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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
203/977

203.化物が生まれた理由って、酷いっ!





「……っ

 これは一つ警戒すべき事が増えたな」


 教会が保管していた、私の子供の頃の診察記録の写しを見て、ドルク様は眉を顰めながら声を低くしてそっと呟かれる。

 此方からは紙面の裏に処方された薬の配分量が書いてあるのが見えるけど、今はそれは関係ないし、とりあえずシンフェリアで神父様が調合していた物と然程(さほど)変わらない事に安心した程度の内容。


「何か不味い事が書かれていたようには思えませんが」

「……屋敷に戻ってから話そう」


 それっきりドルク様は目蓋を閉じ、黙ったまま馬車の揺れに身を任されてしまう。

 今、此処ではもう何も話す気はないと言う事なのだろう。

 半刻ほど馬車に揺らされた後、コンフォード侯爵家の街屋敷に到着すると、一休みした後、書斎に来るようにと伝えられる。

 燻製窯の方が気になるけど、用事があると分かっていて、また香ばしい香りを纏って行った日には、お説教という名の当主教育が始まるに違いないため、涙を飲んで断念。

 美味しいベーコンとソーセージの燻製の運命は、調理人Aに委ねるしかない。

 廊下の途中で従者教育を受けているはずのジュリが来たので、礼服から普段着に着替え、髪を梳き直してからドルク様の書斎に向かう事を伝える。

 そう言う事で、ジュリに先に部屋に向かわせて、私は……いえ、燻製小屋に行くわけではないですからね。

 前回から三時間以上も経ったら、行きたくなる場所がある訳ですから。注視しないでください。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 こんこん、こんこんっ。


 入室の許し声の後、部屋に足を踏み入れると、まず第一声が……。


「よぉ嬢ちゃん、ありがたい聖水を戴いて、少しは腹の黒さを洗い流せたか?」


 部屋の主人より寛いでいるコッフェルさんが、例によって例の如く失礼な事を言ってくるけど、彼の場合はこれが挨拶みたいなものなので気にならない。

 むしろコッフェルさんから毒舌が聞けなくなったら、それこそ教会に連れて行かねばいけないと思っているのは、おそらく私だけではないはず。


「聖水を汲んでくださった、ありがたい神官様のお心遣いで、お腹を壊してしまいそうでしたよ。

 そう言うコッフェルさんも一度は、教会で……神様に無理を願うのは不信心でしたね」

「確かにフェルは手遅れだな」

「二人して(ひで)え事を言いやがるなぁ、まぁ俺自身もそう思うがな。

 ふはははっ」


 まだ昼間だと言うのに、もうお酒が入っているかもしれない。

 とりあえずもう少し近づいてお酒の匂いが漂ってきたら、コッフェルさんの明日の朝の試食分ベーコンは無しにしようと決めて、その隣の席に腰掛けるのだけど、……残念、素面だった。

 単純にテンションが上がっていただけのようだけど、逆になんでそんな昼間っから、テンションが上がっているのだろうと勘ぐっているところに……。


「まったく、嬢ちゃんは次から次へと、驚かされてばかりだ」


 どうやら先に話を聞いていての事らしい。

 そして、先ほどドルク様が馬車の中で言っていた事は、それだけの事だと。


「ユゥーリィよ、よければ先程の写しをフェルに見せてやってくれ」

「ええ、構いませんが」


 そして私が収納の魔法から取り出した紙切れに、コッフェルさんは目をさっと通して返してくれるなり。


「ドルク、厄介事が倍もあるじゃねえかよ」

「なにっ?」


 どうやら、たかが紙切れでしかない私の診察書は、二人にとって予想を遥かに上回る問題事だったらしい。

 コッフェルさんは、深く溜息を吐いた後。

 ゆっくりと此方を見た後、巫山戯た雰囲気を消して。


「本当に嬢ちゃんには驚かされる事ばかりだが、基本的には嬢ちゃんの子供の頃の診察書はさほど問題じゃねえ。

 問題なのは、書いてある事を受け取る側の事だ。

 普通であれば埋もれちまう内容ではあるが、今回嬢ちゃんが言い出さなくても掘り起こされただろうから、嬢ちゃんに罪はねえな」

「まるで私に罪があるみたいな言い方ですが」

「ある連中にとったらそうなんだろうよ、阿保らしい話なんだがな。

 そしてそう言う阿呆な連中を、利用する煮ても焼いても喰えねえような馬鹿がいるから問題なんだ」


 コッフェルさん曰く。

 神殿の治療、主に治癒魔法を神聖視し、神の御技としている人達がいる。

 これは、神殿以外で治癒魔法を受けるのを是としない人達の事なんだけど、その中には過激な思想をする人達が一部いて。

 神殿の神官医師の一般治療も、神の御技を人の手を借りて行っている物と考えているらしい。

 この考え方そのものは行き過ぎではあっても、さほど問題はないのだけど、問題なのは、それを絶対視する人達がいる事。

 つまり、例えば不妊に悩み教会に相談した結果、貴女は妊娠できない身体ですと診断されたとする。

 でもその後、御夫婦が互いに協力し頑張った結果、喜ばしい事に懐妊した場合、これは神の御心に反する事だから、あってはならない事のため、その事実を力づくで修復すると言う狂信者がいるらしい。

 その力づくの修復の結果、流産させられた上に二度と子供の産めない身体にまでされたり、最悪神の御心に反した罰が当たったのだと、神の下に召される事もあるのだとか。


性質(たち)の悪い事に、今のは例え話じゃねえって話だと言う事だ」

「本当に最悪ですね。

 普通であれば、そんな事を行う連中は極刑ものでは?」

「まぁ、そうなんだがな。

 言っただろうが、そう言う阿呆な連中を利用しようとする馬鹿がいると」


 はぁ……、本当に教会が嫌いになりそうで困る。

 大抵そう言う連中を庇い立てと言うか、飼っているのは、其処に飼われる事を光栄な事だと感じるような場所。

 つまり教会自身。

 教会にとって、そんな連中を庇うのはデメリットしかないように思えるけど、実際にはそれなりにメリットがある。

 一つは、そう言う狂信者の行動をある程度コントロールができ、尚且つ監視下における事。

 そして、いざとなれば、その狂信的思想を利用する事ができると言う事。

 教会や神のために身を粉にして働かせたり、生活がギリギリ出来るほど貢がせ続けたりと、教会にとってのメリットはある。

 当然、その中には汚い事をやらせる事も含まれる。


「そして私は、そう言う連中に狙われる程の神の過ちな訳ですね」


 診察書の中で【成人する事はできない】とハッキリと断言されている訳ですからね。

 狂信者からしたら、生きていてはいけない人間なのだろう。

 以前にミレニアお姉様にも言われたけど、私の病気の事はシンフェリア領周辺の貴族間では知れ渡っているらしいけど、流石に診察書の中までは普通は知らないだろうから、今までなんともなかったのか、それともあんな山奥の僻地にまで気にしていなかったかは知らないけど、とにかく此処に来て、そんな危険で厄介な人達に目をつけられかねない人間だと発覚したと。

 わぁ~、全然嬉しくない。


「残念ながら、そうみてえだな。

 心底、阿呆らしい事にな」

「生きているだけで罪だなんて、存在の全否定もいい所ですよ」


 厄介なのは、そう言う狂信者がそれなりに数が多いと言う事。

 当人達にとってはそれが正しい事で、皆が幸せになるためには必要な事だと思っているところ。

 勝手に教義を曲げて勝手に増えてはいても、信仰心だけは人一倍強い。

 そんな連中だからこそ駆除する事ができずに、教会も飼わなければならないと言う事態になっているのだと思う。

 なにせ何も知らせず、そういう機会に触れなければ、熱心な信者でしかないからね。

 だいたい、そんな事なんだろうなと言うのは、前世の知識から安易に想像できる。

 そして、こう言った狂信者が取る手段となれば、むしろ闇組織の蜂や梟と言った、人を殺すためだけに教育を受けて使い切りの暗殺者の方が、よほど理性的な連中だと言える事。

 

「そして、嬢ちゃんのありえねえ体質が、それに拍車を掛けやがる」


 一瞬、色なし(アルビノ)の事かと思ったけど、それは大した問題じゃないらしい。

 問題になっている事は否定しないのが、微妙に心にくるけわね。

 そして問題になるのが【魔力を通す道その物が欠損して生まれた】と言う記述の部分らしい。

 生まれつきの過剰魔力による中毒死そのものは、以前にもコッフェルさんから聞いたように偶にあるらしい。

 だけど魔力を通す道、つまり私が魔力回路と呼んでいる器官がないのに、魔法を使う事ができるのはありえない事だとか。

 この魔力回路があるからこそ、魔導士は回路に魔導士で無い人より多く魔力を流せるため、魔法を行使する事ができるらしい。

 外部魔力のない魔力持ちにしたって、この回路を使って魔力循環させ身体強化の魔法を使ったりする。

 正確に言えば、普通の暮らしをしている人達でさえ、この魔力回路は存在し、無意識に魔力循環を行なっている。

 ただ、この魔力の道と呼ばれる器官は個人差が大きく、普通は身体の成長と共に、魔力回路がある一定の成長を果たした時、人々は魔力に目覚めると言う。

 そう言えば、そんな事を神父様から学んだ覚えがある。

 あの時は、神父様は私が異例なほど早く成長した魔力回路が、私をあの年で魔法に目覚めさせたのだろうと言っていたけど、まったくの別の問題だったと言う訳ね。


「まったくヘンテコだヘンテコだと思ったら、身体の髄からヘンテコだったとはな」

「コッフェルさん、流石にそれは酷いですよ」


 ええ、身体的特徴を、そこまで卑下するのは反則。

 いくら私だって、知り合いに冗談ではなく本気で言われれば、多少なりとも傷つくと言うもの。


「悪い、そう言う意味じゃねえが、今のは俺が悪いな。

 だが嬢ちゃん、聞かせてもらいてえんだが、どうやって嬢ちゃんは魔力を身体の中に巡らせているんだ?」

「巡らすも何も、もともと溢れて身体の中を魔力が暴れていたから、流れを作っただけですよ」


 簡単に口にはしたけど、それが出来るようになるまでには、何度も嘔吐し、体力と精神力を削る毎日だった。

 魔力過多症候群と私が名付けた、中毒症状から逃れるために必死で身につけた技術。


「流れを作ったって、オメエどうやって?」

「当時は必死で試行錯誤した結果でしたけど、要は私達魔導士が使う、魔力の紐と同じようなものです」


 指先から、光球の魔法を応用して、魔力の紐その物を光らせる。

 これもジュリの魔力制御の鍛錬のために開発した魔法の一つだけど、その光る魔力の紐と言うか、しめ縄のような極太の縄を身体の前方に重ねて見せる。


「最初はこんな感じで太い流れを、なんとかイメージし続けて、それが出来るようになったら、次第に細く、糸の束のようにしていっただけです」


 説明と共に、光る魔力の紐を操作し、細い多くの糸の束にし、やがて今の私の中を流している魔力回路に近い物を目の前で再現して見せる。

 ……のだけど、コッフェルさん、顔が物凄くマヌケですよ。

 ボケました?


「五月蝿え、間抜け面にもなるわ。

 おかげで、嬢ちゃんの化け物ぶりの理由が理解できたわい」

「そんな真面目に人を化け物扱いなんて、コッフェルさんさっきから、本当に酷くないですか?」


 流石にショックを受ける私に、コッフェルさんは再び謝罪の言葉を口にしてから……。


「確かに嬢ちゃんのそれは理論上は可能な技術だが、それは所謂、実現できねえ机上の理論だ。

 大抵の魔導士は元からある魔力神経(かいろ)に引っ張られちまうし、それが基準になっているから、擬似的に作る魔力神経(かいろ)にも限界がある。

 それこそ血の滲むような努力でもって、疑似回路を増やしていく物なんだが、……嬢ちゃん場合は、元から魔力の道と呼ばれる器官がないからこそ、それに惑わされず今に至ったのだろうと推論できる。

 だが、幾ら理屈が通ろうと、普通はそんな事ができる前に死んじまう。

 大人だって血の滲むような思いが必要なのに、幼子に出来るような物じゃねえからな」


 まぁ……、普通の幼子ではなかったので、それは仕方がない。

 誰も前世の知識と意識があったからこそ、だなんて思わないだろうしね。

 あと、魔力神経(かいろ)と言うのは、魔力の道と呼ばれる器官の別称で、魔導士の中での名称だったかな。


「一応は、言っておきますが、毎日が必死でしたよ。

 それこそ毎日が倒れる寸前でしたから」

「それがありえねえんだがな。

 いってえどんな環境で育ったら、そんな過酷な鍛錬を幼児が自ら課すようになるってんだ?」

「一年中暖かく過ごせる専用のラウンジを作ってもらって、日がな一日を本を読んでいるような生活環境です」


 うん、嘘は言っていない。

 そして、お父様とお母様が私を虐待していたような誤解は、是非とも止めて欲しいので、貧乏男爵家にしては、恵まれた環境で育った事を伝えるのだけど。


「ますます有りえねえんだが……、まぁいい。

 嬢ちゃんが嘘を言っているようには思えねえしな。

 あと、すまなかった、嬢ちゃんの両親を悪様に言うような誤解をしちまって。

 それぐれえ俺にとっては、信じられん内容だったと理解してくれや」


 コッフェルさんも本気でそう思っていた訳ではないだろうし、過酷な環境下でなければ想像できないと思うのも理解できます。

 ただ単に私の中身の方が特殊な事情だったと言うだけの話ですから、それを説明もしていないのに辿り着けたら、むしろその方がおかしい。


「別にいいですよ。

 私が怒る事ではないですから、もしコッフェルさんがお父様やお母様に会うような機会があれば、二人に謝ってくださればそれで十分です」


 まずそんな機会はないだろうと言う前提の話なので、気にするなと言う事だし、そう思っておけば私もコッフェルさんに嫌な思いを残さなくて済む。


「本当に嬢ちゃんは、両親が、…いや、家族が好きなんだな」

「ええ、自慢の家族ですから」


 厳しくはあったけど、愛情をたくさん注いでくれた家族。

 例え家を出る事になったとはいえ、嫌いになれる訳がない。


「なら、なんとかして機会を作らねえとな。

 怖い嬢ちゃんに嫌な想いさせたまま棺桶に足を突っ込んでも、安眠できそうもねえからな」

「なら、当分先の事になりそうですね。

 コッフェルさん、百まで元気に生きそうですから」

「フェルなら、二百までいけるだろう」

「百ならともかく、二百なんていける訳がねえだろうがっ!」


 魔導士は健康年齢が長い傾向にあるから、実際に元気に百を超える魔導士はソコソコいたりするらしい。

 加齢で肉体が弱り、身体の器官である魔力回路が限界近くまで弱るまで、磨き抜いた魔力が身体を生かそうとするからだ。

 そしてその後は短い生を送るのは、……まぁ想像の通りという事で。


「なんにしろ、私は死ぬ運命なのに生きている。

 魔法が使えないはずなのに魔法を使える。

 そう思える診断がされているのに、それに反している事がれ気に食わない人達がいて、それを材料に私を利用しようとする勢力が、教会に生まれると言う事ですね」


 本当、迷惑な人達もいたものです。

 尤も、彼方さんからしたら、私こそがそんな存在なのでしょうけど。






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― 新着の感想 ―
文句を言うつもりはないけどなんかもっと、愛され続けたかったとかのほうが俗的な感じがして個人的に好きななれたな、なんかこう「シリアスを長くつづけたくないっ」みたいな感じがするというか、複線的な感じで救わ…
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