156.豪華クルーズ船の旅って夢みますよね。
「う〜〜〜ん、いい風きてる〜♪」
「呑気な事を言ってますわね。
でもその通りですから、燥ぐのも仕方ありませんわね」
港を出立して一時間、遥か遠くに見える陸地を眺めながら、甲板で心地よい潮風に当たりながら景色を楽しむ。
シンフォニア王国に接する海の半分は、巨大な湾になっていて最西港のルシードと最東港のポンパドールまでの直線距離で千キロ以上もある。
その間をルシガリア海岸で結ばれ、その中心より西側部分辺りに、更に湾となった地形の中にある港フォルスが、この国の中心の貿易港で、王都まで百キロほどの位置になる
「ジュリは、もう少し盾の魔法を上手く扱おうね。
海の上で気流を使った魔力制御の練習は風邪を引くから止めて、そっちにしてあげたんだから」
甲板の上は日によるのだろうけど、今はそこそこの風が吹いている。
強い風で髪や服が乱れないように、服を含めた体全体に弱い結界を張る事で防ぐ事が出来るのだけど。
ジュリのそれは、まだまだ無駄が多く、風を弱めれば良いだけの弱い結界で良いのに、カチカチの強い魔法だから、一人だけ風が吹く中で、髪の毛一本、服の布も揺れていないと言う怪奇現象状態。
その上、薄く纏えば良いのに鎧の様に分厚いものだから、時折何かに引っかかっていたりする。
アレだと後二時間もしないうちに、魔力切れを起こすかな?
魔力切れと重なって船酔いされては可哀想なので、改善しそうもないなら、あと一時間ぐらいで勘弁してあげよう。
「お姉ちゃん、変な髪~」
「こらっ」
何か声を掛けられたなぁと思ったら、五、六歳ぐらいの兄妹が、此方を見ており、少し離れた所にいた母親らしい人が、その発言を嗜めていた。
うん、別にその事はどうでもよい。
色なしだから、その手の事は言われ慣れているから一々気にしていられない。
そう言えば、甥っ子のアルティアも此れぐらいになってきたかな?
でもまだ四つだから、もう少し小さいよね。
したがって私は全然気にせずに子供達に声を掛ける。
「外の景色にも飽きてきたの?」
「うん、変わんないんだもん」
「海ばっかり」
「すみません、この子達が失礼な事を」
「いえいえ、気にしてませんから。
あっ、じゃあ、お姉ちゃんが面白いもの見せてあげようか」
そう言って私は、光石ではなく丸い輝石を八個ほど取り出して、お手玉をして見せてあげる。
無論、八色に光らせながらジャグリング。
時折、態と落として見せながらも、それを足の甲でで蹴り上げて、輪の中に戻すと言うテクニックを見せつける。
その光景に兄妹だけで無く、周りにいた乗船客も私のパフォーマンスに目を向けてくれる様子。
フィニッシュとばかりに、次々と輝石を指の間で挟んでゆき、そのままカーテシーを決める。
ぱちっぱちっぱちっ。
幼い兄妹の凄い凄いと喜ぶ声と拍手、そしてそこに浮かぶ素直な笑み。
ついでに周りからも浴びせられる称賛の拍手に恥ずかしくなる。
ええ、だって、思いっきりズルっ子ですから。
不器用な私にジャグリングなんてできる訳がなく、力場魔法による操作です。
どこか不自然に見えない様に、光石より明るい輝石を色々な光を灯す事で、意識を其方に向けさせて誤魔化していただけですから。
その後、普通に兄妹と話まじりに遊んであげる。
いえいえ、実家の甥っ子を思い出して、私も楽しいですから迷惑じゃないですよ。
ジュリも子供の面倒が巧いですね。
ああ、もう少し上の弟さんがおられるんですか。
珍しいですねジュリが家の事を話すなんて、ええ、まぁ私もなんですけどね。
ほら、やはり子供に罪はないと言うか、むしろ、いきなりいなくなって申し訳ない気持ちが。
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いい加減、魔力制御の練習をしていたジュリの魔力が限界に近そうなので、客室の方に戻る。
私達が借りた客室は、一等客室の中でも一番安いとは言え、流石は裕福層向けの部屋。
普通の宿に比べたら家族向けとしては狭いと思われるかもしれないけど、船室だと言うのに居間と寝室に分かれており、寝室も更に二つに分かれ、六人ほどが寝泊まりできるようになっている。
これをたった二人で使うのだから、贅沢な事この上ない。
フォルスまで七日ほどなので、まさに豪華クルーズの旅と言わざるを得ない。
普通にリズドから街道沿いに南ルートで行ったら、この船には間に合わないだろうし、私を嫌いな人達からの襲撃の可能性は、かなり少なくなっていると思う。
「はぁ~、流石に休憩かな。
本でも読みながら、夕食までのんびりします」
「私もそうさせてもらうわ」
そう言ってソファーに腰掛けながら、魔物の絵付きで書かれた図鑑を取り出す。
一応は何度も目を通した本だけど、今回の旅で見かけた魔物の中で記憶の曖昧だったのもあったため、確認を含めて復習。
決して食べられる魔物の再確認ではないですよ。
それをしないとは言いませんけどね。
「……あの、ジュリ、その本って?」
「ええ、私の愛読書ですけど、よかったらお貸ししますわよ」
「いえ、いいです」
本の表紙の色こそ違うけど、其処に書かれた表題は物凄く見慣れたもので、おそらく彼女が手にしているのは写本なのだと思う。
……はぁ、昔からの愛読書だと、……ちなみに昔からって何時からですか?
十一からと、……そっか〜、エリシィーと同じくらいの時期に腐化しちゃってたのね。
「でもそう言う娯楽系の本って、いちいち購入しなくても書籍棟に置いてありそうなんだけど?」
「置いてはあるらしいですけど、戻っているのを見た事はないと言っていましたわよ。
どうやら、公爵と侯爵の関係者間でまた貸し状態みたいらしいですわ」
「待ちきれないと?」
「それもあると思いますけど、何度も読み直したいから、購入の一択です。
あいにくと写本しか手に入れられませんけど」
凄い熱意ですね。
……部屋には、挿絵の写し画が飾ってあるって、沼ってますね。
いえ、こちらの独り言なので気にしないでください。
予約しておけば、原書が手に入りそうな書店に、心当たりはありますけど。
……今ほど私と知り合って良かったと思った事はないって、それは酷くありません?
いくら私が図太くても、そんな真面目な顔でそんな事を言われたら、流石に泣きますよ。
……そっちは冗談だから気にするなって、次は止めてくださいね。
そう言えば、以前に私をユウと呼んで良いですよと言った時に断ったのって。
……尊敬し敬愛する著者と、似たような名前で呼びたくなかっただけと。
すごく複雑な気分ですっ!
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う…んぅ…んぁ。
深夜、ゆったりと揺れる船内の寝台。
慣れれば十分眠れるとは思うし、実際、先程まで眠っていた。
ただ、何か呻き声のような声が聞こえたような気がして、目を覚ましてしまっただけ。
もしかしてジュリが具合でも悪くなっているのだろうか?
寝室はせっかく二つに分かれているので、寝る部屋も分かれたのだけど。
くぅ…ぁぅ…。
うん、大丈夫そうですね。
収納の魔法から綿を取り出し、耳栓をする。
呻き声の正体に、深い事は突っ込みませんし、ナニをしているか想像する気もありません。
彼女も若い女性ですから、当然そう言う欲求もあるでしょう。
特に魔導士の女性は、そう言うのが強い傾向になりやすいと書物にも書いてあったので、ジュリもそれに当て嵌まるだけなのだと思います。
あいにくと私は元が男なだけに、自分が女性だと言う事を自覚したくないし、まかり間違って相手が男でもいいやなんて気持ちにはなりたくないので、そう言う事は一切しませんが、他人のそれを否定する気も軽蔑する気もありません。
むしろある程度は自然の事で、そう言う意味では私が異常なだけです。
そんな訳で、せっかく一人なったのだからと、安心してる彼女の邪魔する気は毛頭ないので、何もなかった事にして寝ます。
ええ、寝ますよ。
これで自分が正真正銘男だったらと思いながらも寝ます。




