146.我が闇の魔法を引き継ぐ者はいないのかっ!
「ゆうちゃん、立て続けの上に、また凄いの描いてきたわね」
「え? 駄目でした?」
ライラさんと過ごしたこの書店から、学習院へと居を移してから、毎月のように新作を持ち込む私に、おかしいなと思いながらも受け入れてくれているライラさんの心遣いに感謝しながらも、禁則事項に引っ掛かったのかと不安になってしまう。
「別に駄目じゃないわよ。
ただ、魔物討伐騎士団を舞台にした恋愛物は珍しいから」
「恋愛物じゃなく男同士の友情物です。ええ、誰が何を言おうと」
「まぁ、ゆうちゃんがそう言い張るなら、それで良いけど」
魔物討伐と言う命と背中合わせの作戦を、知恵と仲間との結束で乗り越えながらも、支え合う二人の友情記。
主人とその従者の血と汗と涙の物語です。
ええ、だから、そこで絡みとか言わない。
想像するのは勝手ですが、本番までは書いてません。
禁則事項に引っかかりますから、直前までです。
「そう誘導している確信犯のくせに」
「なんの事か分かりません」
「そう言うところが、年相応って感じがして可愛いわね」
「他は可愛くないと?」
「それはそれで、別の可愛さがゆうちゃんにはあるから」
ぎゅ〜っと抱きしめてくれるライラさんに身体を任せながら、私からもライラさんをギュ〜と抱きしめる。
うん、相変わらず温かいなぁ。
そして、とくん、とくん、と心地の良い音が聞こえてくる。
その優しい音に、このまま身を任せたくなるような気持ちになってしまう。
ある意味、生物の本能的な部分であり、ライラさんの優しい母性的な部分でもある。
そう言えば、ジュリも相変わらず此れをやってあげてからの方が、魔力の循環制御が安定しているんだよね。
ジュリ自身もそれが分かっているのか、最近では寧ろジュリの方から望んで来ている。
私も、まるで甘えているようにも見えるジュリの姿が可愛いので、とくん、とくん、優しい音が聞こえるように、ジュリの頭を優しく胸に抱えてあげている。
ぎゅぅ〜。
「ふあっ」
そこへいきなり鼻先を摘まれ、つい変な声をあげてしまう。
「今、ゆうちゃん、別の人の事を考えていたでしょ」
「え、え……と」
「駄目よ、ゆうちゃん。
たとえ相手が男でも女でも、こうやって抱きしめ合っている時に、他の人の事を考えるのは礼儀違反よ」
そう言えばエリシィーもそうだったけど、なんで、そう言う事が分かるのだろうと不思議に思ってしまう。
……相手をよく見ていたら分かるものって、そう言うものですかねえ。
後は女の勘と……、なんとなく納得です。
ライラさんの彼氏さん、絶対ライラさんの目を盗んで浮気なんて出来ないですね。
……ああ、そもそもさせないと、……やっぱりライラさん尻に敷く気満々ですね。
「そう言えば、ゆうちゃんが別の名前で登録したこの間の本だけど」
「料理の本ですよね。
流石にああ言う本を書いている人間と同じ著者、と言うのもアレなので無理を言いましたけど」
「別にそれはよくある事だから良いのだけど、かなり売れているみたいよ」
「……みたいって、アレ、結構な金額設定になってましたよね?」
「アレだけ図が多いと、図鑑や技術書と同じ扱いだから」
「金貨二枚と言う暴力価格なのに」
「ギルドの規定だとそんな物よ。
それでも売れてるのだから、適正価格って事でしょ」
前世換算で二百万。
私としてはライラさんに贈るのが主目的で、後はついでなのでお任せしたのだけど。
まさかそんな暴力価格になるとは思いもしなかった。
前世なら数千円前後程度の内容の本なのにね。
「貴族の調理人や、貴族向けの店の料理人が勉強用にって、現在写本待ち状態よ」
「物珍しい料理って事ですかね?」
「それもあるけど、純粋に美味しいって事もあるわね。
まあ、あの手の調理本は、ある程度出回ったら売れなくなるから、ギルドも今の内に多く写本を作って売り込みたいみい」
あのう……、その流れってもしかして。
ライラさん、物凄く良い笑顔を私に向け。
「伯母さんから、ゆうちゃんに会ったら伝えておいてって、残り分をなるべく早く宜しくって」
「まだ改良の余地があるかもしれないんですけど」
「その内に追加の材料が届くんじゃないかな。同数分。
前に言ったでしょ、少し増えているって」
ライラさん、倍に増える事を少しとは言わないと思うんですけど。
あれから半年経って、更にもう少し増えた分と。
なにか、雪達磨式に借金が増えていっている気分なんですが。
……五百はいかないと思うから大丈夫って、少しも安心できない言葉です。
いえ、追加分を含めれば、もう半分いってるようなものですから、出来ない数ではないですけど。
その後がどうなるかは、魔導具の寿命次第ですよね。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「そんな訳で作り方を教えますので、なんとかなりませんかね?」
「相変わらずいきなりだな嬢ちゃんは、…それで、何がどうしたんだ?」
うわぁー、受け入れながらもあっさりスルーですか。
まあ、枯れた老人にリアクションを求めても仕方ないですが。
「そいう事は心の中だけで思っとけっ!
わざわざ聞こえる程度の小声で喋るんじゃねえっ!」
「おお、良い反応です。
流石コッフェルさんです」
良い反応を戴けたところで、改めて事情を説明。
手元にある魔導具のトレース台の初期型の様子をみる限り、今の所は安定しているので直ぐに寿命がくるとは思わないけど、使用頻度が高いトレース台もそうだとは限らない。
五、六年保つのであれば問題なく生産していけるけど、一年ぐらいで寿命が迎えると、今後を考えると色々と厳しくなってくるだろうし、何より一年で寿命を迎えるような物をあの値段と言うのもどうかと思う。
「そう言う事なら、まぁ大丈夫だろ。
俺もアレを見たが、あの安定度なら数年は確実だ。
硝子という新素材を使っているとはいえ、元が水晶なら魔力との親和性は高いからな。
壊さねえ限り十年は保つだろうよ
魔法陣の安定度から寿命を推し量るのは、流石に経験が物を言うから、嬢ちゃんにもその内に分かるようにならあ」
コッフェルさん曰く、ラフェルさんから、その辺りの依頼は受けているらしく、時折使用頻度の高いトレース台を持ってきてはコッフェルさんが見てくれていたようです。
そして、それらの答えを得た上での追加発注をする話が出たとか。
まぁ、私に経験が物を言う鑑定は無理なので、それを察したラフェルさんが、コッフェルさんを頼るのは分かる話。
問題は、その辺りの情報が私に降りてきていない、と言う事なんですが。
「そりゃあ、オメエさん信頼度の問題、……悪かった、今のは冗談だからそんな顔をするな」
ん……?
珍しく、コッフェルさんが謝ってきますけど、私、そんな変な顔をしていたでしょうか?
ああ、仕方ないかなと思いはしましたけどね。
なにせ私はまだ子供ですし、経験がないのも事実ですから。
「……はぁ、全く相変わらず嬢ちゃんは自分の事を分かってねえな」
「何がです?」
そこまで深い溜め息を吐かなくてもと思うのですが。
「まぁいい、とりあえずあの魔導具は、幾ら作り方を教えてもらおうと無理だな」
「ああ、やっぱり、今忙しそうですもんね」
「それもあるが、そもそもアレに使われている闇属性の使い手が滅多にいねえんだよ。
その上で魔導具師の資質と実力もとなると、大陸で十人もいねえだろうよ」
ぉぅ、……驚きの少なさである。
「本人が気がついていないだけとか?
私も最初は使えませんでしたけど、なんやかんやと工夫をしていたら、全属性を使えるようになりましたし」
それこそ最初は【無】属性しか使えなかったけど、【水】【火】【土】【風】と増やしていった。
「……だから嬢ちゃんはヘンテコだって言っているんだ」
「酷っ!
可能性を言っただけなのに、まさかのヘンテコ扱いっ!」
「五月蝿えっ!
前から言っているだろっ、自分のヘンテコ具合を自覚しやがれってな。
普通は三つか四つなんだよ、天才と言われた俺ですら六つだ。
八つ全部だなんて、歴史に名前が残るレベルだぞ」
使えるだけで歴史って、なんて浅い歴史書。
残すべきは使える事じゃなくて、成した偉業でもって歴史に残すべきでは?
ああ、偉業を残している訳ですね。でも八つ持っていなくても偉業を成す魔導士はいますし、八つ持っていても偉業を成していない人もいるかもしれませんよ。
そう言う意味では、私はその心配はないですね。
そんな偉業を成すような事なんてしませんし、地味に面白楽しく生きるつもりですから。
最近、誰かさんの企みのおかげで、高位貴族の方達と関わらざるを得ませんでしたけど。
「……嬢ちゃんは十分に派手だと思うがな」
「もう見た目に関しては諦めています」
とりあえず、魔導具の制作の日々を追われる心配がないなら、問題ないです。
少し早いですが、来たついでの夕食を作っておきますので、後で食べてくださいね。
今日は良い淡水貝が手に入ったので、ソテー、照り焼き、串焼き、鍋と、どれが良いですか?
身が四十センチ程にもなるお化けシジミ貝なので、コッフェルさん分を作っても、私とジュリの分は余裕にあるほど。
……四つ全部って、我が儘ですね。
そのぶん、一品当たりの量は減りますけど、文句は言わないでくださいね。
あと、晩酌はワインなら一瓶までですよ、飲み過ぎは体を壊す元ですから。




