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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
195/977

195.新たな出会いは、……やり直しで。





「すみません、屋敷に帰る前に、なにか甘い物を買って帰りたいのですが」


 流石に私も色々あって疲れたので、甘い物で癒されたい気持ちで一杯だし、偶には人様の味を味わいたい。

 無論、甘い物が大好きなジュリに、お土産をという気持ちもあったりする。

 ええ、甘い物を食べながら愚痴りあって、ストレス解消です。


「酒場なら、貴族向けから労働階級の庶民向けまで大体分かるが、流行りの菓子店は知らねえなぁ」

「その手の事は、マイヤーかホプキンスに任せていたからな」


 ……お年寄りの二人に聞いた私が馬鹿でした。

 適当に出歩いて探しても良いけど、昨日、魔導士ギルドと王宮魔導師と揉めたばかりだから、流石にフラフラと出歩くのは自重した方が良いだろうしと思っていたら、すぐ前方に見覚えのある二人組が此方に歩いてくるのに気がつく。

 

「それならば、今、御婦人方に評判のお店を紹介するぞ」


 その内の緑髪君が昨日に引き続き、一見すれば親切そうに声を掛けて来たため、コッフェルさんが私に誰だと聞いてくるのだけど、生憎と私もよく知らない。

 向こうも用がある癖に、自分から名乗ろうとしないので……。


「昨日は素敵なお声がけをしてくださり、ありがとうございます。

 コッフェルさん、此方は客観的な視点で説明しますと、女性用レストルームの前で聞き耳を立てながら待ち伏せをし、幼い女の子を君に興味があると、腕力に物を言わせて呼び止めるような素敵な方です」

「ちょっ! おまえっ!」

 

 知っている事だけを、簡潔に説明。

 緑髪君が焦った声を上げ、金髪君が溜息を吐きながら顔に手を当てているけど、知った事ではない。

 それに、言った内容自体に間違いは無いので、文句を言われる筋合いもない。

 コッフェルさんは私の説明に、眉を顰めた後に嫌悪の眼差しを相手に向けてくれる辺り、私の言葉を信用してくれての事だと思うと、少しだけ胸が痛む。

 うん、嘘は言ってはいないけど、コッフェルさんに其処まではさせるつもりではなかったと、とりあえず心の中で謝罪し、後で謝っておこうと決める。

 まったく、昨日あれだけ言ったのに、この緑髪君何を反省してきたのだろうか?

 相変わらず女性の話を盗み聞きしているのはともかくとして、それならそれで『何やらお困りの様子ですが何かお力になりましょうか』とか聞いていない振りをしながら、声を掛けるのがマナー。

 それなりの気心知れた間柄ならともかく、ほぼ初対面でそれはない。

 他にも其方は私の事を知ってはいても、此方は其方の事を知らないのに、知っているのが当たり前のように話を進めようとするとか、貴族の交流としてはあり得なさすぎ。

 こう言った事等が貴族の暗黙のルールで、面倒臭い事だけど仕方ないし、少なくとも王城内では気を使うべき事なのに。

 そこへ心底呆れたような声でドルク様が……、

 

「殿下、貴方は一体何をやられてるのですか」


 ……はい?

 ドルク様、今なんて仰いました?

 でんか? 電化? Den・Ka? 田家? ………もしかして、殿下ですか?

 国王陛下の御子息を表す殿下と?

 本当に?

 冗談とかでは?

 ぅ、うそぉぉ〜〜〜〜っ!

 思わず一瞬だけ天を仰ぎ見て、呪いの言葉を吐き出したくなる。

 ……なるけど、自分の行いの結果なので受け入れるしかない。

 受け入れるしか無いのだけど、これって私のせいなのかとも思いたくもなる。

 なにせ女性用トイレの前で、聞き耳を立てている人間が、普通は殿下だと思える訳がなく、むしろ殿下だと思う時点で不敬にあたる気がする。

 さて、……どうしよう?

 まずは跪いて許しを請うべきか?

 其れとも五体投地か土下座にすべきか?

 唯一の救いは、私が貴族の当主となったため、公式的にはお父様達のシンフェリア家とは他家扱いになるため、罪が及ばない事かな。

 

「ああ、ユゥーリィよ。

 悲壮そうな顔をしているところ悪いが、確認させてもらうが。

 ユゥーリィは、此方が殿下とは知らなかったのだな?」

 コクリッ。


 走馬灯のように、記憶が巡っているところにドルク様が、聞いてくるので、頷いて答える。

 ええ、もうそんな気力ないし、知っていたら、もう少しマシな対応していますよ。

 変態だと思う事は変わらないけど。


「して、先程の事は本当の事なんだな?」

 コクリッ。


 流石にあんな悪質な内容の嘘で、人を陥れるような真似なんてしませんよ。

 多少大袈裟に言っている所はあっても、本当の事だから性質(たち)が悪い訳で……。

 

「ルードリッヒよ、先程のこの娘の言は本当か?」

「客観的な事実としては間違いないですね。

 流石に昨日の今日なので、私もサリュード様を庇う気はありません」


 なるほど、従者らしき金髪君はルードリッヒと、そしてその言葉に少しだけ希望が湧きます。


「サリュード様が、いきなり盗み聞いた内容に答えるように声掛けをされた後、折角、名乗る機会を与えられたにも拘らず、ボケっと惚けられていたので、昨日の件を反省する気無しと捉えられても仕方ありませんね。

 まぁ御止め出来なかった私にも責は有りますが」

「待てっ、外ならともかく、なんで城内なのに俺から名乗らなければならない」


 あっ、なんか助かりそう。

 頑張れルードリッヒ様、頑張って私が進んで不敬を働いた訳ではないと証明してくれ。

 できれば、緑髪殿下が一方的に悪い事にしてっ。

 

「当たり前でしょう。

 王太子殿下ならともかく、昨日今日初めて王宮へと登城された方が、なんで第五王子のサリュード様の顔を知っていらっしゃると思うんですか?

 それならば外と同じです。女性に不審な者ではないと伝えるために、まずは男性側から名乗るのが常識であり礼儀でありましょう。

 まさかその常識を忘れて、昨日に引き続き同じ失敗をしでかすだなんて、想像だにしませんでしたよ、情けない」

「いや、俺は此奴(コイツ)に少しだけ話しを聞いてみようと」


 ……此奴(コイツ)

 なぜ、ほぼ初対面の人間に此奴(コイツ)呼ばわりされないといけない。

 そして、そう思ったのは私だけでなく。


「サリュード様、女性に対して、いきなり此奴(コイツ)呼ばわりとは何事ですか。

 ましてや此方は、貴族の令嬢ではなく貴族の当主。つまり陛下の正式な臣下です。

 ほぼ初対面でいきなり此奴(コイツ)呼ばわりは、失礼にも程があります。

 ええ、分かってますよ。

 サリュード様が、ルメザヴィア様から何度もお話をお伺いしている内に親近感を持ってしまった上での言動だという事は」

「なら・」

「た・だ・し・っ、それはサリュード様からしたらですっ!

 サリュード様が幾ら知っていようと、彼方からしたら全く知らない人間。

 しかも傍から見たら、レストルームに聞き耳を立てると言う変態的行為をする人間。

 それを考えれば、いきなり悲鳴を上げて逃げられなかっただけ、寛容だと思うべきです」

「へ、変態って、ルーお前なっ」

「サリュード様、まだお分かりでないようですね。

 では皆様にお聞きします。

 先程此方の女性が説明された事は、客観的視点で言えば事実ですが、その事についてどのように感じられましたか?」

「誤魔化しようのない変態だな」

「殿下でなければ、衛兵に突き出すべき変態だな」

「幼女趣味的救出不能変質者」


 ルードリッヒさんの問いかけに、ドルク様、コッフェルさん、ついでに私の答えにショックを受けたのか、数歩後ろによろめくサリュード殿下。

 ……殿下だと何か言葉の響きが偉そうなので、王子にしておこう。

 サリュード残念王子。

 よし、心の中ではそう呼ぶ事に決めた。

 そして、やはりヴィーの関係者で、私の話が良く出るという事はかなり親しい間柄なのだろう。

 そう言えば、ヴィーは母親は王妹と聞いた覚えがあるから、従弟ならば親しいのもある意味当然か。


「少しは分かって戴けたようで何よりです。

 ですが、やはり昨日は情けをかけて、女性の扱い方に関してフィニシア様に御相談をしなかったのは、私の誤りだったと深く反省しております」

「まて、もしかして」

「ええ、そのもしかしてです。

 では、皆様、大変不愉快な思いをさせてしまったようで申し訳ありません。

 サリュード様と私は、いったん此処で失礼させて戴きます。

 ああ、お騒がせしてしまった御詫びと言うのもおかしな話ですが、中央区二番街に【花弁の雫】と言う甘味の評判のお店がありますので、其方にお立ち寄りになっては如何でしょうか。

 城の侍女ならば大抵は知っているお店なので、聞いていただければ案内してくださるでしょうし、サリュード様と私の名前を出して戴ければ、お代は此方に回ってきますので御遠慮なくお使いください」


 お手本とも言える対応は、多分サリュード残念王子に聞かせるためなんだろうけど、果たして残念王子に、そんな丁寧な対応が必要な事があるのだろうかと疑問に思うけど、流れとしては間違ってはいない。

 そして昨日に引き続きドナドナされていく残念王子にドルク様が。


「ルードリッヒよ。

 久しぶりに殿下を御鍛えしようと思う、早い日時で調整を頼みたい」

「では明日の朝食後に、一刻半ほど時間の調整をしておきます」

「ふむ、殿下も十七になるし、もはや手加減は要らぬだろうからな。

 久しぶりに全力で御鍛えして進ぜよう」


 なんとなくドルク様の背後に、草刈り用の大鎌を持った黒衣の人が見えた気がしたけど、きっと気のせいですよね?

 取り敢えず不敬罪で訴えられる心配が無いようなので、私としては何よりですが、私は私で反省。

 王城内には、何処に王家の人間がいるか分からないので要注意と。

 心の帳面にメモメモ。





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