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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
193/977

193.爵位拝命の舞台裏。





【ジルドニア・ラル・アーカイブ】視点:



 想定していた以上の時間を費やす事となった陞爵(しょうしゃく)手続きも、三人が執務室から出て行った所で、やっと終える事が出来た。

 普通であれば、新設のギルド長への就任も、陞爵(しょうしゃく)も、すぐに終わるような手続きではあるが、生憎とその当事者達は普通ではない。

 誰もが飛びつくような事柄であっても、あの二人にとっては躊躇するどころか嫌々でしかなく、事情を知らぬ者が聞いたら、怒り心頭であろう。


「いやぁ、彼女、想像以上だったね」

「陛下、少々遊びが過ぎますぞ」

「ん~~っ、無論、ワザとだよ。

 彼女があまりにも頑なだからね」


 全く悪びれる事なく言う陛下に、頭痛を覚えながらも、要所要所での陛下の言葉が、あの少女の頑な考えを解していたのも事実。


「貴族の義務、矜持、そんな有りもしない幻想に拘っちゃってさ」

「……陛下」

「別に本当の事だろ。

 そんな確かな物などはありはしない。

 あるのは個々が勝手に思い込んでいる、幻想と言う名の理想さ」

「陛下」

「はぁ〜、そんな怖い顔しないでよ。

 分かっているって、その幻想がなければ、僕等は山賊共とさして変わらない存在だって事はね。

 でも、その山賊だって、守るべき家族や仲間、そして譲れない物を持っている。

 とっとと殺した方が良い本当のクズは、実際にはそうはいやしない。

 彼等と僕等の違いは、視野の広さと高さ、……そして、ありもしない幻想さ」


 力や勢力の差は、その結果に過ぎない。

 この国とて、殺し、殺され、奪い、奪われ、その結果の果てに成り立ってはいるが、幻想と言う名の想いがなければ、人は離れて行ってしまう。

 理想がなければ、人は本当の意味で生きては行けない。

 強くあり続けるには、理想も幻想も必要な事。


「知識、判断力、想いの強さに、周囲への義理も大切にしている。

 視野も広いし、頭の回転も良い、色んな意味で彼女は逸材だと思うよ。

 一見長いモノには巻かれるように見えて、それだけじゃなく、譲れない芯を持っている。

 でもそう言う人間に限って、僕の周りにいてくれないんだよね。

 ジル、君のような極一部の人間を除いてね」

「真面な神経の持ち主は、陛下から離れて行って当然でしょう」

「酷い事を言うなぁ。

 僕、これでも誠実な人間だよ。

 多少趣味に走るぐらいは、ちょっとしたお茶目さ」


 多少では済まないから、多くの者達が頭痛を覚え、胃薬を戦友とする事になっていると言うのに。


「それに、ジルは遊びが過ぎるって言うけど、あの子にアレぐらいの意地悪は許されて欲しいものだね。

 あの子のおかげで、どれだけ僕の仕事が増えたと思っているのさ。

 どこの部署もそうだけど、特に諜報部だなんて、人員と予算を増やせってカンカンだよ」

「我が国としては嬉しい悲鳴と言ったところでしょうな」


 新式の魔導具の武具を始め、あの少女が生み出した魔導具は、何処の部隊も喉から手が出るほど欲しがっている代物ばかり。

 かと言って素材である魔物を無闇矢鱈と狩れば、後々困る事になるため、その調整や密猟者の監視と懲罰。

 この辺りは、もともとコンフォードが、冒険者ギルドをはじめとして、各ギルドに呼び掛けていたために、それを国が引き継ぐと言う事で、さほど混乱は生じてはいない。

 だが、新式の魔導具の武具の普及は、優先順位が発生してしまったため、関係各所や各領主へ強引な横槍は自重するよう言い渡さなければいけなくなった。

 当然、他国に極力、魔物に有効な武具の情報を漏らさぬようしなければならないし、その製造法や開発者の機密の徹底やその監視。

 それに付随する面倒事が山のようにあるが、問題は此れ等の事が新式の武具に収まらずに複数もあるところにある。

 今迄であればこの手の物は数十年に一度か、十年に一度生まれれば良い程度だったのだが。

 あの少女が現れてから、どれもこれも後回しに出来ない物ばかりが、次から次へと生み出され、それが渇望されれば、雪達磨式に仕事が増えるのは当然のこと。

 ここ数ヶ月、陛下の睡眠時間が減った原因の半分は、あの少女が生み出した魔導具が原因と言えるため、陛下の八つ当たりな言葉はある意味正当ではあるものの。


「ですが、それもこれも国を治める陛下のお仕事です」

「はいはい、模範解答をありがとうね。

 僕が求めているのはそう言うのじゃないけど、ジルの言う事も理解しているつもりだから、お仕事をサボったりはしていないつもりだよ」


 陛下の言葉に、どの口がほざくのかと、口にせずに己が心の内で突っ込む。

 仕事を放り出して、部屋どころか城から抜け出したりして、結果的に仕事をこなしているだけに過ぎない事がどれほどあったのかと思いつつ、やった仕事そのものは手抜きなど無かった故に流石には口にはしない。

 どうせ、書類を山にしている状態で、そのような事を言えば……。


『ん〜、王として熟慮していただけで、サボる気なんてなかったさ』


 その書類にさえ、目を通していなかった癖に厚かましく言うに決まっているからな。

 過去に数度、そうやって別の数人の官僚を、胃炎で引退に追い込んだ実績があるが、当時の陛下曰く……。


『だって、あいつ、使えない上に、僕に隠れて悪戯していたからね。

 はいこれ、その悪戯と思しき内容。

 病気で寝込んでいる内に、裏付けして止めをさしておいてね』


 ……そう言う事はせめて話を通していただきたいと、当時は思った事だが、不審に思い調べてみたら、見知らぬネズミを何時の間にか飼っていた事が発覚。

 使えるネズミであればともかく、ただのドブネズミでは陛下が儂を頼らぬのも当然の事と当時は拳を引っ込めた覚えがある。

 そして、そのような過去の実績を隠蓑に、本気でサボっている事が多々あるから性質(たち)が悪い。


「でもまぁ、此れでしばらくは落ち着くかな。

 隠しているから大変なだけであって、陽の目を見せてしまえばなんて事はない。

 後は、彼女に与えた形の無い爵位と実績、そして彼女を利用し守ろうとしている大人達が勝手に動いてくれるさ。

 まぁ、聞き分けのない人達を相手に、調整する部署の人達には気の毒だけどね」


 主に兵站部と財務部は、さぞ胃が痛い思いをする事になるだろう。

 能力が優れ、その上、量産出来るという魔導具は、決して良い事ばかりではない。

 そう言った問題を内包する厄介な物でもあるが、大抵はその厄介より利便性が優遇されて、裏で苦悩する者達の事など見向きもされない。

 今迄、強力すぎる魔導具が世に出る度に、その魔導具師が行方不明になるのは、そう言った問題があったからと言う側面もある。

 生じる問題が制御不可能な強力な魔導具など、やっかいな危険物でしかないからだ。


「彼女には言葉通り、自由にして貰えば良い。

 王都に縛り付けたって、今の彼女では、双方ともに害にしかならないし、コンフォードの奴も言っていたけど、それが一番有効な使い方みたいだからね。

 ただ、監視はしっかりしておいてくれよ。馬鹿が餌に釣られて寄ってくるだろうからさ」

「其方は当然として、陽の下に晒されれば、開戦派や魔物に苦しむ領主達が黙っていないかと」


 魔物用の新式の武具は、以前の物に比べて軽く取り回しが良い、当然ながらそんな便利な物は人間相手にも有効な武具でもあるため、今ならば、隣国を蹂躙できるなどと、安易に考える者が出るのも当然の事と言えよう。

 そして、災害級の魔物であるクラーケンを、ほぼ単独で討伐できる実力を、魔物の領域に隣接する領主は、当然ながら領民のためにと、その力の行使を求める。


「そうだね。でもそういう分かりやすい馬鹿はジルの方でお願いするよ。

 だいたい他国に対しての武力なんて物は、見せる物であって、そう易々使う物じゃない。

 それなのに本気で開戦しようだなんて、馬鹿なのかって本当に思うよ。

 自分達は美味しいところだけを奪ってホクホクかもしれないけど、誰がその後始末をすると思っているのやら……、おまけに人の財布で戦争する気なんだから、なお性質(たち)が悪いときている。

 それに、幾ら量産できると言っても、それだけの数の新式の武具なんて、とても用意できやしないし、魔導具としての寿命もあるから、物量が物を言う。

 おまけに本当の意味での終結までは、どうしても時間が掛かるから、戦争向けの道具では無いね。

 魔物に対して彼女を投入するのも同じで、馬鹿だとしか思えないね。

 いくら彼女が化物並みの実力があろうとも、千や二千の犠牲を払えば出来るような事に、貴重な人材を使い潰すだなんて、僕にはとても理解できない。

 自分達は代わりの効かない人間で、彼女みたいな人間は、そのうち沸いてくるなんて思っているんだろうね。

 王である僕ですら、幾らでも代わりが効く人間だって言うのにさ」


 国に多大な利益をもたらす稀有の才能の前に、多くの民を犠牲にする事も……。

 その稀有な才能を持つ少女を、平気で餌にする事も厭わない。

 普通の者であれば狂気としか思えない事だが、この方は正しくこのシンフォニア王国の王。

 国を護り発展させるためには、手段を選ばれない。

 ただ、それだけの事だし、守るべき矜持はお持ちになっている。


「まぁ問題は多いけど、僕、彼女、気にいっちゃったかな。

 清濁を理解しているし、物事の裏を見る目もある上に頭も良い。

 まだまだ猫を被ってはいるけど、色々といい性格(・・・・)しているよね、彼女。

 出来れば義娘にしたいところだけど、彼女が出奔した理由を考えるに無理強いは出来ないね。

 それこそ、折角、籠の中に入ってくれたのに、籠を破って手の届かない所に逃げられかねない。

 まぁ、彼女の家は実家から養子を取るなり、他から取るなりできるだろうし、彼女の代で終わるならそれも仕方がない。

 それに彼女がそっちの趣味なら……、まぁ、子を成す手段がない訳でもないからね、折を見て情報を流してやればいい」


 確かに、あの少女程の才能を家に入れようとする者や、取り入ろうとする者は当然ながら出てくるが、その程度の些細な問題は、其れこそコンフォードに任せておけば良いし、少女自身が受け入れるのであれば、何ら口出しする問題ではない。

 とにかく、其方の方面において、無理強いをする者や露骨な者が出てこないか監視しておく必要がある程度の事だ。

 まったく、ごく普通の貴族の令嬢であれば婚姻など当たり前であり、半ば強制な所があるが、そう言う意味では、あの少女は普通ではなく貴族の当主。

 やれやれ、そう言う意味でも、取り扱いに気をつけねばならない相手となったか。


「それはそうと、本当に良かったので?

 あの望みを叶えるとなると、また、荒れますぞ」

「うーん、そうなんだけどね。

 一応、口実にはなるし、対価を貰っちゃったからね。

 まいったなぁ、本当に。

 与えるつもりが逆に借りを作っちゃったんだからさ」


 困ったと言いながらも、少しも困った顔をしていない陛下に頭が痛くなる。

 実際、関係各所への通達と説得や予算の捻出、各領主達への手配など、何処の部署も頭が痛くなる程の一大事業。


『願いですか?

 ……では、三百五十年前に中断した、ルーシャルド大街道計画の復活と履行を』


 よくもそんなカビの生えた計画を知っていたものだと驚嘆すると共に、落胆もした。

 とても、陛下の言う【お詫び】で要求する内容ではないし、身の程を弁えない発言に、怒りを覚えたほど。

 ……所詮は子供かと。

 だが、此方が何かを言う前に、彼女は対価を用意した。

 それはつまり、そのままでは最初から断られると理解した上で持ち出した話であると言う事だ。

 だが示した対価は驚愕すべき物ではあったが、とてもではないがその事業を行うには見合わぬ物と思えた。


「もともと、あの事業計画は必要な物だったし、国の発展を考えれば今でも有効な計画だ。

 それが予算と利権の争いで頓挫しただけに過ぎない。

 多大な利益を生む計画だと分かってはいても、あれだけの一大事業となると復活させるにも、理由がそれなりに必要だからね」

「……では、まずは北への街道の整備からですな。

 あの領地の新たな特産品は、国外への輸出品としても魅力的な品物ですから、外貨を稼いでくれましょう」


 少女にとって、少女の実家への街道を整備する事、それが本来の目的のはず。

 だが、国内の街道を結ぶ大環状、そのルーシャルド大街道計画を持ち出したのは、今の特産品に陰りが見えた時のためのものであり、数十年、数百年後を見越した上の事。

 なにより瞠目すべきは、絶妙な駆け引きの内容。

 少女の実家のように、辺境ゆえに生き残るために高めた技術力を、世に示している今、元より必要だった街道計画の後押しとし、更には、国としては何としても欲しいと思わせる魔導具の技術を献上する事で、反対する諸侯を黙らせる材料とした事。


「辺境には、国外になら高く売れそうな物が他にもあるかもしれないから、そっちも調べて優先順位と調整もよろしく。

 それにしても、有効な距離も寿命もまだまだ不明だけど、瞬時に手紙をやり取りできる魔導具か。

 ジルは低く見ているみたいだけど、情報の在り方が大きく変わる怖い代物だと僕は思っているよ。それこそ、街道の計画など安く済むぐらいにね。

 それを無闇に広めずに、まずは国に献上……、いや丸投げするあたり、彼女は、本当に分かっているねぇ。

 うかうかしていると利用する側じゃなくて、利用される側になっちゃいそうだよ」


 驚くばかりではあるが、はっきりしている事がある。

 今、この国は何かが大きく変わろうとしていると言う事だ。

 人も、物も、考え方すらも……。

 あの、幼き少女をキッカケにして……。





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― 新着の感想 ―
[一言]何言ってるのかわからなくなってきた
[一言] 「ここ数ヶ月、陛下の睡眠時間が減った原因の半分は、あの少女が生み出した魔導具が原因と言えるため、陛下の八つ当たりな言葉はある意味正当ではあるものの。」 国に大いに貢献した者に八つ当たりして…
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