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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
178/977

178.まずは一歩踏み込む事。それが大切だと思います。





「そんな訳で出来たのが此れです」


 ルチニアさんの長いスカートを捲らせてもらって、色々と複雑な調整作業を終えてから義足を取り付けてみる。

 欠損部分は膝下からだけど、安定性を求めて太腿全体から包むようにして固定。

 肌に触れる部分は滑り止めとメッシュ状の生地で通気性は確保してあり、この辺りは服飾技術者の方のノウハウを生かして貰っている。

 一番負担の掛かる欠損部分の真下は、ペンペン鳥の羽を使ったエアクッションの魔法で衝撃の大部分を緩和。

 駆動方式の糸として使ってある岩石大蜘蛛(ロック・スパイダー)の吐く糸には、軽いだけではなく、魔力の流れで伸び縮みをしたり、魔力の流量でその速度が変わると言う面白い特性があるので、それを利用している。

 この特殊な特性を活かすために薬品処理した後に魔法銀(ミスリル)を芯材に複合素材化し、束にした物を人工筋肉として使用。

 欠損部同様に負担の掛かる稼働部は、全てエアクッションの魔法で覆ってあるので、衝撃にもそれなりには強いはず。

 その結果、駆動箇所を増やした事もあり、より人間の足に近い動きが可能になった。


「魔導具の遠隔起動に使われる技術を、こんな風に使うなんて誰も思いもしなかったわ」


 ルチニアさんが言っているのは、この魔導義足の目玉である動き制御を司る部分。

 魔石に使用者の血を垂らす事で、ある程度離れた罠系の魔導具を自在に起動させる一番簡単な技術。

 欠点は作動範囲が十メートルもないのだけど、利点としては一番安価に起動させられる事。

 コッフェルさんは、この欠点を補うために魔力伝達コードを用いて、作動距離を飛躍的に伸ばしたり、反応速度を上げたりしていた。

 でも私はこの技術の最大の利点は、確実に読み取り伝達すると言う事で、その精度や読み取る内容は距離に比例すると言う事だと思っている。

 つまりほぼゼロ距離なら、義足を欠損部から関節を動かす信号を、確実に読み取ると言う事もできると言う事。


「使えそうですか?」

「実際に歩いてみないと何とも言えないわ」


 前世の世界ではとても重くなって出来なかった技術だけど、この魔法のある世界なら、機能の大部分を魔導具で代替えできる。

 まずは一歩、ルチニアさんは少しフラつきながら踏み出してみる。

 それを踏まえた上で、もう三歩を少し引きずるように。

 そして壁までゆっくり歩いて行った後、再び椅子の頃に戻る頃には、かなり普通に近い歩き方をしているように見える。


「悪くないわね。

 もう少し歩かせて貰っても良いかしら?」

「ええ、お気の済むまでお願いします。

 何か気がついた事があれば、調整しますので」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【ルチニア・メルローズ視点】:



 だいぶ陽が傾き、いつもなら既に家に戻っている頃だけど、今日はあいにくと無視できない客人がいるため、嫌々ながら残業をしている。

 暗い夜道だろうと、そこらの暴漢ぐらいなら余裕で黙らせられる自信があるとはいえ、まだ一応は若い女性に対して、気を使って欲しいものね。

 

「またお嬢さんは、とんでもない物を作ってきたなぁ」


 驚きの表情を隠す事なく言う男の言葉に、私もその事には同意する。

 あの子に関わって驚く事ばかりだったけど、今回のはとびきりと言わざるを得ない。

 自分の事が関わっているとはいえ、本当に驚いた。

 なにせこの義足、慣れれば足を失う前とさして変わらない動きをしてくれるため、歩くどころか階段の登り降りだけでなく、軽くなら走ったり蹴ったりまでできる代物。

 義足ではない方と比べれば、それなりに違和感もあるし慣れが必要だけど、すでに義足という範疇を超えている代物。


「しかし、君にとっては、傷を抉られる思いではないのかね?」

「ええ、無茶苦茶に腹が立ちました」


 私がこの足を失った事で、どれだけ人生を狂わされたと思っているのか。

 だと言うにも関わらず、人の傷を抉るように新しい義足の話を持ち掛けられた時、一瞬、本気で殴り飛ばそうと思った程。

 でも、それは最初だけ。

 だってあの子、本気で憤慨していた。

 同情だろうけど、それでも本当に馬鹿な考え方だと嘆いていた。

 みっともないとか、縁起が悪いとか、不幸を呼び込むとか欠片も思わずに、逆にそんな考えを吹き飛ばしてやると、無茶苦茶を言い出した時は、本当に色々と常識外れな子だと呆れ果てた。


「でも違ったんですよね。

 本当に腹を立てていたのは、あの子と同じものなんですよ」


 夫と別れさせられたのも、子供に二度と会うなと言われたのも、生家すらも追い出されたのも、全部それなんだもの。

 腹を立てるべきは、そんなくだらない考え方であって、心からそんな考えに憤慨し、何とかしようとしているあの子ではないと。

 そうして、あの子は半月もしない内に、この魔導具の義足を作ってきた。

 聞いている限りは、ほとんどが既存の魔導具の技術や素材の知識なのに、どこをどうやったら、こう言う発想になるのか、本当に理解不能だけど、理解できた事もあった。

 あの子は、本当に周りの考え方ごと変えようとしているのだと。

 確かに同情もあるだろうけど、あの子は本当になんとかしたいと思って動いたのだと。

 危険を犯して、戦災級の魔物を自ら狩ってくるほどに。


「ふふふふっ」

「ん、どうした?」

「いえ、少し思い出し笑いを」


 だけど、あの子がとことん頑張ったと言う素材集めは、私が自信を持って新しい足で一歩を踏み込むために、見目の綺麗な義足にするため。

 でも、私はそんな事も気にせずに、靴下を履いただけなんですけどね。

 右足が欠けて以来、通す事のできなかった右足に。

 なのに、あの子、本気で落ち込んでたのよね、自分が頑張った事が意味がなかった事だって。

 もうその落ち込みぶりが、つい笑っちゃうくらいだった。

 あの子には悪いけど、本当に久しぶりに心から笑ってしまった。

 それだけ、あの子が必死だった証をつい笑ってしまった。

 だって、嬉しかったから。

 そこまで本気で、取り組んでくれた事が……。

 見当違いとはいえ、人の事に落ち込むほど真剣だった事が……。

 なにより、そんな本当にくだらない事に捉われている、自分と周りが一番滑稽で……。


「あの子、この義足の外装を色々と用意してくれたんですよね」

「そこの棚に立ててあるものか、どれも美術品と見紛う出来だな」


 使われている素材を聞いたら、下手な美術品など太刀打ちできないものばかりだし、それを引いてもどれも美しく力強いもので、私には身に余るような物。

 でも私が選んだのは、一番安価な(アルミ)の物。

 別に安いからではなく、私にとっては程良い重さであったのと、シンプルだけど綺麗な流線がなんとなく気に入っただけの事。

 作られた他の外装が軽すぎると言うのもあったのだけど、実は此れ、あの子が動作試験用に意匠した物でもあったりする。

 なんと言うか冷たい金属のはずなのに、温かみを感じた意匠。

 一応は他のも置いてってはくれたけど、たぶん使う事は無いだろうと思う。

 それくらいに、今、使っている物が気に入っているし、これを選んだ自分に誇りを持っている。


「以前に言った言葉、取り消します」

「なにをだね?」


 そんなこと、決まっている。


「彼女を気持ち悪いと言った事です」


 あの時は、あの子が異質すぎて理解できなかっただけ。

 考え方も、魔法の使い方も、その能力も、全て私の知る常識から外れた部分を見ていたから、そう感じただけ。

 今なら、自分があの子に嫉妬していたのだと分かる。

 それだけの能力があるのなら、なんでもっと活かさないのだと、理不尽に咎めていたのだと。

 なにより彼女の心の強さに、自分が弱いという事実を認めたくなかったのだと。


「あの子はとても優しくて強い子です」


 良い子だけの人間は幾らでもいる。

 でもそれらは自分が認められたいだけの、裏返しでしかない。

 あくまで他人の思惑に左右される、可哀想で哀れな人間。

 でもあの子は違う、最初からそんな物はたいして気にしてはいない。

 自分がそれが正しいと、大切だと思っているから動いているだけ。

 それだけの強い意志を持たなければ、あれだけの魔力制御はとても身につけられはしないし、いくら力があろうとも、強力な魔物を狩ってこようなんて思いはしない。


「でも、それだけに心配な子でもあります」


 あの子は、ある意味純粋すぎる。

 利用される事も利用する事も知ってはいるし、それだけでは無い子だとは聞いてはいるけど、それでも危うさを感じる子。

 あの子の強さは、生きる事のみに特化しているのだと。

 まだ会って一月も経ってはいないけど、なんとなくそれは感じてしまう。


「予想通りで、嬉しいですか?」


 そして、きっとこの男は、こうなる事を見込んでいたのだと思う。

 私の心があの子側に傾向いてしまう事を。

 子供も夫も家族も失い、傷心の私があの子の純粋さを危ぶむ事を。

 そのために、この新しい足で一歩を踏み出す決意をしてしまう事を。

 最初からそれを織り込み済みで、この男は私を最初から雇ったはず。


「それは買い被りだ。

 誰もあのお嬢さんが、此処までやるとは思ってはいないからね。

 正直、私にとっては嬉しい誤算だと言わざるを得ない」


 確かにそれは誰も想像できないでしょうし、きっと神様だって想像できなかったと思う。

 でも案の定、男は私の言葉の意味を否定はしなかった。

 そんな私の考えを察したのだろう。


「最初に言ったはずだ。

 君の仕事はあのお嬢さんの手助けだとな」

「……」

「手助け、いやぁ都合の良い言葉だとは思わないかい?

 君が考えた事、それも手助けなのだし、それを止める気もないし咎めるつもりもない。

 それこそ我々の目的なのだからね」


 自分達は歳を取り過ぎているし、逃れない柵が多いと。

 力も経験もある同性の魔導士が、あの子の味方として近くにいる事が望みだと。

 確かにそうかもしれないけど、そこには別の真意もあるのも本当だ。

 つまり、あの子の足枷として。


「察してくれたようで嬉しいが、不満かね?

 だが、お嬢さんの有益性を考えれば分かるはずだ」


 あんな小さな子をと言う思いがない訳ではないけど、あの子だって数年もすれば大人になるし、そんな思いは貴族の中では、なんら足枷にはならない。


「安心するが良い、あまりお嬢さんを束縛する気はない。

 あのお嬢さんは好きにさせておくのが、一番効率が良いと我等も理解している。

 やる気のない人間など、なんの役にも立たないと知っているからね」


 魔導具の開発に必要なもの。

 あの子を見ていると、それがよく分かる。

 結局は欲する事。

 自分がどうしても欲しいと思ったからこそ、生まれるのだと。

 例えその要因が、内側から発せられたものだろうと、外側から刺激されたものだろうとね。


「我等が一番危惧しているのは、お嬢さんがまた逃げ出してしまう事だ。

 多くのモノを棄てて、家から逃げ出したようにね」


 名乗るべき家名がない。

 その事からなんとなく察してはいたけど、敢えて口に出されると、本当にとんでもない子だと実感する。

 でもだからこそ、今、この男の出した言葉を訂正させたい。

 あの子は逃げ出したのではなく、家を出る事を選んだのだと。

 それだけは、あの子を見れば分かる。

 だけど、そんな事をしても無意味だとは分かってもいる。

 そんなものは主観の違いでしかないのだから。

 ならば、今はそんな事に力を入れるより、状況を理解すべき事に力を入れるべき時。


「そして縛り付けたいのは、商会でもコンフォートでもない」


 そう言って、男は口にする。

 あの子の過去と、迎える未来の予想図を……。

 相手があの子では、大きく書き変わる事が分かってはいても、変えられない事もある未来の予想図を。


「君の役割は理解できたかね?」


 まったく、目の前の男に腹が立つ。

 あの子がそんな物など欠片も望んでいないと分かっていて、話を進めている事に。

 でも、あの子の利用価値を鑑みれば、それが必要だと分かるし、放っておけばあの子にとって、もっと望まない未来が来るだろうと理解もできる事に。

 なにより、そしてその事に私を巻き込む事に。

 でも、もしあの子がこの道を歩まなければいけないのなら、私では足りないものがある。

 一歩離れたところであの子を守り、導く役目としては。


「ドゥドルク様から、君が望むのなら、それ相応の立場を用意させるとの事だ。

 まぁ、その様子では聞くまでもないだろうがな」


 本当に腹が立つ。

 こうも、掌で踊らされている事に……。

 そして、私は私の想いのために、自ら望んで踊る事に……。






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