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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
194/977

194.疲れたので休憩をと思っていたのに、ちっとも休まりません。





「お待たせいたしました」


 堅苦しいドレスと言うか、コルセットからやっと解放されて着替え終えた私は、庭園の見えるサロンでドルク様とコッフェルさんと合流をする。

 御二人は紅茶を飲みながら会話……と言うか愚痴を一方的にコッフェルさんが言っていたように聞こえたけど、私は聞こえないふりをしておく。

 だって、下手に突っ込めば、間違いなく私のせいだとか言うに決まっていますもん。


「まったくヘンテコな嬢ちゃんのせいで、俺の楽隠居生活が台無しだぜ」

「関係なく言われましたっ!

 しかもヘンテコ呼ばわりっ!

 あんまりですっ」

「うるせぇっ、ヘンテコだからヘンテコだってんだっ。

 と言うか、城でぐらい淑女らしくしやがれっ」


 いえいえ、ドレス(しゅくじょ)と言う名の戦闘服は脱ぎましたので、そんな物は関係ないです。

 そもそもコッフェルさんだって、普段通りじゃないですか。

 人にだけそう言うのを求めるのは狡くありませんか?

 取り敢えず少し離れた所に居た給仕役の侍女さんに、私の分の紅茶と、お二人の紅茶のお代わりをお願いして。


「だいたい、コッフェルさんがドルク様を巻き込んで余計な事をしたから、こういう事になったんじゃないですか、私に文句を言うのは筋違いだと思いますよ」

「嬢ちゃんが、貴族なんて堅っ苦しいもんを求めてねえのは分かってはいるが、アレだけポンポンと凄え魔導具を作ってたら、彼方此方から狙われちまうのは目に見えているから、ああするしか無かったんだろうが」

「いえいえ、全部コッフェルさんの功績にしておけば、私は今まで通り地味に慎ましく生きていられたと思いません?

 ほら、以前にコッフェルさんの名前を使っても良いって言っていたじゃないですか」

「オメエの何処が地味だっていうんだ。

 見た目も、やる事もド派手だろうがっ!

 あと俺の名前で誤魔化せるような話じゃなくなってるんだよっ。とっくになっ」


 はい、怒鳴られました。

 怒鳴られるとは分かってはいたけど、理不尽です。

 私、一応は地味に生きていたつもりですよ。

 ボッチの、引き篭もり人生の何処が派手と言うんでしょうか?

 解せません。


「まぁ不満はありますけど、こうなったら仕方ないので諦めてください。

 私も諦めて、誰にも貴族と気が付かれない幽霊貴族を目指しますから」

「……凄え後ろ向きな貴族もいたもんだなぁ。

 と言うか、そう言うのは、諦めたと言わねえだろうが」


 先程、お城の侍女さんに着替えさせられて気が付いたんですよね。

 色々貴族の義務や矜持だって覚悟を決めたんですけど、そもそも貴族にしろ王様にしろ、仕えてくれる臣下や領民がいるから成り立つ者であって、臣下も領民もいないのなら何も背負う必要ってないんですよね。

 ええ、民あっての貴族であって、民のいない貴族なんて只の人ですよ。

 領地の無い法衣貴族は、国の役職などの公職についていたり、中には商会を経営していたりと様々だけど、それなりに高貴なる義務や関わる人達の人生を背負っている。

 私の場合は、そもそも庶民として暮らしていたので、正真正銘、貴族として背負うモノが無いんですよね。

 少なくとも、当分は気にする必要はないって気が付いたら、すっごく気が楽になりました。


「でも真面目な話、コッフェルさんの件は仕方がなかったと思いますよ」

「はぁ、なんでだよ?」

「そもそも発端である携帯(かまど)の魔導具の件で私を巻き込んだのは誰でしたっけ?

 他にも、人が放棄した魔導具の製法を私の名前で売りに出したり、民生用品を軍用品として転換した事もありましたね。

 挙句に御蔵入りにしようとした魔導具を引きずり出したりと、最近のはともかく、おそらく今回の話が出た時は、全部誰かさんの仕業ですよね?」

「いや、あんな魔導具を見たら誰だって、ああするだろうが」


 そうだとしても、別にコッフェルさんの手柄にしてしまっても私としては良かったのに、そうしない辺りがコッフェルさんらしいところ。

 だいたい謁見の間でも言ったけど、私の作った魔導具が叙爵(叙爵)陞爵(しょうしゃく)に値する功績だと言うのなら、それを世に出したコッフェルさんにだって功績があるは当然の事。


「なら、その結果は大人くしく受け止めてください。

 一人だけ逃げようだなんて卑怯ですよ。

 ドルク様はコッフェルさんの功績が、陛下に認められた事はどう思われておられますか?」


 コッフェルさんだって、心の中では分かってはいるはず。

 でも今まで散々苦労してきたからこそ、楽隠居したいという夢が潰えた事に拗ねているだけ。

 なら、御友人でもあられるドルク様のお力を、お借りしてみるのも悪くないはず。


「ふむ、フェルの愚痴りたい気持ちも分かるし、それに多少付き合うのも、友として仕方ないと思ってはいる」

「ドルク…、お前…」

「だが、同じく友として、そして嘗ての上役として、フェルが陛下に認められ、今までの功績に相応しい立場に立つ事を心より祝福しているし、それが自分の事以上に嬉しく感じてもいる」


 流石はドルク様。

 何よりコッフェルさんの御友人を長くされていただけあります。

 長年苦労を共にしたであろう友人の門出を、心から祝福する言葉を贈るドルク様の姿勢に人が感動しているのに……、なんでコッフェルさんはそういう、胡乱げな表情でドルク様を見るんですか?

 幾らなんでも御友人の祝福する想いを疑うだなんて、酷いと思いますよ。


「もっとも本音を言わせてもらうなら、ザマアミロだ。

 人の隠居生活の予定をぶち壊しておいて、自分だけ楽隠居を決め込めると思うなよ。

 がはははっ!」


 あれ?

 友情は?

 ここは分かり合うところでは?

 共に、力を合わせようと手を結ぶところだと思うのですけど。


「やっぱりな、てめえがそんな殊勝な事を言う訳がねえと思ってたんだよ」

「当たり前だ。

 儂は昔から言ってきたはずだぞ。

 フェルにはもっと相応しい立場と役割があるとな。

 それなのに勝手に宮廷魔導師は辞めるわ、フェルに相応しい役割を与えようとしても理由をつけては断って逃げ続けるわ。

 今回の一件は、長年のツケが貯まった結果だ。

 女々しい言葉を口から溢すのはそれくらいにして、いい加減に観念するんだな。

 もっとも、流石のフェルも今回ばかりは観念するしかないだろうがな」

「もしかしてテメエ、こうなる事を」

「当たり前だ。

 それくらい予想できなくて、陛下の臣下が務まるものか。

 だいたい、そうでなければ、儂が彼処であっさりと引き下がるわけがなかろう」

「この腐れ侯爵が」

「それくらいでなければ、腐れ外道の魔導士なんぞと付き合っておれるものか」


 ……まだ王城内だというにも関わらず、互いに貶し合う姿の前に、頭痛と目眩を覚えるのは決して気のせいではないと思う。

 予想どころか想像する事も出来なかった二人の口舌し合う姿に、遠目から此方を伺う人をちらりほらりと見かけるけど、この際見なかった事にする。

 侯爵家の当主と庶民が公共の場で、ましてや王城内で言い合うだなんて、封建社会のこの世界では問題ものだけど、幸いな事にコッフェルさんは出来立てホヤホヤではあっても、魔導具ギルドのギルド長。

 国が認めたギルドのギルド長には、伯爵家当主相当の身分(・・・・・)が認められているため、これくらいの口喧嘩程度では公的に咎められる程のものでもない。

 古びた狸もとい、友人同時が(じゃ)れあっているだけだとして。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「まさか追い出されるとはな」

「まぁ、あれだけ騒げば当然だが、止めるには良い頃合いではあったな」


 ……貴族の身分的な事ではなく、社会常識的な事で咎められました。


『貴族たる紳士淑女であれば、このような、ましてや陛下が住まわれる王城内の衆人環視の中で大口を開けて騒がれるなんて事はあり得ませぬ。

 つまりそれをされる貴方方は貴族ではありませんので、どうかお引き取りを』


 実際の言葉はもっと丁寧ではあったけど、そういった内容でもって追い出したのは、偶然通り掛かった統括侍女長様。

 王城の侍女を纏められる統括侍女長様は、侯爵でもあられるドルク様を相手にしても一歩も引かないとは恐ろしい。

 もっとも、ドルク様も自分に非があると認めていたし、きっとドルク様の御気性を熟知された上での対応だったのだと思う。

 そうでなければ、とてもあり得ない対応だけど、多くの人が出入りする往来で、きちんと顔と名前と性格を把握されている辺りが凄い。

 きっと、統括侍女長のふりがなには【スーパーメイド長SSR】と書かれているに違いない。

 そしてできる統括侍女長様は周りに迷惑な客を追い出すだけでなく、ちゃんとフォローをされており、サロンから追い出すように近くの歓談室に場所を案内された上で、新しい紅茶と茶菓子を用意してくれるという完璧ぶり。

 ……騒がしい面倒な客として、隔離されたとも言うけどね。


「さて、せっかく気兼ねのない場を借りられたのも良い機会だ。

 ユゥーリィよ、両方の御方(・・・・・)に会われて、どう感じたか教えてもらいたいのだが」


 ドルク様の言葉に、質問の意図が判りかねるのだけど、言葉通りの意味であるのなら。

 むろん、此処で言う御方と言うのは陛下だという事は言うまでもないけど、直接陛下の名前を出して評価するだなんて不敬な真似はできないので、そう言った言い回しになっているだけの事。


「両方とも怖い方ですね。

 特に今日の顔の方が、不気味な感じがしました」


 王としての威厳の衣を纏った昨日の陛下。

 とても王とは思えない程に軽薄な笑みを浮かべ、軽い口調で話す今日の陛下。

 だけど、私としては今日の陛下の方が訳の分からない怖さがあった。

 こう、全身の肌が泡立つような底知れない不気味さを、会話の節々で感じたのは、決して気のせいでは無いはず。


「軽んじていなければ、それで良い。

 公式の場でない時の御方の言動に戸惑い、時には蔑ろにする者もいるからな」


 …あぁ、なるほど。

 どちらも本当の顔であって、どちらも擬態だから、気を付けろと言う事ね。

 陛下からの申し出による褒賞と言う名の取引も、己が分を超えた望みにヒヤヒヤさせた事には申し訳なかったと思う。

 ドルク様やコッフェルさんが知らない魔導具の事もそうだけど、碌な準備もなしのぶっつけ本番での交渉だったけど、それなりに勝算があったから持ちかけた話ですよ。

 この通信手段が手紙か伝言くらいしかないこの世界で、無線のファックスもどきの魔導具が齎らす恩恵は、政治、軍事、商業どれを取っても莫大なもの。

 国の上層部であればあるほど、その価値を理解できるだろうし、まだ世間に一切出回っていない魔導具だから、尚のこと価値が高い。

 しかも製法を献上し、私も勝手に作る事もできないので、国はこの技術を独占した事になる。

 遠い地から、ほぼタイムラグなしで情報をやり取りできる事の価値を正しく理解し、魔導具の運用と管理ができるならば、結果的には此方が提出した取引条件をも超える価値があの魔導具にはあるはず。


 そもそも、取引として持ちかけた公共事業は、国にとっても価値がある事業。

 主要街道の大環状道路化による物流システムの効率化と、経済の活性化を狙ったもので、当時の宰相であったルーシャルド卿が提言し進めた大街道計画。

 シンフェリア領内にも街道が通る計画であったため、御先祖様も、此れでシンフェリアも賑わうとばかりに頑張って開発に力を入れられたのだけど、……結果は計画倒れとなり、シンフェリアは無駄な開発をした結果、負債を抱える事になってしまった経緯があって、当時の詳しい資料がシンフェリア家の書庫に残されてはいたのだけど、計画が中止になった主な原因は利権争い。

 他にも色々な思惑との絡み合いの結果、長年放置されてきただけらしいから、その思惑を黙らせるだけの口実があれば、十分に計画の復帰はあり得た話だったと私は睨んでいたのだけど、……受けてくれたと言う事は、考えが合っていたと見るべきだろう。

 そもそも、現状では世間にファックスもどきの魔導具等を普及させても危険でしかなく、国以外に売り込み先が無いのだから、此方の言い値で買ってもらった上で、派生元であったトレース台の魔導具の悪用化を防ぎ、それを容認もしてもらえるのなら、私としては万々歳。

 しかも、見本として献上した二組以外は、有料の上に年間生産台数制限付ですからね。

 その分、後が怖いと言えば怖いですけど。


「御心配無用です。

 国と言う組織が怖いという事は知っていますし、そうそう関わる方でもないので、侮りようがありません。

 それに周りにも怖い方達がたくさんいますしね」

「ふむ、お主とて譲れないモノはあるのは分かるが、自分一人の問題ではないし責任もついて回る、その事を努々忘れるな。

 其れさえ理解していれば、お主に言う事はない」

「はい、多くの方の御力の上で、今の私があり、これからもある事を肝に銘じておきます」

 

 幾ら、何の義務もない名前だけの貴族の当主であろうとも、庶民の時とは違うし、最低限の責任はついて回る。

 その事をきちんと理解し動けと言う事ですね。

 御忠告、ありがとうございます。


「次にだが、何方する?

 なるべく日取りは早い方が良いが、あまり早くてもドレスが間に合うまい」

「……すみません、何の事でしょうか?」


 ドルク様の言葉に、今度は、その意図どころか、意味すら分からず困惑してしまう。

 ……私の貴族としての御披露目を王都の街屋敷でやるか、リズドの本屋敷でやるかと。

 あの、必要なんですか、其れ?

 ……必要と、ついでにコッフェルさんが、新設の魔導具ギルドの長に就いた事の周知も兼ねているし、多くの貴族に認められたギルド長だと、世に知らしめる必要があると。

 其れって、私に逃げられないための口実の様な気がしないでもないですが、其処は百歩譲ったとして、別にドレスは戴いたもので良いのでは?

 まだ一度しか袖を通していませんし。

 ……本来は成人時にやるデビュタントも兼ねているから、経済的理由が無い限り普通は既製品は有り得ないと。

 貴族としての収入ゼロですがって、冗談ですから、贈るなんて言葉は取り下げてください。

 余裕で買えるだけの個人収入は有ります。

 ……貴族後見人として、如何に力を入れているかを見せるために贈るのは当然で、そうしないと、他の貴族にあまり大切にされていない貴族だと舐められかねないって、…本当に貴族って面倒臭いですよね。

 それならば、極力地味に行きたいので、リズドのドルク様の御屋敷でお願いいたします。

 其方の方が関わる貴族が最低限に済みそうですから。


「良かろう。その方が儂も遣り易いし、面を合わせたくもない連中を呼ばなくても済む。

 ただ、覚悟はしておけ、お主の様な見目可愛いらしい者の御披露目となると、妻達や娘達が当日迄、お主を玩具のように構い倒すだろうからな」


 しまったーっ。

 ドルク様のお膝元だと、そう言う罠があったとは。

 でも、考えてみれば当然と言えば当然、ドルク様の主催となれば、侯爵家の名に相応しい会になってしまうので、惨めな失敗や不作法など許されない。

 そのため最低限の教育と言う名の授業と特訓が待っていて、王都ではなく地元であれば、それが遣り易くもあったりしますよね。

 ……脳裏に、シンフェリアに居た時の淑女教育や、着せ替え人形にされた事が浮かび、ちょっぴし涙目になるのも仕方かない事だと思いません?





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