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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
155/977

155.帆船模型は男の夢、帆船そのものは漢の浪漫。





「ああ、綺麗ですねぇ」

「風光明媚ですわね」


 角を曲がって港に出ると、目の前に広がった光景に互いに溢れ出る感嘆の言葉、……なのだけど互いに見ている角度から、どうやらジュリとは見ているものが違うようだ。

 ジュリは全体の景色、そして私は港に止まっている船。

 いえいえ、ジュリの言う事は否定しませんよ。

 だから私が船を綺麗と思っても、別に良いじゃないですか。

 船の形状もそうですが、帆や支柱の配置やそれを張るロープの角度。

 どれも計算された意味のある角度なんですよ。

 より安全に早く航海するために、多くの工夫と想いが見て取れるじゃないですか。

 え? もちろん、静かな波やその上を飛ぶ海鳥達に、向こうに見えるルシガリア海岸の稜線、素晴らしいと思いますよ。

 ええ、綺麗ですねぇ、流石は海です。

 ……感動が薄いって、十分に感動していますって。

 だから船なんて、只の景色の一部だと言うのは止めてください。


「ではお嬢さんは、どれが一番綺麗と思うのかね?」

「そりゃあもちろん、あの二番目に大きい船ですが、……って、どちら様で?」


 背中から掛けらた言葉に答えながらも、そこには長く白い髪をした年配の男性。

 私のような色なし(アルビノ)ではなく、純粋に年齢によるもので、赤黒く日焼けした肌と、シワのある渋い顔つきに、なんとなく海の男なのだと感じる。

 一応は空間レーダーの魔法で近寄ってくるのは分かってはいたけど、もともと此処に来た時は、休憩していたようなので気にしていなかった。


「いや、若い娘さんが随分と変わった興味の持ち方をしていると思ってな」


 年配の男性に、それ見なさいと言わんばかりのジュリだけど、別にこの人は、その見方そのものを否定しているわけではないので勝ち誇らないでほしい。


「それで、理由を聞かせて貰っても良いかな?

 大半の者達はあっちの大きい船を選ぶものだからね」


 まぁそれくらいなら構わないか。

 私もそういう話は嫌いではないので乗りますけど、私がそっちを選ばないのは単純な話だからね。

 だから私が選ばなかった理由を話す。


「あれは戦船だからです、しかも奴隷を使った。

 無理やり速度を出し、時には相手の船に打つけ、人の命を奪う事を前提に作られた船だからです。

 全てに無理があって、不格好なんです。

 海に出る魔物ですか? でもあれは違いますよね。

 弓を打つための舷窓も下側に大きく返しがついているのは、下に打つためではなく上や横に打つため。

 そもそも海中から襲う魔物相手なら、海からの距離がある甲板から狙う方が安全ですし、効率的です。

 あの船は海の魔物を相手ではなく、人が乗った船を襲う事と、多くの兵士を運ぶ事を前提にした船だからです。

 その点、先ほど私が挙げた船は違います。

 純粋に人や物を安全に運ぶための船。

 おそらく今見えている船の中で、最新の技術を導入した船だと思います。

 人が人の生活のために考えられ作られた船には無理が無く、造形美に満ちて美しい形なんですよ。

 正直、幾ら戦船でもアレは酷いと思います。

 船を作らせた人の醜悪な想いが船の作りにまで出ていますから。

 まだ同じ戦船でも、あっちにある小さくて古い船の方が美しく見えます。

 アレには、何かを守るために自分達の力で戦おうとする気概が、船に見えますから」

「うむ、なかなかに鋭い目を持っている。

 お嬢さんは、造船関係の家の者か?

 あいにくと見覚えはないが」


 その言葉に、やってしまったと思う。

 私が造船関係者だと勘違いするのは、まだいい。

 だけど見覚えがない(・・・・・・)はまずい。

 私もジュリもドレスとかではなく旅装とは言え、庶人では無く貴族の子女と分かるような格式のある服を着ている。

 少なくとも、それなりに良い家の人間だとね。

 つまりこの人は、この街の造船関係者の家の者まで知るような、顔の広い人でありそれだけの立場にある人間だという事。

 おそらく今の言い方だと、この街以外の造船関係者のことまで含めての言葉。


「いいえ、ただ私が好きで覚えただけの知識です。

 なので生意気な事ばかり口にしてしまい、申し訳ありません」

「いや、気にしなくてもいい、忌憚のない言葉だった。

 周りは声高に褒めるが、正直、儂もアレは嫌いでな。

 多分、長持ちはせんだろう」


 だけど私の心配は杞憂で終わる様子。

 目の前の男性からは、互いに家名が出るような会話にはならず。

 それは、あくまで偶々外で出会っただけの誰かであって、そちらの立場や地位は気にするなと言う意味。


「それはどう言う意味で?」

「儂なら、仕込みを紛れ込ませる」

「ああ、なるほど」


 初老の男性の言葉に納得する。

 ジュリは分かっていないようなので、後で説明するとだけ言っておく、あまりこう言うところで口にして良い言葉ではないからね。

 唯でさえ、先ほどが不穏当ギリギリの言葉を述べたばかりだから、実質的な会話はまずい。

 まぁ、意味が分かる人間には、十分不穏当ではあるけどね。

 結局、そのあと男性は、私が綺麗と言ったあの船に興味があるなら、あそこの建物に顔を出せば見学くらいはさせてくれるだろうと教えてくれた後、そのまま立ち去って行ったことから、本当に只の杞憂だったようだ。


 まぁ折角なので、その建物の前まで行くと、どうやら海運商社の建物らしく、古めかしい看板と、それなりに人が出入りしているのが分かる。

 建物の中には、この大陸周辺の大雑把な地図と航路が書かれた図が描かれ、木箱当たりの運賃が書かれている。

 へぇ、思っていた以上の金額に驚きつつも、どおりで輸入品が割高なのだと納得もする。


 ちなみに先ほど奴隷の話が出てきたけど、基本的にこの国や周辺国では奴隷の売買は存在しておらず、厳しい罰則があるほど。

 なので奴隷と言えば犯罪奴隷か借金奴隷になる。

 それに奴隷と言ってもある程度の権利は認められていて、魔物討伐の討伐奴隷になるか鉱山や開拓地などで労役として働くなどの選択権はある。

 魔物が跋扈しているこの世界だからこそ、奴隷と言えども有効に扱いたいと言う考え方があるため。

 その代わり、逃亡や裏切りは命がけとなる訳だけど、決してない訳ではない話でもある。

 じゃあ、花街の女性や男性はと言うと、まぁ……ああ言うものは無くならないわけで、お父様曰く、ある程度(・・・・)は本人達も納得しての商売だとのこと。

 本当に納得している訳がないと心の中で思いつつも、その時は敢えて聞き流した。

 結局、何が言いたいかと言うと、騙されて奴隷に売り飛ばされると言う心配は少ないと言う事。

 なので安心して受付のお兄さんに、声を掛けれるんですよね。


「フォルスまでの船に、空きってありますか?」

「荷は?」

「二人だけで手荷物ぐらいです」

「悪いがお嬢さん達が乗れるような部屋はないな」

「空いてるのは?」

「四等の共同か、富裕層の家族向けの一等客室だ」


 私一人なら四等級の相部屋でいいけど、流石に貴族出身のジュリは可哀想か。

 予定通りルシガリア海岸沿いを歩いてもいいし、あとは船の出向次第かな。


「出立は?」

「明日の昼前になる」

「なら家族部屋を貸切で」

「冷やかしなら帰ってくれ」

「いえいえ、冷やかしじゃないですよ。

 お幾らです?」

「本気か? 最低でも食事込みで金貨一枚と銀板貨五枚もするぞ。

 二人分なら倍の金貨三枚だ」


 疑い半分、戸惑い半分の受付のお兄さんに、金貨を三枚を渡す。

 ええ、本物ですよ。

 確かめたら乗船券をくださいね。

 はい確かに受け取りました、乗船は朝からできると。

 船は? ああ、あの綺麗な船ですね。


「そう言う訳で、ジュリ、予定変更です。

 一度、豪華客船の旅って、やってみたかったんですよねぇ」

「ちょっと待ってください! 流石にその金額は払えませんわよ!」

「ああ、気にしないでください、私の方で経費で落としますから。

 黙ってましたけど、実は取引ある商会から、より良い商品を開発するためにも、世間を見てこいと強要されていまして、ジュリの話に乗ったのも、せめて道連れが欲しくてなんですよ」

「だからって」

「商会も私一人だと、色々と変な事ばかりやるから、お目付役に誰かがいた方がと言ってましたし、その費用は出すとも言ってましたから。

 言ったでしょう、白金貨()単位で稼いでるって。

 商会はもっと稼いでいる訳ですから、金貨の数枚程度は経費で落ちるんです」


 残念ながら建前的なものは含まれていますが、嘘では無く本当の事なんです。

 全く、ヨハンさんもコッフェルさんも、人をなんだと思っているのか。

 私、そこまで変な事ばかりしていませんよ。

 少なくとも人前では常識的な事ばかりです……たぶん。






【周辺地図】

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 空をかける少女が見たいなぁ
[一言] いうて君ジュリおらず単独で不当な値段提示されたら海の上走るだろ
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