175.料理って一から真面に作ると、結構な重労働なんですよ。
「また、何を作ってらっしゃるんですか?」
作業机でゴソゴソやっている私に、本日の魔力の制御鍛錬を終えたジュリが、鍛錬用に使っていた規格より大きな光石を、返しがてらに聞いてくるのだけど、そう大した物は作ってはいない。
「ん、ちょっとね。
仕事で頼み事している人の作業を、少しでも楽にしてあげようと思って」
先日、あまりにも凄い迫力のあまり、つい化粧水などの試用をお頼みしたルチニアさんなのだけど。
本来の業務である、フリーズドライ食品の開発で、真空室などの使い心地や効果を聞いていたのだけど、そっちは一応は問題はなく使えているものの、それ以外の作業が大変だとか。
「鍋ですわよね」
「鍋に見えるけど、鍋じゃないから」
見た目的には携帯竃に乗った円柱型の浅底の鉄鍋。
鉄鍋自体は形状変化の魔法を利用して、鉄にクロムとニッケルを含ませた合金なので、普通の鉄よりも錆びにくいはず。
ただし、中央部分は丸い軸が伸びており、更にその中央部分から棒が飛び出ているヘンテコ形状の鍋
そこに、鍋と似たように内側の真ん中に、お臍のついた蓋を被せるのだけど、これも何方かと言うと鍋を逆にしたような形。
要は微妙にサイズの違う鍋を、茶筒のように嵌め込めるようにしてある。
問題は此処からで、実はこの鍋の下の携帯窯の外装部分を使った物は鍋の中央部分に飛び出た円柱部分に嵌まるように円柱が飛び出ており、その中に鍋と同じ合金製のベアリングが幾つか仕込んである。
何故かって言うと、円柱から飛び出た棒が、滑らかに安定して回転させるためである。
「鍋でないなら、想像がつきませんわね」
ジュリが不思議そうに見守ってくれているけど、流石に分かんないよね。
前世の知識がある私だからこそ、作れる物かもしれない。
そういう意味では、クロムやニッケルを使った合金も同様。
この世界ではあまり使い道のない金属の使い道を知っているのは、多分私だけだからね。
思考が少し脱線してしまったけど、これを見れば、だいたい想像はつくかな。
鍋の中央の円柱をピッタシと覆うように被せた筒。
それには段差をつけた分厚い合金製の刃が数枚ついている。
此処まで来ると、前世の人なら大半は見覚えのある器具で、その名をフードプロセッサーと呼んでたりする。
前世では当たり前にある便利な調理器具だけど、今世では必要としていなかった。
こんな調理器具を態々作らなくても、結界の中で風魔法で微塵切りしたり、掻き回せたり出来ますからね。
前世のフードプロセッサと大きく違うのは、動力であるモーターの代わりに、空気砲の魔法の応用で軸を高速回転させているところと、其れなりの魔力を持っている人間でないと使えないところ。
「野菜やお肉を細かく切り刻む、調理用の魔導具です」
それで必要としない調理器具を、態々なんで作っているかと言うと。
どうやら、もともと風属性のないジュリはもちろん、風属性のあるルチニアさんも私がしていたように結界内で微塵切りとかができないらしい。
てっきり出来るとばかり思っていたから、失念していたのだけど、そりゃあ出来なかったらスープの具材作りは大変だと思う。
大量の材料を切るだけで、一苦労ですからね。
では、早速試運転。
収納の魔法から、薄皮を剥いた玉ねぎを数個ほど取り出して出して、上蓋に開いた穴から稼働中の鍋の中に放り込み。
ぎゅるるっ!
「え?」
意外に大きい音を立てたあと、上蓋を外してみると、そこには、細かく微塵切りされた玉ねぎの姿に、ジュリは驚気の声を上げてくれる。
そう言う素直なリアクションは嬉しいですよね。
空で回さず、敢えて実演して見せた甲斐もあると言う物。
「ジュリー、今夜はピーマンの肉詰めとハンバーグの何方が良いですか?」
一度中身を出して、お肉を含めた他の材料と一緒に、もう一度フードプロセッサーに掛けてやれば種が出来るので、このままもう少し試験運転しちゃいましょう。
え? お肉系じゃないものがいい?
お肉好きのジュリにしては珍しいですね。
何かバツの悪そうな申し訳なさそうな複雑な顔をして、別のメニューを要求する彼女の姿に、ある親友の姿が重なる。
……そういえばエリシィーも時折こう言う顔して、教会へのお裾分けを受け取っていた時があったっけ。
そして、そう言う時の大半が……。
「最近暑いからと言って、アイスやシャーベッドを要求してましたからね」
「ゔっ」
やはり正解のようです。
基本的にお菓子って、砂糖の塊ですからね。
夏バテ防止も兼ねて、サッパリと食べれるお肉料理も続いていたのも原因でしょうけど、私は全然そんな事はないので、単純にジュリの食べ過ぎが原因。
料理そのものは、体格の違いがあるから仕方ないけど、お菓子もその調子で私より多く食べていたのですから、当然の結果と言えば当然の結果。
「料理は当分の間、ジュリの心配の種に合わせますけど、お菓子は私が出した分のみ、それ以外は間食禁止でお願いしますね」
ぶ〜ぶ〜っと不満を言うジュリだけど、体重や体型を気にするなら、間食なんてしなければいいのにと思う。
知っているんですからね、時折、お菓子を買って帰って来ているのは。
どうぜ買い食いもしているのだと思うけど、それならそれで、どこかでカロリー調整をすればいいと思うのに。
仕方ないので、刻んだ玉ねぎは別の料理に使っちゃいましょう。
スープの具材からタレや酢漬けと、色々な使い道がありますからね。
それはさておき、もう少し用途に合わせた部品を作っちゃおう。
他にも作りたい物がありますからね。
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「そんな訳で、ルチニアさんにプレゼントです」
「魔物の具材なら結構ですよ」
ひ……酷い。
別に毎回毎回、狩って来た獲物を持ってきている訳じゃないのに、そんなに口に合いませんでした?
物凄く美味しいけど、解体が大変だと。
特に 深赤王河蟹と深緑王河蟹は硬い上に大きいので解体にもかなり苦労したって。
今度、群青半獅半鷲の爪を使った包丁と、調理用の鋏でも作って来ましょうか?
硬い南瓜も抵抗なく切れると思いますよ。
ただ、気を付けないとマナ板ごと切れちゃいますけど。
「南瓜くらいは切れますけど、硬い骨を切るのには便利そうですね。
料理に魔導具を使うと言う事に、凄い違和感と抵抗感がありますけど」
便利だから料理にこそ魔法や魔導具を使うべきだと思うんですが。
そうそう、調理器具で本来の目的を思い出しました。
ルチニアさんの作業を、少しでも楽にするための道具を作って来たんですよ。
野菜をみじん切りにしたり、スライスしたり、お肉を捏ねたり出来るフードプロセッサー。
他にもジューサーとハンドミキサーもありますが、目玉は大型の魔道竃付きの大小の自動攪拌機です。
むろん取り扱いがしやすように、専用の鍋と台車付き。
火力調整はもちろん攪拌速度の切り替えは当然として、強化型の魔力伝達紐で魔力供給をし続ければ、読書しながらでも煮込みと攪拌を続ける事ができます。
あれ? どうしたんですか頭を押さえて。
「……いえ、あらためて色々と認識し直した所で。
大変ありがたい物ばかりなんですけど、私が愚痴と言うか、作業上で大変な事をお話ししたのって十日ほど前ですよね。そんな短時間にこんなに作られたんですか?」
「いえ、他にもやりたい事を優先していたので、掛けたのは三日ほどです」
実際には一日あたり二、三時間程なので、正味では一日といった所だと思う。
携帯竃の時とは違って売り出す予定はないし、耐久性や使い心地の試用は、そのままルチニアさんにお任せする事になるけど……て、どうしたんです、突然座り込んで?
体調が優れないのなら、日をあらためますが。
「……ご心配なく。
ただ、自分の中の何かが、色々と壊れそうだったので」
それは何やら大変な事ではないでしょうか?
治癒魔法を掛けましょうか?
それとも教会まで行く手配をしましょうか?
……本当にそう言うのではないから大丈夫と。
くれぐれも無理しないでくださいね。
そう彼女を気遣いながら、彼女の健康管理について、ヨハンさんかアルフォンスさんに相談しておこうと心の中で決める。
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【後日談】
魔導具:破砕具材機 及び関連部品
魔導具:破砕液混合機
魔導具:攪拌機
魔導具:煮込用自動攪拌機
魔導具:肉塊用スライサー
レギット「またお嬢さん、城の調理人達が欲しがりそうな物ばかり作って来ましたね」
ルチニア「胃薬より頭痛薬をください。幾らなんでも開発が早すぎです。
自分の中の常識が、音を立てて崩れていくのを感じました」
レギット「あははっ、まだ貴女は良いですよ。
此方は営業や製造販売の管理だけでなく、ちょっかいをかけてくる貴族達の牽制もあるんですから」
ルチニア「それは御愁傷様としか」
レギット「何を言っているんですか。
これら全部、耐久試験はもちろん改善提案をお嬢さんにした上で、定期的な報告書の作成をよろしく。
あと、こう言うのはどんどん増えてゆくと思うので、其れ等も同様に」
ルチニア「なにか私も胃薬が飲みたくなって来ました」




