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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
192/977

192.一度、全力で殴らせてもらえれますか?





 署名を終えた書類を、ジルドニア様が受領した時点で、新たなギルドと、初代ギルド長の誕生。


「コッフェルさん、おめでとうございます」

「テメエな」

「昨日、コッフェルさんに言われた事ですから」

「ぐっ」


 実際は、もっと揶揄(からか)いながら言われたので、此れくらいは言わせてほしい。

 まさかコッフェルさんも、こうやってブーメランとなって返ってくるとは思わなかったでしょうけど、此れを機に少しは懲りて欲しい。

 だいたい、コッフェルさんはまだ良いですよ、問題は私の方だ。


陞爵(しょうしゃく)手続き】


 そう書かれた書類に、頭痛と共に眩暈を覚える。

 昨日、叙爵(じょしゃく)して男爵になったばかりですよ。

 そして、次の日には子爵に陞爵(しょうしゃく)って、意味が分かりません。


「困惑しているって顔だね。

 まぁ当然か、ジル、説明してあげて、君の方がこの娘には慣れているでしょ。

 ボク、息子みたいに嫌われたくないもん」


 いえ、息子さんどうこうは意味が分からないですけど、人を嫌がる事ばかり押し付けている時点で、十分に嫌われる要素をお持ちですよ。

 そしてお久しぶりですジルドニア様、昨日は離れていたため、挨拶できませんで申し訳ありません。

 

「ふむ、このような場で堅苦しい真似は不要。

 以前のように呼んでくれて構わぬ。

 そしてまずは、陛下の趣味に巻き込んでしまった事を詫びよう」


 ああ、相変わらずジルドニア様、渋いです。

 悪趣味の陛下の行動をまず謝罪するあたり、心が広いです。

 やはり奥さまや娘さんを大事にする男は違いますね。

 こういう貫禄があって、尚且つ寛容さを持つ年配の男性って憧れますよね。

 むろん、異性と言う意味ではなく、前世の自分の将来像と言う意味で。


「いえ、おかげで陛下がどのような方かという事が良く分かりました。

 仕事は(・・・)大変良く出来るお方なのだと」

「ええ、仕事は(・・・)大国の王に相応しいと言えるほど、大変に出来るお方で、理解して戴けて嬉しく思います」

「ねぇ君達、褒めてる振りして、絶対に褒めてないでしょ」


 陛下がなにか小物臭い事を言っているけど、絶対にワザとだ。

 こうやって油断を誘う事と、そう見せる事を敢えて楽しんでいるこの国の王の姿に、軽い頭痛を覚える。

 ええ、私の国王と言う名の幻想を返せと。


「判り合える同志を得た所で本題に入るが、今回の陞爵(しょうしゃく)は、昨日の叙爵(じょしゃく)とは、別々と考えてもらおう。

 災害級の魔物から多くの乗客を守り討伐した事も、幾多もの魔物の討伐に役立つ魔導具の開発による貢献も、何方も国から評価を与えねばならないほどの貢献。

 叙爵(じょしゃく)陞爵(しょうしゃく)の時期が重なる事など、普通は有り得ないのだが、此れだけの功績が重なる事もまずは有り得ないため、そのための規定もない」

「なら、あげちゃえばという事にしたの、所詮は子爵だし」

「……陛下。

 説明を任されたのならば口を挟まないで戴きたい。

 次は実力行使をさせていただきます」

「怖いなぁ」


 ヘラヘラと笑いながら、此方を眺めている陛下は此の際は放っておいて、問題はジルドニア様のしてくれた説明。

 一見、筋は通ってはいるけど、そもそもの前提がおかしい。

 コッフェルさんの前例があるように、叙爵(じょしゃく)にしろ、陞爵(しょうしゃく)にしろ、本来は断れるもの。

 だけど、昨日の私の叙爵(じょしゃく)は、理由をつけて強引に頷かされた。

 おまけに普通は陞爵(しょうしゃく)の場合、魔導具にしろ、河川を新に引き込む大工事にしろ、緊急性を持たない場合は、普通はアルフィーお兄様のように次代にと言うのが通例。

 それを踏まえると、今回の私の話のように、叙爵(じょしゃく)後、すぐに陞爵(しょうしゃく)と言うのが、如何に異常な事なのかが分かると言うもの。

 つまり、そうでなければいけない理由が存在する。


「ジルドニア様、表向きの話は良いです。

 国の面子もあるとは思いますが、それだけでは此処まで強引に話を進める理由にはならないと思います」

「ふむ、黙って頷いておれば貴族として、不自由する事なく暮らせることになると言うのに、何故に其処まで拘る?」

「それがジルドニア様が、貴族でいる理由ならば、私は貴方様を見損なっていた事になります」

「それは手厳しい意見ですな。

 では、逆に貴女にとって貴族とは何なのです?」

「言葉で簡単に表せられる物ではないかと。

 少なくとも私にとって、お父様やお兄様の在り方こそが、貴族としての在り方だと思っています」


 シンフェリア家は、領地が辺境の山奥という事もあって、決して裕福な暮らしではなかったけど、それでも貴族や領主と言う特権を使えば、それなりの裕福な暮らしはできたはず。

 でも、お父様やお兄様、そして代々の当主はそうしなかった。

 領民に交じって汗水を垂らし、時には自ら血を流し、民に血を流させても、領地の繁栄に力を尽くしてきた一族。

 私は、私の我儘で家を出た人間であっても、その事に誇りを持っているし、感謝もしている。


「本来のシンフェリア男爵家か……。

 今でこそ名を知られ始めたが、それまでは周囲に山脈越えの弱腰貴族と言われていたのを知っていての言葉か?」


 ……ええ、悔しいですけど、その評価は知っています。

 シンフェリア領の主要産業である水晶も、その辺境と言う立地条件から、運送費が嵩む為、折角の上等な水晶も余所よりも値段を下げざるを得なかった。

 強気の値段よりも、多少足元を見られようとも安定した収入を得るため。

 他の産業も似たり寄ったりで、持っている技術の割りには、決して領民の生活は楽とは言えなかった。

 私の出奔の引き金になった婚姻の件もそうだ。

 結局は、相手が幾ら貴族後見人とは言え、その申し出に頷かざるを得なかった。

 だけど結果はどうあれ、全て領民の暮らしを想ってこその結果だし、その時その時で必死に最適の選択を選んできた。

 シンフェリアの屋敷に残された書庫と過去の記録、私はその全てに目を通しているからこそ、シンフェリアの事を、碌に知りもしない人間が決めた評価が何だと言うのか。

 歴代の領主が残した苦悩を綴った日誌には、言葉には出来ない辛苦がの想いを感じた。

 そしてそれはお父様も同じで、私の婚姻の話が出た時、お父様は苦悩されていた。

 お兄様は、私に領主の座を奪われるのではないかと疑心暗鬼に駆られた。

 でも、決して逃げなかった。

 苦しんで、苦しんで、時には弱気になろうとも、それでも最後に答えを出し、不安や暗い感情と向き合い、最後にはちゃんと私に笑みを浮かべてくれた。

 お父様は、伯爵を相手に頷いた振りをして、私を勘当と言う形で家の外へと逃すために私の背中を押してくれた。

 私は、そんなお父様とお兄様の背中を見て育って来れた事に、誇りを持っている。


「無論です。

 私にとってお父様とお兄様は、貴族の理想そのものですから」


 だから、他人の評価など関係ない。

 多少、情けない所があろうとも、私が見てきた事には変わりない。

 ええ、妹の顔を見るのが怖くて逃げていた事があった事実とかは、此の際、記憶の奥底に封印です。


「譲れぬ誇りがあると、それも大事な事だ、理解はしよう。

 だが、問いかければ答えが得られるとお思いか?」

「いいえ。ですが、その時は何があろうと署名する気はないと言うだけです。

 なんの覚悟も無しに、その書類に署名などすべき物ではないですから」


 昨日の叙爵(じょしゃく)で、既に実家を盾にした脅しは使った。

 それでも更に同じ脅迫材料を使うのであれば、例え結果的に署名する事になろうとも、私は此の国と貴族制度に見切りをつけるだけの話だ。

 お父様やお兄様が信じていた貴族の矜持。

 ……それが幻想でしかないのだと。


「其処まで覚悟しているのであれば、その覚悟に応えても構わぬ。

 ただし、それは今日の陞爵(しょうしゃく)に関してだ。

 その前に、貴女は昨日の叙爵(じょしゃく)の意図をどう受け止めているか答えてもらおう」


 やはり、意図があったか。

 そうでなければあの強引さは説明がつかない。

 ……そしてそれは恐らく、私を守る事。


「口悪く言えば、私を囲う為。

 私がまだ未成年と言うのも大きな理由でしょうが、庶民のままでは、幾らドルク様の庇護下に居ようとも、手を出さない理由にはならないし、護るために動くには理由が弱い。

 だけど、貴族の当主であれば、真面な手段では手を出せなくなるし、貴族後見人として動く口実が出来るから」


 何よりも、国と言う物に縛るため。

 もしも私が国外に逃げた場合、シンフォニア王国の貴族の当主が勝手に国外に出たとして各国に協力を仰ぐ事が出来る。

 そして残念な事に、シンフォニア王国は、大国の部類であり、周辺国にはそれなりの圧力を掛ける事が出来てしまえる力を持っている。


「ふむ、ほぼ正解だ。

 其処まで理解しているのであれば、本日の陞爵(しょうしゃく)の意図も導き出してもらいたかったものだが、今の貴女の立場でそれを導けと言うのは、あまりにも酷か」


 ……ほぼ?

 他にも意図があるのかと思いつつも、折角、親切にヒントらしき物を戴いたのだから、其処に意識を向けそうになるけど、それがミスリードの可能性もある。

 取り敢えず、それは宿題として、今はジルドニア様の話を聞く事に意識を向け。


「簡単な話だ。

 ありふれた男爵の地位では、足りないと判断したからだ」

「……他国」


 貴族の当主に平気で手を出す存在は、無いわけではない。

 犯罪集団や、バレない事に自信がある上位貴族か、紛争程度は覚悟した国その物。

 でも、男爵の地位では足りないと言うならば、それは牽制と言う意味に当たる。

 そして何に対して牽制するかと言えば、一番可能性があるのは他国の存在。

 導き出した答えの一つが……、自然と口から零れ出でしまう。

 幾ら何でも、注目を浴びるのが早すぎると。


「ああ、その通りだ。

 国内だけならいざ知らず、国外からチョッカイとなると、有象無象にいる男爵程度ではさして牽制にもならない」


 どこの国も、男爵と言う爵位は褒賞貴族と言う側面が強く、貴族ではあっても国にとっては、さして重要視されていない上、数も多い事もあって立場は弱い。

 貴族からしてみれば、蔑みの対象として。

 民衆からは、不満をぶつけやすい対象として。

 国も、そう言う事を貴族や民の発散先として黙認しているのが実情。

 無論、シンフェリア領の人々のように、そう言う人達ばかりでは無いけど、領地を持たない法衣男爵はどうしてもその犠牲になりやすい。

 つまり、ある男爵が他国に拐われた場合、他国からしたら、たかが男爵程度の事に文句を言うなと。

 国内の貴族からしたら、たかが男爵の事で他国と争うのかと、国に対して反発を生む事になる。

 たとえ、その男爵個人が有能で国に欠かせないような人物であろうとも、物を言うのは爵位。

 封建制度という体制を採っている以上、爵位の問題は絶対に近い。

 言い方は悪いけど優先順位の問題なのだ。


「幸いな事に量産に関しては、貴女は書籍の仕事以外には関わっていないため、関係者以外あまり知られていないが、貴女自身の事が国内外中に知られるのも時間の問題でしょうな」

「そう言う事だ。

 下級とは言え子爵ともなれば、国内外共にそうそう馬鹿な真似は簡単にできないし、何かあったら無視できない存在になるからね。

 分かったなら、良い子だから我が儘言っていないでチャチャっと署名しちゃってよ」


 口の悪い人間は言う。貴族は子爵からだと。

 ジルドニア様と陛下が言っているのはそう言う事。

 お二人がそう思っているかどうかではなく、そう思っている貴族が少なくは無いと言う事からの配慮であり、国としてそう言う貴族の意見を無視する訳にはいかないのだろう。


「陛下、お疲れのようですから、肩でも揉んでさしあげましょう」

「えっ、ちょっ、いやいいから、ぐぅあーーーーっ!」

「流石は陛下、物凄く凝ってますなぁ。

 先程の私の言葉を忘れるほど凝っておられるようで」

「待て待て、終わったから、話、終わってたから、と言うか、マジで痛いからっ!」

「はっはっはっ、彼女を納得させるまでが、私の仕事だったはずですが、まぁいいでしょう。続きは陛下にお譲りします。

 まさか、このまま終わりとか言いませんでしょうな」

「はぁぁぁ……痛てて…、まったく酷い忠臣も居たものだよ。

 まぁ僕は心が広いから、これくらいの事でジルを罰しようなどとは思わないけどね」


 ……そう言えば、天才って考えが突拍子すぎて、普通の人にはついて行けないとか言う事を前世で聞いた覚えがあるなぁ。

 陛下、言動のアレ具合を除いてみれば、物凄く仕事ができる人だと言うのは、何となく分かるんだけど、アレ過ぎてそうは見えないのがアレよね。

 ジルドニア様が、ああして面倒を見ている事からも、実務に関しては本当に優秀な方なのだと思う。

 ……性格はアレだけど。


「じゃあ、言い直すけど、君、難しく考えすぎ。

 子供なんだから子供らしく、もう少し気楽に考えてくれて良いよ。

 爵位を押し付けるのは、あくまで国の都合であって、子供の(・・・)君に何かを強要する気もないし、勝手に国外に出ないかぎり、行動に制限をかける気もない。

 言い方は悪いけど、君のような子供に貴族の義務を押し付けるほど、僕も君の周りの大人達も落ちぶれてはいないつもりだ。

 君は今まで通り勉強を頑張って、趣味で魔導具を作るなり、狩りをするなりすれば良い。

 爵位は、そんな君の生活を守るためのお守りみたいな物だと、今は(・・)そう思ってくれたらいいさ。

 そのため()あって年金のある法衣貴族ではなく、領地無しの貴族にしたんだからね」


 ……本当、性格はアレだけど、言っている事は王としても大人としても間違ってはいない。

 領地持ち貴族として叙爵(じょしゃく)、又は陞爵(しょうしゃく)した貴族は、普通はある程度の領地とセットで貴族になるけど国からの給金が一切ない貴族ではあるけど、その代わり、領地からの収入や領地を更に広げるための開拓をする権利がある。

 私はその最初の領地すらないので、領地を新規に開拓し領民を引き込み、更に街を発展させ領外と貿易をしない限り、貴族としての収入は一切無い。

 逆に言うならば陛下の言う通り、貴族としての義務を果たす義理はない状態。

 ただ、貴族の当主としての権利と、その地位が守られるだけの存在。

 はぁ……、私にとってはそう言う問題ではないんだけど、ジルドニア様が説明してくれたように、国としての政策である以上、私の意見など関係ない。

 結局、最初から私には、選択肢などなかったのだ。

 それでも、陛下やジルドニア様が私に説明をし、私に対して説得して見せたのは、お二人の誠意であり、子供である私を貴族の当主として扱ってくれたからこそ。

 これ以上の国の命令に対しての固辞は、私に力を貸してくれた人達を裏切る事になるし、迷惑を掛ける事になってしまう。


「すぅ……、ふぅ………」


 目を瞑り、深く息を吐き出す。

 例え、陛下やジルドニア様がどう言う想いであろうとも、この書類に署名をするのは私の想いでなければいけない。

 すでに昨日覚悟を決めたとしても、それは同じ物であっても、同じ物であってはいけない物。

 爵位が上がると言う事は、そう言う事。

 そうでなければ、私を育ててくれたシンフェリアの家族に顔見せできない。

 ううん、もう家族ではなくても、シンフェリアの血と共に引き継いだ想いは同じ、その想いを踏み躪るわけにはいかない。

 例え望んだ事ではなくても、貴族になると言う事は、そう言う事だから。


「うん、これで、君は今日から正真正銘、貴族だ。

 昨日のように脅迫された結果ではなく、今日の此れは君の意思でもっての署名だ。

 例え、それが半ば強要だとしても、君の意志には違いない。

 君のその決意と、国の事情に巻き込んだお詫びとして、一つ何でも望みを聞いてあげるよ。

 知っての通り、こう見えてこの国で一番偉い王様だからね」





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