164.いっぱい料理を作れて満足です。
「大変お見苦しいところをお見せいたしました」
二人を解放した後、自分の事ながら、コメカミをヒクつかせているのを感じながらも、なんとか師団長様に謝罪の言葉を入れる。
ええ、あまり人に見せられる様な内容ではありませんでしたからね。
正直、穴があったら入りたいです。
魔法で一瞬で掘れますけど、流石に此処でするのは憚れるので自重しますよ。
人目がなかったらやるのかって、無論やりますよ。
十五分くらい穴の中で反省して、また這い出てきますけど。
「い、いや、聞くからにヴォルフィード達に非がある様だから仕方ない事だろう。
此の者達に、此処まで面と向かってそう言う事を言える者も少ない。
公の場でなければ、遠慮なく言ってくれて構わないと思うが……、やり方には少し驚かされてはいるがな」
「礼儀を弁えない、はしたない娘とお笑いください」
ええ、本当に恥ずかしいですよ。
いくら腹が立ったからって、騎士団のお偉いさんの前で、今のはちょっと無かったなと反省。
せめて三人になるまで待って、シメておくべきだった。
だいたい、私だって暴力は嫌いなんですよ。
でも仕方ないじゃ無いですか、此の二人、言葉が通じないところがあるんですから。
「なに、その二人を一瞬で無力化するとは、老師が心配する必要はないと言うだけの事はあるのだと思ってな」
別に不意を付いただけですし、其処まで持ち上げられる事では無いと思うけど。
「ヴィー様、自信が無くなりそうなんですが」
「腕を磨いたつもりなのに、前以上に何もできなかった」
こらっ、今、言ったばかりなのに、其処でそう言う事を普通は言う?
だいたい二人はそうは言うけど、実際に二人の反応は、前より良かったと思いますよ。
だけど、私だってあの模擬戦を元に、色々と対人戦の対策を練ってきたし、ブロック魔法の応用性にも磨きをかけて、今回も二人の抵抗を先んじて封じさせてもらっただけですし、体術も少しずつではあるけど、上がっているんですよ。
身体強化だけなら、あの四人に一対一でも負けるけど、制限付きでもブロック魔法を使って良いなら、四対一でも負けない所までは来ている。
「一応、これでも魔導士ですから、あれくらいは」
「そ、そうか、……あれくらいは…か」
まったく、二人のおかげで、お偉いさん達が引いているじゃ無いですか。
でも、まぁしょうがないか。
私はまだ地面に座っている二人に近寄り。
「二人があの時の事を感謝し、私を神聖視してくれるのは嬉しいですが、少し控えてもらえると助かります。
私としては崇められるより、親しいお友達でいてくれた方が嬉しいですから」
そう二人の頬に手を当てて、治癒魔法をかける。
力加減をしたから怪我はしてはいないと思うけど、軽い痣くらいにはなっているだろうから、きちんと癒しておく。
さっきみたいな馬鹿すぎる事をせずに、普通の馬鹿をやれる間柄でありたいと。
ヴィー達の仕事柄、あまり逢える事はないだろうけど、それくらいの思いでありたいと。
「二人には少し恥を掻かせてしまったので、何かお詫びに出来る事があればやりますよ」
うん、私だって反省はしているし、二人のやった事には怒ってはいても、申し訳ないとも思っているのは本当。
また模擬戦をしたいとか、あまり調子に乗らない限りは聞いてはあげるつもり。
多少の魔導具の製作ぐらいはしてあげますよ。
材料があればですけど。
はぁ王都の観光ですか?
別に良いですけど、どうせジュリと観光する予定でしたし、師団長様の話ですと護衛も必要のようですから、ヴィーとジッタの二人なら、それほど気を使わなずに済みますから私としてはありがたい限りの話ですけど。
……あの何故、溜息を?
「ふむ、ならばヴォルフィードにノンターク、客人が街に行く際の護衛は二人に任す。
初の護衛任務だ、色々と後悔が無きよう頑張るように」
なにやら温かい目でヴィー達に命令を出す師団長様だけど、ノンタークと言うのはジッタの事かな?
ああやっぱりそうなんですか、高位の伯爵家の次男と……、個人的に伯爵家の次男と言うとあまり良い印象がないのですが、流石に幼女愛好家の変態熊馬男と比べてはジッタが可哀想なので、アッチが例外として記憶を上書きしないとジッタに悪いですね。
あっ、いえ、個人的な事です。
それはそうと、お仕事の話はさておいて、何か私に出来る事はありませんでしたか?
別に今ではなくても、思い付いてから手紙でも良いですけど。
「じゃあ久しぶりに君の手料理を食べたいかな」
ヴィーの言葉に何故か騒つく回りの反応。
まぁ料理ぐらいなら別に良いですけど、騎士団って確か宿舎があったはずですよね。
リズドの街の学習院に放り込むぐらいだから、当然、公爵家の次男であろうとも、見習いであるヴィー達は宿舎生活のはず。
つまり、もう夕食とかの準備はそれなりにされているはず。
そして、無論そういう集団生活である以上、ヴィーとジッタだけと言うのも、ヴィー達が後で何を言われるか。
「ガスチーニ様、もしお許しが得られるのであれば、正午のお茶の時間に騎士団の皆様が摘める軽いものを、素人料理ですが振る舞いたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? 二人ではなく団にか?」
「はい、魔物討伐騎士団は結束を固めるために、集団生活を行うと聞いております。
ならば二人に料理を作ると言う事は、騎士団に作る事に他なりませんので」
「それは構わぬが、今日、此処にいる者だけでも軽く八十はおるぞ」
ふむ、思ったより少ないのは、何処かへ遠征に行っているか何かなのだろう。
なんにしろ、それくらいなら台所と道具と食器などを貸していただければ、食材は収納の魔法の中の在庫でなんとかなるかな。
すでに夕食の下拵えも入っているかもしれないから、邪魔にならないようにしないと。
人手でですか?
調理場や使っても良い道具などが分からないので、その辺りが分かる人がお借りできると助かります。
あとは最後に料理を運ぶ時に人手があると助かりますが、それ以外は何とでもなります。
これでも魔導士ですから。
「……なぁ、こう言うのに魔導士とかって関係あるのか?」
「……いいえ、聞いた事がありません」
なにか師団長様が部下の方と何やら話しているけど、料理に魔法を使う事って、そんなに珍しい事なのかな?
ジュリもあまり使わないとは言っていたけど、最近では何も言わなくなってきたし、お皿やカラトリーぐらいは魔力制御の練習を兼ねてやっていたから、そう珍しい事ではないと思うのだけど。
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案内された隊が使う食堂は、流石は大所帯の食事を賄う台所、もの凄く広いですね。
ちょっとした倉庫ぐらいの広さがあります。
そしてやはり夕食の下準備に入っているためか、空いている竃はそうはないみたい。
今は下準備だから、幾つか空いているけど、昼を過ぎれば、全部使用中になるだろうからね
あっ、パン焼き用の窯が空いている、ラッキー、これ使わせてもらおう。
作業台は此方の三つを自由にと、ならばまずは小麦粉を……八十人分以上だから十二、三キロか。
此れだけの大人数分は前世の学園祭以来だけど、何とかなるかな。
取り敢えず四つに分けて結界の中で、天然酵母の菌とぬるま湯がよく混ざるように攪拌。
生地が馴染んだら、ペッタン、ペッタン結界内で打ちつけ。
空気を抜きながら折り畳む様に何度か繰り返し、表面がいい艶になってきたら、結果内の湿度を上げて、しばらく放置して発酵を促す。
その間にスープ物の準備、蟹の甲羅を軽くボイルしてから、ネギと一緒に鍋で出汁取り。
鍋の底から泡が出てきたところで、白ワインを少々で臭みを消し。あとは弱火で灰汁取りしながら別作業。
それにしてもこの大鍋は便利よね。
用意した蟹の甲羅が大きいから、こう言う時に面倒じゃなくて助かるかな。
あとは基本的にお野菜をスライス、ピーマン、トマト、オリーブの実、レモン、ライチ、ペンペン鳥、ソーセージ、ベーコン、蜂の子の白、マッシュルーム、エビ、玉ねぎ、ナス、アスパラ等々。
あとは大量の数種のチーズとバジルとニンニクに生姜と桃を刻んで、とにかく片っ端から切っては、酸化しない様に再び収納の魔法の中に保管。
おっと、牛乳と刻んだ桃とレモン汁で、桃のアイスの素を結界内で攪拌しながら冷却。
材料の量が量なので材料を切るのに夢中で、デザートを仕込んでおくのを忘れるところだった。あぶない、あぶない。
あとはフォルスの港で、大量に買った岩牡蠣を取り出して洗浄魔法。
そんな事をやっていると、生地の発酵が良い感じに進んでいるから、適当な大きさに千切っては円盤状にしては、収納の魔法の中に保管。
「……あ、あの、先ほどから何を作られているのでしょうか?」
其処へ、私に付けてくれた調理場の人が、何か恐る恐る聞いてくるけど、調理人が此処まで見て分からないのかな?
作っているのはピザを数種と、洋風蟹玉スープ。
岩牡蠣のワイン蒸しと、ガーリックバターのバジル焼牡蠣。
あとデザートに桃のアイスクリーム。
私一人なら、大きめのクッキーを一枚で済ましている昼のお茶だけど、騎士団の人達で鍛錬の後なら、これくらいは欲しいかなと思ったのですが、量がおかしかったですか?
ああ、これくらいあってもおかしくはないと。
「…い、いえ、その、色々と見慣れない食材があったので」
ん〜? そんなへんな食材はないと思うけど。
まぁいいや、とにかく作っちゃいましょう。
あっ、そろそろ器の準備お願いしますね。
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「ほう、なかなかに美味しそうだな」
「貴族の方には、お口汚しになってしまうかもしれませんが、どうかお召し上がりください」
やっぱり生地の発酵と、出汁を取るのに時間が掛かってしまったけど、なんとかお昼のお茶会の時間には間に合いました。
ガスチーニ師団長様が、何やらまた恥ずかしくなる紹介されますけど、本当にそう言うのは勘弁してください。
え? そのうち改めて正式な礼を述べる機会があるって、何の事でしょうか?
正式に決まってからでないと言えないって、今半分言った様な物ではと思いつつ、流石に師団長様を相手にこれ以上は突っ込めない。
ええ、なにせ師団長様、侯爵家の御当主様だそうです、吃驚です。
侯爵家の当主が魔物討伐団の師団長とか、危険な職業に就いて良いのか? と思うのだけど、この世界は魔物が生態系の頂点にいる事もあって、国の要職に就く人間にとっては、一番手っ取り早い通過点にする事もあるそうです。
国の内外に力ある人間が率いるのだと、見せつけるために。
もっとも、師団長様は通過点とは思っていないそうで、戦えなくなるまで引退する気はないとの事。
「まだ昼間ですので、食前酒程度になりますが」
まずは師団長様へ、そして側にいるヴィーとジッタにもお酒を注いであげます。
他の人達は、まぁ手酌か、お隣の方達とでお願いいたします。
無論、未成年の私は果実水ですけどね。
「ユゥーリィ、これって?」
「庶民のお酒の代表格でもある蜂蜜酒です。
なにも入っていない素の味のものですけど、一番素直な味だと思いますよ」
「いや、そうでなくて、なにか色が赤いんだけど」
「そう言う色の蜂蜜でしたからね。
こう言う場では、本当はワインの方が良かったのでしょうが、あいにくと其処までワインの在庫がないので、余っているお酒で代用しちゃいました。てへっ」
血の様な赤ではなく、 紅玉色なので綺麗な色と言えば綺麗なので、見目は良いと思うんだけど、何故か私の一言で、周りが騒然とする。
そう言えば、ヨハンさんやラフェルさんが、あの蜂蜜の話をしていた時、引きつっていた記憶がある。
ライラさんやコッフェルさんは普通に喜んでいたから、個人差なのかなぁと思っていたけど、違うのかな?
「あ〜…、少し確認したいのだが。
今、君に付けていた者から聞いたのだが、何やら普通でない食材を多く使っていたとか?」
師団長さんから、使った食材の事を聞かれたので、順番に説明したのだけど。
「……ペンペン鳥はまだしも、紅皇蜂の蜂蜜に幼虫、深緑王河蟹」
「来る途中で見かけた一角王猪を面倒だからって見逃していなければ、今頃は照り焼きとか出来たんですけど、残念です」
私も好きだけど、男の人は基本的にお肉って大好きですから、あの時狩っていれば、今頃さぞ盛り上がっただろうなと思うと、本当に悔しいです。
まぁ、魔物討伐騎士団の方達ですと、そう珍しくない食材ばかりでしょうけど。
「……ああユゥーリィ、一つ誤解がある様だから言っておくけど、討伐騎士団といっても、冒険者のやる採取じゃないから、討伐した魔物の大半は食べれる様な状態じゃないんだ」
……なんて勿体ない。
美味しいものは美味しくいただくのが、自然の摂理だと思うのですが。
あれ? でも商会では試作品の実戦試験といって、深赤王河蟹と深緑王河蟹を狩ってきて、蟹鍋パーティーやってましたけど。
「それ、間違い無く君の影響だと思う」
「つまり、食材は無駄なく美味しくと、良い影響になったって事ですね」
自然に優しく、胃に美味しく。
うん、とても良い言葉だと思いますよ。
そうして最初は、何故か妙な騒ぎになった物の、始まれば楽しい軽食会となり。
最後には争奪戦が起こる程となり、その中心となったのは、桃と紅皇蜂の幼虫と蜂蜜を使ったフルーツピザだったりした。
ええ、其処まで夢中に美味しく頂いてくれたのなら、食材さんも満足でしょう。




