140.え、私、飼われちゃうんですか? そんな変態趣味ないですよ。
「いやあ、此れは中々に良いですなぁ。
踏ん張りも効きますし、足の指のベタつきも気にならない」
「滑り止めも量が多すぎますと弊害がありますので、手袋と違って最低限がよろしいかと思います」
「早速、明日にでも服飾に持ってゆきましょう。
これなら滑り止めがなくても売れるでしょうし、テープの件での確執を減らせられると思います」
それは何よりです。
でも、素材となる魔物の乱獲には気をつけてくださいね。
いくら繁殖力の高い魔物とは言え、いなくなってしまっては作れなくなりますから。
「なるほど、確かに言われてみればそうですね。
無害級とは言え、魔物を保護すると言う考えは全く無いものですから、考え付きもしませんでした。
服飾と冒険に、繁殖分は残す様にと通達をしておかねば」
魔物は殲滅する物。
ヨハンさんの言う事の方が、この世界では正しい。
そうでなければ此方が逆に殲滅させられてしまう。
此処は、そんな世界。
だから、幾ら道理であろうとも、私みたいな考えが異端なのだ。
ヨハンさんも、本気でそう思っているのではなく、魔物から生き残るための材料の確保のために、必要な考えだと思っているだけに過ぎないと思う。
「さて、話を戻す前に、お嬢さんの実力を早々に知る事が出来たのは幸運でした。
正直に申せば、半信半疑でいましたので」
「いえ、私の様な子供に対しては当然の考えかと思います」
今世の私は、まだ年齢も低いし、見た目は病気のせいか年齢の割に幼く見える。
しかも魔導具師と言うのは、基本的には引退した魔導師が就くもので、私みたいな人間が魔導具師と言っても、まず信用してくれはしない。
そう言う意味では商会を通して仕事をすると言うのは、私にとって良い隠蓑になる。
「さて、どこまで話しましたかな?」
「商会を作った経緯までですが、今日はこの辺りという事で終わりませんか?」
「あの二人に目をつけられた時点で、色々と諦めてください。
それに私も先程のを見て、腹を括りましたので」
あのう先程のって……、私、靴下を作っただけですよ。
「現在、当商会が扱っている商品ですが、様々な物がありますが、その殆どは唯の繋ぎの物で、ウチでなくても構わない商品ばかりです」
「商会としての伝手や顔を繋ぐためと言う事ですか」
「よくお分かりで」
「学院の方で勉強させて戴いている程度の知識ですが」
「なるほど、勤勉なのは良い事ですし、それが身についている様で私としても力強いです」
そうして、この商会しか扱ってしない商品と言うか主力として挙げたのは、携帯竃の魔導具、折り畳み机、折り畳み焚火台。
この辺りは分かる。もともとそのための商会なのだから、それは当然だと思うのだけど。
火付棒…、火種魔法を封じた魔導具ですよね。
そう言えばノリで作っておいて、お披露目会の時には忘れていた奴です。
きっとコッフェルさんが、後から話を通したのでしょう。
滑り止め付き軍用革手袋、滑り止め付き軍用麻手袋。
他にも滑り止めテープを使った服飾製品は、放っておいても技術使用料が入ってくると。
「これらは聞いている物ばかりだと思いますが、全てお嬢さんが関係している物ばかりで間違い無いですか?」
「そうですね、並べられてみると結構ありますが、間違いありません。
何か改善や要望があれば、努力したいと思います」
「ありがとうございます。
それで多分、コレから言う物はおそらく聞いていないと思うのですが」
「ぇ?」
群青半獅半鷲を使った、剣、槍、戦斧、大矢、投擲ナイフ。
身に覚えはあるけれど、製品化しているなんて初耳です。
それに群青半獅半鷲を使った武具は、もともと在ったと聞いているのですが?
……既存の物と威力の桁が違うし、剣や戦斧などには前は付加できなかったと。
私コッフェルさんに教わった奴に、少しだけ思いつきを追加しただけですよ。
剣や戦斧だって、作れないかと聞かれた時に適当に作っただけあって、効果範囲が拡散している分、どうしても威力は落ちてしまっている中途半端な代物です。
商品として作り出した物ではないので、どちらかと言うとコッフェルさんの功績かと。
「お嬢さん、確かにコッフェル殿は糞爺いですが、尊敬もしています。
あの爺いが、誰かの功績を自分の物にする事など考えられないし、もしもしたとしてもそれ相応の事情があり、それ等を隠したまま私達を此処まで巻き込む事はありえません」
「すみません。先程の言葉は取り消します。
私、コッフェルさんを侮辱したい訳ではなく」
「ええ、分かっています。
お嬢さんがそう言うつもりではない事は理解しています。
ただ、もう少し自分が作られた物の価値を認めてくださればと思います。
お嬢さんが作られた魔導具が、より多くの命を救う事になるのですから」
ヨハンさんの言葉に、心が締め付けられる。
どこかの誰かの命より、コッフェルさんを侮辱した事を言ってしまった事に。
うん、本当に自分勝手だとは思うけど、私にとっては其方の方が大事な事。
「無論、コッフェル殿の功績はあります。
お嬢さんは、あんな素晴らしい物を、外に出す気はなかった訳ですからね。
それを外に出したコッフェル殿のお陰だと言えましょう」
「あっ、いえ、作り方を教えて、後は自由に使ってくださいと言ったので、私の中ではそれで終わっていただけで」
「似た様なものです。
他にも、失敗品と言う事でお蔵入りになっている、新型の糧食箱や、魔導具の鍵などが在るとも聞いています」
お蔵入りではなく、お蔵入り直前と継続審議中の物ですが、そう言えば、そんな事を言っていたのを思い出す。
その辺りは今度作り方を纏めた物と一緒に、見本を持って行くと言ってそのままになってますから、今度、コッフェルさんのところに顔を出さないといけませんね。
「さて、此処まで話したところで、改めてお聞きいたしましすが、今、話した商品が、当商会が主力としている商品の全てです。
その中でお嬢さんが関わっている物が、どれだけ在るかご理解されていますか?」
そんな事をわざわざ聞かなくても、今のが全てと言われたら、私も全てとしか答えようがなく。
そしてその質問をする意図は、どう考えても私を逃す気はないと言う内容で。
「ご理解なさっている様で何よりです。
ただ誤解なき様に言っておきますが、当商会としては、お嬢さんを縛り付ける気は毛頭ありません。
商会長からもコッフェル殿からも、お嬢さんの好きにさせれば良いと伺っています。
それがお嬢さんにとって、一番良い商品の開発環境ではないかと、私も理解したところです」
うーん、商会の背後を考えると怖いと言えば怖いし、関わりたくはないのだけど。
コッフェルさんと関わっている以上は、もう避けられない運命。
条件としては申し分ないけど、逆に言うと条件が良すぎる気がする。
「不思議ですか?
ほぼ、お嬢さんが作った物を売買するために作られた商会が、お嬢さんが気が向いた時に商談を持ってきて、当商会を自由に使っても良いと言うような好条件が?」
「ええ、私がこのような事を言うのも何ですが、普通は契約などで雁字搦めにしたり、此方が身動きを取れない様にしたりするものでしょうから」
「貴族の多くが、そう言う手段を使う事は否定しません。
おそらく当商会も、お嬢さん以外には、そう言う手段をとる可能性はある事は否定しません。
ですがそれをしないのは、お嬢さんにそれだけの価値と理由がありますからね」
「大変嬉しくない褒め言葉ですが、…理由とは?」
貴族社会では仕方ない事とは言え、人を物のように判断する考え方には、なかなか慣れない。
私が未熟なだけだけど、そんな事を言われれば、どうしても自然と声が冷たくなっていってしまう。
「簡単な事です。
それをしたら、お嬢さんは逃げるでしょう? 御実家から逃げ出した様にあっさりと。
かと言って周りを人質にしたり、無理に拘束しようとしても、我々が返り討ちになるのが関の山です。
戦災級の魔物である角狼の群れや剣牙風虎をたった一人で殲滅し、その遺骸をあんな良好な状態で持ち帰れる魔導士を相手に、どう縛り付けて商品開発をさせろと?
失礼を承知で言わせていただければ、竜を飼い慣らせと言われている様なものです」
「………、酷っ!」
一瞬、何を言っているのか理解できなかったけど、本当に酷い例え話と言える。
いくらなんでも人を危険物みたいなと言うか、おもいっきり人を魔物扱いしてますよね。
私、そこまで凶悪ではないですよ。
そりゃあ、敵には容赦する気はないですけど。
ええ、知り合いを人質に捕られたら、なんとか助け出して、相手を屋敷ごと消炭にするぐらいの覚悟はしていますが、そんな真似は極力したくはないと思っています。
でも、その辺りはきっとコッフェルさんも同類です。
私だけではないですし、あの人ほど狡猾ではないつもりです。
「本当に酷い話ですよ
こんなお嬢さんを相手に、そんな事を私に言わせようとした何処かの爺いには。
私達はお嬢さんの事を、そう言う存在と聞いておりましたので」
「……一発ぐらい殴っても構いませんよね?」
「できれば私の分もお願いいたします。
まぁ言い方や表現には問題はありますが、お嬢さんの実力を考えれば、その危険性を天秤に掛けねばなりません」
「その結果、放し飼いと?」
「現状の商品だけでも、今後の収益を考えれば、むしろ此方が飼われている立場です」
あのう、これって絶対に商会と一介の魔導具師の、健全な関係じゃないですよね?
普通は、私が搾り取られる側では?
悪どい事をやって怒らせた時の事を考えれば、健全な関係を結んだ方が安全だと。
私の言う健全な関係が、むしろ本来は間違っている関係だと言われても、世間一般を考えればと思うのですが。
「健全な証拠に、全ての商品でコッフェル殿と同じ割合の利益供与をさせて戴いています」
「……すみません、テープの件は聞いていますがそれ以外にも?」
「だろうと思いました。携帯竃を除いた先ほど挙げた製品全てに、利益から一割の半分の割合がお嬢さんに払われる事になっています」
「……いつの間に」
「コッフェル殿もそうですが、お嬢さんの保証人である書籍の代理人であるラフェル様より、その様にと許可を得ています」
「……この場合、グルですよね?」
「お嬢さんの性格をよく熟知していらっしゃるかと。
まぁお金はあるに越した事はありません、お嬢さんが将来何かをやろうとした時の力にもなります。
あと、現状では始めたばかりの商会ですので、心配する程の利益はまだありませんので、ご安心ください」
すみません、すでに十二歳の子供が持っていてはいけない金額を持っているのですけど。
……魔導具制作の実験に失敗した事を考えれば、私が持っている金額くらいは持っていた方が良いと。
確かに失敗すれば、金貨単位で吹き飛ぶ事は、容易に想像できますけど。
ああ、工房との契約でも、お金は使いますよね。
コッフェルさんも金板貨をボンボンと使ってますし。
……白金貨の数枚ぐらいは、魔導具師にとって当たり前の資金だから、むしろもっと増やしていた方が良いので頑張って欲しいと。
利用する気満々ですね。




