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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
204/977

204.男達の友情を結ぶモノ。





 結局、教会に関しては当分は様子見と言う結論に収まる。

 直ぐには診察書の情報は出回らないだろうし、教会の上層部も馬鹿ではない。

 私の魔導具師としての利用価値を考えたら、最終的には馬鹿な派閥や狂信者達を抑えて、私を利用する方向に収束するだろうと言う事なんだけど。

 ……それって、私が今後も利用価値を示し続けられたなら、と言う前提の話ですよね?

 プレッシャーを掛けてますよね?

 そう突っ込みたかったけど、魔導具を作る事自体は嫌いじゃなく、むしろ好きなので、その内に結果を出せば良いだけだと思っておく。

 携帯(かまど)の件を見ても、前世のような鬼ノルマな期限設定はないみたいだし。


「そう言う訳で、本日はデートしてきます」

「……えっ?」


 ジュリが驚いた顔をするのも仕方ない。

 私が男性に対して興味がなく、そもそも結婚が嫌で家を出た事は、ジュリには話してあるので、ジュリからしたら何の気紛れなのかと思うのも無理もない事。

 別にデートと言うと、男女の合い挽きを…違った逢引を連想するけど、デート自身は、男女が時間と場所を打ち合わせて会う事を指す事なので、例え恋人でなくても、使う事に何ら問題はない。


「生憎とジュリの思っているようなデートじゃなくて、悲しい臣下の務めと言う奴かな」


 昨日の頭の痛い話を終えた後、しばらくして別々の遣いの者が手紙を持ってきたのだけど、これが差出人も手紙の内容も頭の痛い話。

 差出人は二人だけど中身はほぼ一緒で、本日のデートのお誘い。

 片方は顔見知りで、なんら会う事に問題はないのだけど、もう片方が頭の痛い話で……。

 とりあえず、落ち合うのは街中の貴族向けの甘味屋さん。

 服装は何時も通りだけど、相手が相手なので一応は軽く化粧を施してゆく。

 ヴィーとジッタに揶揄われそうで嫌なんだけど、相手を考えると必要最低限のマナーなので仕方がない。

 髪型は、……やり直し。

 よりにもよって、どれだけ力を入れてるのってぐらいの外れ札。

 半分、罰ゲーム感覚で入れた札なのに、よりにもよって何でこんな時に…。

 ところでジュリ、何で札の入れた箱に手を当ててるの?

 それだとやり直せないんだけど。

 ……自分で決めた決め事を、気に食わないからと放り出すのは、ただの我が儘って。

 ジュリもそう言うところは、従者らしくなってきたわね。

 でも勘弁して、これは流石に恥ずいのよっ!

 可愛くて似合っているから何の問題もないって、この髪型は面倒なの。

 ……いつも魔法でやっているのに、今更って。

 細かい魔力制御が面倒なのに。

 たくさん三つ編み作った上で、更に形作らないといけないんだよ。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 結局、ジュリに言い負かされて、手間暇かけ無いといけない所を魔法で、ものの十秒で髪をセットし、それに似合う化粧を施して屋敷を出たのだけど、妙に視線が痛い気がするのは気のせいだろうか。

 ちなみに、ジュリは今日も午前中はホプキンスさんに鬼の従者教育、昼からは戦闘を含めた実技訓練で、夜は私から個人指導だから、なかなかに充実した毎日を過ごしている。

 頑張れジュリ、今日も帰ったら治癒魔法を掛けながらマッサージしてあげるし、寝る時にお香も焚いてあげるからね。

 そんな事を考えながらも歩いていると、従事長に教えられた通りの場所にあったお店に到着。

 店内に入ると、店の奥に見覚えのある四人の顔が見える。


「ヴィー、ジッタ、今日はお声がけをして戴きありがとうございます。

 でも、先日の笑ってくれた件は、しっかりと覚えていますからね」

「いや~、まさか君の口から、あんな普通の令嬢のような台詞が出るとは思わなくてね。

 だが言われてみれば、大変失礼な事には違いないから、今日の此処のお代は私が持たせてもらうと言う事で勘弁してくれないかな?」

「連れがドルク様のお屋敷で待っているんだけど」

「無論、お土産付きで」

「今日のところは、それで手を打ちましょう」

「安く済んでよかった」


 ちょっと失言混じりだったけど、まぁ今日のところは許してあげる。

 少しばかし、普通の令嬢に当て嵌まらないところがあるのは、自覚しているしね。

 あとジッタも安く済んでって、人が高いものを要求した事があるみたいな事を言うのはやめて欲しい。

 まぁ、そう言う令嬢達との付き合いもあるでしょうから、可哀想なので目を瞑ってあげるけど。


「それにしても今日は一段と粧し込んでくれたんだね。

 私のためにかね? それともジッタに?」

「残念ながら、どちらでもなく只のクジ運です」

「以前にお聞きした、髪型を札を取って決めると言うのを本当にやられているんですね」

「別にそう言う事で嘘なんて言った覚えないけど、信じてなかったの?」

「「あはははっ」」


 笑って誤魔化す二人だけど、如何やら信じていなかったらしい。

 何なら、札と箱を見せますよ。

 ……随分、数があるって、まぁ、思いつく度に札が増えていっちゃいましたから、百は超えていると思いますよ。

 此処から更に細かいアレンジの物は流石に省いていますけど。

 ……本が出せそうって、……う〜ん、化粧の本の事もあったし考えてみようかな。

 さて、最初のヴィー達との挨拶はこれくらいにしておいて、マナー違反ではあるけど、ヴィーが彼の事で何かを言う前に……。


「サリュードシア王子、お初目に(・・・・)お目に掛かります。

 私、ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアと申します。

 以後、お見知りおきのほどをお願いします」


 目下の者から声をかけるのはマナー違反ではあるけど、カーテシーを決めながら、敢えて、そう残念王子に挨拶をする。

 実際には三度目ではあるけど、もう面倒くさいので、最初のと二回目のは無かった事にする。

 別に私自身は、既にそれほどは怒ってはいないけど、城内という場ではあの失礼の数々は、幾ら何でもあり得なさすぎるため、敢えて怒って見せなければいけなかっただけの話。

 お母様の淑女教育でもあったけど、男性を立てたり許したりするのは必要だけど、女性として失礼な事や、譲れない事があれば毅然としなければ、家自体を舐められ軽んじられる事になると。

 そして付け上がらせた時に身の危険に繋がると教えられたし、その教え自体は時と場所と相手を考えれば、間違っていないと思う。

 ああ言った場でなければ、存在を無視しておけば良いだけの事。

 それに怒るだなんて疲れる真似は、できればしたくない。

 怒る価値のない人間に怒ったって、気力と時間の無駄だもの。

 まぁ、顔見知りと言うか、友達であるヴィー達は別で、怒る時はきちんと怒ります。


「この国の第五王子のサリュードシア・フォル・シンフォニアだ。

 せ、先日は失礼したな」


 コラッ、せっかくマナー違反をしてまで、人が先日の件を無かった事にしているんだから、其処で中途半端に否定するような事を言わないのっ。

 ほらっ、従者君が溜め息を吐いていますよ。


初めまして(・・・・・)、シンフェリア子爵様。

 私、ルードリッヒ・ネル・グリニッチと申しまして、殿下の従者を務めさせて戴いております。

 どうか、ルー又はリッヒと御呼びくださいませ。

 殿下、本日はこのような席ですので、堅苦しい事は抜きにして楽にして戴いては如何でしょうか?」


 初日の時はともかくとして、流石は王子付きの従者となれば、残念王子のフォローもしっかりとしている。

 本来であれば従者は、余程ではない限り自分から挨拶する事はないのだけど、王族付きの従者であれば話は別となるし、高位貴族の当主の従者も、それなりに社会的な立場があったりする。

 残念王子は己が従者の提案に肯く事で、一応は緊張を少しだけ解し、やっと席につく事ができるのだけど、その時にヴィーが何かを聞きたがっていたけど、生憎と残念王子の名誉を守らないといけないので、話してあげられない。

 だって、言えないでしょ。

 貴方の従兄弟は、女子トイレの前で聞き耳を立てている変態ですだなんて。

 実際はこの残念王子に、そういった失礼な事をしている自覚がないと言う、更に輪を掛けた残念ぶりが原因なんだけど。

 まぁ普通は王子と言う立場と此れだけ美形なら、女性を待つとか、自分から声を掛けるとか無いだろうから、今までその残念具合が発覚しなかっただけかも。


「そうそう、遅くなったけど、まずは爵位拝命おめでとう。

 君なら、何時かはやるとは思っていたけど、まさかいきなり子爵になるとは思わなかった」

「ヴィー、一応はありがとうとお礼は言っておくけど、私としては地味に静かに生きていたかったから、不本意でしか無いわ」

「ユゥーリィ様、流石にそれは無理があるかと」

「ジッタ、それはどう言う意味よ」

「そのままの意味ですよ。

 貴女は色々な意味で目立ちますから」

「だなっ」

「もう、ヴィーもジッタも酷いわね」


 こうして軽く挨拶を交わしている内に、人数分の紅茶とケーキが運ばれて来るんだけど。運ばれてきたケーキに少しだけゲンナリする。

 そして、その事に珍しく残念王子が察したらしく。


「先日、城の者がシンフェリア嬢に、ある甘味店を紹介したと部下から聞いたが、確か彼処の今の押しは、これと同じ物だったな。

 偶然ではあったが、確認させて出させれば良かった。何か別のものを」

「いいえ、結構です。

 サリュードシア王子のお気持ちだけで十分でございます」


 同じ物が続いたと言うのは、確かに新鮮味がなく気落ちするけど、態々別のお菓子と取り替える程の物でも無い。

 王子と違って、食料が其処まで豊富では無い育ちの私にとって、そんな食べ物を粗末にするような真似はできない。

 そもそも前世にしたって、もったいない精神のある国の人間の生まれ。

 ただ、ゲンナリする理由は先日のお店とこのお店だけでなく、流行りなのか、お礼参りをした先でも、ほぼ同じ物が出た上、そもそも、貴族が食べないとされるこのサツマイモを使ったケーキのレシピ自体、私が書いた本の中に記載されているもの。

 サツマイモのモンブランは、前世では作り方は幾つかあるのに、ものの見事にほぼ同じ作り方のケーキなため、流石に飽きが来る。

 あの本に載せたのは御飯がメインなので、甘味は比較的少ないから、これからも同じような思いをするのは、流石にあまり嬉しく無いので、甘味系をまとめた本を出すべきだろうか?

 ケーキを一口だけ食べたあと、フォークで軽くケーキをツンツンしながらそんな事を考えていると。


「やはり別のものを」

「サリュードシア王子、本当に違いますので、どうかお気遣いなく」


 残念王子としては、先日の失敗を取り戻したいのかもしれないけど、生憎とそう言う気遣いは無用。

 私の中では無かった事にすると決めた以上、とりあえずは無かった事にするつもりだし、食べ物を粗末にするような気遣いは、私に対しては逆効果でしか無い。


「いえ、ただ、このケーキが何を狙ってやったのかと、そう思案していただけにございます」


 家で作るケーキならともかく、お店で出すにしては、芋のアク抜きが甘いため、味に濁りが残っているし、皮も少し混ざっている。

 その上裏漉しの目が荒すぎて、粒々感が残っているのだけど、粒々感は敢えて残す場合もあるので、一概に言えない。

 でも混じった芋の皮との食感の違いが気になるし、水気がやや多いため、全体の食感が重い。

 これで水気の代わりに生クリームやバターがあって、砂糖がもう少し多ければ、どっしりと甘い物が好きな男性になら、ウケる味になると思うのだけど、まだ試し中だと言う可能性もあるので一概には言えないか。

 とりあえず、出されたものに不満があると言う意味でない事を示すためにも、もう数口を口にしたので、残るは三口分かな。

 できれば、もう少し落ち着いて食べたかったけど、これは私がぼ〜っと考え事をしていたせいなので仕方がない。


「詳しいのだな」

「ええ、まぁ、このケーキの元となったレシピは、たぶん私が書いた物ですから」

「はっ?」


 あの、そんな驚く事でしょうか?

 それともお疑いで?


「あっ、いやすまない。

 考えてみれば、令嬢であっても菓子作りぐらいはする事もあり得るか」

「いいえ、サリュードシア王子。

 私など、元がそれほど高い身分の者ではありませんので、お菓子よりも料理を作る事の方が多いのです。

 中には愛する夫に手作りの料理をと言うお方もいますし、貴族の令嬢にも色々ありまして、騎士団に勤める者であれば、料理をする事も必須の技術となります。

 あの中では男も女も関係なく、料理も洗濯も仕事となりますから、ヴィー、そうですよね?」


 王城でお会いするような貴族令嬢としておられる方(・・・・・)は、たぶんお菓子作りすらしない方が多いだろうけど、下級貴族の中には料理をする令嬢や婦人も多い。

 シンフェリア領では、ごく簡単な料理を学ばせようとしていたし、セレナやラキアはそれなりに自炊ができる。

 無論、ジュリみたいに、料理ができない令嬢もいるけど、ジュリは別の意味でできないだけなので、カウントをしないにしろ、元魔物討伐騎士団に所属していたルチアさんは、それなりに料理ができる。

 ほぼ毎日、何十食分のフリーズドライをするためのスープを作っているため、スープ専門店のお店を開く事が出来るレベルにまでなっているほど。

 そして当然ながら、野営料理などは、騎士団や傭兵にとって必須の技術なため、出来ないでは許されないのだ。

 たとえ、料理専門の人間が部隊に追従すると言ってもね。

 

「まぁ大雑把な野営料理限定だけどね。

 でもサリュード、彼女は料理ができるだけでなく、本当に美味しいんだよ。

 何と言うか、こう安心して温まれる料理がね」

「確かに、あれは家や其処等の店では食べられない味ですね」

「ヴィー、ジッタ、当分、師団に作りに行く事はないので、幾らお世辞を言っても無駄ですよ」

「「そりゃあ残念」」


 まったく、妙なところで仲良く息を合わせてからに。

 そう言う無邪気な男の子のような可愛い反応をされると、また作ってあげたくなるから困る。

 でも、自重です。

 ヴィー達が所属する魔物討伐騎士王都師団には、前回の料理や、クラーケンの足の干物という贈答品。

 その上、先日の魔導具のお礼に対する儀式と、色々な事と重なりすぎていて、子爵になった今、そう言う事をやりすぎるのも贔屓と取られかねないので、暫し自重するようにと言われている。

 別にヴィーとジッタ個人にやる分には問題ないけど、それはそれで別の問題が出てくる。

 肉食系女子であるヴォルフィード公爵夫人に、変な勘違いをされては堪らないからね。

 勘違いされた挙句の暴走で、ヴィー達との友情を壊すのは流石に避けたい。


「なんか面白くないな」


 そこへ明らかに、ご機嫌斜めな残念王子。

 まぁ理由としては想像がつく、話に入りきれずに放置気味なのだから仕方がないのだけど、そんな子供じゃないんですから、口を尖らせないでください。

 人によっては可愛く映る表情と態度も、王子の残念さを知っている私には、残念度が益々上がって見えちゃいますよ。

 でも従者であるルーの反応からして、こういう残念王子は珍しいみたい。

 少しだけ戸惑い気味の苦笑の笑みを浮かべながら……。


「仕方ありませんよ。

 シンフェリア嬢とヴィー様とジッタは以前からの御友人ですから、すぐに同じようには。

 それにサリュード様も、お城にいる時のようにチヤホヤされたい訳でもないでしょう」

「当たり前だ。

 むしろ、第五王子などと言う立場によってきた女など、うっとうしいと思っていたくらいだし、彼女との距離が遠いと感じるのも、……まぁ今は理解できるし納得もしている」


 ああ、ちゃんとその辺り理解できていたんだと、少しだけ残念王子の評価をマイナスからプラス側へと増やす。

 そして先日の事を反省している様子からして、一体何があったのだろう?

 そう言えば、ルーがフィニシア様とかに相談するとか言っていたから、そのフィニシア様にこってりと絞られたのかもしれない。

 うーん、この残念王子を調伏するだなんて、どんな強者なのだろうか?


「ヴィーにジッタ、お前達の話から薄々おかしいとは思ってはいたが、何時から女性に対してそんなふうに話すようになったんだ?

 他の令嬢達には、もっと距離感があっただろうが」


 ああ、そう言う事だったんだ。

 従兄弟とその従者であるジッタから、私の話題がよく上がっていて、その相手である私は低い身分の人間だから、残念王子が王子という立場に群がる令嬢を鬱陶しいと思っているように、ヴィーが公爵家の次男と言う立場に私が群がったのではないかと、心配していたと訳ですか。

 実際、貴族の坊ちゃん達を、色気や純朴さを装って貢がせたり、必要な情報を得たり、中には言葉巧みに自分達に有利な状況になるように誘導したりと、男の純情を弄んで利用する貴族や商会の令嬢がいたりするから、その手の心配をするのも分かる。

 うんうん、残念属性には違いないけど、従兄弟思いの良いお兄ちゃんをしていたんだね〜と、つい生暖かい目で見てしまう。


「サリュードシア王子、私とヴィー達は拳を交えた仲ですので、それで他の令嬢方より仲が良く見えるだけでしょう」

「いや、その理屈は合わんな。

 此奴等、訓練で剣を交えている同期の女性騎士団員とも、それなりの距離感を保っているからな」


 ん〜……、そう言えば、模擬戦やお別れ会の時、セレナやラキアともそれなりに距離感があった記憶がある。

 あの時は、まだ二人に慣れていないだけで、すぐにお別れすると分かっていたからだと思っていたのだけど、今の話が本当なら違うと言う事か。

 と言う事は、やっぱりアレかな?

 魔物の群れに襲われて、魔物の御飯と化す直前で助けた事かな?

 助け方にしろ、その後の事にしろ、男のプライドをボロクソにしてしまったから、私に対して格好を付けするのも馬鹿らしくなったとか?

 もしくは私みたいな、発育不良の小娘など、そもそも異性と認識していないから、地を見せているだけとか?

 まぁ、そんな所だろうと納得するとして、この残念王子が納得しそうなのは、やっぱり最後の異性として見られていないかかな。

 そしてその説明に、それなら十分にあり得るかと、納得しかけたのを、何故かヴィーが……。


「それこそまさかだよ。

 俺は彼女を最初から、女性だと認識しているし。

 今は美しい一人の女性だと思っている」


 ヴィーの真っ直ぐな言葉とその声色に、改めて貴族男性の女性を讃める文化も大変だと思う。

 男尊女卑が残るこの世界の貴族には、それができない男性も多いけど、私みたいな子供にまで本当に御苦労様だと感心するばかり。

 そして、いつもは【私】なのに、此処で【俺】だなんて本気度を出して見せる演出をするあたり、ヴィーは将来女っ誑しになるかもしれない。

 

「私もユゥーリィ様を子供とは思ってはいません。

 最初は、まぁ…、あの時の自分を殴り飛ばしたい思いで一杯ですが、今は、一人の素敵な女性として扱っているつもりです。

 色々と規格外の方である事は否めませんが」


 まぁジッタはね。

 出会った時は、凄い目で睨めまれた挙句に暴言を吐かれましたけど、今はそう思ってくれたのなら、私としては寧ろジッタのその成長が嬉しいですね。

 相変わらずトゲがありますけど、ジッタらしいと言えばジッタらしいので。


「ヴィー、ジッタ、子供扱いしないのは嬉しいですが、本音の所はどうなんですか?」

「「気を使わなくて、楽なところかな」」


 はぁ…、だろうと思いました。

 ……それを私が望んでいるからねって。

 いえ、その通りではあるんですけど、それ、態々言う事ですか?

 ……大切な事だと。

 意味が分かりません。


「なるほど、だいたい理解できた(・・・・・)。心配しているような事ではなくて安心したが……」


 うんうん、やっぱり心配性の従兄弟のお兄ちゃんとして気になっていたんですね。

 でも、何故か言葉を一度切った後、此方を一度じっと見て小さく首を左右に振ったと思ったら。


「レティシア嬢は、なんと言うか」

「サリュード、今は彼女の事は関係ないだろう」

「関係なくはないだろう、お前の婚約者なんだから、きちんと話をしておけ。

 俺のところにまで話が来ている以上、彼女の耳にだって入っていると思った方がいいぞ」


 ああ、そりゃあ余計心配するわっ。

 公爵家の御子息だから、婚約者ぐらいいるだろうなぁと思っていたから、やっぱりいましたか。

 公爵家ともなると、男爵家とはレベルが違う話での政略結婚でしょうし、近い血を持つ以上は王家の人間としても心配するのは当然。

 婚約者側であるレティシア様からしたって、自分の婚約者に纏わり付くような女性がいると聞かされたら、そりゃあ面白くないと思う。


「ヴィー、そう言う方がいるとは思っていましたけど、ちゃんと話をしておいてくださいね。

 私とは拳を交えた友達(・・)だと、色事とはなんの関係ない間柄だと。

 勘違いで嫉妬された挙句に、後ろから刺されるなんて事態は、勘弁してもらいたいですから」

「ぐぅっ」


 うん、自分の婚約者を嫉妬に狂ったように言われて、ショックを受けるのは分かるし申し訳ないとも思うけど、そう言う事態は古今東西あるのよね。

 それに高位の貴族令嬢ともなると、当人ではなく周りが勝手に動くと言う事も、十分にあり得る話らしい。

 どちらにしろ、ちょっとした嫌がらせぐらいならともかく、そんな事態にまで発展する事だけは、本当に勘弁してもらいたい。


「ぁぁ…、なんか、色々とスマン。大丈夫か?」

「ぃ、いえ、少し大丈夫ではないですが、やれます。

 何となく、そうだろうなとは思ってはいましたから」


 何故か、残念王子は同情に溢れた表情で、ヴィーに慰めの声を掛け。

 ヴィーはヴィーで、意味の分からない不屈の闘志を燃やしている。

 あっ、ジッタも何故か似たような感じですね。

 うーん、男同士のシンパシーでしょうか?

 でもそうだとしたら、中身が同じ男である私が分からないのは悔しい話です。


「それにしても、ヴィーの婚約者ともなると、さぞ可愛らしい方なのでしょうね」

「まぁ薄桃色の髪で可愛らしい事には違いないが、典型的な令嬢だな。

 歳はヴィーとは二つ違いで、確かこの間の十三になった所じゃなかったか?

 妹のフェニとも仲が良く、先月に誕生祝いを用意していた覚えある」


 残念王子が何か面白そうに、情報提供をしてくれるので、薄桃色の十三歳くらいの女の子を見かけたら、刺されないように注意と。

 それにしても十三歳の子と婚約か…、前世ではその時点で幼女趣味疑惑が掛かるのだけど、ヴィー自身が十五歳だから、別にお相手としては何らおかしい事ではない。

 ただ、その年で婚約者と言う事が、前世の記憶を持つ私には違和感を感じるけど、この世界の貴族では、寧ろそれが普通と言える。

 むしろミレニアお姉様が遅かったくらいの話。

 結婚そのものはともかくとして、半年前まで婚約者がいなかったのは、単純に私と言う存在がお姉様の足枷になっていただけにすぎなかっただけ。

 お姉様の結婚が終わって、暫くしてから聞かされた話だけど、私の色なし(アルビノ)や病弱な所が、血統故の物ではないかと疑われていたのだと。

 しかもその当時は、シンフェリアの人間と血縁を持つ事は、義理や政治的な問題以外ではさして旨味のある家ではなかったから、十分にあり得た話。


「ちなみにフィニシア様は、第三王女で、サリュード様の妹君になります。

 歳の頃は十になりますので、シンフェリア様とも話が合うかもしれません」


 ルーも情報をくれるけど、残念ながら、その情報はあまり役に立たないかな。

 そうそう王城に行くような事がある訳でもないし、王女様なんて大抵は後宮の奥に居るものだから、まず接触する事があり得ないもの。

 それと私と話が合うと言うのは、私の外見年齢から言っているのか、それともレティシア様と歳がそれほど変わらないからなのかと、尋ねてしまいたくなる衝動に駆られたけど、自爆しそうなだけなので止めておく。

 あと、文字通り深窓の令嬢である王女様と、私のような山猿のように野山を駆るような令嬢もどきと話が合うとは思えないかな。

 とりあえず、有益といえば有益な情報は……。


「サリュードシア様も大変ですね。

 それくらいの年頃の妹君がおられるのであれば、子供扱いをしても怒られますし、かと言ってやたらと大人の女性扱いをしても、拗ねられてしまう事もあるでしょうから」

「まあな。身体が弱い故に甘やかしてしまうのだが、本人は早く大人になって、父上や兄上達の負担にならないようにと背伸びをしているからな」


 なるほど、この残念王子、そう言うところでもきちんとお兄ちゃんをやっているんだと思いながら、尚更、私は少しだけ同情の色を含ませた声で……。


「私が言うのも何でしょうけど、そう言う年頃なのでしょう。

 ただ、そうなると、サリュードシア様も一人の男性として女性の扱いに気をつけないと……」

「何だ、何が言いたい?」


 そっか〜、分からないか〜、そりゃあこの残念王子では分からないかもね。

 心の奥底でそっと溜息を付いてから。


「『お兄様は女性の機微に少々粗野です』とか『お兄様、不潔です』などと言われた挙句に『そんなお兄様は嫌いです』と止めを刺される事もありますから、お気をつけた方がよいかと」

「ぐはっ!

 ぉ、お前、まるで見た事があるように、…と言うか見てたのか?」


 あっ、やっぱり言われたんだ。

 隣のルーが如何にもお(いたわ)しいと言わんばかりの顔をしているもん。

 あと、見てませんから。

 そんな覗き趣味はないし、後宮になんて潜り込める訳がないじゃないですか。

 それと、さして親しくないのに『お前』呼ばわりは、どうかと思うけど、この間の『コイツ』呼ばわりよりマシなので聞かなかった事にする。

 注意するのも苦情を言うのも面倒だし、そもそも私の方にも原因があるからね。


「いえ、私もお兄様に似たような事を口にした覚えがあるので、老婆心ながらそうならないようにと思ったのですが、遅かったようですね。

 でも、きっと大丈夫だと思いますよ。

 そう言われている内であるなら、間違いを正す姿勢を示せば、アッサリと許していただける事が多くありますので」


 繰り返すと、目が冷たくなってゆくので要注意です。

 ええ、前世での経験談です。

 同じ兄としてその辺りは応援します。


「そ、そうか、それはありがたい事だが、他にも特に気をつけなければいけない事はあるか参考までに聞きたいのだが」


 残念王子、必死だねえ。

 それくらい妹さんが可愛いんだろうけど、それを見せられる此方としては、少し気持ち悪い。

 でも、その気持ちも元兄として分からないでもないので、助言にならない助言を……。


「たとえ妹君と言えども、話している時に他所の女性に目が行ったりとかは駄目ですね。

 あと視線の先も気を付けないと、悪気はなくても女性はそう言う視線には敏感ですから、無意識な本能は意識して抑えてください。

 それと後宮ではあり得ないので、自分のお部屋の事になると思いますが、女性の姿絵の管理にはお気をつけください」

「「「「ぶっ」」」」


 まさか私ぐらいの見た目の子から、そんな言葉が飛んでくるとは思わなかったのか、四人は吹き出す。

 そう言うところも直して戴きたいけど、真面目な話、エロ本には気をつけた方がいい。

 ある程度余裕のある女性や大人の女性は、理解ある目で生暖かく見守ってくれるけど、この世界の大抵の女性は、良い顔をしないはず。


「私も実家の書庫で、お兄様が姿絵を隠れて読んでいた所に鉢合わせてしまった事がありまして、その時のお兄様の絶望した顔が今でも忘れられません」


 そして、それを知られた時の男性側のダメージは、それなりに大きい。

 ええ、私からしたら、ふーん、で終わる話なのだけど、お兄様はお兄様でそれなりに兄としての威厳を持ちたかった訳で、あの時はその威厳が崩壊した音を聞いた気がした。

 なら、そんな本を妹がよく出入りする書庫に隠しておくなと言いたいけど、かと言って妻であるマリヤお義姉様と同じ部屋に隠して置ける訳もなく、エロ本とはいえ、この世界では高価な書物なので、粗末な場所に隠して置けなかったのだと思う。


「お兄様がお気の毒でしたので、書庫を整理して一見しては分からない隠しスペースを確保して、隠してあったその手の書物を其方に全て纏めて整理し、落ち着いて読めるようにしたのですが……、何故か泣かれました」


 頑張って魔法で本棚を動かし、雑多になった書庫を整理するついでに、椅子とサイドテーブル、そして光石を置いておくなどして、快適な読書スペースを確保してあげたのに、まさか男泣きされるとはあの時は思わなかった。

 もしかすると、蓋付の小さなゴミ箱と、手拭き用に小さく切った古布の束を置いておいた事がいけなかったのかもしれない。


「……それは」

「……きついかと」

「……と言うか、止めだな」

「……再起不能かと」


 ヴィー、ジッタ、残念王子、ルーと、何故かお兄様に同情をする四人組。

 解せぬと言いたいけど、実際にお兄様を男泣きさせてしまったので、グッと耐えるしかない。

 それに、結局は夜中に使っている様子はあったので、それなりに気に入ってくれたのだと思う。

 なんにせよ、それなりに打ち解けてきたようなので、やっぱり男同士気軽に話をする切っ掛けは、その手の関係の話が一番なのは、この世界でも同じようだ。

 まさにエロは世界を救うと。





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