表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
199/977

199.私お嫁に行きませんよ。病ンデルなんて怖すぎです





「此れは御丁寧に、確かに主人シャルド・ノルド・ヴォルフィードに成り代わりまして、私、ジュシリィーナがシンフェリア様の礼の言葉を受け取らせて戴きました」


 優雅に微笑みを浮かべながら、結上げた深緑の髪を揺らす事なく僅かに下げる貴婦人。

 ヴィーの母親であると同時に、王妹殿下であり、ヴォルフィード公爵家の当主の奥様。

 本来、会う予定をしていた当主が急遽王城に呼び出されたため、代わりに爵位拝命の後押ししてくださった事に対する御礼を受けてくださった。

 なんでも日を改めるには、少しばかし御当主の都合が読めないそうです。


「堅苦しい事はもう終わりにして、此処からは立場を抜きでお話ししましょう。

 セリス、庭にお茶を用意してちょうだい」

「はい、奥様、既に用意が済んでおります」

「そう、流石はセリスね」


 聞こえてくる指示の内容から、如何やら直ぐには開放してくれなさそうだ。

 でも、ある程度時間を取られるの仕方がない。

 幾ら魔導具の利害関係で支持してくださったとはいえ、私が何か大問題をやらかした時には、支持した貴族の方も、その責任を追及される事にもなりかねない訳だから、こうして会った時に相手を見定めて今後の距離感を考えようと言うのは、ある意味当然の事だし、望んでいなくとも支持されてしまった私には、それに付き合う義務が……一応はある。

 ……面倒臭いけど。

 ただ、面倒臭いだけではなく、良い事も無い訳ではない。


「うわぁ、素敵な庭園」


 案内された庭には、ジリアやサルビアやセージ、ケイトウ、コスモス、ガウラなど知っているものもあれば、この世界特有の物なのか見た事もない様々な花が咲き乱れているだけではなく、観賞用の草木がそれを一層際立てさせており、その迫力とよく手入れされた庭の壮観さに、思わず声を上げてしまう。

 自然の美しさとは違って、人の手による計算しつくされた庭の美しさは、また別の趣がある。

 ええ、綺麗な物は綺麗ですから、別に歓声を上げようと、私的にははしたなくない。

 例え、淑女らしくないと言われようと、そう言う事を隠す気にはとてもなれない。


「ふふっ、シンフェリア様は、お花が好きなんですね。

 息子からは、あまり好きではないらしいと聞いていたのだけど」

「いいえ、見るだけ(・・・・)の分には好きですよ。

 家に在ると面倒を見るのが手間なので、置かない様にしているだけなので。

 それと、どうかユゥーリィと御呼びください。それと様付けは、まだどうにも慣れませんので御勘弁くださいませ」

「そう、ではユゥーリィさん、私もジュシと御呼びください」

「はい、ではジュシ様と」


 基本的に貴族の当主は、他の貴族の当主やその家族にはそれなりに敬称を付けるけど、逆に従者や召使などには、他家であっても敬称を付けないのがルール。

 ごく個人的な間柄で、他人の目を気にする必要がない所ではその限りではないけど、それが貴族の階級の立場を明確にし、潤滑な流れにするために、長い年月を掛けて作られた暗黙のルール。

 まぁ、こういう所は体育会系の部活や、文化系でも吹奏楽部の強豪校等では、形を変えて似たようなルールがあるし、前世の高校時代に部員数が多いため、上下関係の厳しいダンス部に所属していた自分としては、それほど違和感はないけど、当時も面倒臭いと思っていたのは一緒。


「まずは、あの子の母親として、息子の命を救っていただいた事、本当にありがとうございます」

「いえ、アレは偶々近くを通り掛かっただけで、ヴィー、いえ、ルメザヴィア様の御強運があったからこそです」


 先程とは違い、いきなり深々と頭を下げる公爵夫人の姿に、私は思わず慌ててしまう。

 えっ、だって、公爵夫人ですよ。

 ヴォルフィード家に降嫁した時に王族から籍は抜いたとは言え、王妹殿下が、私みたいな子供に頭を下げるなんて、有り得ない光景ですよ。

 もっとも、公でなく、一個人だからこそ出来る事なのだけど、それでも普通は有り得ない光景。


「そうだとしても、魔物の群れに駆け付け、助けると決めたのは貴女自身の意志。

 其ればかりか傷を癒した後に、叱り、導き、更には麓の村まで送っていただいた事に違いはありません。

 あの子にしろ、従者であるジッタにしろ、その時の事が大きな成長の糧になったと聞いていおります」


 ……あぁぁ、これはアレだな。

 流石は母子と言うべきなのか、思い込みが激しいタイプに違いない。

 あの時のジッタの言じゃないけど、大本の元凶は私がヴィーに、親の金じゃなく自分の金で買えと言ったから、魔物の群れに襲われる事態になった事実を忘れているのかもしれない。

 私自身、別にあの事は間違っているとは思わないし、狩猟と言う手段を選んだのも、魔物の領域まで近づきすぎたのも、ヴィー達自身の判断の結果だと今でも思っている。

 でもあの時の私を責めたジッタの言葉もある意味では正論でもあるのは確か。

 責任転嫁の論法だけどね。


「本当は、主人もその事で礼を言いたくて、忙しい中で時間を取ってくださったのですが。

 ……西の方で、おいたをしでかそうとしている馬鹿共がいるとかで、まったく忌々しい」


 すみません、なにか零れてますっ

 黒い何かが零れてますから、しまってください。

 言葉の後半で、背筋が泡立ちましたよ。

 と言うか言葉遣いが変わっていませんかっ!?

 公爵夫人の変貌ぶりに戦慄していると、ドルク様が夫人に聞こえないギリギリの声で。


(ジュシ様は、王家では珍しく恋愛結婚でな)

(…政略結婚ではなくですか?)

(ああ、王家の女性では、偶に偉く積極的な女性が現れる事があってな)

(…大騒ぎになった挙句の大恋愛だったと?)


 とりあえずこの時点で、会話が漏れないように慌てて弱い結界をジュシ様との間に張りながら、別に結界で作った伝声管をドルク様との間に繋ぐ。


(大騒ぎには違いないが、表沙汰にはできん騒ぎではあったな)

(…えーと、どういう意味で?)

(どういう意味も何も、現在の夫であるヴォルフィード卿を喰った)

(……はぁ?)

(お前のように幼い外見の者に言うのも気が引けるが、当時二十五だったヴォルフィード卿は若くして前妻を亡くしていてな。

 そんなおり、賊から身を挺して護りきったヴォルフィード卿を、ジュシ様が一目惚れをしたらしく、あらゆる手段を用いて押しまくり、それこそ夜討ち朝駆けを繰り返した挙句、ジュシ様がお主の年の頃に、文字通りに喰った)

(……ぇ、ぇ~と)

(まだ幼い王女の求婚を、傷つけぬように必死に退けていた卿だが、最後には痺れ薬や興奮剤を盛られた上に手足を縛られ、……抵抗は無駄だったそうだ)

(……その、所謂、肉食女子だったと言う事ですか。

 でも、なんでその話を今?)

(普段こそ温厚でお優しい御婦人だが、目的の為なら手段を選ばぬ人間だ。

 油断すれば、いつの間にかヴォルフィード家の系統に名を載せる事になるぞ)

(なるほど、納得しました)


 庭と草花を眺める振りをしながら、ドルク様とのひそひそ話に、心の中で公爵夫人を、天然小母さんから要注意人物へと格上げをしておく。

 ええ、私、お嫁になんて行きませんから。

 身体は女かもしれないけど、中身は男です。

 そんな事態は冗談じゃありません。

 ドルク様は私が家を出た理由を知っていての忠告と言うのもあるけど、おそらくは、ヴォルフィード家に取られまいとする牽制も含めての事なのだと思う。

 色々な意味で私に投資している分、回収したいでしょうからね。

 そして、その間にぶつくさと自分の世界に入っていたのも、ようやく帰って来たらしく、何事もなかったように、優しい笑みを浮かべている所に此方から話し掛けてみたのだけど。

 

「おいたですか?」

「ええ、小さな小競り合いそのものは、よくある事なんですけど。

 己が分も弁えずに、必要以上に深追いしてるらしく、しかもそれが借り物の力という事も忘れて」


 ……うん、これ以上聞いてはいけないような気がしてきたので、緊急回避。

 母親なら喜びそうな子供の話へとシフト。


「そう言えば、ルメザヴィア様は御活躍で?」

「剣の腕その物と勘の良さは父親譲りか、今や其処らの小隊長クラスの騎士よりも上だからな、部隊で動いている限りは、よほど大丈夫であろうが、如何ですかな?」


 ドルク様、ナイスアシストです。

 二人で興味を持てば、公爵夫人もそうそう無視はできないですからね。


「あら、さっきもそうですけど、ヴィーで良いのよ。

 普段からそう呼んでいるって聞いているわよ」

「え、ええ、まぁ」


 ほぼ強制的に了承させられて、そのままズルズルとですけど。

 と言うか、あのどのような言動も不敬を問わないとかいう内容の巫山戯た証書、母親としてどう思われているんだろうか?

 普通は有り得ないと思うんですけど。


「あの子ったら、よっぽどユゥーリィさんの事を気に入ったのねと思って」

「…ええ、まぁ、友人(・・)として、良くしてもらっています」


 此方は此方で、なにか嫌な予感がするので、友人だという事を強調しておく。

 以前にセリナとラキアに勘違いされたけど、ヴィーに限って、そう言う意味合いはないと信じている。

 だってね、ほぼ本気のどつき合いをしていますからね。

 ええ、此方が素手に対して、ヴィーとジッタの二人掛かりの上に物騒な魔導具付き。

 もし、そう言う意味で好意を持っていたのなら、どれけ歪んだ愛情なのかと、ドン引き物ですよ。

 好きな娘に、鉄の盾すら貫通する投擲ナイフに、同じく鉄の盾をも両断する能力を有する木剣を振るう。

 ……ええ、有り得なさすぎ。

 病ンデレにしたとしても程がある。

 

『君の死に必死に争う表情が愛しくて。

 大丈夫、例え間違えて死んでしまっても、君を愛し続ける自信はあるから』


 ……うん、想像とはいえ怖すぎですっ、ホラーですっ。

 そう言う訳で、ヴィーとジッタがそう言う異常性癖を持っているとは思えないので、誤解があるなら誤解を解いておかないと。

 拳と拳で語り合うような漢の友情の関係だと。


「実戦を幾つも経験して、どれだけ強くなられているか、また拳を合わせる日を楽しみにしています」

「……こ、拳ですか?」

「ええ、正確には剣と拳になります。

 ヴィーとジッタが剣や魔導具で二人掛かりに対して、私が攻撃魔法や導具関係を封じての模擬戦ですけど」


 流石に、これは聞いていなかったらしく、目を瞬かせて言葉に詰まる公爵夫人に、私は止めのように、コッフェルさんが言い出した、あり得ないルールでの模擬戦をしている事を伝える。

 ええ、普通の貴族令嬢では考えられない事でしょうから、高位貴族の婦人や令嬢からしたらあり得ない暴力女でしょうし、色々な意味で牽制になるはずです。

 まぁ、ルチアさんあたりは、身体強化無しで大の男と殴り合って、余裕で勝てる人なので一概には言えないけど。


「そうね、護衛の必要もない言う事は、色々とできる事も多いという事よね」


 駄目だ。物凄くポジティブ思考の人だった。

 流石は、断られても断られても、狙いを定めた相手を旦那様としてゲットする人は違うと言うべきか。

 むしろ、楽しげに笑みを浮かべる公爵夫人に、内心焦りながら、又もや話題の矛先を変更。


「そうですね。

 私自身よく趣味で狩りに行ったりもしますから、普通の女性よりは、多少行動的と言えるかも知れませんね」

「……多少?」

「まぁ、狩りですの。

 主人も偶の休みに行く事があるから、話が合うかも知れないわね。

 これから秋が深まる時期ですから、鹿狩りとか良いかしら」


 ドルク様、その突っ込みは必要な事ですか?

 別に狩りぐらい良いじゃないですか。

 貴族の嗜みの一つですよ。


「そうですね。

 鹿や猪も美味しいですけど、多くの山の恵が採れる時期ですし、ペンペン鳥に岩崖大鳥(ローックバード)大牙猪(フィールド・ボア)も冬籠もりや冬眠を前に美味しくなっていますし、紅皇蜂(クレムゾン・ビー)の蜂蜜や幼虫も冬を前に取って来たい所ですね。

 ヴォルフィード様も狩りがお好きであれば、偶に違うものを狩られるのも一興かと」

「ユゥーリィよ、そう無茶を言うものではない。

 さっきも話があったように、今、ヴォルフィードは忙しい身、またの機会にするが良い」

「失念していました。ジュシ様、先程の申し出は、どうかお忘れください」

「ざ、残念ですわ。

 でも主人にはユゥーリィさんが狩りの趣味がある事は、伝えさせてくださいね。

 その、疑う訳ではないのですが、本当にそう言う物を狩られるのですか?」


 趣味の狩猟で、魔物まで狩る貴族は少ないかも知れないので、多少跳ねっ返りな所がある事は認めるけど。

 美味しいの前には許されるべき事です。


「ユゥーリィよ、何かお見せできるものはないのかね?」

「ほとんどは解体してしまっているので、パッと見で分かるものとなると……。

 そうそう、紅皇蜂(クレムゾン・ビー)の蜂蜜がありました。

 あの綺麗な赤色は特徴がありますから」


 どこかの酒屑同盟からのリクエストにより、だいぶお酒にしてしまったけど、まだまだドラム缶一本分ほど残っている。

 ライラさんの結婚式に使う分を考えても余裕であるし、なんなら採って来れば済む話なので、ヴィーとジッタにお世話になったから、蜂蜜くらい贈ってもおかしくはない。

 生憎と器になりそうな空いている壺や瓶が品切れしているから、公爵夫人にお願いして用意してもらう。用意が足りなくてすみません。

 贅沢を言えばジッタの家の分も有れば助かります。

 ……あの、こんな小さな瓶じゃなくて、もっと大きいものをお願いします。

 何故か、ティーカップぐらいの小さな瓶を用意されたので、もう少し大きな物を厚かましく要求。

 たかが蜂蜜を、ケチられたと思われるのも面白くないので、出来ればバケツくらいの物を。


「……本当に紅皇蜂(クレムゾン・ビー)の蜂蜜ですわね」

「……こうも量があると、ありがたみが無くなる光景ではあるがな」


 なにやら、公爵夫人だけでなくドルク様も頬を引きつらせているけど、そんなに赤い蜂蜜が珍しいのだろうか?

 幼虫も、生と燻製がありますけど、食べられますか?

 女性だと見ただけで嫌がる方もいるので、一応は聞いてみる。

 味ですか? 燻製は濃厚なチーズみたいで美味しいですし、生の方は調理次第ですけど、基本的に甘くてトロミがありますね。

 ただ生の方は日持ちしないので、調理予定がないと処理に困ると思いますよ。何せ一匹が中型犬より大きいですからね。

 一匹づつ試したいと、それは良いんですけど、大丈夫ですか?

 何か顔色が悪いような気がしますが……。


「「ひっ」」

「……流石の儂も、実物は初めて見るな」


 収納の魔法から出して、豚の丸焼き用の大皿に一匹づつ置くと、流石にこの大きさに驚いたのか公爵夫人と侍女が、小さく悲鳴を上げる。

 やっぱり、見た目はあまり良くないのかな?

 よく見ると、丸々して可愛いのに。

 ついでに、蜂蜜酒も六本取り出して机の上に置く。

 え? ドルク様も蜂蜜酒が欲しかったって、……ヨハンさんにこの数倍はお渡ししてありますよ。

 新型の糧食箱に燻製も一緒に保管してあるそうです。


「ユゥーリィよ、どうやら夫人は秋の陽気に具合を悪くされたようだ。

 そろそろ、お暇させていただろう」


 秋口とはいえ、これだけ陽気が良ければ、そう言う事もあり得るか。

 それに、なんやかんやと、巨大な幼虫を見てショックを受けたかも知れない。

 やっぱり女性には、虫自体が生理的に受け付けない人も多いですから、私に話を合わせるために我慢してくださっていたのかも。

 ……ちょっと反省。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 中身が189話になってます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ