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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
183/977

183.異世界でも、周辺住民への気遣いって重要ですよね。





「また、今度は何を作っているんです?」

「ああ、ごめんなさい、もしかして匂いました?」


 ジュリの言葉に、あらためて周囲を見直してみる。

 作業机の上を幾つもの素材と共に、同じく幾つもの薬品が並べられており、水晶屑(ガラス)製のビーカーの中を掻き回す度に、薄らと匂いが立ち上がったりするため、換気用の魔導具で換気はしてはいても、加熱処理によって放たれる臭いを排気するには間に合わずに部屋中へと漂ってしまっている。


「別に気にするほど強い匂いではないですし、貴女の部屋ですから何をしようと自由でしょうけど、その内、また苦情が来かねませんわよ」

「前回は、カレーを作った時だったかな」


 彼女が言っているのは数日前の出来事。

 夕食前の寮生や寮の周りを歩いていた人達のお腹を、ボディーブローの連打の様に直撃する食欲を誘う匂いに、ちょっとした騒ぎが起きてしまった。


『良い匂いの元を、是非とも食べさせなさい!』


 と、苦情を言いにきた寮生の代表の方の目が、確かにそう語っていたのは記憶に新しい。

 私は知らなかったけど、もともと水面下で問題にはなっていたみたい。

 下級貴族の子女が暮らす此の一帯の建物の寮生は、元々各家庭で余りもの扱いなため、それほど裕福では無く、当然ながら従者や女中(メイド)などがいる訳もなく、その殆どが自炊か外食。

 自炊出来る人達は半数以上はいるものの、料理の腕前はそれほど上手くないらしい。

 それと言うのも勉強や鍛錬などに忙しく、時間を掛けていられないと言うのが実情。

 つまり、どうしても買ってきた出来合いの料理や時短料理がメインとなり、……どうしても匂いも味も単調になると。

 其処にほぼ毎日、手間暇をかけた料理の良い匂いが私の部屋から漂っており、周辺住民の皆さんの胃袋を刺激していた処へ、トドメとしてカレーの香り。

 前世で仕事に忙しくて、毎日コンビニのオニギリとパンとお弁当のヘビーローテーションを繰り返しているところに、隣の家から漂う家庭的なカレーやクリームシチューの香りに、心と魂が抉られた事がある記憶を思い出してしまい、思わず涙を流してしまった。

 仕方ないので暴徒鎮圧、もとい、お詫びと今後の口止めを兼ねて、先日セレナやラキアを巻き込んで、有志から材料費を貰って問題となったカレーを御馳走しました。

 無論、料理の苦手なジュリも玉葱を切るくらいは出来るでしょうと、何気に鬼畜な内容で強制参加。

 大変喜ばれたので、当分は黙ってくれると思うし、これで料理に目覚めてくれれば御の字だと思う。

 今回、カレーを口に出来なかった材料費を出すのをケチった連中は知らん。

 基本的に文句は無視の方向で処理している。

 何故って、そもそもきちんと料理をしない人達の言い掛かりの類だし、有志のカレーにしたって、本来ならば、やらなくても良いものではある。


『ユゥーリィ、少しお人好じゃないかな』

『私だったら、あんな連中無視するけど』

『ユゥーリィさんは優しいんですのよ。時折鬼畜のように鬼ですけど』


 セレナとラキアの意見はもっとも、ジュリの後半の部分は身に覚えがあるからともかくとして、前半の部分は残念ながら、親切心と同情だけでやっているわけではないので、見当違い。

 なにせ今回の寮生を巻き込んだカレーパーティーの目的の半分は、実験的側面があるので、善意百パーセントと言う訳ではない。

 カレーという食べ物は、前世では国民食と言われるほど、親しまれてはいたけど、同時に軍隊食としても世界中に普及していたので、今世でも使えないかと、保存性の高い自作の固形のカレールーを開発したので、今回の急遽のイベントはその実施試験を兼ねての事。

 参加した学院生達の反応をもとに、調整をしたカレールーをルチアさんの方で生産試験をして、コンフォート領の領兵の方達に実用に耐えられるか試してもらう予定。

 と言う裏事情があった訳だけど、それはともかくとして、今回は食べ物の匂いじゃないから、前回みたいな事はないだろうけど、それはそれで問題が発生するかもか。

 確かに異臭問題は、前世でも時折ニュースに取り上げられていたから、気をつけるべき事がらと言える。


「ジュリ、教えてくれてありがとうね」

「偶になら、皆さん何も言わないでしょうけど、どう見ても続きそうでしたから」

「うーん、まぁ、そうなんだけどね」


 王都での一件以降、私の所に色々と素材となり得そうな情報が集まって来ているため、魔導具の開発には大変助かる反面、流石に此れ以上の実験は、何か対策を考えないと寮の自室では無理があるか。

 一番、良いのは、何処か庭付きの家を借りれれば良いのだけど、そんな事が出来るのであれば、そもそも私は此の学院に籍を置いてはいない。

 此の世界というか、此の国では未成年の立場では色々と制約があり、家の所有等もその一つ。


「それにしても、本当に何を作っているんですの?」

「うん、まぁ作ると言うよりは実験かな」


 ジュリは気にしないとは言ってはいても、やはり匂いの元は気になったようで手元を覗きにきたけど、生憎と匂いの発生源は、何方かと言うと処理をするための薬品の方で、肝心の素材はというと……。


「此の粉みたいのが素材ですの?」

「うん、元は此れかな」

「どこかで見たような」


 収納の魔法から、粉末加工をする前の原材料をジュリに見せる。

 見覚えがあると思うのも無理はない。

 手にしたのは、ある魔物の干物で、実は食用として出回っている。

 無論、ありふれた食品ではなく、珍味の類として。


 魔物:砂漠クラゲ。


 過去に食卓に上がっているので、ジュリも見覚えはあると思うのは仕方ないと思うけど、原型が分かるような状態で出した記憶はないから、多分、別口で見たのかもしれない。

 とにかく、無害級の魔物の中でも最下層に近い魔物で、実はスライムよりも強い魔物。

 此の世界のスライムは、何方かと言うと巨大なアメーバーの類で、魔石も持たないため、魔物と言うより野生動物と魔物の中間的な扱い。

 ゲームの世界みたいに可愛い姿なら良かったのにと思いはするけど、それはともかく此の砂漠クラゲは、クラゲの癖に砂漠に生息している変わりもの。

 しかも水中ばかりか、かなり低いながらも空中を漂うと言う不思議生物。

 一応、亜種として岩山に生息する山クラゲと言う変種もいるらしいから吃驚、しかも其方も可食可能な魔物と来ている。

 なんにせよ此の砂漠クラゲは、本体部分と、足と言うか触手にあたる部分で、それぞれ面白い特性があるので、その特性をなんとか使えないかと試行錯誤中なのだけど、部屋の問題が解決するまでは、暫くは凍結する事も考えないといけないかも。

 特に本体部分の特性は、今世の私にとっては夢の素材になり得るので、出来れば凍結したくないなぁ。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【商会・女神の翼にて】



「そう言う訳で、未成年の私でも借りれる、一戸建てって無いですかね?」


 困った時のヨハンさん頼り。

 コッフェルさんでも良いけど、あの人の場合は不動産関係をお願いすると、ヤクザな方法になりかねないので、まずはコッチに話を持ってきたのだけど、此方も此方で権力という名の暴力を使いかねないから心配ではある。


「……お嬢さん、おっしゃりたい事は分かりますが、せめて心の中で留めておいてください」


 小声で心の内を晒していたら、ヨハンさんに苦笑され、横を向いてから失敗しちゃったと小さく舌を出して見せるけど、無論(わざ)とですよ。

 証拠も根拠もないのに、お貴族様相手に面と向かって、釘をさせる訳がないじゃないですか。

 こうして気さくに話しかけてくださってはいるけど、ヨハンさん、伯爵家の人間なんですよね。

 服飾ギルドへの対応の仕方の件もあったので、あくまで疑惑レベルですけど、やりかねないので、私の要望と言う心の声が溢れた形を取っただけです。

 ええ、あざとくて結構、せっかく女性に生まれ変わったのだから利用できるものは利用します。

 ……前世の姿で、今のをやった姿を脳裏に浮かべてしまい、精神的ダメージも大きいですけどね。


「真面目な話、一々家を借りなくても、ドゥドルク様の屋敷の敷地内に幾らでも」

「ルチアさんの件だけでも心苦し良いのに、私のような未熟者が、領主様のお屋敷の一角をお借りするなんて恐れ多い」

「御本音は?」

「高位貴族面倒臭い」


 偏見率七十パーセントの私の言葉に、ボリボリと頭を掻きながら溜息を吐くヨハンさん。

 法衣伯爵家当主の弟でもあるヨハンさんに聞かせるような言葉ではないけど、そう言う立場のヨハンさんだからこそ、私の言葉も分かってはくれると思ってはいる。

 貴族籍であるヨハンさんでも、面倒な気遣いがある事は否定しないのだから、庶民である私は、どれだけ気を使わなければいけないのかなど、今更、言うまでもない事。

 覚悟もないのにそんな真似をしていたら、ストレスで禿げてしまう事は間違いない。


「はぁ…、なんなら、此の商会の一室を空けますが?」

「周りが品格のある貴族の商会やお店が立ち並ぶ此の界隈で、異臭問題、爆発問題が起きても良いのであれば」

「……何方も宜しくないですね。

 と言うか爆発問題と言うのは、些か穏やかではないのですが」


 別に私自身、爆発物を取り扱う気など欠片もないけど、有り体に言えば事故と言う物はいくら気をつけていようとも起きてしまう物。

 粉塵爆発や、揮発した薬剤による発火など、あり得ない話ではないし、魔物と言う特殊な素材研究をする上では、予期せぬ現象や化学反応がないとは言い切れない。

 まぁ、私が取り扱うレベルならば、大事故だったとしても、ちょっとした小火程度で済むはずなので、ちょっとした敷地付きの小屋で十分な訳で、そう言う物件を借りたい。

 実家の時みたいに、廃坑を勝手に利用すると言う手が無い訳ではないけど、アレは実家だからこそできた事。

 もし他人の領地でコッソリと研究所兼作業所を作ってバレた時には、ドルク様や書籍ギルドなど、多方面にご迷惑をおかけする事になってしまうので、それは最終手段(・・・・)にしておきたい。


「あと、移動するのも面倒なので学院の近くが良いですね」

「あの辺りなら、確かにそういう物件はあるでしょうが、そう言う事情ならば、空き地を買って建てた方が早いかもしれませんね。

 名義は商会の物にしておけば、お嬢さんでも買えますし」


 住宅街にそういう施設を作ると、後々問題になるかもしれないけど、逆に空き地に作って後から周りに建物ができたのなら、問題になる事はないとの事だけど。

 前世でもその手の問題って、普通に起きてたよな。

 牛舎の横に住宅を建てておいて、牛糞が臭いから牧場を閉鎖しろと裁判起こしたり。

 もともと安全のために山の中に作った火薬工場とそのための鉄道が、その利便性から街へと発達した後に、街の中にそんな危険な施設があるのは、危険でおかしいから人のいない所に移設するか閉鎖しろと団体訴訟を起こす住民とか。

 権力イコール正義の此の世界では、書籍ギルドやコンフォード領主がバックについてくれる限り、その心配はなさそうだけど気にかけておく必要は当然ながらあると思う。

 ……思うけど、ヨハンさんの提案は、別の意味で問題がある。


「いえ、そこまでくると流石に、名義貸しと言うには無理があるかと。

 賃貸なら誤魔化しようがありますけど、購入となると、なにか問題が起きた場合にドルク様や商会にご迷惑をおかけします」

「そういう時に庇護下にいる者を守るのも、貴族の務めではあるのですが。

 ……お嬢さんのなるべく自分で責任を持っていたいと言う気持ちも分かりますし、その姿勢は庇護される側にとって、当然の義務でもありますから間違ってはいません」


 いいえ、単純に高位貴族にはなるべく関わりたくないから、商会を利用させてもらっている一魔導具師の扱いでお願いしますと言いたいだけです。

 ちなみに、同じ魔導具師であるコッフェルさんの場合は、あのお店自体の外壁は石造りで頑丈な上、周囲のお店や家の土地の大半は、実はコッフェルさん所有のもので、周りはコッフェルさんに、相場より安く土地を借りている状態。

 つまり、文句を言おうにも言えない関係を構築している辺り、実にコッフェルさんらしいやり方だと心の底から思います。


「なら、いっその事、領主権限で学院の敷地内にでも建てさせるとか」

「冗談でも勘弁してください」


 まだ最低でも学院には二年以上お世話になる予定なのに、そんな特別扱いはマジで止めてほしい。

 高位貴族の子女達でさえ、それなりの建物と施設だとはいえ寮生活なのに、庶民の私が個人専用の施設に生活するだなんて、どんなやっかみを受ける事になるやら。

 女の私が言うのもなんですけど、特に女のやっかみって陰湿ですからね。

 暴力が無い分、心をガシガシと削って来ますからね。

 ヴィー達の時と違って、明確な贔屓と言う名の大義名分がある分、止め時がない分性質(たち)が悪いですよ。

 しかも、そう言うのに限って正真正銘の御令嬢だったりするから、最終手段の実力行使も使いにくいですし。

 ……まぁ見た目には、身体が小さくて華奢な私の方が、か弱く写ってしまうでしょうけど。

 そう言う訳で、ちゃんと警備の者を雇うとか、一緒に住まわれるお友達のお部屋も作るとか言うお話はいらないです。

 だいたいお友達って、……ジュリやセレナやラキアって、私の事情に彼女達を巻き込むのは本気で止めてください。

 と言うか、いい加減に冗談の話は止めましょう。


「私共としては、お嬢さんの研究が滞る方が困るのですが」

「そんな事をされた日には、私の心が病んで研究どころじゃなくなります」

「……心を病む? ……お嬢さんが?」

 

 こらっ!

 言いたい事は分かるけど、それこそ口に出さないでもらいたい。

 自分でもそんなタマではないと自覚はして入るけど、他人に言われたくはない。


「そもそも私が成人するまでは、知識や技術を養う期間で、研究や開発は趣味の範囲だと以前にも申しましたし、納得されていたと思っているんですが、違いましたでしょうか?」

「いえいえ、その通りなのですが、お嬢さんの場合は趣味の範疇を大きく逸脱しておられるので、ついつい忘れてしまいそうになりましてね」


 つまり、もっと時間を掛けても良いと?

 個人の事情や、時間を掛ける事が必要なら構わないけど、商会への当て付けで無意味に時間を掛けるのは勘弁してほしいと。

 いえいえ、私、そんな陰湿でもないし、当て付けをする程、商会の事を気にしていませんから。

 そもそも、魔導具の制作は趣味と言えるくらい好きですから、そんな真似はしません。

 とりあえず、薬剤などを使用する時用の場所を月に数回使いたい程度ですし、薬剤を使用しない魔導具の製作もあるので、無理をして貰う気は最初からありません。


「分かりました。

 お嬢さんの要望の範囲で動いてみます」

「くれぐれも大袈裟な事は控えてくださいね」

「その辺りは約束しかねますが、なるべく穏便な手を使いますので。

 お嬢さんが未成年故の名義の問題に関しても、なんとかなる予定があり(・・・・・)ますので御安心を」


 釘を刺しているのに、この人はと思いつつも、非常識の塊であるコッフェルさんと違ってその辺りはさほど心配していない。

 今まで敢えて長々と話した内容から、私の周囲との関係を含めた開発環境を留意して手配してくれるとは思うからね。

 問題は名義だけど、未成年である私が使うのに、なんとかなる手段って一体どんなのだろうと疑問に思うものの、もう少し経たないと流石に言えないって、そう言う事を言われると、真面目な話、余計に気になるんですけど。





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