18.魔法の鞄と時空魔法。
ちくちく……。
使い古されて柔らかくなった革の鞄とまだ硬い真新しい革に、太い針を通してゆく。
縫い付けているのは鞄の角の補強用で、結局、カービングは止めて透彫にを施した物にしたのは、どちらにしろ皮の材質が違うため目立ってしまうので、いっその事もっと目立たせてみようと、此方の方にしたわけ。
ちなみに鞄の中の黒いモヤモヤ空間は、今は小さくなっていて鞄の内側からの作業ができる状態。
研究日誌と化した日記……もう日誌でいいか。
とにかく日誌によれば、この鞄は誰でも使えるわけではなく、【時空】属性の資質がある人しか使用できないらしい。
製作者のアルベルトさんは、属性どころか魔法の資質がない人でも扱える物を作りたかったらしいけどね。
そんな葛藤が、ついでのように小さく書かれていたのには思わず苦笑してしまったかな。
「よし、完成」
収納の鞄、女性物バージョン。
四角に透かし彫りを施したアップリケをして、蓋の淵部分にも同じ透かし彫りの意匠を施した。
あと肩掛けのベルトを皮編みの紐に変えただけだけど。
これなら少し無理はあるけどポシェットに見える。……多分。
「もう少し色合いがあると良いんだけど、…本体部分が本体部分だから仕方ないか」
これは遺族が見つかったら返す予定なので、いつか、きちんと自分用の物を作りたいな。
一応、この鞄を使える以上は【時空】属性はあるみたいではあるけど、魔導具師としての資質がないとどうしようもない。
才能があったとしても、アルベルトさんの遺した書籍や日誌をもう少し調べてからになるし、まだ一部をざっとにしか目を通していないから、今すぐどうこうする事はできないので、今、出来る事をからやっている段階。
その日誌の中に、結構気になる単語が出てきた訳けだけど、一番気になったのは……。
転移魔法。
【時空】属性の魔法の最高峰と言われているアレだ。
前の世界ではルーラとかテレポとか、呼び名は色々あったけど、魔法が使えたならば使ってみたい魔法ランキングに入るアレです。
これがあると遅刻なんて無縁。
なんて便利な魔法だと興奮するのはそれくらいにして、なんとこの転移魔法、この世界では実在するらしい。
日誌には、国が数人を王宮付き魔導士である【魔法使い】として抱えているとか記載されているし、使っている様子やその原理をアルベルトさんなりに考察してある。
こんな貴重な情報を渡しに齎せてくれるだなんて、きっとアルベルトさんイケメンに違いない。
いやダンディーな小父様かも。
なんにしろ、もし生きていたならハグして、その胸板に頬ずりしたいくらい嬉しい情報です。
ちなみに胸板かお腹限定です。
顔には駄目です、現実に戻されます。
何よりチクチクするから嫌です。
お父様にお兄様、するならもう少しきちんと髭を剃ってください。
うん、話が逸れた。
ついでに愚痴も出てしまった。
「言われてみれば、そっちもあったよな」
瞬間移動に関しては、以前に出来ないかと試した事があったけれど、転移先を強くイメージして魔力を放出したりと色々試行錯誤したものの、結局は徒労に終わっただけだったのよね。
あの時は【時空】の資質がないからと結論付けしたけど、その場でのテレポートではなく、ゲート式だったとは盲点だったわ。
日誌によると、収納の魔法と違って黒い靄ではなく白い靄に覆われるらしい。
考察としては収納の魔法で転移先と繋がると、向こうの光が漏れて白く見えるのではないかと記載されていて、たぶん色々試したんだろうな。
いくつも乱雑に書かれた単語に、バツや斜線、果ては乱暴に塗り潰してあるものある。
「まずは、【時空】属性の資質が本当にあるかだよね」
鞄の中をもう一度覗き込むと、そこには黒い靄が、鞄の出入り付近一杯に広がっている。
実はこの黒い靄、普段はパチンコ玉サイズにまで縮まっており、鞄の蓋の開閉に応じて大きさを変える。
補修作業は、この開閉の仕組みを利用して待機状態にしたからできた事。
理由は待機中の魔力の消費を抑えるためらしいく、実際、鞄の内側にある魔法石は、最初見た時に比べて鮮やかな輝きを放っている。
どういう理屈でどういう仕組みなのかは分からないけど、おそらく私から魔力を補充したのだと思う。
そういえば魔力切れを起こしたら、この中身ってどうなるのだろう?
どうでも良い事が脳裏に浮かぶが、今は考えても仕方ないか。
「こう、魔力を集めて」
ん……、どうしよう?
見本があるから黒いイメージ?
とりあえず、鞄の黒い靄を強くイメージする。
─────何も起きない。
方法が違うのかな?
なら時空と聞いて連想するもの…、…時空、……黒…は、そのまんまか。
時空と黒から連想して、……亀裂? …あと穴?
亀裂というと、魔力を三日月状に圧縮して空間に穴を開けるイメージで……止めっ!
「危ない危ないっ」
この方法だと、風の属性魔法である真空刃を作る魔法に近い。
失敗したら空間ではなく部屋の壁が裂ける。
なら穴かな?
収納の鞄の開閉機構による穴の拡縮を見る限り、ドリルより開閉のイメージだよな。
脳裏に浮かんだのは、SF映画やアニメに出てくる宇宙空間での円形の開口。
渦巻状に扉が開閉してゆくあれだ。
魔力を集中してそれをイメージする。
空間を引き開けれるように中心部分にカギ爪つけて、目の前の空間を布に書いた勝ち割りの絵と思い込み。
そこを魔力で出来た開口を、引き裂くようにこじ開ける。
「……」
睨みつけた中心から、黒い靄が溢れ出る。
その靄はやがて、意識した開口の大きさで安定する。
成功かな?
とりあえず、そこらの紙屑を穴の中に放り投げてみる、……黒い靄の向こう側に落ちる事はないようだ。
その時ついでに確認したけど、この黒い靄は球形ではなく、薄い円盤形状。
多分、四角の開口をイメージしたら収納の鞄のように四角くなるのだろう。
黒い靄に、少し緊張しながら手を入れると、脳裏に【紙屑】と文字が浮かぶ。
この名称は、多分放り込んだ時の当人のイメージが、そのまま文字となるのかもしれない。
「…いや、違うか」
私はすでに収納の魔法の鞄を知っている。
だからそのイメージを強く意識してしまっているため、この魔法は空間に穴を開ける魔法ではなく、空間に穴を開けた上で、無意識に収納の機能を更に付け加えた魔法なのかもしれない。
ならこのまま次の実験を続ける。
私は魔力を操作して空間の穴を一度閉じて、改めてもう一度同じ場所に、全く同じ魔法で空間に穴を開ける。
いった何をやっているのかと思うだろうが、大切な確認である。
私は靄の掛かる空間の穴に手を入れ。
「……やっぱりね」
手を入れたものの、なんら変化はなかった。
そう、同じ人間が同じ空間に同じ収納の魔法を掛けたなら、私に変化がなくてはいけないはず。
それは、リスト化された収納物が脳裏に浮かぶ感触。
それが全くなかった。
何故そうなのかは分からないけど、同じように開けはしても、同じ場所に繋がるとは限らないという事。
もしかすると二度と同じ場所には繋がらないのかもしれない。
この開けた穴の先が、一つの亜空間なのか、それとも多重空間なのか、それは分からないし、もし術者毎に同じ空間に固定されるのであれば、分割多重空間となる。
一つの亜空間をみんなが共有しているのであれば、空間内のリストは変化し、信用性の問題から収納の魔法とはならない。
「これじゃあ、開けっぱなしにする訳ね」
疑問に思ったのが収納の鞄の開閉機能。
鞄を閉じている時は、魔力の消費を抑えるために小さくなっているとはいえ、絶えず魔法を維持している。
そしてこの魔法、空間を開け閉めする時はそこそこ魔力を消費するが、一度穴を固定すると、さして魔力は食わない事から、小さい穴であれば、更に消費する魔力は小さくなると推測できる。
これまでの事から、収納の魔法の鞄の【収納の魔法】には、幾つもの魔法や機能がある事が判明しており、収納の鞄は開け閉めする時は、【時空】系魔法の資質のある人間の魔力を利用して空間の穴を拡縮する魔法。
資質のある人間の魔力を利用すると言う事は、魔力を吸い取る魔法が施されている必要があり、そして魔力を維持しづけるために吸い取った魔力を貯める機能と、その魔力を各魔法に振り分ける機能。
「アルベルトさんなのか、それとも他の誰かなのかは分からないけど、この魔導具の機構を最初に作った人は正真正銘の天才ね」
魔導具の事はよく分からないけど、これに使われている技術を開発するのに、どれだけ凄い事なのかは理解できる。
少なくとも私はアルベルトさんの収納の鞄に触れ、実際に使用したからこそ、【時空】系魔法の資質があると知る事ができたし、この魔法の感触を知っていたからこそ収納の魔法を使う事ができた。
そうでなければ、とても独学で身に付けれたとは思えない。
あの感覚を知っている知っていないは、それほど違うと言えるからね。
「何はともあれ、核である魔法石は割らないように気をつけないと」
一応は金属板で周りを囲ってあるし、鞄の蓋を閉じた時は、反対側にも金属板が被さるようになっているので、余程の事がない限り大丈夫だと思うけど、注意するに越した事はない。
魔法石が割れたら最後、収納の魔法に収められた物は二度と取り出せなくなってしまう可能性が大きいもの。
「他にも確認したいのは、許容量と大きさとかか」
どれだけの物を収納できるのか。こればかりは試して一杯になってみないと分からないし、あと収納の鞄の中のリストには、テントとか、とてもこの鞄の口からは出し入れできなさそうな物が入っている。
他にも気になると言えば、この中に生きたものを出し入れできるのかどうか。
もしこの魔導具の容量が大きく、それができるとしたら、この魔導具はかなり危険な代物になる。
理由は想像に任せるけど、それを想像しない国の上層部はないだろうとだけ。
「ふぅ……、疲れた」
たいした事はやっていないし、使った魔力も知れている。それでも精神的にはかなり疲れた。
多くの事を発見し、更には新魔法の取得など嬉しい事もたくさんあった反面、この鞄の能力や扱い方で起こり得る問題に頭が痛くなる。
まだまだ試す事は多いけど、正直、一息入れたい気分よ。




