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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
143/977

143.深緑王は香り豊か、深赤王は濃厚。何方も捨てがたいです。




「ジュリー」

「うっ」


 規則正しく流れるべき魔力の揺らぎが、かなり余裕をとった許容範囲を超えて、大きく乱れた事を感じ取り、作業をしながらも彼女に注意を促す。

 コッフェルさんのお店に二人で訪れた日以降、なるべく毎日夕食前か夕食後に私の所に訪れるようにジュリに言ってある。

 私はジュリに使い捨ての駒にされたくはない。

 そう思えるぐらいには、ジュリとは仲が良くなっているつもりだし、ジュリ自身もコッフェルさんが言ったような、使い捨ての駒にはされたくはないのだろう。

 衝撃的な話を聞かされた日から、少しでも時間さえあれば、魔力制御の鍛錬をしているみたい。

 かと言って、魔力制御の鍛錬は一朝一夕にはいかない。

 こればかりは只管鍛錬を重ねて、時間を掛けるしかないのだから。


「……」


 少し手を止めて、魔力眼の魔法で、彼女の体内に流れる魔力の流れを視ると……、だいぶ乱れているのが魔力感知で感じる以上に分かる。

 焦りのあまり、余計に彼女の魔力を乱しているのかもしれない。

 捨て駒にされて死にたくないからと……。

 まったく、コッフェルさん的には親切で言ったのだと思うけど、もう少し言葉を選んで欲しかった。

 前世の記憶を持つ私と違って、ごく普通の十二歳の少女に、そんな現実をいきなり突きつけてもと思う。


「集中しきれていないようね」

「そんな事は……」


 強がりを言おうとする彼女は、私の金色に光る瞳を見て、顔をそっと逸らす。

 何を言っても、見抜かれている以上は、言い訳でしかないと分かっているから。

 そう言う意味では、この魔力眼の魔法は便利である反面、彼女との信頼関係を崩しかねない魔法でもある。

 目の魔法を解除してから小さく息を吐いて。


「効果があるか分からないけど、姿勢を変えてみましょうか」


 私の言葉に、ジュリは少しだけ目元を痙攣らせる。

 どんな姿勢なのか想像がついたのだろうけど、別に正座をさせるつもりはない。

 私は使っているけど、アレにはかなりの慣れがいるし、足の長い外国人体型の人間にはおそらく合わない。

 収納の魔法から薄めのクッションを二枚を取り出し、床に置いてジュリに私の真似をするように促す。


「私は座禅と呼んでいるけど、一番魔力の循環鍛錬をするのに適した姿勢だったのだけど、理由があって禁じられて、結局は今の形になっているだけ」

「はしたないから禁じられて当然よね」


 あぁ……、やっぱりそう言う認識になるのかと思いつつ。

 でも武道の鍛錬では、柔らかい関節を作るためにもあって、もっと大股を開く事もあるはずだけど。

 ……アレは鍛錬だから仕方ない事と。

 じゃあ、これも鍛錬だから仕方ないと考えれば良いだけでは?

 別に他に誰かの目があるわけでもないし、死ぬよりはマシでしょ?

 素直でよろしい。

 こう手を組んで、斜め下を薄く目を開くようにしたまま、意識を内側に向けて。

 あっ、その前に……、


 ぴとっ

「え?」

「聞こえる? とくん、とくん、って」

「え、……ええ」

「そう、じゃあ鍛錬に入る前に、少し身体の力を抜いて、この音に耳と意識を傾けよう」


 彼女の耳に胸が当たるようにして、そっと彼女の頭を抱える。

 幸いな事に私の胸の厚みなら、なんの障害もなく、私の心臓の鼓動が彼女の耳に届くはず。

 人の心音と言うのは、胎児の記憶もあってかなり落ち着くと、前世で読んだ本の中に書いてあった記憶がある。

 だから、安らぎを伝える音として……。

 人の体温が与える温もりに心休まるように……。

 少しでも彼女が落ち着いて、不安を忘れれるように……。

 とくん、とくん、て血液を送るように、温もりが送れるように……。


「さぁ、がんばろう」


 彼女の身体から程よく力が抜けているのを、抱き心地から確認してからそっと腕を解いて彼女に伝える。

 ちゃんと見守っているから、安心して頑張ってほしいと。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【書籍棟にて】



「パウアー殿とは、何時ぞやの夜会以来でしたかな」

「十五年にはなりますが、ヨハン様に覚えておられるなど大変に恐縮です」

「畏まらなくても良い、伯爵家と言っても、私はコットウ家当主の弟でしかない」

「ヨハン様のご活躍は、兼々伺っておりますゆえ」

「真面目な話、私は既に現役を引退し、今やしがない商会員でしかない。

 多くの貴族の子女を預かる場で、立派な役職に就いている君の方が、よほど立場が上と言えよう」


 書籍棟の大型砂時計の件での打ち合わせの日、書籍長室での顔合わせと同時に行われ始める旧知の挨拶。

 まぁ…、同じ街で同じ貴族ですから、当然顔見知りの可能性は高いと思っていたのだけど、パウアーさんの態度からして、ヨハンさんはこの街にいる貴族の中でもそれなりに地位が高いみたい。

 爵位とは関係ないところでね。


「今日は手紙でも知らせたように、此方のユゥーリィ様の代理人として商談を進めるために赴いた次第だ」

「ヨハン様ほどの方がですか?」

「言ったであろう、今はしがない商会員でしかないと。

 ああ、肝心な事を言ってなかったな。

 今はドゥドルク様が立ち上げた商会の副商会長を努めていてね、立ち上げたばかりで、商会の名前もずっと仮のままだったのだが、やっと先日、正式な名前と商会紋が届いたところなんだ」


 そう言ってヨハンさんが、懐から出したトランプ程の大きなカードは、この世界の名刺のようなもので、商会名と商会紋が描かれ、裏にヨハンさんの名前が書かれているはず。


 商会:女神の翼


 たいそう大仰しい名前だと思いつつも、それ以上に目を引いたのが、カードの中央に書かれた商会紋。

 おそらく一つ一つ手書きの高価な名刺なのだろう、精密な女神の図柄が色付きで描かれているのだけど……、どう見ても女神という割にはやや幼い感じがする。

 その上、貴族に多い金や赤や青や茶の髪ではなく、何故か白。

 単純に敢えて色を塗っていないと言う見方もあるのだけど、何故か瞳には、小さな赤水晶らしき物が嵌め込まれている図柄に、物凄く嫌な予感がする。


「……」


 案の定、パウアーさんはそのカードと私を黙って見比べる。

 でしょうね、この場合はどうしても私に視線が行くのは仕方ないと思います。

 このタイミングで、こんな図柄を描かれた名刺を見せられれば当然の反応でしょう。

 ヨハン様、これはまたあの人がやらかした結果でしょうか?

 ……残念、違いますか。

 ドゥドルク様のお知り合いで、ヴォルフィード公爵家の方に考えてもらった商会名と商会紋ですか。

 貴族ですと、名前一つを付けるにも色々とお付き合いがあるんですね。


「それとユゥーリィ様、こう言った場においても、私に様付けは不要です。

 当商会では私よりユゥーリィ様の方が、立場を上として扱えとドゥドルク様より仰せ使っておりますゆえ」

「本気で意味が分かりません!

 なんですか、その誤解を招きかねない有り得ない待遇は!?」


 ええ、本気で突っ込みたくなる、と言うか実際に突っ込みましたけどね。

 とにかく、こうした商談を行うような場で、女性である私が男性を様付けをしないなどと言う事は、余程の立場に差が無い限りあり得ない。

 女性当主という立場でも無い限り、例え公爵家の女性でも、伯爵家の男性を呼ぶ際には様付けをするのが礼儀。

 それなのに、そんな礼儀を覆すような真似は普通は許されない。

 それこそ、夫人とその従僕等の主従の差と立場があって、初めて許される事。

 ましてや、そう言う階級的な立場で言えば、私は最下層に近い平民。

 本気で意味が分からない。


「誤解したい者には、誤解させておけば良いかと」


 わー、良い笑顔でなんて事を。

 そうなると分かっていて、敢えてやる確信犯ですか。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 そうしてなんとか目元や口元をひくつかせながら、終わらせた商談後。

 ヴィー達とお茶会もどきをした伯爵家以上が使える場所、……ああ、お客様は使える訳ですね。

 私も使えるようにしましょうか、とか怖い事言わないでください。

 上位貴族と関わるのは心臓に悪いし、面倒事が多いですから遠慮いたします、ええ本当に。

 ヨハンさんをジト目で睨みつけながら、皮肉を言ってみるけど、笑顔で返されました。


「それで、どんなつもりなんですか?」

「先程も言ったように、誤解をさせておこうかと思いまして」

「……まだ碌に世に出てもいないのに、私って余程嫌われているんですね」


 ヨハンさんの先程の言動の目的は、私が侯爵家の関係者だと思わせ、容易に手を出させない事。

 目立った魔導具が世に出ると、かなりの確率で関係者が謎の失踪を起こす怪異が起こるらしく、私の魔導具師の基本となった本や、日誌を書いたアルベルトさんも、おそらくその被害者の一人。


「それは仕方がない事かと。

 我々はようやく、牙と爪を手に入れる事が出来た訳ですからね。

 あの人達からしたら、面白くはないでしょう」


 牙と爪、群青半獅半鷲(ブルー・グリフォン)を使った魔導具の武具の総称。

 もともと既存の魔導具ではあったけど、魔導具から発生する風の高周波振動刃に、私が魔法石で共振させた上に方向性を持たせて、大幅に威力を上げたもの。

 魔導具に刻む魔法陣は一人一人違うけど、考え方や理屈さえ判ればそれぞれ再現できる。

 コツさえ判ればある程度の腕の魔導具師ならば製作可能なように、説明用の図を交えて纏めた本をコッフェルさんに渡したので、そこから魔物討伐用に開発された新型の武具。

 少しばかり金額が高くはなるけど、既存の付加型の武具とは威力が段違いの上、私のやったやり方は、魔導具の武具としては、異例な程に寿命があるらしい。


「なにせ今までの武具では、甲羅系はある程度削り取ってから、やっと刺さるようになる程度の物でしたからね」


 生きている魔物の表皮は硬い。

 魔力強化などした重い剣で、やっと斬れるぐらいで、鱗を持つ魔物や、甲羅を持つ魔物に対しては、一定以上の腕を持つ人間ではないかぎり、ヨハンさんが言ったように、同じ所を何度も攻撃をして脆くし、やっとの事らしい。

 だからこそ魔物の表皮を簡単に打ち破れる魔導士が活躍し、その立場を絶対的な物にしている。

 だけど、その立場を脅かすような魔導具が、世に出始めようとしている。

 すでに現役を引退したにも拘わらず、その立場に執着している人達程、その事に怯えているそうだ。


「魔導具を持った尖兵でもって機動力を奪い、魔導士が止めをさす。

 いやあー、幾ら先鋭ばかりとは言え、深赤王河蟹(ルビー・クラブ)をあの程度の数の部隊で、碌に被害も出させずに討伐できるとは、現場の人間も驚きでしたよ。

 試験運用に参加した魔導士の言としては、これが正式導入されれば、矢面に立たされる確率が減ると喜んでいましたけどね」

「もう、そんな事まで」


 深赤王河蟹(ルビー・クラブ)深緑王河蟹(エメラルド・クラブ)の近縁種で、二回り以上小さい魔物と言っても、背丈は軽くメートル越えの巨大な蟹である事には違いないですし、力も甲羅の厚みも深緑王河蟹程ではないと言われようとも、水流カッターの威力は同程度なのに加え、深緑王河蟹より素早い魔物のため、決して深緑王河蟹(エメラルド・クラブ)に劣ると言う訳ではないらしい。


「少し前の話です。

 既に結果の報告も、王都にいるドゥドルク様の元に伝わっているぐらいの。

 あと、深赤王河蟹が、あれほど美味とは知りませんでした。

 あの時ほどコッフェル殿の言を、また騙されるのを覚悟で口にした事を感謝した事はないですね。

 大抵は御想像の通りのものばかりでしたから」


 ああ、蟹鍋をやったんですか。

 それは私も食べてみたかったですね。

 ……少しだけ取ってあるから持ってきてくださると、それはありがたいです。

 では代わりに深緑王河蟹の身を持って行きますか?

 流石にあの量を食べきれるものではないので、少し持っていっていただけると助かります。

 蟹の他の食べ方のレシピは、この間出した本に書いてありますので、御購入の程を。

 ええ、コッフェルさんの大姪さんの書店に卸しました。


「話は戻りますが、一応は身の回りにお気をつけください」

「今更、私をどうこうしても、レシピがある以上は、どうしようもないと思うんですけどね」

「振り上げた拳を下ろす先を欲して、と言う事もあります」


 そんな子供みたいなと思うのだけど、いかんせん世の中、そう言う人が世の中を回していたりするのだから、迷惑以外の何物でもない。

 私の身の回りの人には一応は、遠くから監視と護衛がついているらしい、幸いな事にほぼボッチの私には、それほど親しい知り合いはいないけどね。

 一番親しいと思われるライラさん達は、ヨハンさん曰く。


『コッフェル殿の血縁に手を出すなんて愚行は、流石にしないでしょう。

 そうなれば借りのある貴族達は動かざる得ないでしょうし、あの人自身は心配無用ですね。

 魔導具を用いた戦闘なら、いまだ現役の魔法使いにも引けを取りませんよ』






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