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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
165/977

165.私の親友は、ヘンテコです。





【ジュリエッタ・シャル・ペルシア】視点:




 ペルシア家の屋敷は、王都でも幾つかある貴族達が住む区画内にギリギリに入ってはいるものの、この区画自身が貴族の住む区画と言っても、王都から外れた寂れた場所。

 静かな事が唯一の魅力であり、救いと言えるかもしれないわね。

 一年余り振りの家ではあるけど、正直、お父様とお母様の顔は見たくはない。

 私自身、どういう顔をして良いか分からないし、向こうもきっと会いたくはないだろう。

 幸いと言うべきか日中のため、お父様は当然ながらお仕事で不在。

 一応は、今日、屋敷に顔を見せる事は昨日の内に手紙を出しておいたので、知ってはいるはずだけど、せめて罪悪感のあまり、娘の顔を見れないでいるのだと思いたい。

 あれだけ良好だった親娘関係がこうなってしまった理由など、向こうから聞いた通りだろうし、財政的にも立場的にもペルシア家が断れない事情があるのは私も理解している。

 ……ただ、貴族の淑女としては、私はもう終わってしまったと言える。

 少なくともまともな婚姻の話など来ないだろうし、出来たとしても相手やその家族から生涯そう言う目で見られ、影口を叩かれ続けられる。

 もっとも私自身、幾ら両親に願われようと、二度と御免だと言いたい。

 それくらい、あの一ヶ月は私にとって地獄だったし、男性に対する幻想などは崩れるどころか、幻滅し、嫌悪するには十分過ぎた。


「お母様、お久しぶりです」


 だけど、幾ら酷い目に遭ったとは言っても、あの日までお父様もお母様も私を愛し育ててくれた事には違いない。ただ、それだけに余計に辛かっただけで。

 ただ、生まれた家が悪かったと、そう割り切る事にした。

 あの暗く底の無い感情に身を委ねると共に、自分が腐ってゆく感覚が酷く怖かったから……。

 貴族としては裕福とは言えなくても、確かに楽しく幸せだったあの毎日が、嘘や幻だと言う事の方が私には辛く哀しかったから……。


「お父様とお母様を、恨む気はありませんし、今も愛しています。

 ただ、もう私を利用するのだけはおやめください」


 既に私には貴族の淑女としての利用価値は無い。

 貴族の家に生まれた者としての義務は、果たしたと言っても良い。

 あの件で、家が持つ負債の三分の一は無くなったはずだし、残りは私が魔導士として稼げればなんとかなるかもしれない。

 だから、もうこれ以上、私を幻滅させないで欲しい。

 アレは仕方ない事だったのだと思わせて欲しい。

 その想いだけを口にするのが精一杯だった。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「お姉様、代表に選ばれるなんて凄いのですね」


 決して広いとは言えない庭に接するバルコニーで、そう口にしたのは八歳になる弟のベルナルド。

 お父様に似て濃い金色の髪を、微かに揺らしながら目を輝かせる姿は本当に可愛い。

 私にとって宝物であり、今の私にとって唯一心の許せる男性と言えるかもしれないけど、弟だから、そもそも男性枠には入らない。

 この一年ですっかり背が伸び、しっかりと喋れるようになったのは嬉しいと思う反面、一年もの間、可愛い弟の成長を見守れなかった事が悔しくもある。

 流石の両親も、弟に私が家を出た本当の理由を知らせてはいないらしいし、あの家も今のところ約束は守ってはくれている様子。

 流石に私も、この幼い弟にそう言う負い目を、成人するまでは負わせたくは無い。

 できる事ならば、生涯知られたくは無いけど、おそらくそれは叶わぬ事だと思う。

 願わくは、その時までに、背負えるだけの強い男になり、立派にペルシア家を継いでもらいたい。


「私の歳にしては、出来る方だからと言う理由だけよ。

 私より凄い人は沢山いるわ」

「お姉様より凄い人がですか」

「ええ、私は人より魔力が高いから目立つだけの話よ。

 ベルもお父様お母様の力になりたければ、威力より制御を大切になさい」


 私に似てなのか、ベルも早くも魔法に目覚めようとする兆しがある。

 おそらくは後二、三年の内に使えるようになると思う。

 だから、私と同じ過ちを繰り返さないように教えておく、魔法は魔力の制御が始まりであり終わりのない基本なのだと。


「え? 以前は威力が全てだと仰っていた記憶が」


 ……ええ、以前はそう思っていたから、弟が驚くのも仕方がない。

 王都にいた頃に師事していた魔導士がそうだったのもあるし、そう言う考え方が私に合っていたのも事実だから、今思えば苦笑しか浮かばない。


「その威力も制御が未熟なら、幾ら魔力が高くても宝の持ち腐れだって気がつかされたわ」

「流石はお姉様が遠くまで行かれる学習院だけに、優秀な先生がおられるのですね」


 弟がそう思うのもしょうがないけど、残念ながら彼処には魔導士の不足で、学習院にまで回る魔導士の先生はいない。

 開設当初は居たらしいけど、私が入る半年ほど前に御高齢で亡くなられて以降、新しい魔法の先生は補充されないまま、月に数度現役の魔導士が来られる程度で、その魔導士の講義も上のクラスに行かねば受ける事は出来ない。

 もっとも、今や私にとってその人気の講義も、なんら魅力を感じない代物だったりはする。


「言ったでしょ。私より凄い人は沢山いるって。

 先生からでなくても、周りを見渡せば教わる事や学べる事は多くあるわ。

 私も、今はそう言う凄い人に教えてもらっているの、……少し変わってはいるけどね」


 つい最後に余計なことを付け加えてしまったけど、気がつけば口にしてしまっていたから仕方ないですわ。

 それくらい彼女の魔法は衝撃的だったし、その性格も魔法も変わっていますもの。


「お姉様より凄い人、……凄い大きな方なんですね」

「……」


 ちょっとだけ弟が心配になる。

 まだ小さい弟からしたら、背の高くて魔力の高い私は、尊敬される存在なのかも知れないけど、私より凄いイコール、私より背が高いと言う思考は止めて欲しい。

 私自身が気にしているし、身体が大きいイコール凄いとは限らない。

 だからその考え方は間違えだと言うのと、あまり女性に背が高い事を言うのは宜しくないと注意。


「それと、私が今教わっている人って、私よりずっと背は低いわよ。

 歳は私とほぼ同じだけど、背は私よりベルに近いくらいかな」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、彼女は、もう魔物まで狩れるような優秀な魔導士よ。

 少し変わっていて、実力を隠したがる子ですけどね」


 敢えて控え目には言ったけど、実際はどう控え目に言っても、少しどころか完全に変人の部類と言っていいと思う。

 変人と言うと語弊があって、彼女自身は本当に真っ直ぐで優しい子なのだけど、魔法に関しての考え方も使い方も能力も、どれもが異常と言える子なのは誤魔化しようもない事実だと思ってはいる。

 実際、彼女の事をよく知るであろう、高名な魔導具師も彼女の事をヘンテコ呼ばわりしていたので、私の判断は間違ってはいないと思うわ。

 思えば、初めて会った時から彼女は変わっていた。




【回 想】・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 色なし(アルビノ)

 髪や皮膚の色がなく、生まれつき病的に白い髪と肌を持つ者をそう呼ぶのだけど、大抵は縁起が悪いモノとして忌避される存在。

 どうせすぐに天に帰る事になると、生まれてすぐに天に返される事が多いと聞くけど、彼女はそうされる事なく育てられた稀有な存在。

 ただ、病的と言う言葉だけは彼女には当て嵌まらず。

 貴族特有の立ち居振る舞いは、よほど厳しく育てられたのか、ただ立っているだけで、その育ちの良さが分かるほど。

 綺麗な佇まいと、陽の光に照らされた長く綺麗な髪に、日焼けを知らないような美しく綺麗な肌もあって、貴族の令嬢と言えるのは彼女のような存在ではないかと思えるほど、彼女はそれが当たり前のように実技教官の話を聞いていた。

 綺麗な顔立ちより、人を引き寄せるような汚れを知らない暖かな笑みが、彼女の白い髪の次に目立つ特徴といえば言えるのだと思う。

 だから、つい苛立ってしまった。

 汚れを知らないと言わんばかりの純白そのものの彼女の容姿と、世の汚い事など知らないと言わんばかりの少しもスレた所を感じない眩しい笑みに。


 ふぉぉん。


 全力ではなくとも、つい力加減をせずに彼女の的を射ってしまった。

 微妙に外れてしまい、的の下の棒の部分に当たってしまったおかげで、的ごと駄目にしてしまったのは、事故だと言いたいけど、私がやった事には違いない。

 今思えば八つ当たりだったのだと思うけど、彼女は(おこ)りもしなかった。

 仕方ないとばかりに離れた所で実技を見学している姿に、自分の事ながらあんな小さな子に大人気なかったと謝罪をしに行ったら、彼女は本当に気にしておらず、他の事に気を取られているほど。

 その事に呆れ半分でいたら、人の魔力を感じ取ると言う基本的な事すら知らない呆れた子だったけど、聞けば他に誰も魔導士のいない環境で、独学で身につけたと言うのだから、それも仕方ない事だろうとその時は思いもしたわ。

 けど、彼女はそれ以外にも色々と変わっていた。

 驚いた事に私と歳は半年も変わらないばかりでなく、中身も、その繊細な顔とは裏腹に随分と面白……うん、変わった子だった。


『ごめんなさい、名乗るべき家名はもうないので』


 少しだけ困ったように言う彼女の言葉に、ああ、この子もある意味私と同類なのかと感じてしまう。

 これくらいの小さな子…、いえ同い年だったわね。

 とにかく、貴族の生まれでありながらも、名乗るべき家名がないなんて事は、普通はありえない。

 ……家から見放された中で、この子も生きているのだと。

 思えば、この時、彼女に興味を持った事が、間違いだったのかも知れないのだけど、結果的にいえば、良かったとは言える。

 だから、そんな彼女を見ていたから気がついた。

 彼女が、とんでもない子だという事に……。

 使っている魔法が、この学院にいるどの魔導士よりも異質だという事に。




【現 在】・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「魔力をより込める。確かにそれは大切な事だけど、結局はそれも魔力制御の一つでしかなかったの。

 そして、本当の意味で魔法を使いこなすには……。

 守りたいものを守るための魔法というのは……。

 より幅広い応用性が必要だと学んだわ。

 そして魔力制御は、そのための基本だと」

「応用性ですか?」

「ええ、ベル、覚えておきなさい。

 たった一つの魔法も、使いかた次第では百もの使い方ができるわ。

 そして、他の魔法と組み合わせれば、それこそ千姿万態へとなる。

 でも、それは魔法だけではなく、多くの事でも言える事よ」


 私は、その事を彼女と知り合う事で知る事ができたし、触れる事ができたのは幸いな事なのかも知れない。

 そういう意味で偏見を捨てて見れば、彼女の魔法は本当に見本の塊だった。

 でも、それもこれも、想像を絶する魔力制御があってこそ。




【回 想】・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




『結界の中に火炎魔法を作って、ギュッと縮めてあげれば良いだけですよ』


 そんな彼女の言葉から始まった彼女の異常ぶりは、本当に私の想像を遥かに上回る物だった。

 魔力の制御が、見た事も聞いた事もないレベルで使うのはもちろん、魔法の使い方そのものが異質と言えるもの。

 なにせ彼女、生活のほとんどに魔法を使うという、凄いを通り越して呆れ果てる使い方をしていたのだもの。

 人々を魔物から守るべき魔法を、そんなくだらない事に使う事に驚きを隠せなかったけど、日々の生活で魔法を使う事で魔力制御の鍛錬になると言われたら、そうなのかも知れないと言いくるめられてしまった。

 実際に彼女に学ぶ事で、自分でも驚く程に私の魔法の腕は上がったのだから、もはや反論しようもないし、小柄で筋力も体力もない彼女が、魔法に依存してしまっているのも自然な流れなのだとも理解できる。


『……前から思っていたけど、貴女って本当に不器用ね』

『そうですか?』


 でも、そんな彼女の異常とも言える魔法と、図太い神経とは裏腹に、彼女の心はとても繊細。

 どこか他人と距離を取る癖に、離れていく事に怯えているところがある。

 それでも、それを黙って受け入れる。自分は人と違うから仕方のない事だと言わんばかりに。

 そんな無意識な態度が無性に腹がたった。

 確かに彼女は、外見も中身も異端で異質かも知れないし、能力はもはや異常と断言してもいい。

 でも、それがなんなのと言いたいくらい、彼女は真っ直ぐで優しい子だった。

 最初はすこし迷惑そうにしながらも、乞われるままに丁寧に魔法の事を教えてくれたし、外食ばかりの私を心配して、一人作るも二人作るも同じだと言っては食事に誘ってくれた。

 その結果、恥ずかしい話、今や食事は依存していると言ってもいいほど。

 だって、それくらい彼女の作る食事は美味しいし、目新しい料理が多い上、健康に気を使った物ばかりだもの。

 彼女曰く、食べてくれる人がいると気合が入るらしいけど、彼女の料理を食べてくれる人は私以外にもいる。

 知り合いと言う著名な魔導具師の老人の所に足繁く顔を出しては、台所の後始末をしたり料理をしたりと、幾ら色々と相談に乗って貰っているからと言っても、なかなか彼処まではできないと思う。

 人を遠ざけたり、他人に拘ろうとしないのは、臆病だからこそなのかも知れないけど、その反面、一度懐に入れてしまうと彼女は本当に繋がりを大切にする。

 だからだろう、彼女は本当に私にもよくしてくれた。

 温かく美味しい食事以外にも、厳しいけど丁寧な魔力制御の鍛錬は、私がやりやすいように本当に考えてくれていたし、少しでも落ち着けるようにと優しく包むように抱き寄せる様は、見た目とは裏腹に彼女の方がよほど年上に感じるほど。

 だからなのかもしれない。

 彼女と一緒にいると、この一年ですっかりとスレていた自分が、本当にくだらなく惨めだったかを自覚してしまうと同時に、彼女の温もりと香りに物凄く安らぎを覚えるようになっている自分に気がついた。


『その、一緒に王都に行きません?』


 その想いは、そんな私の一言から始まった今回の王都への帰郷で、ますます強くなった。

 正直、思い出したくも無いほど怖い目にあったのは確かだし、今思い出してもよく生きているものだと思える災厄に遭った。

 たぶんその事を誰かに話しても、おそらく誰も信じてくれないと確信が持てるほど、とんでもない旅だったと言える。

 でも、そんな中で彼女はとても輝いていた。

 たえず私に気をかけながらも、やっと辿り着いた港街での珍しい品々に、目を輝かせ大量に物を買う彼女の姿や、人が作り出す造形に想いを馳せ、子供っぽく興奮して話す姿を見せる事もあれば、船で知り合った子供達を自然とあやす姿は、彼女が子供好きなの所が窺えた。

 そんな子供っぽい姿を見せる反面、大人やそれなりの地位であろう貴族に対して、毅然と対応する姿に、下手な大人よりも、よほどしっかりとしていると感じるほど。

 こう言っては、お父様に失礼かも知れないけど、ああ言う時の彼女は、お父様より頼りになるのは確かだと思う。


 だけどそんな才能に恵まれた彼女だけど、決して余裕綽綽で生きている訳では決してなかった。

 彼女の能力が凄すぎるのと、その不器用な性格が故にそう見せていないだけで、彼女もごく普通の子なのだと知らしめるとんでもない出来事が、短いながらも長く感じた船旅であった。

 大きく畝る波に浮かぶ小舟の上で、絶望としかいえない巨大な魔物を目の前に、震えながらも必死に歯を食いしばっていた。

 魔物の領域であれだけ、強さを誇っていた彼女がだ。

 未熟で足手纏いでしか無い私に操船は任せると言い切り、最後は私を守る余裕すらなく、身を空中へと踊り出させていった。

 死と同義と言えるほどの魔物を倒した事よりも、私が無事だった事に涙まじりに安堵する彼女の姿は、何処にも余裕などなかった。

 やがて安全な場所に戻った事で、麻痺していた恐怖が一気に襲いかかり泣き叫ぶ私を、優しく抱きしめてくれる彼女の身体は、確かに震えていた。

 そう、彼女はいつも必死なだけ。

 嫌な噂や、くだらない嫌がらせなど、欠片も気にする余裕が無い程、一生懸命だったのだと。

 死、その物の災厄を前に、自分を必死に誤魔化しながらも、他人を気遣う事で自分を保っていたのだと、あの時、本当の彼女を見た気がする。

 そんなどうしよもなく追い詰められた後の緊迫感の後で、他人を……、私を優しく抱きしめる事の出来る本当の意味での、強さと優しさを兼ね備えた人間なのだと。




【現 在】・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「そして、そう言った力と言う物は、物凄く地味な鍛錬の積み重ねが生み出すものなの。

 毎日、毎日、昨日より今日、今日より明日へと、少しずつ歩んでゆくの。

 それは剣を振るう事も、身体を動かす事もない、本当になんの華やかさもないわ」


 あれだけの魔力制御を持つ彼女は、今でも満足せずに一見座っているだけに見える地味な鍛錬を毎日繰り返している。

 でもそれは魔力制御鍛錬の話だけに限った事ではない。

 彼女は起きている時間の殆どをそう言った事に費やしている。

 いいえ、寝ている時間でさえも。


「貴方がどの道を歩むかは、まだ分からないけど、誰も見ていない所での鍛錬や勉強は、長い時間を掛けて貴方の力になるから、その事を忘れないで」


 私が学んだ事をベルに伝えるには、あまりにも時間が無さすぎるし、口煩い事だけを言う姉だとも思われたくはない。

 だからせめて大切な事だけを、この子のために残しておきたいと言葉みじかに伝える。

 その子の真似をしたからこそ、今回の代表に選ばれたのだと言う事実と共に。

 

「堅苦しいお話はこれでお終いにして、今度はベルの話を聞かせて」

「え~、もっとお姉様の話を聞きたいです」

「うん、私もたくさん話したい事があるから、交代で話しましょう」


 その後は、此処一年のお互いの事を話し合う。

 無論、まだ幼いベルに話して聞かせられるような話だけ。

 私は此の子が、立派にペルシア家を継いでくれれば、それでいい。

 この子には聞かせられない話を、今、言っても仕方が無い事だから。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 そうして、そろそろ陽も大分傾きかけたため、恐れ多くも城の敷地に用意していただいた宿舎に戻ろうと考えた時、お母様がバルコニーに姿を見せる。

 最初の挨拶と短かな話の後、屋敷の奥へと引っ込んでいたお母様は、もしかすると私が帰る時にすら顔を見せないかも知れないと思っていただけに、お母様の登場は正直意外だった。

 ただ、よくよく見ると、お母様は青い顔をし、頼りなげな足取りをしていたため、何かあったのだろう判断するとともに、ベルがまだハイハイしていた赤子の頃の事を思い出す。

 もしかして、またお父様が何かをやらかしたのかと、もしそうなれば、今度こそペルシア家はお終いだと……、可愛い弟の未来が今度こそ閉ざされてしまうのだと血の気が引く。

 だけど、そんな心蔵が止まるような心配は他所に、お母様は私に何をやらかしたのかと問い質してくる。

 ……幾らお母様でも、それは失礼ですわ。

 私はそんなやらかすような性格でもないし、こう言ってはなんだけど、やらかすような度胸もないですもの。

 ここ数ヶ月、誰かさんの影響で、多少の度胸はついたかも知れないけど、生来の性格そのものは早々は変わらない。

 とにかく身に覚えのない事だからと母を宥めていると、屋敷の使用人が数人の男性、……しかも例え佩剣していなくても、騎士様と分かる立派な物腰の人達を案内をしてくる姿に、本当に何事かと心臓が跳ね上がる。


「まずは不躾な訪問となりました事を謝罪させていただきます。

 ジュリエッタ・シャル・ペルシア様で?」

「え、ええ。

 どのようなご用件でしょうか?」


 いくら子爵家の子女であっても、貴族として最低限の教育しか受けていない私にとって、騎士様に丁寧に挨拶をされると言う事自体、難易度が高い。

 それでもなんとか毅然と見せながらも、背筋を正す私に騎士様は私に自分の名前を告げた後。


「シュヴァルト・カル・ガスチーニ様より、ペルシア様を屋敷へと御招待するようにと」


 騎士様達は、案内役兼護衛だと説明してくれはするけど、正直、頭の中に入ってこない。

 だって、私を呼んでいるという人は、魔物討伐騎士団王都師団長であると同時に、ガスチーニ侯爵家の当主である事は、子供である私ですら知っている程に高名な方。

 でも、逆に私は全くの無名だし、そもそもペルシア家そのものが貴族と言っても子爵でしかない。

 おまけに、こう言ってはお父様やお母様に失礼かも知れないけど、お爺様の商売の失敗と、お父様が過去に国に御迷惑をかけた件もあって、弟のベルの代まで保つかすら怪しいほどに落ちぶれた家。

 そんなペルシア家の子女が、全く派閥の違うガスチーニ侯爵様の屋敷に呼ばれる事など考えられない事。


「侯爵様のお屋敷にお招きされるなんて、お姉様は凄いのですね」


 目をキラキラと輝かせながら弟のベルが感想を漏らすけど、お母様を宥めたのとは別の意味でも、全く身に覚えがない。

 どこをどうやったら、子爵家の家族でしかない私が、侯爵家の当主にお招きされるような事態になるのか見当もつかない。

 うん、これはアレね。

 私に身に覚えがないのなら、彼女しかない。

 脳裏に浮かぶのは、失敗をやらかしても、平気な顔で戯けて見せる白髪の友人の姿。




 ……ユゥーリィさん、一体、今度は何をやらかしたんですの?




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