20.洗濯は乙女にとって大切です。
シンフェリア家の仕事の手伝いとして、帳簿をはじめ幾つかを任せてもらえる様になった事は、正直に言って嬉しい。
私がそれなりに認められてきた、と言う事だからね。
無論、数日に一度の手伝いくらいでは、たかが知れているけどそれは仕方ない。
私の病気の件もあるけど、ミレニアお姉様のお仕事は、本来はマリヤお姉様が引き継ぐべき事だから。
ただ、マリヤお義姉様は対人能力はともかくとして、その……正直、計算とかが得意ではないらしく……、まぁ帳簿関連や在庫管理系は、少し無理とだけ。
とまぁそんな訳でミレニアお姉様の婚姻の件は、私の日々の生活の方にも色々と変化を齎してきた。
何がと言うと、このままでは読書や魔法の練習時間をは減らさざるを得ないとか。
今までが異常だったと言う見方もあるから、何とか効率の良い時間の使い方を見直す必要がある。
だいたい我が家の本は読み尽くしたとは言っても、理解度によっては改めて読むと新たな発見があったり、別の視点で見れたりと、まだまだ読み直したい本がある。
だから読書はどうしても一定時間を取られるし、体力も筋力も年齢相応にはほぼ遠いので、運動をする時間もそう減らせない。
夜のお母様達との地域に密接した社会学という名の雑談は、家族の大切な触れ合いでもあるから尚更減らせないので、そうなると減らせるのは魔法関係の時間。
でもこっちはまだまだ未熟と自覚できているし、やりたい研究や実験も多い。
なら、基礎練習の見直しか……。
「それこそ減らせないよね。
基本こそが全てに繋がるものだもの」
前世の経験から、その事を嫌と言うほど実感している。
でも、単純に必要性と集中力を見直すと減らせそうなのは、魔力操作の練習くらいか。
一番肝心でもあるのだけど、今では一息で出来るようになったのも事実で、今、基礎練習の中で重要度を置いているのが、操作の精密さと魔力回路の増強。
魔法は使い方次第では非常に危険なので、これは必須な練習だと思う。
なら、そろそろ魔力操作を身体に慣らすか。
以前から、魔力操作の完成系の一つとして考えてはいた事。
魔力循環の常態化。
最終目標としては、寝ている時でも最低限の魔力循環を無意識にしている状態に持ってゆく事。
よく漫画やアニメで達人が長い修行の果てに修得しているアレである。
そう言えば狩人二乗の漫画でも、私ぐらいの年の子が修得してたっけ。
もっとも私の場合は、達人を目指すとかそんな格好の良いものではない。
いい加減に結論は付いているけど、私を赤子の頃から悩ませている病気。
それは……。
魔力過多症候群。
造語ではあるけど、病名があるとしたらそんな感じの病気だ。
生来の高い魔力を制御出来ないため身体が変調をきたし、赤子の頃から私を何度も生死を彷徨わせた原因。
【ユゥーリィ】が病気で亡くなる前に【相沢ゆう】が目覚めた事で、魔力制御が可能になり、病気は回復しつつはあるものの、症状は無くなってはいない。
まだ時折、強い症状に襲われる事もあるし、寝込む事も健全者に比べれば多々ある。
何より無視できる弱い症状ならば、魔力制御をしている時以外は、今だに常にある状態だ。
以前よりだいぶ楽にはなってはいたから、いずれ無くなると思ってはいたけど、一定のところまで症状が改善した処で止まっている気がしていたから、良い機会と言えば良い機会なのだろう。
ただ慣れるまでは、かなり精神的に疲れるだろうけど。
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そんな事を十日程経た感想としては、起きている時はさほど問題はないし、魔力も制御はしていても使わない限りは減りはしないので、やや集中力が乱れる程度。
ただ、……眠い。
寝ながら魔力循環をしようとすると、どうしても寝付けなかったり睡眠が浅かったり、魔力の循環が出来ていなかったりと、……まぁ前途多難状態。
まだまだ時間を掛けて慣れが必要なのだろう。
それはさておいて、収納の鞄だけど、あれから色々試してみたところ、心配していた生きた物は収納できなかった。
虫や小動物を入れようとしたところ、ある程度のところで弾かれてしまう。
少なくともこの事から、誰にも気が付かれずに兵を大量移送等と言う最悪な使い方ができる魔導具という事態は免れた。
あと鞄よりも大きな物も、ある程度まで大きさに関係なく出し入れできる。
どうやら収納の魔法の穴の面積に比例して、収納できる物の大きさが変動するみたいで、このハンドバックくらいの大きさで、私の体の大きさぐらいの物までは出し入れできる。
具体的にはチェストぐらいは収納できるけど、ベッドは駄目といった感じ。
でもこれは収納の鞄の場合であって、私自身が放つ収納の魔法の場合は話が変わってくる。
でもこの収納の鞄の最大の恩恵は……。
「物が腐らない」
これは物凄く大きい。
まさに時空系魔法の真骨頂。
朝に煎れた紅茶が、次の日に取り出しても温かいままなんです。
流石にいくら見た目的には大丈夫でも、元々の鞄の持ち主であるアルベルトさんの入れておいた食料を口にする勇気はないけど、これで食料品が腐る心配はなくなる。
本で読んだ状態維持の魔導具でも、腐敗を遅らせる程度という話なのに凄い性能だと思う。
使い方や普及次第では物流が死ぬ魔導具であるけど、実際に死んでいないところを見ると、普及はしていないんだろうな。
さて、これらの元になる【時空】属性の魔法。
まだ研究中の瞬間移動用ゲートはともかくとして、収納の魔法や、無限ゴミ箱魔法と、かなり限定的な使い方しかできないかと思われたけど、他属性と組み合わせるとかなり使える魔法である事を発見した。
風魔法との組み合わせで空間レーダー。
水魔法との組み合わせで水中レーダー。
土魔法との組み合わせで地中レーダーになる。
範囲はまだまだ広いとは言えないけど、力場魔法の範囲に比べれば、比べものにならないほど広いと言える。
どうやらその辺りは別の原理があるようで、色々と奥深い魔法だ。
これも、ある程度は常時発動できるようになればと思うけど、取り敢えずは魔力循環の常態化が優先。
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「うう、……眠い。……だるい。……お腹痛い」
お姉様の婚姻まであと数か月となる夏に入る頃、幼少の頃に悩まされていたのとは少し違う不愉快さに、つい愚痴が漏れる。
眠いのは、…半分は魔力循環の常態化の練習のせいだけど、後は違う理由。
魔力過多症による病気の症状ではなく、……まぁ、女として転生した以上は、ある一定の年齢になると逃れられない宿命が来たと言うだけの事。
前世の妹の時を思うと、かなり早い気もするけど、ありえない話ではないので観念するしかない。
病気の症状に比べれば楽ではあるものの、不愉快ではない訳ではないし、まだ二回目なので、いまいち慣れない。
そのため読書や魔法の練習も中止して、新たな魔法の研究に力を入れている。
と言うのも、この世界は前世とは違って、一般的な文明がだいぶ遅れている。
当然ながら、女性用の便利な用品も存在しない。
お母様に相談して渡されたのは、黒い生地で出来たドロワーズと、同じく黒くてぶ厚いショートパンツのような下着と布の端切れを折り重ねた物を数セット分。
布の切れ端の方の使い方は想像に任せるとして、この渡されたセット。
基本的に使いまわしです。
新たに渡された下着の色が、全て黒いのも納得の理由です。
むろん洗濯はしますよ。自分で。
流石にこれ等を洗濯してもらう度胸はないです。
いくら中身が男の私でも、それくらいの羞恥心はありますからね。
「血染みって、思ったよりも落ちない」
水流魔法だけでは、流石に綺麗に落ちないか。
いくら乱水流にしても、一定以上は綺麗にならない。
布地に染みなかった分の血を洗い流しただけと言った感じかな。
前世の母親や妹や元カノならば知っているんだろうけど、前世では男だった私には縁の無い話だったため、その手の知識はなく、そのツケが現世の今苦労する羽目になっていたりする。
一応、アルカリ洗剤の代わりに灰汁を混ぜては見たものの、色が少し薄くなった程度。
あと洗剤と言うと有名なのが酵素だけど。
当然ながら、此方の世界では化学物質の洗剤なんてものは望める訳もないので、酵素を含まれている物と言うと、生の肉や野菜とかヨーグルト。
他にもパイナップルとかの一部の果物だけど、旬の時にしか使えないし、流石に勿体ない。
「……どれも洗剤にしたいもの以前に、下着と一緒に洗濯したくないな。
特にお肉系は」
あとは……、ああ、そうだ大根があったか。
あれなら種類は違うけど、この世界ではほぼ年中ある。
台所に行って、常備している野菜が置いてある所から、小さめの大根を拝借。
セイジおばさんとリリィナおばさん御免なさい。
台所の守護者である二人に、心の中で謝りながら実験再開。
大根のおろし汁を数滴混ぜてから洗濯魔法で。
「おぉぉ、落ちる落ちる♪」
既に古くなっているのまで、落ち……きらないか。
でも、これで十分と言えば十分目的を果たしている。
以前は血が固まった布って洗っても、……ゴワゴワしていたし、精神衛生上、……あまり、ね。
これもお姉様達の言う通り、慣れなんだと思うけど、綺麗にできるなら、綺麗な状態で使いたいのが女心、もとい男心な訳で。
とにかく洗剤としては、アルカリ性洗剤である灰汁と、酵素剤がわりに大根おろしが使えると分かった。
洗浄方法として、乱水流くらいか。でもあまり強くやり過ぎると布地を痛めるし、……そう言えば前世で実験装置の洗浄で、超音波洗浄とかがあったのを思い出す。
仕組みは超音波でマイクロレベルの気泡を発生させてぶつけるだったかな。
こう、水の中に微細な水泡を発生させるイメージを混ぜて……そういえばオゾン洗浄機もあったけど、たしか電離や紫外線を利用して発生だったから流石に魔法では無理か。
ああ、でも二酸化炭素を使った洗浄なら、材料は空気中に幾らでもあるから、二酸化炭素の原子模型を脳裏に思い浮かべながら、手元に集めて気泡に混ぜてみる。
「凄いっ! 新品同様! これぞ洗濯魔法を進化させた洗浄魔法っ!
これで、しつこい汚れもこの通りの驚きの白さに♪」
我ながら会心の魔法の出来栄えに興奮する。
魔導具を作れるようになったら、ぜひ作って世間に広めたい魔法と言える。
あとはドライヤー魔法の発展形の乾燥魔法で仕上げ。
余った灰汁と大根のおろし汁は収納の鞄で保管しておけば、いつでも洗濯ができる。
うん、やっぱりこの収納の鞄は便利だよね。
是非とも仕組みを解明したい。




