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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
159/977

159.触手に絡まれる趣味はないのでお断りですっ!





 水中レーダーの魔法を使わなくても、感じる魔物の魔力の波動。

 その波動の振幅の強度から、人等とは比べようもない程、とてつもない魔力の持ち主だと分かる。

 そして水中レーダーから分かる形状からして、恐らくは……。


 魔物:クラーケン(巨大烏賊)


 災害級に認定されてはいるけど、それは海洋の魔物のため、人の街に被害が出る事は滅多にないからであって、その実力は竜種である大災害級に匹敵するかもと言われている。

 全く、姿も見ないうちに、すでに一つ下の戦災級とは比べ物にならない程の圧力を感じる。


「ジュリ、平気?」

「平気な訳がないですわっ!

 逃げ出したい気持ちで精一杯よっ」


 とりあえず、それだけ叫べれる元気があるのなら大丈夫そうだ。

 彼女自身、叫ぶ事で恐怖を抑え込んで自分を奮い起こしているのだと分かる。

 操船の方はなんとか慣れたようなので、そっちは彼女に任せるけど、指示は声に出すのも大変なので、私の背中に光球魔法の応用で、矢印と出力メーターを表示。

 ジュリはそれを見て操作に集中する事に専念させる。

 下手にアレと相対するより、そっちの方が恐怖が和らぐだろうからね。

 まぁ雀の涙程の差だろうけど。


「水の槍でアレを刺激するから」

「任せたわ」

「なら私の命もジュリに任せた」


 船底から放った水の槍。

 威力的にはなんら効果はないけど、アレを刺激するのは十分のはず。

 掛かったっ!


「来るっ!」


 水中と空間の二つのレーダ魔法を駆使しながら、うねる波とクラーケン動きを把握しながら、操船の指示を出す。

 幸い、此方は小型の船のためウォータージェット推進の魔法の方が、圧倒的に足が速い。

 波が高いため、それを縫うように走らないといけないため、結果的な速度はどっこい勝負ではあるけどね。

 そして、そんな私達の船の動きに苛立ったのだろう、海面へと浮上してくる反応に、結界を広げジュリごと包み込み、覚悟を決める。


「ぴぎぃーーーーーっ!!」


 音に鳴らない【咆 哮】に空気が震えあがる。

 上位の魔物が持つ事がある特殊スキル。

 咆哮に含まれた魔力によって、相手を威圧し怯ませ叩き伏せる。

 圧倒的強者が放つ事ができる常套手段らしいけど。

 本の知識で知っていなかったら、ヤバかったかも知れないほどの圧力。

 それだけの圧を、最大強度の結界越しに感じた。


「ジュリ行ける!?」

「い、い、行けるわよっ」


 言葉を震わせながらだけど、最後は無理やり叫びながら応えた。

 なら、上等だと言える。

 この【咆 哮】スキルは、相手に対して一度の戦闘で一回しか効かない欠点がある。

 その一回をなんとか耐え切った以上は、後は単純な力比べ。

 どちらかが狩る側で、どちらかが狩られる側かのね


 ゔぁさーーっ!


 振り下ろされる触腕を他所に、海面からも突き上げる触腕。

 それを三次元的に感知しながら、ジュリの操作で避け続ける。

 こいつ、こんなフェイントを使ってくるあたり、思った以上に頭が良い。

 おまけに……。


 ごぉーーん。


 お返しとばかりに放った火球魔法は、相手の触手に触れる前に透明な壁にぶつかり、火球魔法が無駄に炸裂する。

 結界まで張るだなんて。

 知識としては分かってはいたけど、今の攻防でそれは確認できた。

 それにしてもクラーケンって、なんと言うか巨大なアオリイカに見える。

 ただし、本体だけで大きな体育館程もあるとんでもないサイズ。

 正直、海面に出ている一部を見ているだけで、身体に震えが走る。

 こんな巨大な魔物を相手に、一体何が出来ると言うのかと。

 だけど、此処で諦める訳にはいかない。

 私がこうやって耐えている事で、なんとか精神の均衡を図っているジュリの心が保たなくなってしまう。

 なら、此処は無茶でも踏み止まらないと。


 ザバーンッ!

 バシャーン!


 上下から次々と襲ってくる触腕と足。

 動きそのものは巨体なため鈍重だけど、その巨体さそのものが脅威になっている。

 特に下からの攻撃が厄介。

 巨大な触腕と足だけでなく、一緒に持ち上がってくる海面が、小舟を引っくり返そうと襲いかかってくるため、ジュリの操舵に負担が掛かる。

 だけど、そのおかげでだいたい動きのパターンは分かった。


 ド・ドーーーーンッ!


 襲いくる触腕の一つを、私の放った数発の火球魔法が迎撃し、相手の結界を吹き飛ばし触手を少し削り飛ばす。

 巨岩すら半溶解する私の火球魔法だけど、今のはその数倍の威力。

 火球魔法の中に、乱回転させた高圧縮の風魔法を仕込んだ爆裂火球魔法(エクスプロード)

 よし、あの威力なら結界越しにでも通用する。

 問題は、この距離と大きさだから、本体を狙おうとすると時間がかかる上、魔法を運ぶ魔力の紐を、触腕や高い波に邪魔されてしまうと言う事。

 今みたいな迎撃には、なんとか使えてはいるけど、それだけでしかない。

 そしてこんな攻撃を受けたクラーケンは、下からの攻撃に切り替えてくるため、操舵への指示がますます目まぐるしい物になってゆく。

 なんとかしないと思いつつも、水属性系の魔物との相性の悪さを実感する。

 今の攻撃で分かったのは、あの威力ならクラーケンの結界を破る事はできる。

 でも、結界を突き抜けた二発目の爆裂火球魔法(エクスプロート)は、こいつの表面を少し削っただけにすぎない。

 水の中に火を入れても直ぐに消えてしまうように。

 たぶん、クラーケン自身が水属性による相性の悪さもあると思うけど、今の感触からして、私の身体を覆う結界と似た様な感じね……。


 ザザバーーンッ!


 ええい、しつこいっ!

 操舵が追いつけずに、盛り上がる水面の影響を受ける小舟を、私の力場(フィールド)魔法が補う。


「想定内っ!」


 短い言葉だけど、そう背中のジュリに檄を飛ばす。

 気にするなと、此れくらいはなんとでもなると。

 今は操舵に集中してと。

 そう気持ちを込めた言葉を。


 ド・ドドォーーーーンッ!


 海面下からの攻撃に集中させておいて、不意を突くかのような上からの触腕攻撃。

 それを事前に察して再び爆裂火球魔法(エクスプロード)で迎撃。

 先程より多い攻撃に晒されたにも拘わらず、攻撃を受けた触腕の被害はそう増えてはいない。

 やっぱり私と同じように、今度は触腕の体表にまで結界を張っている。

 触腕でこれなのだから、本体部分の結界が此れより強力であろう事は、魔力眼で魔力密度が高い事を確認したから、安易に想像できる。

 その密度の差をからして、不意打ち程度の攻撃では、たぶん本体には傷つける事すらできない。

 

 ド・ドドォーーーーンッ!


 そんな攻防を数度繰り返すも、状況は此方が不利には違いない。

 何せ、此方は海面下からくる触腕には何もできない。

 迎撃をしているのは、海上からの攻撃のみ。

 それを察したのだろう。

 クラーケンからの触腕攻撃が、海面下からの攻撃一方になってくる。

 しかも此方を逃さないとばかりに、触腕を長く伸ばし外側から内側への攻撃。

 明らかに私達を内側へと追いやろうとしている。


 でもそれは私にとっても狙っていた事。

 海上からの攻撃のみを迎撃していたのも、そのための布石。

 海上にある邪魔な物を取り払うためのね。


「喰らいなさいっ!」


 ド・ドドォーーーーンッ!

 ド・ドドォーーーーンッ!

 ド・ドドォーーーーンッ!


 残りの魔力許容量を全て使い切るほどの爆裂火球魔法(エクスプロード)

 百もの爆裂火球は、次々にクラーケン本体へと襲い掛かる。

 魔力の紐を駆使しながら、なるべく四方からの絨毯爆撃。

 まだまだっ!

 一度ではなく、魔法を開放しきって空いた分の魔力許容量を使って、更に爆裂火球魔法(エクスプロート)を作り続けて行く。

 派手ではあるけど、これでも爆裂火球魔法(エクスプロート)の爆炎は、本体には届いてはいないだろう。

 だけどそんな事は関係ない。

 最初から効くなんて思ってはいない。

 

 飽和攻撃。


 流石のクラーケンも、攻撃の手を止めて私の攻撃に耐えている。

 そして相手の攻撃の手が収まれば、その分だけ私は攻撃に集中できる。

 

 ド・ドドォーーーーンッ!

 ド・ドドォーーーーンッ!

 ド・ドドォーーーーンッ!


 やがて、クラーケンの動きが鈍り、本体の表面部分が傷ついて行く。

 やっと効いてきた。

 狙っていたのは爆裂火球魔法(エクスプロート)による火炎の威力ではなく、爆風による衝撃波の多重攻撃。

 【咆 哮】と同じ事、幾ら結界で火炎を防ごうとも、爆風の振動までは消しきれない。

 爆圧振動による体内への波状攻撃は、神経伝達を鈍らせ、意識を奪おうとする。

 意識を失えば強い結界を張り続ける事はできなくなり、弱くなった結界をすり抜けた爆炎が、今度はクラーケンの本体部分の表皮を焼きはじめる。


 ずざざざっ。


 それがよほど嫌だったのだろう。

 クラーケンはその巨大な体を海中に沈め、墨を吐いてから真下へと潜って行く。

 逃げてくれた?

 確認しようにも、吐き出した墨に魔力が含まれているのか、水中レーダーの反応が悪い。

 海面下全体に薄靄が掛り、深く潜ったアイツの影を追えない。


「お、おわった…の?」

「気、抜かないでっ!」


 緊張の糸が切れかけるジュリを叱咤すると同時に、自分自身も引き締める。

 こういう時が一番怖いんだからっ。

 そして、こういう時の悪い予感と言うのは総じて当たるもの。

 黒い靄の掛かった向こうから感じる、僅かな巨大な影。

 こいつ、その巨体さを利用して、真下から船ごと突き上げるつもりだっ!

 回避は、間に合わないっ!


「船の直下に盾をっ!

 最大強度でっ!」


 ジュリの盾の魔法に合わせて、私もブロック魔法で作ったバラストを解体して円柱状に再構築し、其処へ強力な水魔法を展開。

 やっている事は一角王猪ドス・エンペラー・ボアを追い払った時に使った空気砲の魔法の応用で、風の代わりに水を最大出力で、敵ではなく船へと向けて放つ。

 ジェット水流推進のような水流制御ではなく、新たに生み出された大量の水が、強力な水流となって、ジュリの張った盾を受け皿に、船ごと押し上げる。

 船全体をフライボードの様にして、自ら空高くへ上がった事でギリギリ直撃を回避したものの状況が悪い事には違いない。

 真下にはクラーケンが、落ちてきた私達を捕らえようと待ち構えており、このままでは餌食になる事は間違いない。

 空高くへと浮かび上がった船が、重力を思い出したかのように自由落下を始める直後、ブロック魔法で滑り台を作る事で、落下ではなく滑走へと変わり、魔法のウォータースライダーへとなる。

 これで墜落の衝撃によって海に投げ出されることは回避できるだろうけど、その後が拙い。

 多分、此奴は同じ事を繰り返す。

 そして、こんな一か八かの回避を続ける事などは不可能だし、なにより船が保たない。

 迫りくる死の影に、脳裏に親友の顔が浮かぶ。


「ジュリ、船は自力で何とかしてっ!」

「はぁっ!? ちょっとっ!」


 返事を待たずに、空中を滑り落ちる小舟から飛び出す。

 ブロック魔法と身体強化の魔法を駆使して、空中を駆け下りながらも自ら体育館ほどもある巨大な魔物の身体に取り付く。

 その巨大な身体の表面を駆け下りながらも、収納の魔法から手に馴染んだそれ等を取り出し、やがて辿り着いたのは、魔物の巨大な目と目の間。

 巨大な体と神経の鈍さが災いしたわねっ。


「ゼロ距離なら結界も関係ないっ!」


 手にしているのは使い慣れた弓矢。

 そして既にセットしてあるのは、貫通力のある群青半獅半鷲(ブルー・グリフォン)の爪を使った魔導矢に、同じ効果の魔法を更に重ね掛けしてた物。

 そして最初に放ったのは、魔銃の弾倉された氷結の魔弾。


 びしっ!


 魔法石そのものを弾丸に加工したそれは、巨大な魔物からしたら何らダメージを与えるような物ではない。

 だけど、その体表の一部分を一瞬で凍らせる事ぐらいはできる。

 硬く岩のように凍りついた部分と言うのは、ある意味脆くもあるが、狙いは別にある。

 間を置かずに魔導矢を同じ個所へと打ち出す。


 ひゅごっ!


 狙い通り凍り付いた魔物の表皮は、魔力による保護は弱くなり、ただの氷塊に過ぎない。

 其処へ鉄塊すらも簡単に突き破る魔導矢と、その効果を更にブーストした魔法。

 幾ら【風】が【水】と相性が悪くとも【氷】にして終えば話は別。

 二重の付加魔法を宿した矢は、一瞬にして魔物の体内深くへと吸い込まれてゆく。

 魔物であろうと、イカと同じ体構造なら其処には脳がある場所。


「追い打ちっ!」


 此れだけの巨大な魔物、魔法を付加した矢とは言え、それだけで死ぬとは限らない。

 ならばと身体に空いた穴に向けて、爆裂火球魔法(エクスプロード)で追撃っ!


 グゴォォォォーーーーッ!!


 穴の奥深くから、煙突効果で凄まじい勢いで爆炎が吹き上がり、魔物の体内を焼いてゆく。

 渾身の爆裂火球魔法(エクスプロード)は、今度こそ確実に脳を破壊したのか、魔物の身体から魔力が消え去って行くのを、私は静かに魔力眼の魔法で確かに見届ける。





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