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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
160/977

160.崩壊する感情に重ねる影と想い。





「……終わった?」


 波の揺れ以外に一切動かなくなった魔物の様子に、今度こそ終わったのだと実感すると共に重大な事を思い出す。


「ジュリッ!?」


 なんとか魔物は倒したけど、そのために小船ごと放り出してしまった彼女の安否が心配。

 あの機会を逃したらもう好機は無いと判断したからなんだけど、彼女と船は大丈夫なのだろうかと探知の魔法と目視で確認する。

 直ぐに左手に二百メートルぐらいの所に船と彼女らしき反応があるのを確認。

 ブロック魔法で空中を駆けながら、巨大な魔物の遺体を収納の魔法に納める。

 出来るかどうか半信半疑だったけど、こんな巨大な物を容れられるだなんて、収納の魔法の許容量は、どれくらいあるのだろうかと呆れると共に、悪用された場合の事を考えると怖くなる。

 

「ジュリ、無事で良かった」

「ユゥーリィさんっ! 貴女はもうっ! もうっ!」


 なんとかブロック魔法の空中歩行の時間切れになる前に、彼女と小舟に合流する事が出来たのだけど、彼女自身は全身びしょ濡れ状態。

 おまけに小舟は着水の時に無理があったのだろう、大破する事は免れたみたいだけど、船底から海水が浸み込んで来ており、すでに舟の中に海水がかなり入り込んでいるのが見て分かる。

 おそらく空中でいきなり、船を自力で何とかしろと言われた事に怒り心頭なのと、魔物の脅威がなくなった事への安心感なのか、ジュリ自身かなり複雑な表情をしている。

 彼女の心情を思えば、相手をしてあげたいけど、あいにくと今の状況を鑑みれば、そんな余裕はない。


「今は、沈没しかけている船をなんとかするのが先」


 力場(フィールド)魔法と水魔法で、船の中の海水を掻きだしながら、船底に結界魔法で浸水を止める。

 相変わらず高い波を、再びバラストを設置して安定化。

 ウォータージェット推進の魔法で、遥か遠くにいる母船を追いかけるのだけど、この船の状態では、あまり速度を出す訳にはいかない。

 これで母船に追いつけれるかは、運を天に任せるのみだと分かってはいるけど、諦めたりなんてしない。


「無茶をさせてごめんね」

「本当に吃驚し過ぎて、今にも心臓が止まりそうよ」

「うん、私も心臓が止まりそうだった」


 自分でやっといてなんだけど。

 ジュリが無事かどうかを、この目で確認できるまで、本当に怖かった。

 

「でも、ジュリなら何とかしてくれると思ったから」

「本当にっ本当にっ、必死でしたわよっ」

「そうだよね、私も必死だった」


 守ると言いながらも、彼女にはかなり無理をさせてしまったと思う。

 その後は、何かやりとりしたような気がするけど、正直覚えていないし、次第に無言になっていってしまう。

 もうお互いに疲れ切っているのだろうし、私も何かを喋る気力がない。

 狩猟で魔物と相対する事もある私ですら、そうなのだから、彼女はそれ以上だと思う。

 彼女は魔力制御がまだ未熟だから、船を着水させるのに、あるだけの力を振り絞り、あっと言うかに魔力をほぼ枯渇させてしまっただろうから、余計に疲れているはず。


「……」

「……」


 ただ、波の音と、その波を切るように走る小舟の音が響く中で、空間レーダーの魔法だけを頼りに小舟を走らせてゆく。

 疾走する小舟の彼方此方からは、今なお浸水しているのをなんとか魔法で掻き出すけど、どんどん浸水する量が増えている気がするわね。

 それでも、飛び出してきた船が、何とか目視で確認できるまでに近づいてきたのは、普段の行いが良いからだと思いたい。

 そして、人間幾ら疲れ果てていようとも、先が見えると気合が入るもので、どうやら私もその手の一人らしく、魔法を駆使した操船に力が入るのは仕方ない事だろう。


「「……助かった」」


 そうして、なんとか陽が沈む前には母船と合流。

 申し訳ないけど連絡艇は、此処でお役目を終えてもらった。

 本来の寿命はまだ有っただったろうけど、乗員の命を守ると言う意味では、その役目を果たしたと言えるので、勘弁してほしい。


「すみません、今は休ませてください」


 なにか興奮している船長さん達に、それを言うのが精一杯。

 流石の私も、あんなとんでもない魔物との死闘の後では、心身ともに疲れている。

 ジュリと共にふらつきながらも船室に戻るのだけど、身体が揺れているように感じるのは、波の揺れだけではないに違いない。

 正直、これで平気な顔をしていたら、化け物だと思うしね。

 だからなのだろう、たった四日しか使っていないけど、この部屋に戻ってきてやっと実感できる。

 帰ってこれたのだと。

 あの死闘から、日常に戻ってこれたのだと。


 とさり。


 音のした方を見れば、ジュリが床に膝をつき、両手で身体を抱きしめている。

 きっと、彼女も同じなのだ。

 無理やり押さえつけてきた緊張が……。

 本当に終わったのかどうかを理解していなかった頭の中が……

 仮初であろうと、自室と言う日常に触れた事で、麻痺していた感情が……。

 (ほぐ)れ……、理解し……、戻ってきた……。


「う…ぅっぁっ…ぁっ」

 

 強張る表情とは裏腹に、両の目から止めどなく零れ落ちてゆく涙。

 嗚咽と涙が人の感情である恐怖を揺り起こしてゆく。

 だって分かるから……。

 例え恐怖の種類は違えど、同じだから……。

 強大な魔物と相対(あいたい)した恐怖と、守るべき者を守れない恐怖……

 抗いようのない力の差に絶望する者と、打つ手の少なさに絶望する者……。

 もう生きて戻れない事に対する恐怖と、もう二度と彼女に会えない事に対する恐怖……。

 ……だから分かってしまう。

 今まで、必死に抑えていた恐怖(モノ)が、噴き出そうとしている事が。

 だから、そっと彼女の頭を抱きしめる。


 「大丈夫、ちゃんと戻れたから」

 

 例えそれが代替行為だとしても、彼女の心を抱きしめる。

 魔力の循環鍛錬前の時のように、彼女に心の音を聞かせるために優しく抱きしめる。

 心が壊れてしまわないように、泣き喚めこうが暴れようが、もう安心なのだと。

 溢れる感情の波に飲み込まれる彼女が、少しでも落ち着けるように。

 暴れんばかりの腕が体の彼方此方に当たり、突き立てられた爪が服越しに皮膚を突き破ってくるけど、その痛みを無視したまま、彼女の頭を抱きしめ続ける。

 だってその痛みは、確かに私が生きている証であり、目の前の彼女が確かに生きている証。

 だからその痛みごと彼女を抱きしめ、髪の毛を梳く様に頭を撫で続ける。


「ああぁっあああ~~~っあぁっぁ…」


 もう大丈夫だと。

 戻って来れたのだと。

 自分に言い聞かせながら……。

 ついでのように彼女に伝えながら……。

 彼女を抱きしめながら、遠い地にいる彼女を心の中で抱きしめる。

 まだ生きているのだと。

 守れたのだと。





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