196.脅し? 救い? 其れとも選択?
今回は短めですが、他者視点で...._φ(・_・。
【ドゥドルクの従者、ホプキンス】視点:
「御実家に行く所を呼び止めてすみませんね」
「いえ、お世話になっている身ですので、これくらいは」
主であるドルク様を始め、三人が乗った馬車を見送った後、出かけようとしていたペルシア家令嬢を呼び止めた次第だが、向こうからしたら、なんで呼び止められたかが分かっていない様子。
年頃の娘としてはしっかりしてはいても、困惑している様子を隠せないあたりは、大人びてはいても、所詮は十三歳の娘と言ったところか。
もっとも私の様な年を経たとはいえ、侯爵家当主の従者に呼び止められれば、子爵家程度の令嬢ではそれも仕方がなき事。
……む、いかん、この年代の娘と話すのは、最近はあの娘だけだったため、どうやら感覚が狂っているようだ。
この娘はこの娘で、逸材には違いなく、侯爵や陛下に平気で口が開けるあの娘が異常なだけだ。
目の前の少女に、街屋敷務めの侍女に淹れてもらった茶を勧める振りをしながら、小さく首を横に振って、頭を切り替える。
「御実家には、得た報奨金をお届けに?」
「ええ、私が持っているには大金ですので、家の方で役に立ててもらおうかと思いまして」
悟られぬように、彼女を事細かく観察しながら、不自然にならない程度に、慎重に言葉を選んで会話を進める事にする。
主人であるドルク様より、出来うる限り成せと言われた以上、相手が子供であっても手を抜く訳にはいかない。
……いや、むしろ、慣れぬ子供相手だからこそ、気を付けるべきか。
「失礼ながら、ペルシア家の内情を調べさせて戴きました」
「…っ」
「昨年の夏前に、借金の三分の一を超える額を返済されていますが、まだまだ多額の借金が残っており、その報奨金を借金に当てても、なかなかに返せる金額ではないかと」
「……確かにそうかもしれませんが、返せる時に返しておかねば、何時まで経っても返せませんので」
「御立派な考えです。
ですが、貴女のお父様の今の収入では、それでも利息を支払うのが精一杯でしょう。
此れから御子息の教育に、ますますお金が掛かる時だと言うのに」
「そのような事は分かっています。だからこそ私は」
「給与は高いが、その分危険度も高い魔物討伐騎士団か、魔物の討伐を専門とする傭兵になると?」
「ええ、幸いにして、魔導士の才に恵まれているようですから」
迷う事無く返事を返すのはいいが、それは本当に己が内から出た物なのか怪しいものだ。
狭窄した視界と思考の中で、それしかないと思い込んだ上での決意ではないのかと危ぶむし、もしそうだとしたならば、早死にするだけでしかない。
我ながら嫌な役割だと思うが、此ればかりは儀式のような物なので仕方あるまい。
内心の嫌気が口調や声音に出ないようにしながら、話の本題に入る事にする。
「家族想いの御立派な決意だとは、思います」
「……馬鹿にしているのですか?」
「いいえ、御忠告を申し上げているだけです。
気が付いていないのか、それとも気がついていて気が付いていない振りをしているかは知りませんが、本当に、それでペルシア家に未来があると思っているのかと思いまして」
「……」
「なんとなく気が付いていた、そんな顔ですね」
愛する御実家の事とはいえ、こうも弱点を突かれて簡単に表情に出す事に減点をしつつ、やはりかと先程の自分の考えが正しかった事を確信する。
幾ら成人するまでに、腕を磨こうとも、そんな迷いのある状態で、あの地獄に飛び込めば死ぬだけだと。
「正直に現実を伝えさせて戴くと。
ペルシア家は弟さんの代で終わりでしょうね。
……いや、その前に終わるかもしれない、その理由はお判りでしょう」
「……あの事件ですよね」
「ええ、あの事件で国の大きな事業の情報を漏洩した。
しかも金銭に換えると言う貴族としてはあるまじき行い」
実際、情報の売買など、小遣い稼ぎでやっている貴族など幾らでもいる。
だが、あの当主は、そう言う子悪党をするには、あまりにも真面目で実直過ぎた。
罪悪感から、情報漏洩の発覚の際に余分な罪まで背負い込む始末。
今迄の実直な仕事ぶりから、降格こそされはしたものの、厳罰は免れると言う処分だったが、その事が余計に貴族としての信頼を失う事になった。
実直な振りをして情報を売り買いし、その金で司法の人間を買収したのではないのかと。
「情報を売買する家の子供が、士官試験に受かりますかね?
貴女が目指す様に、魔物討伐騎士団に入隊し、十年以上最前線で生き残れば、その功績と伝手でもって何処かに仕官する事も可能でしょうが、かなり危険な賭けだ。
伯爵家以上の出自であれば、王都や、比較的安全な領の騎士団に回されるでしょうが、下位貴族は大抵、最前線送りが恒例。
その最前線の魔物討伐騎士団が、五年間の生存確率を知らないのであれば、お教えしましょうか?」
「いいえ、結構です」
最初の二年で半分、残りの三年でさらに半分。
それだけの人間が、名誉の地に行くか、付いて行けずに退役してしまうほど、最前線の魔物討伐騎士団は過酷だ。
装備も人員も恵まれた王都の騎士団や、コンフォード領の実験部隊など、ママゴトと思えるぐらいにな。
例え、其れが多くの事で優遇される魔導士であろうともだ。
「我が家の事は我が家が決めます。
失礼ながらホプキンス様には関係なき事ですわ」
「強気なのは良いですが、現実を見ましょう。
現在のペルシア家は多額の借金を返せば、何とかなると言う状態ではない事ぐらい、薄々分かっているんでしょう?」
「……何を仰りたいんです」
目の前の娘の言葉に、やっとこれで本題に入れると、こっそりと溜息を吐く。
孫娘とも言える若い娘に気を使いながら誘導するのは、思ったよりも疲れるものだ。
我が家の孫は相変わらず男ばかりだから、比較的気が楽なのだが、男女でこうも面倒臭いとはな。
「確実に、弟さんがペルシア家を継ぎ、貴族としての未来がある方法を御提案しようと思いましてね」
「……」
「返事が無いと言う事は話を聞いてくださると解釈させて戴きますが、簡単な事です。
貴族後見人を信頼のある家に乗り換え、後押しをして貰う。それだけです」
「そ、そんなこと、簡単にできるわけが。
それに、我が家からそのような事をすれば、それこそ貴族としての信頼を失う事になりかねます」
まぁ、その通りなんですけどね。
問題のある家の後見人など誰もしたがらないし、理由もなく貴族後見人を変えれば、信用を失うし、相手から恨みを買いかねない。
「貴女が条件さえ満たせば、コンフォード侯爵家が、ペルシア家の貴族後見人になると言ってもですか?
むろんこれは私の独断ではなく、ドゥドルク様からの申し出です。
御疑いであるならば、後程、ドゥドルク様に直接御確認くださって結構です」
「……ですが」
「派閥は違いますが、今のペルシア家の貴族後見人であるバルタザール伯爵家より格がありますし、力も圧倒的に上です。
コンフォード侯爵家程の家が、自ら貴族後見人なる事を名乗り出て、ペルシア家を後押しするならば、誰も表立って批判など口にできないでしょう。
それも、子であるペルシア家に代価を払ったとはいえ、あんな要求をするバルタザール伯爵家に拘る程の義理など、もはや無いでしょう」
そもそも、ペルシア家の前当主が商売に失敗したのも、バルタザール伯爵家が裏で取引相手を横取りした事から始まった事だし、現当主の情報漏洩の罪の大半が、バルタザール伯爵家の寄子である男爵家や子爵家の人間に泣きつかれて、ペルシア家に全て押し付けた事。
しかも、最初に当主を唆したのは、当のバルタザールの縁の者と言う始末。
流石にバルタザール伯爵家も罪悪感があったのだろう、罪の軽減を働きかけたり、宛がい女と言う名目でもって、資金援助をしたのだろうが。
バルタザール伯爵家の侍女を買収して得た話では、目の前の娘が伯爵家の嫡男から受けた扱いは、とてもペルシア家に対して罪の意識を持った家の扱いではなかったとの事。
詳細までは敢えて聞かなかったが、花街でも即座に出禁になる程の事だと話した時の侍女の嫌悪感に満ちた顔は、強く印象に残っている。
「その条件と言うのをお聞かせください」
喰い付いてくれたか。
条件その物は、けっして難しいものではないし、人の道の外れるような物でもない。
正直、その方がこの娘のためになるだろうし、ペルシア家の為にもなるだろう条件。
まぁ、別の意味で、最前列の魔物討伐騎士団で生き残るより、大変ではあるだろうがな。
まだ、迷いが残る瞳をしてはいるが、それでも条件次第では飲み込むと言う覚悟を秘めた瞳は、……まぁ、現時点では悪くない。
少なくとも、其処らの甘ったれた令嬢に比べたら雲泥の差だし、生徒としては悪くはなく及第点は出せる。
「君の友人であるユゥーリィ嬢の従者となり、有象無象の雑事から彼女を守れ。
そうすれば、我が主がユゥーリィ嬢の貴族後見人と言う立場を理由に、ペルシア家の貴族後見人を申し出る正当な理由が出来る」
あの娘、ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアを、コンフォード侯爵家に縛る一手だとしても。




