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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
185/977

185.彼女からの想いと、彼女への想い





 ゴトゴトゴト。


 意外に大きな音を立てて、走る馬車の中を、私とジュリはその音と激しい振動に耐える。

 まぁ分かってはいたし、想像はしていたけど、舗装が未熟な此の世界では、馬車という乗り物は非常に乗り心地が悪い乗り物。

 コンフォードと王都を結ぶ道は、まだ石畳で舗装をされているだけマシではあるけど、それでもその上を走る馬車の振動は激しい。

 それは当然だろう、前世と違って振動を吸収すゴムタイヤもサスペンションも無いのだから、その乗り心地は前世の人間にとっては想像を絶する酷さだと思う。

 しかも箱型の馬車のために音は室内に反響する上、六頭立ての馬車は伊達ではなく、その速度はかなり速い。

 シンフェリア領で見かけていたのは、二頭立ての幌付きの馬車か、一頭立ての荷車。

 前回の王都への旅行で、四頭立て乗合馬車にしか乗った事のない私には、なかなか早足で石畳の上を走る馬車と言うのは、二度と乗りたいとは思わない代物。

 ……今度、前世の知識と魔導具を活かした馬車を作ってみようかな?

 高くても高位貴族の皆さんは嬉々として購入しそうだし、ヨハンさんにベースとなる馬車を用意してもらおう。


「うぷっ」

「ああ、ジュリ、大丈夫?

 もう一度、回復魔法(ヒール)をかけようか?」

「ぅっ、お、お願い致しますわ」


 あまりの振動と騒音に、馬車酔いをするジュリに回復魔法で強制的に回復。

 乗り物酔いって、実は物理的な物だから、回復魔法が効いちゃうんですよね。

 そして回復魔法が効いて、一時的に体調を取り戻したジュリが、まだ私の背中で揺らされていた方がマシでしたわと言ってはくれるけど、その後に続いた、魔物に襲われないだけ此方の方がマシですけどと、どっちやねんと突っ込みたくなる事を言う。

 やっぱ身体は回復しても精神的に辛いのはどうしようもないか、仕方ないので、結界で馬車の室内を覆う。

 これで、騒音問題は大分改善された。

 大分と言うのは、御者との会話用の小窓部分には、結界で覆う訳にはいかないため。


「な、なんでもっと早くやってくれませんでしたの?」

「ジュリが、結界の魔法の応用に気がつくかなぁと試していたのだけど、どうやら其れどころではなさそうだから諦めて結界を張ったの。

 ジュリの勉強のためと思って我慢していましたけど、私だって結構辛かったんですよ」


 以前に、海の強風から身を守るために、薄い結界を体の周りに張る事は教えたのでその応用。

 馬車の室内全体と結構大きくても、強度は要らないので其れ程は魔力は必要としない。

 無論、ジュリの今の魔力では、半日ほどしか保たないだろうけど、気がついたのならば代わるつもりでいた。

 はいはい、ブーブー文句を言わないの、綺麗で可愛い顔が台無しよ。

 お詫びに此れを貸してあげるから。

 そう言って、収納の魔法から大きめのクッションを取り出してジュリに渡す。

 あっ、重いから身体強化ではなく力場(フィールド)魔法で持ってね。


「ぁ……ずいぶん楽になりますわ。

 なんですの此のクッションの中身は?」

「うーん、試作品の再利用で、中身の九割以上は水かな」


 布のクッションと違って、水のクッションなので、重さで潰れる事もなく、振動を吸収してくれる。

 砂漠クラゲの胴体部分の粉末は、水分を吸収し保持しようとする性質がある。

 その吸水能力と保水力は、前世の高分子吸収材以上と思えるほど。

 その性質と形状を安定させるための、処理方法を模索中なのだけど、これが完成するとアレが作れちゃうんですよね。

 前世では男だったため、お世話になる事はなかったけど、昼も夜もこれ一枚で安心、漏れないって大切だと思うんですよ。


「爪を立てたり、尖った物を押し付けたりしない限りは大丈夫だから」


 とにかく、その開発途中にある試作品に水を大量に吸わせてクッション材にしたもの。

 無論、そのままでは体重を掛けたら、水分が滲む可能性があるので、砂漠クラゲの触手部分の粉末を利用した布で包んであるので、その辺りは心配ない。

 砂漠クラゲの触手は、水の流れを操る効果があり、砂漠クラゲはその能力を使って、砂漠のオアシスで水の中を泳いだり、砂漠の空気中の水分を操って、その体を空中に浮かしたりする不思議生物。

 その上、可食可能の魔物、これ大事。

 可食可能とは言っても、栄養素はほぼ無いらしく、食感を楽しんだり嵩増やしの食材ではある。

 つまりその水の流れを操る効果を布に付加し、布とは逆の方向に水の流れを作り出し続ければ、理論上は防水布の役割を果たしてくれる。

 問題は布への定着性と、その付加魔法の持続時間。

 定着性とその強度に関しては、処理方法と薬品によって変わると言う事までは分かってはいるので、あとは最適な薬剤と処理方法を見つけ出すだけ。

 持続時間に関しては、最初の試作品である防水布は、半月経っても保ってはいるので、今後も経過観察しだい。

 とりあえずクッションにした物に関しては、行きの道中くらいは余裕で保つので安心して欲しい。


「なかなか心地良いですわね。これも売り出されれば良いのではありませんこと?」

「うーん、クッションとしては問題があるかな。

 さっきも言ったけど、中身のほとんどは水だから、日持ちせずに腐っちゃうのよね。

 誰も腐った水の上に乗り掛かりたいとは思わないんじゃないかな」

「……それは致命的な欠陥ですわね」

「今回、一時的なら使えそうだから、急いで作ってみただけだからね。

 推奨期間は作ってから五日かな、クッションの中身を取り替える方式にするにしても、余程お金持ちじゃないと無理じゃないかな」


 水に状態維持の魔法を掛けて陽の光に当てなければ、半月程は腐らずに保つだろうけど、何方にしろ貴族くらいしか売り先がないだろうし、売り出すのであればその辺りの問題を解決した物を売りに出したい。

 そう言う訳で、クッションの魔導具としては、問題が解決するまでは封印かな。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 王都まで乗合馬車であれば半月の行程を、早足の六頭建の馬車のおかげで八日と驚きの早い行程ではあっても、その皺寄せは乗り心地に直結し、幾ら防音と高性能のクッションがあろうとも、快適には程遠く、読書は疎かお喋りすら気を付けなければ舌を噛む。

 そんなある意味極限状態でやれる事など、普通は寝る以外はないのだけど、……まぁ、それはごく普通の人の話であって、神経の図太い私には関係がない。


「よくもこんな状態で、書類など読めますわね」

「う〜ん、慣れ?

 あとは回復魔法を定期的に掛けてるから、馬車酔いも怖くないし。

 ジュリも、もう一回挑戦してみる?」

「いえ、もう結構ですわ」


 二日目から、馬車の中に例の高性能クッションを縦に敷き詰め、その中で足を伸ばして上半身を進行方向に向けて座れば、かなり楽になる。

 御者さんの許可を得て、シートベルトもどきを取り付ける事で、上半身の揺れをある程度抑えてしまえば、大分楽になる。

 足を伸ばして楽な姿勢に、ジュリは最初こそはしたないとは言ってはいたものの、結局は乗り物酔いの前には、淑女としての嗜みが膝を折ったようで、今では私の横で、やれる事もないため、時折うつらうつらと眠っている。

 まぁ、午前中は揺れる馬車の中で魔力制御の鍛錬をしていたから、魔力切れを起こして疲れただけとも言うけどね。

 ジュリ曰く、私が横にいるから、安心して魔力を使い切れるらしい。

 その信頼は嬉しいけど、女の子としては無防備だなぁとも思ってしまう。

 彼女は年齢こそは十三歳だけど見た目には十五、六程に見えるから、十分に若さ特有の色気というものを放ち始めているので、あまり眠たげな艶のある顔を他人には見せたくはない。

 そう言う理由もあって、御者との小窓は現在は閉めています。

 ええ、こんな可愛い顔は見せてあげません。目の毒です。

 生殺しだと言うのなら、夜一人で慰めてください。


「そう言えば、ジュリ、今夜も一緒に寝る?」

「むにゃ…、その…つもりですわ。 ふわぁ……、むにゅぅ」


 なに、此の可愛い生き物。

 いつの間にか再び眠りに入っていた、ジュリの無防備全開の寝ぼけ気味の返事とその表情に、つい頬が緩んでしまう。

 うん、やっぱり色々な意味で危険だわ、此の娘。

 そんな変な心配はともかくとして、ジュリが旅行中に私と同じ部屋になりたがる理由は、私の持つ簡易シャワーの魔法。

 ジュリ自身が適温のお湯を魔法で作り出す事ができないのもあるけど、すっかりと毎日お風呂に入る事に慣れてしまったジュリにとって、やはり私の簡易シャワーの魔法は非常に魅力的らしい。

 一応、大抵の宿はお金さえ払えば、大タライに張ったお湯で行水はできるらしいけど、使える湯量が全然違うし、一人より二人で互いに洗いあった方が楽と言えば楽だし、綺麗に洗える。

 その辺りは他人が肌に触れるのが嫌な人もいるので、一概には言えないけど私もジュリもその辺りは気にしない派なので、問題は無し。

 なにより隣り合ったベッドだと、流石のジュリも夜中のストレス発散の運動はしないため、私も安心して熟睡できると言うのも大きい。

 ……いえ、私はそう言う事は知らないけど、彼女が毎日そう言う運動をしているとは限らないので、ただの私の思い違いである可能性は十分にあるんですけどね。


「じゃあ、今夜も頑張ろうね」

「ふにゅ……」


 あとは就寝前の魔力制御の鍛錬を、私に見て貰えると言うのも理由の一つらしい。

 普段なら私の指導による魔力鍛錬は数日に一度、それが同じ部屋に泊まるのであれば、その機会と時間は設けられる訳で、今が魔力の成長期である彼女にとって、私との鍛錬は千金に値する時間らしい。

 まぁ、魔力の成長期という意味では、私も同じなんですけどね。

 こうして日がな一日を馬車と宿屋で無為に過ごすなんて真似はせず、魔力制御の鍛錬をしながら、こうして王都に居るガスチーニ侯爵様から送られてきた、魔導士ギルドからほぼ強制的に仕入れた素材に関する情報を纏めた書類に目を通している。


 実際問題、口伝系の情報はどうしようもないけど、素材の性質さえ判れば、あとはどう活かすかで、根気と時間を掛けさえすればなんとでもなる物が幾つか見つかったのは、大きな収穫だと思う。

 最近よく研究している砂漠クラゲの特性も、その中から得られた情報だったりするので、不完全であろうとも、こう言う情報はありがたいばかり。

 でも、昔の人は、よくもこんな特性のある物を食べようと思った物だと感心もする。

 いえ、酢の物にしたり、味付けしてから炒めたり、スープを染み込ませたり等と、調理の方法次第で美味しいには美味しいんですけどね。

 しかも、乾季は干からびた状態と言うか、仮死状態で何年でもやり過ごせると言うから、尚のこと吃驚の生態だったりする。

 まったく、人間の悪食って凄いよね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【某宿屋の一室】




「ふわぁ……、疲れましたわ」

「はいはい、お疲れ様」

「こと鍛錬に関してはユゥーリィさんは本当に厳しいですわ」

「そう?」


 疲れてベッドの上で横になるジュリの姿を、優しく見守りながら、彼女の言葉を少しだけ気にかけてみる。

 私にとって魔力鍛錬は、魔力過多症候群から生き残るための手段だったから、むしろ妥協を許さないのが当たり前であって、殊更厳しいとは思ってはいない。

 でもそれは、私の環境が特殊であって、ごく普通に魔力に目覚めたジュリにとって、私の指導は厳しい物らしい。

 その辺りは以前に、コフェルさんからヘンテコ呼ばわり指摘された事ではあるけど、ジュリはジュリで、普通の魔導士より遥かに大きな魔力を持って目覚めたため、魔力の制御能力を身につけるのは、彼女にとって死活問題のはず。

 厳しいくらいがちょうど良いと思うのだけど、厳しいだけではついて来れないかもと、少し反省していると。


「でも、ある意味楽ではありますわね」

「そう?」

「だって、ユゥーリィさんのように、一から全部自分で考えて試行錯誤しながら、鍛錬方法を編み出してゆく事に比べたら、私の場合は厳しいだけですもの。

 実際、成長を自覚できる程の鍛錬なんて、他の魔導士の方ではあり得ないと思いますわよ」


 彼女の言っている事は大袈裟だとは思うけど、そう思って貰えたのならば、良かったと安心する。

 だからと言って、ならもう一段厳しくする? とか言ったら、きっと彼女の事だから、涙目に嫌がるんだろうなと想像もしてしまうのは内緒。

 実際、あまり厳しくしても効率が悪くなるだけだから、もう少し彼女が成長するまでは、今のレベルのままの予定。


「ですから、大変疲れましたから、何か甘い物を所望しますわ」


 ……なるほど、なにやら持ち上げると思ったら、それが目的でしたか。

 でも出しませんよ。夕食時に出したばかりじゃないですか。

 それに寝る前に甘いものなんて食べたら、また太ったって後悔する事になりますよ。

 体重を気にするなら寝る二、三時間前は、食べないのが鉄則。

 ……アイスやシャーベットは飲み物と。

 そう言う巫山戯た事を言うのは此の口ですか!

 それとも節操のない事を言わせているのは、此のお腹ですか!


「ひゃ、もう、巫山戯すぎですわ」


 いえいえ、ほっぺをフニフニして、横脇腹を軽くフニフニと掴んであげただけです。

 まぁジュリが気にするほど、身に付いてはいないと思うのですが、ジュリ曰く、フニフニと掴めない私のお腹が羨ましいとの事。

 私としては、その分しっかりと掴める胸部装甲とお尻が羨ましい限りなのですが。


「仕方ありませんから、此方で我慢致しますわ」


 あの、一体何を?

 いえ、人の胸に頭を埋めているのは分かりますが。

 ……抱き枕と。

 此の世界にもそんな物があるのだと、心の中で驚きつつも、ジュリが人の胸に頭を埋めて心音を聞くのはもう慣れたので、どうでも良いんですけど、抱き枕扱いはあまり嬉しくないかも。


「では、可愛いユゥーリィさんと添い寝という事で」


 まぁ、それならなんとか。

 偶になら、そんな夜があっても良いでしょうしね。

 お泊まり会と思えば、おかしな話では……多分、無い。

 ……そう言えば、こうやって抱き合うように眠るのって、エリシィーとのお泊まり会以来かもしれない、……って、ライラさんとも有ったか。

 それはともかく、エリシィー、今どうしているだろうか?

 元気でやっていると良いなあ。




 うん、エリシィーに会いたい。




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