151.さぁ、楽しく山越えしましょう。
「そういえばジュリ、三年に一度の魔導士部門の合同演習で、その代表に選ばれたとか聞きましたけど、この間の王都の件ってその事だったんですか?」
我ながら白々しいと思いながらも、夕食中のジュリに聞いてみる。
その辺りは彼女も同類で、コッフェルさんに相談した事をなかったかのように……。
「ええ、栄光な事に選ばれましたわ。
本当であれば、貴女が選ばれるべきなのでしょうけど」
「私、教官に嫌われているからねえ」
「別に嫌っている訳ではなくて、貴女が実力を隠しているからでしょうが」
「じゃあ、私が自重せずに実技練習したら、いったいどうなると思います?」
「……そうね。
誰も練習出来なくなるわね」
将来的にはジュリの方が威力の高い火球魔法を放てると思う。
けど、例えそうだとしても、私とジュリとでは決定的な差がある。
前世の知識を用いた魔法の使い方と言うのもあるけど、根本的に違うのが魔力許容量の差。
ジュリが私と同程度の魔力制御を身につけた場合、この間コッフェルさんのお店で見せた様な火球魔法で比較するならば、ジュリが放つ火球魔法の威力が百とした時、私は八十程。
ただし、ジュリがそれを二〜三発を打つのが精一杯なのに対して、私は同威力の魔法を同時に百は軽く打てる。
おまけに私は体力と筋力がない分、魔力の体力である魔力容量は人一倍あり、今のところ魔力切れ知らず。
実戦では他にも魔法を使っているので、どこまで行けるかは分からないけど、あの程度の火球魔法ならば、半日は打ちっぱなしでも大丈夫だろうから、私が自重なく攻撃魔法を放った場合、あんな演習場など一度で使い物にならなくなるだろう。
正直、そっちはどうでも良いけど、厄介ごとに巻き込まれる方が困るので、自重していたのだけど、そういう面倒臭いものに選ばれるのなら、隠しておいて正解だったと言える。
そのせいで白羽の矢が立ったのが、彼女なのだけどね。
「でも、私を誘ったって事は、パートナーに選んだって事でしょうけど、よくあの教官が許可しましたね」
「まだ言ってませんし、断られたので、誰にしようかと悩んでいる最中ですわ」
「条件次第では、一緒に行っても良いわよ」
「え、じゃあ」
私の言葉に、まるで花が咲くように眩しい笑顔を咲かせる彼女の姿に、私は心に誓う。
何があろうとも彼女を守ると。
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そんな訳で、いろいろ仕事を巻いたり。魔法や魔導具を開発したりと忙しい毎日を過ごせば、あっと言う間に夏休み前の最後の講義が終了。
書籍棟の砂時計も、設置作業は見れなかったけど、仮組み状態は見れたので、私的にはそれなりに満足。
うん、若い人向けに無駄に重厚ではなく、新しい意匠を取り込んだ洗練された格式ある物に仕上がっていた。
「じゃあ、ヨハンさん、後はお願いします。
特にお預けしたものを」
「……はははっ、まさか、ああ言う頼まれ事をするとは、夢にも思いませんでしたけどね」
醤油と味噌は、私にとってソウルフードなのでお願いしますね。
後はお米さえ見つかれば文句なしなのだけど、生憎と見かけない。
植物図鑑上ではそれらしい物はあるのだけど、取り扱っていないだけなのか、この国にないだけなのかは不明で、ちょこちょこ市場には見に行っているのだけど、いまだ未発見。
今はそんな事を言ってても仕方ないので、早速出立。
ええ、今からですよ。半日もあればそれなりに進みますから。
「ねぇ、こっちって王都へ向かう門とは逆の方向ですわよ」
「こっちで良いんですよ。
まずは寄りたい所がありますから」
街を囲む街壁は、東西二つの門があり、街への出入りは門を通過する事になっているのだけど。
王都が東門に対して、今向かっているのは西門。
そんな私の行動に怪訝の顔をしながらも、ジュリは黙って横を歩いてくれる。
ええ、これがジュリに出した条件の内の一つが、旅程を決める権限は私に一任する事。
無論、ジュリが途中で寄りたい所があれば、なるべく要望には応えるけど、決定権は私にある。
そしてそれは当然ながら、移動手段も含めての事。
西門から出て、街が見えなくなった所まで歩いてきた所で、私達は敢えて街道を外れる。
空間レーダーの魔法で確認する限りは、少し離れた所に三方向から私達の後をつけようとする人達がいるけど、それは気にしない。
「じゃあジュリ、これに腰掛けて下さい」
「え? これにですか?」
街道から外れて木々の影に入った所で、収納の魔法から取り出したのは、人を運ぶ専用の背負子。
しかも家具職人のサラに書いてもらった図面を元に、形状変化の魔法でアルミ製の頑強なフレームを作り、革を張って中に羊毛も入れて座り心地も万全な上、ジェットコースターにあるような落下防止の前掛け式の固定金具付きの特別品。
これで多少の衝撃など、ものともしないはず。
「ええ、少し駆けますから、ジュリだと付いて来れないでしょうし、そこが一番安全なので」
何時かエリシィーにも言ったような言葉。
もう彼女の重みを背中に感じる事はできないけど、今でもあの時の事はしっかりと覚えている。
私の言葉に戸惑いながらも、とりあえず道中は私の指示に従う約束なので、大人しく腰掛けてはくれるので感謝。
後はあの時と同じように、力場魔法で背負子を浮かして背中に固定。
これで準備OKなので、後は身体強化の魔法で只管山道を南下するのみ。
「えっ、えーーーーっ!?」
「あっ、喋ると舌噛みますよ」
「速いっ、速すぎ・ぅぐっ」
だから警告したと言うのに。
いくら、足元をブロック魔法で舗装していようと、背負子を魔法でやや浮かせていようとも、人間が二本の足で走る以上は、重心移動が伴うため振動を全く無しにはできない。
ましてや、山道を馬が平野で走るような速度で駆けているのだから、尚更のこと。
「あっ、酔いそうになったら言ってくださいね。
治癒魔法で酔う前に戻しますから」
乗り物に酔っても、止まりませんよとも言いますけどね。
ああ、流石に催したい時もお願いします、私も流石にそれは困りますから。
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【ヨハン・コットウ視点】:
とく、とくっ。
グラスへと注がれる淡い紅玉色の液体。
それだけでも美しい輝きが、硝子越し眺められるだけでなく、コースターに仕掛けられた光石が下から光を当てる事で、紅玉色の液体は更に美しく、そして模様の入ったグラスは周囲に美しい模様を照らし出す。
春前に手に入れて以来、お気に入りのグラスではあったが、まさか此れがあの白い髪の少女の手によって生み出された物とは思いもしなかった。
そして、その本人と深く関わりになる事になるともな。
「はぁぁ……」
「言葉もねえか?」
たった今、口の中に転がし、その後に喉へと流し込んだ後に、また口内へと戻ってくる香り。
他に比べる物がない程の豊潤な香り、深みのある味、艶かしい程までの滑らかな喉ごし、更には喉を程よく焼くような度数に加え、その後に残る余韻。
「素晴らしいとしか言い様がないですね」
「普通はこの手の酒を蒸留しても、香りを犠牲にするもんだが、此奴にはそれが無い」
「紅皇蜂の蜂蜜でなどと、普通は勿体なくてやろうとは思いもしませんよ。
このグラス一杯で、いったい市場価格にしたら幾らになる事やら」
「まぁ、嬢ちゃんにしたら、蜂蜜は蜂蜜でしかねえみたいだがな」
目の前の老人の言葉に、まったくだと頷かざる得ない。
しかも、この間は紅皇蜂の幼虫の炒め物や燻製などと言う珍味を、まるでそこ等にある菓子を出すかのように渡してきた始末。
むろん、一生に一度有るか無いかの機会なので、美味しく頂きましたが。
「王都に行ってらっしゃるドルク様が聞いたら、どう思うか」
「さぞ、悔しがるだろうな」
「そして敢えて、ドルク様に教えるつもりですよね?」
「そりゃあオメエさん、当然だろうが。
その悔し顔が見てえからな」
私もその顔を見たくないと言えば嘘にはなりますが、それを実際にやるのはこの目の前の老人ぐらいだろう。
「しかし、あのお嬢さん、流石ですね。
あれほど揺らしたにも拘らず、結局は揺らぎませんでしたよ。
もっとも、誰かさんが途中で助け舟を出してしまいましたが」
「ふん、あれぐれえ助け舟にもなりゃしねえ。
決めたのは嬢ちゃん自身だ」
目の前の老人に、少しばかり苦言と苦情を言ってみるが、案の定、気にもかけない。
確かに老人の言う通り、決めたのはあの少女自身。
あの少女は、優しく甘い夢物語の中で生きているだけの少女ではない。
此処数か月の付き合いだが、自分に対しては徹底して厳しい。
その反面なのか、他人と遠く距離を取りたがるものの、一度その懐の内に入れてしまうと酷く甘い部分がある。
その例が目の前の老人や、老人の大姪がそうであるように、あのペルシア家の少女も彼女にとっては身内である。
そう言う意味では、目の前の老人とあの少女は、良く似通っていると言える。
身内に甘い所も、そして何があろうとも守ろうとするところも。
「留守中の事は任されましたが、貴方様もお気を付けください。
奴等からしたら、貴方様の方こそ消したいと思っているかもしれません」
「放っておけば勝手に棺桶に入って行くと言うのに、どうしても押し込みてえと見える」
まったく、本当にくだらない執着だと言わざる得ない。
重要性に置いてなんら変わらないと言うのに、万物の頂点に立ったつもりなのだろうか。
自分達の価値しか信じない臆病者が、くだらない邪魔をしないでもらいたいものだ。
こっちは、生き残るための努力をしているだけだと言うのに。
「出立は?」
「近え内にな。
嬢ちゃん達と違って、普通に東の街道沿いを行く」
「そうですか。
それにしてもあのお嬢さん、なかなか面白いルートを選びますね」
王都は東にあるのに、敢えて東に行かずに西回りに南下。
街道沿いに五百キロ以上を下って海に出て、海岸線沿いに東に向かい王都へ向けて北上。
まず間違いなく、東行きの道中を狙っていた場合は、仕込みは全て無駄に潰えてしまう。
北周りと南周りは予備程度でしかないだろうから、それ程の数はいないはず。
そうなれば急遽立てた作戦を無理やりに実行するか、王都でしかチャンスを待つしか無い。
「単純に嬢ちゃんが、行きたかっただけとも言うがな」
「それにしても、本当に馬を用意しなくても良かったのかと。
幾ら余裕をもって出たとは言え、女の足ですよ」
一応は街道沿いの街に馬を用意させ、白い髪の少女が来たら貸し与えるように指示は出してあるが、幾ら相手を混乱させるためとは言え、少し無理をしすぎだとは思う。
「オメエさん、まだ嬢ちゃんの事を分かってねえな」
「だいぶ慣れたつもりですが」
「最初に言っただろう、竜を扱うつもりで扱えと。
あの嬢ちゃんが馬をいらないと言ったのは、馬がいたら邪魔だと判断したからだ」
そう言って目の前の老人は、テーブルの上に懐から出した石を三箇所に置き。
その一つから指を辿って示したのは、おそらくこの街から南にある港町への街道。
山脈や魔物の領域があるため、かなり大きく迂回した道になってはいるが、馬車による運搬を円滑にするために、よく整備された主要街道でもある。
「オメエさんは、あの嬢ちゃん達が街道沿いに向かうと思っているみてえだが、あの嬢ちゃんは間違いなくこう通る」
老人が新たに示したのは直線。
確かに最短ではあるが、それは不可能と言わざるを得ない。
道など最初から無い上、先程述べたように山脈や魔物の領域がある。
幾らあの少女が魔物の領域に慣れているとは言っても、深く行けば深く行くだけ魔物は強力になって行くし、一日二日で踏破できる距離でもない。
おまけに、幾ら優秀だとしても普通の魔導士見習いでしかない少女も同行している以上、幾らなんでも無茶がすぎるコースだ。
いや、そもそも道すらない未踏破地。
「このルートのメリットは、オメエさんみたいな常識に捉われた連中の裏を掛ける、と言う事だ。
普通はこう向かったら、どう行くと思う?」
老人は先ほどのルートを、もう一度ゆっくりとなぞる様にして指を止めたのは、この街から少し離れた南西部分。
なるほど、確かにこの街を大きく迂回して東に行くか、そのまま西の向かって南下する街道を通ると判断する。
当然、奴らの雇った連中もそう判断するはず。
所詮は子供の浅知恵だと。
「もし、二重三重の罠を仕掛けていてもな、此れをやられると全て台無しになる。
その上、時間的な読みが出来なくなるから、仕掛けようにも仕掛けられねえな。
それこそ、奴等が大規模な人海戦術をしない限りな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【その頃、某山奥にて】
「いやぁーーっ! 後ろからっ後ろからっ!」
「ああ、大丈夫ですよ」
ビシッ!
「こうして足元一帯を凍らせてやれば、ついてこれません」
「前っ!前っ!」
「はいはい、邪魔なのでを道開けてくださいね」
ヴォワッ!
「突風で薙ぎ払いましたから大丈夫ですよ~」
「そうじゃなくて、崖が! 止まって止まって~~~っ!」
「大丈夫ですよ。
足元を結界で作れば崖も渡れますから。
むしろ止まったら、崖下まで真っ逆さまです」
「い~~~~っ、や~~~~~~っ!!」




