♪
2020/03/08 誤字脱字修正




