205.喧嘩? たとえ王子であろうと買いますよ。
「全く、このような話を、まさか女性を交えて話す事になるとは思わなかったが、ヴィーとジッタが気を許すのも分からない話ではないな。
一緒にいて、肩肘を張る必要がないと言うのも分かる。
こんな規格外な令嬢を相手に、肩肘を張るだけ馬鹿馬鹿しいからな」
言っている事はかなり失礼だけど、王城にいるような令嬢に比べたら規格外なのは自覚しているので、一々気にはしない。
むしろ私にそんな令嬢になれと言われた日には、窒息死する自信があるので突っ込まないですよ。
それに王子としては、褒め言葉の部類だろうしね。
ただ、その変わり……、
「サリュード様、先程から地が出ております。
それに、シンフェリア様にその物言いは失礼かと。
サリュード様に、色々と御教授してくださった方ですよ」
ルーが嗜めてくれるもの。
先日からの一件なのだろうけど、残念王子に実際に反省させたのは、妹君のレティシア王女なのだろうから私は関係ない。
「ルー、気にしてくださりありがとう。
ですが、これくらいの事は慣れておりますので、気にしていません。
流石に、オマエとかコイツ呼ばわりはどうかと思いますが、サリュードシア様にあまり無理も言えませんので」
コッフェルさんのように、ある程度歳の離れた人生の大先輩ならともかく、残念王子に個人的な場でオマエ呼ばわりはされたくない。だって、残念王子なんだもの。
なので、ちょっとだけトゲを刺しておいて、気にしていないとばかりに口の中に最後のケーキを放り込み、まだ温かい紅茶で芋の甘味と紅茶の香りを同時に味わいながら流し込む。
重いケーキも、口の中に残った甘味を紅茶で流し込みながら楽しむと言う意味では、このケーキもありかな。
全体の評点はあまり高くはないけどね。
「気をつけよう。
しっかし……、本当にありえねぇな」
残念王子の、ねっとりとした視線をまた感じながら、その言葉の意図を考えてみる。
一番ありそうなのが、私が残念王子の知る貴族令嬢から、あまりにも掛け離れた存在だから故の言葉と言う所なんだけど。
「ヴィーもジッタも、分からないからこそなんだろうが、よくもまぁ、こんな化け物染みた相手に気を許せるなと思ってな」
「サリュードっ!」
「殿下っ」
王子の言葉に、ヴィーとジッタの気配が一瞬で変わる。
何時かの模擬戦の時以上の気迫で持って、言葉を取り消せとばかりに、王子を睨みつけている。
うん、……まぁ、その事に少しだけ嬉しいと感じてしまったけど、おかげで、王子に言葉の意味も理解できたし、先日の一件で、そう言われる理由も納得は出来ないけれど理解は出来る。
「ヴィー、ジッタ、怒ってくれてありがとう。
でも従兄弟とはいえ、相手は王子です。
そのように睨んでは、鍛錬場でもない限り不敬に当たりますよ。
それとサリュードシア様、言いたい事は理解しましたが、私のコレは体質故の事と、御理解ください」
「ほう、体質で、それほど淀みなく流せるものとは思えんがな」
「死と隣り合わせであれば、必死にもなります。
それと、やはりそのお瞳はそう言う力なんですね」
金色の瞳。
私のように薄っすらと光ってはいないけど、おそらく生来の物だからなのだろう。
そして今の話の内容から、私の魔法と同じで、魔力の可視化が可能なのだと、今の発言から推察できた。
「なんとなく想定はしてはいたのであろう?
俺も、同じ金色の瞳を持つ者がいると聞いて興味を持ったが、会ってみたら金色ではなく赤色、情報の誤りかと思ったが、それ以上にこの目に映るその魔力の流れがあり得なさすぎた」
なるほど、ヴィーとジッタの従兄弟としてではなく、当然貴族の令嬢としてでもなく、こっちが本命だったのかと。
だけど、言われてみれば当然かもしれない。
普通ではあり得ない金色の瞳を見た時に、異世界だからそう言う変わった瞳もあるのだろうと思いこまずに、魔力眼だと見抜いていれば、この王子の狙いも理解し、別の話の持って行き方も出来たかもしれない。
失敗しちゃったなと思いつつ、どちらにせよ、この流れは不可避であったと言うのもなんとなく分かる。
なら、私はソレに意識をほんの少しだけ向け……。
「…それが君の瞳か。
俺は父上達と違うこの瞳を疎んじてはいるが、君のそれはうっすらと輝く様は、美しいとも思えるから不思議なものだ」
「私のは魔法の副作用による物です。
おそらく制御し切れていない微細な魔力が、そう見せているのでしょう。
サリュードシア様が知りたかった事は、これで満足で?」
私としては別に隠す程の事でもないし、ヴィー達もこの魔力眼の魔法の副作用の事は知っている。
ドルク様にはあまり使うなと言われていたのは、おそらく王族と関わる事だからなのだろう。
でも、こうして相手が知っているのであれば、その注意の意味は最早無いと思っていい。
「まさかっ、ますます君に興味を持った所だ」
「言いたい事は分かりますが、お言葉にお気をつけください。
サリュードシア様のお歳で、私ぐらいの容姿の女性にそのような事を言えば、勘違いする者もおりましょう。
あと、もしそう言う意味であるのであれば、ますますお気をつけください。
私、そう言う方には遠慮などしないと決めていますの」
先日注意し、注意されたばかりだと言うのに、この残念王子は同じ過ちを繰り返してくるので、釘を刺しておく。
無論、言葉の内容に嘘はない。
幼女趣味の悪質な変態などに、遠慮をする理由など見当たらないし、結果的に死んでおらず、怪我もしていなければ良いだけの事だ。
例え、その前にナニがあってもね。
「その誤解だけは勘弁願いたいが、今のは私の言い方が悪いのは認めよう。
……しかし、身体を覆う結界の魔法以外にも、魔法を使っていてそれとはな。
ルー、お前から見ても変わらずか」
「はい、恐ろしい事に、未だ普通の人間と変わらないように感じます」
「だろうな、俺の眼にも、さして変わったように見えん。
明らかに魔法を使ったと言う事が分かっていると言うのにな」
驚くのは勝手だけど、魔力眼の魔法は、使用魔力が微量だし、気を付けないと使っている事さえ忘れてしまうほど、私とは親和性が高い。
その上、ほぼ常時張っている三枚の結界も、昔と違い無意識下で張れるようになっているので、魔力循環の魔力の流れと一致している状態だから、一定以上結界の強度を上げてやらない限り、魔力感知だけでは、差異を感じないのも当然だろう。
「暗殺には持って来いの体質だな」
「なんですかそれ、やりませんよ、物騒な」
残念王子の残念な台詞を、ブスッとした表情でもって言い返す。
冗談じゃない、なんてそんな事をしないといけないのか。
そもそも、人を殺すだけなら、此処まで魔力制御を身につけなくても幾らでも簡単な手段があるし、前世の知識を持つ私からしたら、それこそ……、やめておこう、物騒な事はなるべく考えたくない。
「だが、そこ迄の魔力を隠せるのであれば、人の命を狩りとる事など、容易い事ではないのか?」
プチッ。
単純に思っただけならいい、口が滑った事だと聞き流せる。
でも、今のは違う、明らかに意識して口にした言葉。
「もし暗殺を依頼したいと言うのであれば、もう二度と私の前に現れないでくださいっ。
例えそれが国からの命令だと言うのであれば、私は全力で抗わせて戴きます」
なら、これだけはハッキリと言わせてもらう。
不敬だろうがなんだろうが関係ない。
例え臣下の責務があろうが、譲れないものがある。
そもそも私はそんな事のために魔法を身につけたんじゃない。
苦しい病気から生きるために、身につけた物。
日々の生活を楽しくするために身につけた物。
魔導具にしたってそうだ。
色々と考えて作るのが楽しいと言うのもあるけれど、皆んなが楽しく、そして助かるために作っている。
そして自分のためとは言え、私がその為にどれだけの時間を費やしているか。
「私の力は、そんな事に使うために身につけた物ではありません。
分かって戴けない事は、非常に残念に思います。
申し訳ありませんが気分が悪いので、今日の所は此れで失礼させていただきます」
もしそんな事のために私を貴族にしたと言うのなら、そんなものは熨斗を付けて返してやる。
指名手配だろうがなんだろうが知った事か。
我ながら、短気で、考えなしだと思うけど、今は抑えられそうもない。
屋敷に帰ったら、ドルク様とコッフェルさんに相談しよう。
怒鳴られるかもしれないけど、しないよりはマシだ。
そう席を立つ私に、ルーが慌てた様子でその懐から何かを差し出す。
……封書?
「陛下よりお預かりしてきました。
もしサリュード様が、貴方様をまた怒らせたり、心底呆れさせた時が在れば渡すようにと」
差出人的にも言葉の内容的にも、受け取らないと言う選択肢はないとしても、この手紙を渡す前提条件として、それはどうなのかと思ってしまう。
私とて、本気で国と全面対決したい訳ではないので、大きく息を吐いて少しでも気持ちを落ち着けようと、自分に言い聞かせながら封書を受け取る。
封書の封蝋は、確かに陛下ご本人を示す物で、先日の爵位拝命の際にも見たばかりだから流石に忘れてはいない。
そして中に折り畳まれた手紙を広げると……。
『やあ、君が敬愛すべき国王であるジュードリアだ、ジュードとでも呼んでくれたまえ』
まず、最初に眼に写った国王陛下の書く手紙とは思えない軽薄さ満載の一文に、頭痛がすると共に、たしかにあの陛下だと分かってしまう自分に益々頭が痛くなる。
同時に先程まで身体中を巡っていた怒りが、呆れ果てて音を立てて抜けていくのを感じるけど、それぐらいでは収まるような事ではないとは言え、これを狙ってやっていたとしたら、心底恐ろしい相手だと思う。
『この手紙を読んでいると言う事は、ウチの武人馬鹿息子が、紳士として以前に男としてどうなの? とか言うよう失礼な事をしでかしたか。
あるいは武人馬鹿らしくあり得ない勘違いしたかだと思う。
もし前者に関しては、私からも謝罪しよう。
私が許す、罵詈雑言を幾らでも放ってくれて結構、罪に問う事はない』
ええ、失礼な失言は今日も沢山しましたけど、まぁ今日はヴィー達のおかげと、王城内では無いと言う事で、そこまでではなかったですね。と言うか、初日を超える失礼さがあったら、完全に事案だと思う。
むしろ、私としては、まだその方が救いがあったと言える。
しかし、やっぱり王城内でのゴタゴタは陛下の耳に入っていたかと、陛下の王城内の掌握力に関心をするけど、同時に陛下の胡散臭さも増したのは、我ながら臣下としてはどうかとも思う。
『もし後者で、戦争とか暗殺とか口に出していたのなら、殴ってくれて結構。
と言うか殴れ、これは命令だ。
馬鹿は身体に分からせなければ、分からないからね。
それでも分からなければ、そんな馬鹿は不要だ。
人を見る目の無い王族など害悪でしか無いし、その事で君を罰する事はない。
ぶっちゃけ、金の卵を産む鶏と戦いしか能の無い駄犬なら、僕は鶏を選ぶだけの事でしかない。
駄犬の代わりなど、鶏が産んだ金の卵で幾らでも用意ができるからね』
「……はぁ……」
手紙を最後まで読んで、思いっきり力が抜ける。
まずは、今のところ国や陛下が、私が危惧するような気がない事に安堵して。
実際、陛下がどこまで読んで、どこまでが狙っての事なのかは分からないけれど、改めてあのヘラヘラした陛下の怖さを再認識もする。
何より、この残念王子を哀れんでと言うのもある。
多分、今の王子は、陛下にとってあまり利用価値がないのだろう。
ヴィー達やルーの反応からして、無能な王子ではない事は分かるし、それなりに優秀なのだと言う事も想像できる。
ただ、この手紙にあるように、武術、要は軍や兵としての方にその能力が偏っているのと、人に対する鑑識眼があまり養われていないと見て良い。
ヴィーやルーを信頼している事から、決して人を見る目が無い訳ではなのだろうけど、王族としては不足しているのは、先程の件から見ても明らかだし、それを自覚していないから言動が軽率になる。
軍人としては優秀だけど、人を見る目がない王族だなんて、……危険な匂いしかしない。
この手紙の中ではそう感じさせられるけど、それが狙っての事か、本当の事なのかは分からない。
だけど、この王子が残念属性がある事だけは分かる。
「……はぁ」
色々な意味で深く溜息を付いてから、周囲を見ると。
状況から自分がやらかしたと感じたのか、居心地の悪そうにしている王子は、ヴィーとジッタに冷たい眼差しを向けられているし、周りには、少しだけギャラリーが出来ている。
まぁ幾ら貴族が出入りするようなお店でも、あれだけ大きな声を出せば、一目も呼ぶだろうし、貴族以外だってこの店を利用するから仕方がない。
私も感情任せに動きすぎたと反省しながら、頭を冷やす。
陛下にその気がないのならば、私が怒る事など何もない。
そして、よくよく考えてみれば、この王子も本気で私に言った訳ではない事は、手紙を読んで少しだけ冷静になった今なら分かる。
ある意味、先日の失言や女子トイレで聞き耳を立てていたのと同じなのだと……。
単純に、無自覚ゆえの言動なのだと……。
まったく、陛下はいったいどこまで読んで、あの手紙の内容を書いたのだか。
うん、何はともあれ頭は冷えてきた。
モヤモヤしたものは、相変わらず私の中で渦巻いて入るけど、下火ではある。
「サリュードシア王子、陛下からの勅令です」
陛下の言葉を武器に、王子の動きを封じる。
己が従者が陛下からの密書を預かり、それを受け取った私の言葉は、それなりの説得力があったのか、身体を強張らせはするものの、少しも逆らうそぶりを見せない。
身体に流れる魔力の動きを見ても、抵抗のそぶりを見せることなく、椅子に深く腰掛ける。
王子は陛下の……、いえ、自分の父親を信じて。
「王子」
私は、ルーに陛下からの封書を返してから、ゆっくりと……。
静かに王子の下へと足を進め……。
今一度両の手の平を見つめた後……。
ぺち。
目の前の王子の両頬を私の手の平が、小さく叩く可愛らしい音が静まった店内に響く。
「陛下が、貴方を叩きなさいと言う命令なので、仕方なく」
「……ぁ」
むろん、力任せに殴る事も、叩きのめす事もできる。
でも、それでは意味が無い。
ただ、私の気が晴れるだけの、どうでもいい事にしかならない。
そんな感情任せは、私も……、王子の言葉に怒ってくれたヴィー達も……、何より陛下は望んでやしない。
王子の頬を軽く叩いたまま載せている両手を、そのまま優しく王子の頬を包み。
「それと王子。
きちんと私を……、いいえ、相手を見てください。
誰かの話を聞いて作った誰かではなく、目の前の相手を……。
思い込みでもなく…、誰かの言葉でもなく…、
自分の目で見て、自分の耳で聞いて、言葉を交わしてください。
相手が何を見て喜び、何を見て怒るのか、それを感じてください」
この人は、結局、自分の中にいる私をずっと見てきた。
ヴィー達の美化した話を聞いて、自分の中の私を作り上げ、罠女ではないのかと疑い。
何処かの誰かから私の活躍を聞いて、危険な人物だと疑い。
更には、信頼している頼りになる自分の能力こそが、文字通り薄っぺらな外側のみしか見ていない。
「俺が何も見ていないと」
「ええ、自分が作り上げたモノしか見ていません。
だからこそ、先ほど困惑していたのでしょ」
人の意見や情報は確かに大切だし、相手によっては頼りにもなる。
でも鵜呑みにしてはいけない。
そこには人の価値観や思惑が混在する。
価値観を基に物を判断はしても、価値観に流されてはいけない。
そして王家という上の立場に立つ以上、相手の能力は確かに評価の対象として必要な価値観かもしれない。
でも、能力と人格は別だ。
その二つは寄り添いながらも、別の物として扱わなければならない。少なくとも能力に人格は無いし、能力は能力でしかない。
そして視えるからこそ、その能力に振り回されて、表面でしか判断できていない。
「相手が何に笑い、何に怒り、何に呆れるか。
こればかりは、きちんと己が目で見て、そして感じて判断してください」
「何をバカな、俺はちゃんと見ている。見えていない者と違ってな」
「いいえ、見えていません。
きちんと見えていたのなら、今、こんな風にはなってませんよ」
「お前に何が分かるっ。
視えるからこそ、今まで生き延びてもこれた」
「確かに王子は人より視える眼をお持ちかもしれません。
でも考えてみてください、普通は視えないモノなんです。
視えないからこそ、見えるようになるんです。
王子は、視えるからこそ、見えなくなっているんです。
見ようとしないんです」
魔力の流れは、感情や警戒に対して顕著に現れてしまう。
顕著と言っても微細な差ではあるけど、可視化した状態に慣れてしまえば、その違いはハッキリと分かる。
でも、文字通り表面的な物でしかない。
悲しんでいても、それが何に対してなのか、なぜ悲しんでいるのかまでは分からない。
警戒しているのなら、それが何に対してなのか、何故警戒するのかは教えてはくれない。
それが自分に向けられているのか、それとも他の何かに向けられているかも、当然分かるような物ではない。
心の中を見る魔法ではないのだし、そんな物は存在しない。
その時その時で、相手と周りをよく見て自分で判断するしかないのだ。
人は、視えないからこそ、相手を知ろうと努力し、見えるようになっていく。
それ自身、思い込みの産物ではあっても、人はそれを知っているから、人はたえず修正していく。
人は変わって行くものだとも知っているから。
「王子、その瞳が映すものが邪魔ですか?
その視える目が疎ましいと言うのなら、私が力になりましょう。
必要でない時以外は、他の人達と同じ世界を贈ってあげます。
要らないのであれば、あげません」
生まれながらの異能。
それはある意味、私の生まれ付きによる魔力過多によるものと同じ。
人と違う事で、歪んでしまった世界。
私は、生死を彷徨う毎日程度で済んだけど、王子はある意味において、私より過酷だったのかもしれない。
王子の自分の眼を疎んじている言葉からして、恐らく私と違って常時発動型。
それは、視たくなくても視えてしまうという事。
でも、それは他人からしたら視えるだけで、あとは普通と変わらない様に見えてしまう事。
だからこそ、余計に本人だけにしか分からない世界で、分かってもらう事も、理解もしてもらえず、一人で生きてこなければならなかった。
そして王子と言う立場は、視える事による恩恵だけ注視されて、そんな苦しみなど些細な事として認識されていたのだろう。
王子は王子で必死だったのだろう。期待に応えようとして。
だからこそ、王子は間違えてしまった。
いいえ、誤った道を歩まさせられてしまった。
その異能とも言える眼が与えるモノを、より生かす事に注力しすぎてしまった。
その反面、本来与えられないからこそ、伸びる力を犠牲にして。
「要らぬのなら知らんとは、傲慢だな」
「必要もないのに、得ようとする方がそもそも傲慢ですよ」
私は聖人君子でもなければ、正義の味方でもない。
不要だと言う人間に、手を差し伸べるほど暇人でも無ければお人好しでもない。
かと言って、手を差し伸ばしている人達全てに、手を差し伸ばせるほど長くも強くもない。
私は自分勝手な人間だから、力を貸しても良い思えた人にだけにしか貸さない。
ケチでも傲慢でも結構、私の事は私が決める。
収納の魔法から、眼鏡を取り出し、王子に掛けてあげる。
「っ!」
「試作品です。
見ての通り失敗品ですが」
本来は私用の物なので、サイズが合わないけど、形状変化の魔法で、眼鏡の幅を王子に合わせてやる。
これくらいの事なら数秒も掛からない。
「本来は、私の魔法の副作用で瞳の色が変わってしまう事のみを抑える物になるはずでしたが」
「能力を抑える物になってしまったと」
「ええ、魔力の可視化を阻害するだけの失敗品です。
強く意識すれば、その阻害も意味を成さない程度の能力しかありませんが、逆に考えれば普段は視えずに済みます」
魔力眼の魔法を調整して、なんとかならないかと試行錯誤していたけど結局は何ともならず、代わりに魔導具で外からの力で何とかしようとしたけど、出来たのは此の失敗作。
此れならば、素直にサングラスでも作れば良かったと思うぐらいに、私にとって意味のない魔導具。
「王子は一度、視えていない世界を知っておくべきだと思います。
視えている世界そのものは無くせませんが、視えていない人達の世界を見せる事はできます」
視えるなら視えなくすればいい、そんな単純な事ではないとは分ってはいるけど、それでもそれを知っているか、知っていないかは別の問題。
そして、それを活かすも活かさないかも。
はぁ……我ながら、先程、怒鳴った相手に対して甘いと思う。
本気で殴り飛ばしたいと思ったのに、此れは無いと自分でも思う。
でも仕方がないじゃない。
陛下から手紙を読んだ後に見た王子の姿が……。
段ボール箱ごと捨てられて、雨に濡れた、ワンコの姿に重なっちゃったんだもの。




