177.それって、あまりにも酷くないですか?
王都から戻ってからの残った夏休暇期間。
ジュリを魔物の領域に連れ出して、半ば無理やり狩りをさせたり、魔力鍛錬や魔法の習得に付き合ってあげたりと、その合間に商会や自分の研究を進めたりと、それなりに充実した毎日も残り僅かになる少し前の話。
商会のヨハンさんに、ある相談を持ちかけた。
「討伐遠征ですか?」
「ええ、お話には聞いてはいるのですが、後学のためにも是非ともお願いしたいのですが」
ルチニアさんや、王都の騎士団のお姉様方から、それなりに話は聞いてはいるのだけど、いかんせん私の認識と周りの認識にズレがあるみたいなので、一度どんな状態なのかを目にしてみたいと思う。
携帯竃や新型の武具や、試作段階ではあるもののフリーズドライ食品など、それなりに改善はされて来てはいるけど、改善できるものがあれば、改善してあげたいとは思う訳でして。
「私みたいな素人が付いて行っても、邪魔になるだけだとは思うのですが」
「いえいえ、大変ありがたい話ですが、お嬢さんが付いて行かれても退屈されるだけかと」
「移動時間が掛かるのは覚悟していますので」
私は身体強化で馬が駆ける並にずっと走れたり、空間移動の魔法があるから移動時間は早いけど、普通は馬を使ってもそれなりに時間が掛かる。
馬をずっと走らせる事はできないし、ほとんどは歩かせる速度となる上、集団での移動ともなれば、それは尚更のこと。
私もシンフェリア領では、水晶工房などの離れた所は馬車を使っていたし、ミレニアお姉様の結婚式の時も泊まり掛けで馬車で移動しているので、それくらいの事は分かるし、森が深くなれば徒歩になったりする事も知っている。
そう言う事なので、機会があればとお願いする。
部隊の人は命掛けなので、物見遊山気分で参加されたら迷惑だとは分かってはいるし、足手纏いだと思ったら、見捨てていって構わないと言っておくけど、それだけは絶対にないと反論されてしまう。
うん、しっかりと護衛してくださると言う事ですね。
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所変わって、保存食品開発工房ことルチニアさんがいる建物に足を運ぶ。
目的はお誘いというか、アドバイザーのお願い。
せっかく遠征について行っても、やっている事の意味が分からなければ意味がないし、隊の人達にいちいち作業を止めて説明してもらうのも申し訳がない。
「すみません。お断りいたします」
「えーと、やはり義足では厳しいですか?」
「私の身体強化は操作型なので、馬に乗って付いて行くだけなら、さほど問題はありませんが、やはり未整地の山道を徒歩になると厳しいですから。
それに、私が付いて行くと、部隊の方に不快な思いをさせてしまうでしょうから」
何故、部隊の人間が不快な思いをするのか疑問に思うと。
ルチニアさんのような、怪我によって体を欠損し、それが原因で現役を引退した人間と言うのは、作戦の大失敗や多くの犠牲を出しまった作戦の象徴。
つまり縁起の悪い人間で、不幸を呼び込む忌み番だとか。
「死に物狂いで戦ってくれた人を、そんな目で見るんですか!?」
あまりと言えばあまりの事に、思わず声を荒げてしまった。
建物の外にいる衛兵の方が、思わず扉から顔を出すほどに、私の声は大きかったのだと思う。
だって酷すぎる話だと思う。
ルチニアさんは、元魔物討伐騎士団のある領の辺境師団に所属していたらしい。
つまり多くの人達を、魔物から守るために何年も戦って来た人なのに、それを、そんな不幸を運ぶ人間みたいな事を。
「憤ってくれるのは嬉しいですが、正直、そう言う目にはいい加減に慣れました。
ただ、明日は我が身と思わせるのが、申し訳ないので」
ルチニアさんはそう言うけど、それは慣れた訳じゃなく気にしないようにしているだけ。
その事に思考を停止しているに過ぎない。
かと言って、ルチニアさんの言う事も分かる話ではある。
討伐騎士団の人達や魔物を相手にしている傭兵の人達は、いつでもその恐怖と戦っているのも事実だから。
なら、その恐怖を少しでも和らげれないだろうか?
もう動けないと言う絶望ではなく、普通の生活ぐらいなら戻れると言う希望ぐらいは。
だから私は提案する。
それを敢えて見せるからこそ、少しでも安心できるように……。
選択肢がある事を示せるように……。
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「そう言う訳で、皆様に御協力を仰ぎたく集まって戴きました」
「珍しくちゃんと説明が入ったな」
「いつもいきなりですもんね」
私にしては、きちんと事情を説明した上で、始まった打ち合わせ会。
それだけ真剣に取り組みたいと言う証です。
とりあえず御協力を仰いだのが、家具及び小物を扱うグラード工房のグラードさんとその孫娘のサラ。
他にも、私の下着や服を作ってくださる貴婦人向けの服を扱っているお店の職人で、ミッシェルさんとカレノアさん。共に意匠を主に扱っている方です。
「ボクは大賛成。
普段、人知れずボク達を守ってくれた人達の恩に報いたいし」
「確かにな、仕事の合間で良ければ幾らでも力は貸す」
「敢えて魅せると言う発想は、驚きだけどね」
「でも、遣り甲斐はありますわね」
私が提案したのは、此れまでと一線を描く義足の開発。
ただの木の棒を足代わりにするのではなく、きちんと稼働する義足。
でも、それだけだと意識改革には、時間を掛けるにしてもほぼ遠いと思う。
身に着ける本人が、恥ずかしさやみっともなさが出てしまっては、それが周囲の人間に伝染してしまうので、幾ら良い義足でも周りの目を気にして着け難くては意味がない。
大切な身体の一部と生活を奪われた当人達には、無茶な事を言うつもりだけど、少しでも自信を持って足を踏み出してほしい。
道は変わってしまったけど、新しい道を歩ける足があると思ってほしい。
そのためには、機能性はもちろんのこと、少しでも自信が持てるような外見があった方がいいと考えたのだけど……。
生憎と私では、前世の知識を使っても、そこそこの意匠のものしかできない。
そこで一流の職人さんに、お知恵とお力を拝借をお願いしたい訳です。
「とりあえず、これが基本の意匠図ですが、どんどん変えてもらって構いません。
あくまで、こういった感じの物を作りたいと言うだけです」
人数分は流石に大変なので、二人一組で同じ意匠図を渡して、反応を待つのだけど待つまでもなく意見が述べられる。
「ふむ、これだけでも、今までの義足とは別物だし、作り甲斐はあるが」
「これって重くなるよね?」
「そうよね、こんな感じで出来たら、確かに意匠性の自由度は広がるけど」
「使えなければ意味はないわよね」
はい、それはごもっともな意見ですね。
でもそんな基本的な事を、実際に作る私が考えてない訳がないし、意見を言ったみんなもそれは分かっている。
要は勿体ぶらずに話の続きを出せと言っているのだけど、物事には順番がありますので、これも大切な儀式ですよ。
実用性の認識を、全員持っているかの確認ですからね。
「これが参考試作品になります」
そう言って私が収納から取り出したのは、意匠図とほぼ同じの義足。
ただし、まだいろいろ問題があって、使えない代物だけど参考にはなるはず。
稼働部分は大きく分けて二箇所、足首と足の中側、前世で言うリスフラン関節部分を、取り敢えず魔法で動かして見せる。
「動きは凄えが、問題は重量って…随分と軽いな」
「本当だ。本物の足もこれだけ軽いのかな?」
サラ、いくら私でも、流石に本物の人間の足を持った事はないので知りません。
猪や熊の足は何度もありますけどね。
「逆にこれだけ軽いと強度が心配ね」
「それこそ逆に、何時でも増やせるって事でしょうけど、材質は何を使用をしていますの?」
駆動形式としては、各関節に魔導具を使う事も考えたけど、重量も値段も嵩むのでワイヤー駆動形式にしてある。
簡単に言うと要は操作紐を内蔵した絡繰人形を、この世界の物でさらに発展させたような物。
基本骨格には強くて軽量な角狼の骨、駆動用のワイヤーは岩石大蜘蛛の糸、衝撃吸収部にペンペン鳥の羽、外骨格は深緑王河蟹、此れらを素材にして加工した物と魔法銀。
あとは心臓部に角狼の魔石が使ってあります。
「……錚々たる材料だな」
「……えーと、一体幾らするの此れ?」
「……小さな家なら余裕で買えそうね」
「……確か角狼って戦災級では?
単体なら人災級って……何方にしろ普通の材料ではないような」
いえいえ、最初のオリジナルはどうしても過剰品になるものですから。
あと、基本的にお金が掛かったのは使った薬剤代と魔法銀だけで、あとは全部自前で揃えたので気にしないでください。
試作品も、幾つか作れるだけの材料は確保してありますから。
もし足りなければ、追加で狩りに行けば良いだけですので。
あの、なんでそこで引くんですか?
そこは安心して歓迎すべきところじゃないんでしょうか?
あと必要な材料があれば用意しますので、遠慮なく言ってくださいね。
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【数日後】
「其処は大角猛牛の角で決定だろ。見ろ、この艶やかな色合いをよ!」
「発想が古いですね。此処は虹色王玉蟲の粉末を表面に付加した物かと。
見てください、この品の良い色の移り変わりを」
「幾ら品が良くても、夜会とかならともかく普段使いを考えたら、流石に派手すぎだと思う。
ボクとしてはシンプルさの中に意匠性を追求したいな。そう言う訳で、白雪飛竜の皮膜を使った此れかな」
「私としてはやはり革の魅力を出したいので、白牛猛鬼の革を使った此れですね」
さすがは皆さん、どれもこれも素晴らしい意匠で、見惚れる作品ばかりです。
しかも、本当に遠量なしに素材を要求してきたし。
ええ、頑張って全部探し出してきましたよ。
その中でも、何気にサラの要求が一番酷かった。
なんでも揃えると言ったって、普通は竜種を要求しないと思うのだけど。
一応は飛竜は竜と名前がついてはいても、実際は竜種どころか近縁種ですらなく、空飛ぶトカゲに類する。
とは言え、竜の名を冠するほど危険な魔物で、戦災級でも上位に分類されている。
「「「「いやあ、憧れの素材を一度は使ってみたくて」」」」
酷い……。




