表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
158/977

158.緊急発進っ! なんでこんな面倒ごとに巻き込まれるんですか?





「不吉でもない事を言っているのは君かね。

 もしも冗談の類なら、今なら聞かなかった事にしてあげるが」

「先程も其方の方にも言いましたが、こんな事で犯罪者になる気はありません。

 アレがただの通りすがりなら、それに越した事はありませんが、最悪の事を考えれば、報告せずに放置しておくべきではないと判断しました」

「しかし君のような子供が、そのような凄い魔法を使えるとは」


 ……また此処で未成年である事の足枷が動く。

 でも、それはある程度仕方ない事だとも言える。

 実戦で魔導士が本当に使い物になるようになるのは、十七、八ぐらいからだそうだ。

 それまでは、多くの兵士達が犠牲になりながらも、育てていくのが此の世界の魔導士だと聞いている。

 でも、今はそんな呑気な事を言っている場合ではない。


 ビシュッ!


 直径二メートルほどの巨大な水の槍が、船尾から海に向かって放たれる。

 火球魔法とか派手な魔法を使って、乗客に無意味に危機感を与えたくないため、目立たないけど、船長さんからはハッキリと分かる魔法を見せつける。


「これでも信じてもらえませんか?」

「……ぁ、ああ」


 驚き放心する船長さんに収納の魔法から、あるものを取り出し渡す。


「見張り台の方に此れを、あそこからなら、此れで確認できるはずです」

「これは?」

「遠くの物を見るための魔導具です」


 商会のヨハンさんから、遠くのものが見える魔導具はできないかと頼まれて、前世の双眼鏡を真似て作ったもの。

 空間レーダーの魔法を魔導具に組み込むのは無理だったけど、レンズと力場(フィールド)魔法を使った光学補正の魔法を組み込んだ魔導具なら簡単にできた。

 まだ試作を繰り返すレベルで生産にまでは漕ぎ着けていない物だけど、今、手渡したのはその内の一つ。

 使い方の説明が終わる頃には、船長さんも此方の言う事が冗談や妄想ではなく、危機が迫った事態だと認識したのか、次々と船員に指示を飛ばしてゆく。

 船の揺れを抑えるために余力を残していた帆を全て張り、少しでも風を逃すなと船員達に檄を飛ばしてゆく中で、一人の船員が船長の下に駆け寄ってくる。


「船長、後方距離約五千、海面に巨大な影を発見とのこと」

「疑った事を謝罪しよう。

 そして勇気を持って知らせてくれた事に感謝する」

「全ては無事に港についてからです」

「ああ、そうだな」


 あらためて態々此方にきて謝罪を口にする船長さんを、早く解放するために短く応える。

 船長さんや船員さん達にとって、これからの一分一秒が命がけの戦いなのだから、私なんかのために、その時間を取らせるわけにはいかない。

 帆の操作に関わっていない船員達が、甲板にいる乗客を部屋へと下げさせているのが分かる。

 おそらく船の中でも、似たような動きが行われているはず。


「私は此処でアレの動きを魔法で見ています」

「感謝します。何か動きに変化あればいつでもお呼びを」

「ジュリ、貴女は部屋に戻ってて」

「連絡役がいた方が良いでしょ。

 それに誰かさんのおかげで、多少は魔物に慣れたつもりよ」

「……助かるわ」


 正直、多少レベルで何となる相手だとは思わないけど。

 同じ船に乗っている以上は結局は同じ事…か。

 追撃の手を逃れるためにとった航路が、まさかこんなとんでもない奴の追撃に遭うだなんて、誰が思うか。

 改めて此処は、魔物が跋扈する世界なのだと実感する。

 そして、此の船というのは逃げ場のない袋小路と同じ。

 漫画やアニメの世界と違って、魔法で空を飛ぶ事ができない此の世界では、こういう時はごく普通の人間と変わらない。

 一瞬だけ支える事のできるブロック魔法では、空中に止まる事もできない上、一度でも海に落ちてしまえば、大きな波の中では、再度空中に駆け上る事は不可能。

 そしてブロック魔法で空中を駆け続けるのも、実は時間制限がある。

 数分程度は問題ないのだけど、一定時間を過ぎると、何故か結界の崩壊が早くなり空中を駆けれなくなる。

 一度でも地面に足をつければ、元どおりなのだけど。

 どうにも此の世界の魔法は、変なところで不思議仕様になっている。

 おまけに空間移動の魔法は、座標が固定されていないといけないので、こうやって揺れている足場では一人二人ならともかく、多くの人間を退避させるとなると不向きというか不可能。


「どうなっていますの?」

「相変わらず」


 船は風下に向かってジャイビングを繰り返しているにも拘わらず、未だ追ってくる魔物との距離を離せない。

 此の船の航路がアレの縄張りに擦り、追い払おうと思って追ってきているのか、それとも単に餌だと思っているのかは分からないけど、間違いなくアレは此の船を追っている。

 風を捉えるために細かい進行補正をしているにも拘わらず、アレは此の船をジワジワと追いつめて来ている。

 ならばそう言う事だろうと考えるべき。

 とても今の状況で楽観視などできない。


「……っ」


 そんな状況がどれくらい続いただろうか、昼などとっくに過ぎさり陽が大きく傾き始めた頃、アレとの距離が縮まり出す。

 なんで? 

 違う、船の速度が落ちているんだ。

 ……まさかこんな時に凪の時間帯?

 やばい、このままでは追いつかれるのは確実。

 そう思うと、船尾の縁に掴む小さな手が震える。

 自分一人ならまだいい、でも、此処には守るべきジュリ以外にも、多くの人達がいる。

 ほんの数日だったけど、一緒に遊んだ子供達、私はヘロヘロなのにそれに構わず楽しそうに踊っていた若い男女。

 色彩豊かな光球魔法の花火は、子供達を興奮させながらも、それを肴に酒を楽しむ大人達。

 目の前で釣り上げた魚を、夕食に同じ物を食べたのは、きっと皆んな同じ思いだったと思う。

 そんな人達が、一緒に乗っていると思うと怖くなる。

 あんな小さな子供達の命が……。

 名前を知らないままに笑顔を交わし合い、共に短い日々送った人達が……。

 なにより守ると決めたジュリの命が……。

 

「……まったく、私って何を考えてるんだか」

「どうかしました? アレは?」

「どうしようもない。

 ただ、自分がどうしようもない馬鹿だって思い知っただけっ」


 覚悟は決めた。

 なら、動くなら早い方がいい。

 アレは、そのうち追いついてくる。

 私は急ぎ、船尾を後に船長室へと向かう。

 途中、何かあったのかと船員が聞いてくるけど、忙しいので此の際は無視する。

 船長室の前には人集りが出来ているけど、悪いけど無理やり通させてもらうわよ。

 だけどそんな行動に出る前に、後ろからきた船員達が、その鍛えられた身体を張って道を開けてくれた事に少し驚くけど、今は礼を言う時間が惜しいので、言葉だけでそのまま通らせていただく。

 そして何とか通り抜けて船長室に入ると、其処には船長と数人の船員、そして……港に居た初老の白髪の男性?

 なんだ同じ船に乗っていたのかと思いつつも、今はそれどころではない。


「君か、……アレの動きに変化でも?」

「御存知かと思いますが、未だ接近中です。

 このままでは、いずれ追い付かれるでしょう。

 逃げ切れる算段の有無を確認に来ました」


 あくまで確認だ。

 私は面倒臭がり屋なので、無駄な労力を払いたくない。

 そして船長さんの鎮痛な表情から、もう答えは分かった。

 なら、実行に移すだけだ。


「連絡艇を一隻戴きます」

「っ!」


 後ろから追て来ていたジュリはおろか、船長や周りの人達が目を見開く。

 それもそうだろう。

 私みたいな子供が、殿(しんがり)をやると言うのだから。

 だけど、私は見た目こそ子供だけど、中身はそれなりに歳をとっている。

 最近は、身体の年齢に引っ張られているためか、その自覚がないけど、それでも前世の記憶と経験は確かに私の中にある。

 なら、大人の魔導士として、この判断はある意味当然だと言える。

 もっとも、私は此処にいるジュリを守りたいから、言っているだけだけどね。

 皆んなのためになんて、自己犠牲の心なんて意味のない物は持ち合わせていない。

 あくまで私がそうしたいから、するだけの話。

 無論、実際に殿(しんがり)なんて勤めるつもりはない。

 ひどく簡単な話だ。

 今までと同じだと気がついただけ。

 何時かの赤色角熊(レッド・ベア)の時の様にね。


「逃げているより、狩ってしまった方が手っ取り早いと思いまして」


 そう、知らない誰かのためだなんて、冗談じゃない。

 私は、私と私が守りたいモノを守るために、足を前に進めるだけの事。

 言うだけの事は言った。

 なら、あとは動くだけ。

 返事なんていらない。

 どうせ、その手しかないのなら、船長さんはそれに乗るしか手はないのだから。

 たとえ、私を犠牲にする判断をしようともね。

 いいえ、船長という責を持つからこそ、そう判断する。

 子供一人の命で、船全員の他の命が助かる可能性が高まるのなら、船長としての責務と、子供の命を犠牲にする罪を背負う覚悟を……。


「ジュリは、此の船に残って」

「そんな、一人でなんてっ」

「いても足手まといっ」


 厳しい事を言うようだけど、それが現実。

 正直、私だって、どうなるか分からない。

 初めての海で、こんな事態など想定していなかったのだから、いつもの狩りのようにはいかない。

 甲板に出て、括り付けてある連絡艇を船員の方に用意してもらう。

 速度が落ちているとはいえ、疾走する船から小舟を下ろすだなんて真面な考えではないのは分かる。

 でも私は魔導士、多少の無理は魔法でなんとかする。

 魔法で補助をしながら、小舟の並行を保ちながら、大きな波がうねる海へと下ろされる私を、船長さんとあの白髪の老人、そしてジュリが悲壮な顔で見送ってくれる。


「ジュリ、ちゃんと帰ってくるから」


 そう囁く様な声で彼女に伝え、それを最後に、もう振り向かないと決める。

 やがて水面が近づいて来たため、船の後方に顔を向けた時、小舟に衝撃が走る。

 着水? 違うっ! まだ海面には早いっ!

 不自然に傾いた小舟の船尾へと振り向いた先には、ジュリの泣き怒った顔が。

 だけど事態を把握する前には、小船は海へと着水してしまう。

 何かを彼女に言う前に、力場(フィールド)魔法で一瞬だけ船を浮かせて姿勢制御。

 船底に、ブロック魔法で作ったバラストを設置して横転を回避。

 後は船尾ブロック魔法で筒を作り、水属性魔法で水流を発生。

 魔法で簡易的に再現したウォータージェット推進。

 ブロック魔法の筒の形状を操作し、相応しい形状を簡易的に模索して調整。

 大きくうねる波の中を、なんとか安定させて走らせれるようになったところで……。


「一体なんのつもりなのっ!?

 足手纏いだって言わなかった!」

「分かってますわよ。そんな事っ!

 でも、一人でなんて絶対に行かせない。

 だってユゥーリィさん、一人だけだったら諦めちゃうでしょ。

 なら足手纏いでも私がいた方が、まだ一緒に帰れる可能性はありますわっ!」

「っ!」


 怒りで言葉が出てこないとは此の事だ。

 なんて自分勝手で、意味不明な論法だろうかっ!

 そして一番腹が立つのは、それが当たっていると私自身が自覚しているところ。

 ジュリを守ると決めた以上、これでは嫌でもアレを狩って一緒に帰らなければいけなくなった。


「言う事を聞かなかった罰に、後でなんでも言う事を聞いてもらうからね」

「生きて帰れたら、それくらいは幾らでもいたしますわよっ」


 よし、言質は取ったから、後で知らないなんて言わせないからね。


「ジュリ、確か水属性魔法は使えたわよね」

「ええ、火よりそっちの方が相性はいいわ」


 ……ならそっちの方を磨けば良いと思うのだけど、火力至上主義もどうかと思う。

 実際、火属性の攻撃魔法なんて、幾ら攻撃力があっても、ある程度まで魔力制御を身につけていなければ、下手に森の中で使えば、燃え移った木々に自分達が焼かれかねないと言うのに。

 でも今はそんな事はどうでも良いので、光球魔法の形状を変化させて、ウォータージェット推進の原理を説明。

 水流を発生させるだけで、水その物を発生させる必要がないため、此の魔法は水の無い陸地でやるより魔力効率が良いから、魔力容量の少ないジュリでも数時間はいける。

 ……ただし。


「魔力制御の加減を間違えないでよ。

 間違ったら避けきれずに吹き飛ぶか、あっと言う間に魔力切れになるだけだからね」

「分かってますわよっ」


 彼女の場合、その分かってますわよが怖いのだけど、今は彼女を信じるしかない。

 後少しだけ時間があるから、その間に無茶でも慣れてほしい。

 ジュリが操舵をしてくれる分、私はアレに集中できる。


「……ん、そういえば、ユゥーリィって初めて呼んでくれたわよね?」

「わ、わるい?」

「別に、ちょっと嬉しかっただけ」


 うん、今まで少し他人行儀だったようなジュリが、少しだけ近くなったように感じる。

 やっと言えたって、別にいつ呼んでくれても良かったのに。

 ……そう言う無神経ぶりが、余計に言わさせなかったって、それ完全に八つ当たりですよね?

 まったく、これから死闘を演じると言うのに、こんな私達らしいやりとりだなんて、どうやらお互いに、硬くなりすぎた緊張が少し解けたかも。

 さぁ、行きますか。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ