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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
14/977

14.婚姻は貴族の義務です。でも幸せになります。




 ラウンジで書物を読むものの、何時もの様に集中できない。

 いまだ食べ過ぎでお腹が張っているのも、理由の一つ。

 昨夜は我が家では、お祭りの時以上に豪勢な食事だった。

 私が採ってきた川鱒や山菜を使った料理以外にも、鳥や豚のミートパイや照り焼きシチュー。

 焼き立てのパンや果物の山にパウンドケーキまで出た。

 もちろん御祝い事なので、大人組には多くのお酒も出て賑やかで、とても思い出に残る一夜と言えたと思う。

 ちなみに大鼠は屋敷の裏山にある光石鉱脈跡の氷室で熟成中。

 冬の間に運び込んだ雪が半年かけて溶けてゆくので、我が家では重宝している。


「……そろそろ現実に目を向けるか」


 お姉様の事は仕方ない、本人がこの結婚で幸せになるつもりでいる以上は、子供の私には、どうしようもないのが現状。

 問題なのは、そうなった過程だ。

 はっきり言って、そんなもの無いです。

 昨日、お姉様が言っていたように超スピード婚。

 それもそのはず、結婚する当人は関与していない。

 そしてそれは、きっと私にも適用される。

 

 結婚。


 夫婦となり、子を成し家庭を築く。

 そして当然ながら私の相手は……男


「無理っ!

 絶対に無理っ!!」


 幾ら今世を女として生を受けようとも、前世と今世を合わせれば、中身は四十過ぎたオッサンです。男ですっ!

 そりゃあ最近は喋り方だけでなく、思考や嗜好も女性寄りになっている自覚はあるよ。

 でも、本質は男のままっ!

 確かに自分で女の子だなぁと思う事もあるけど、そこは変わらない!

 だから同性である男と抱き合うだなんて、考えたくも無いっ!

 しかも受入側だなんて、最悪以外の何ものでも無いっ!

 心の中で、あらんかぎりに魂の叫びを声高にあげる。


「はぁはぁ……、冗談じゃ無い」


 本当に冗談じゃ無い。

 だけど貴族の婚姻と言うものはそう言うものであり、貴族の令嬢である私は、このままでは避けられない。

 たぶん私が病弱のままで、魔法を身につけなければ、そういう心配はなかった。

 婚姻以前に、……それまで生きられなかっただろうからね。

 だけど前世の記憶と人格であった【相沢ゆう】が目覚めた事で魔法を身につける事ができ、その事で病気が回復の兆しを示したため、貴族の令嬢としての義務である婚姻の可能性が出てきてしまった。

 『DEAD OR MARRIAGE』なんて洒落にもならない。

 これを回避する方法がない訳では無い。

 でもそれは……、ある意味、結婚よりありえない方法。


 家族を捨て、家を出る。


 ありえない。

 【ユゥーリィ】の身体がそう告げる。

 【ユゥーリィ】として過ごした【相沢ゆう】の心が、それに同意する。

 じゃあ女として生き、夫となる男性の子供を産むか。

 うん、無理っ!

 どっちも無理で、あり得ない話。

 お父様とお母様が如何に私を愛してくれたかは知っている。

 お兄様達も年が離れた私を甘やかし、時には力を貸して暖かく見守ってくれていた。

 お姉様はまだ自分が子供だったと言うのに、それでも私を力付け、導いてくれた。

 みんな、みんな、私を本当に愛してくれたし、私も愛している。

 みんなに幸せになって欲しいと、心の中から願っている。

 

「うぐっ…ヴっ…うぐっ……、ぉぁ」


 不意に込み上げる吐き気に、堪えきれずに吐きそうになる。

 胃が脈動する感覚に蹲りそうになる体を、壁にもたれて支える。

 両手は必死に口元を抑えながらも、揺れる視界は苦しさで涙に滲む。

 まともに呼吸できないため酸欠なのか、頭も痛くなってくる。


「うぷっ」


 ああ……、これはやばいな。

 霞んで行く思考の中で、そんな言葉が脳裏に浮かんだのち、意識が暗転する。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 見慣れた天井。

 暗くとも部屋に漏れてくる僅かな光が、私の自室の天井だと教えてくれる。

 あぁ……やっちゃったか。

 いきなり意識を失うだなんて、四年ぶりくらいか。

 これでは、しばらく屋敷の外に出かけるのは禁止されるかもしれない。

 もういい、今は何も考えずに休もう。

 煩わしい頭の痛い悩みなど思い出さずに、今だけは休もう。

 起きたらきっと、色々と大変になるのだから。

 そう思い、意識を再び手放す。


 こんこん。


 どれくらい時間が経ったのだろうか、何かを叩く音に目が覚ますと部屋が真っ暗。

 という事は、陽はすでに落ちしているのだろう。


「光よ」


 頭を少しでもハッキリさせるため、敢えて呪文を口にする。

 その声を返事と受け取ったのだろう、ノックの音の主が部屋の戸を開け。


「ご飯、通りそう?」

「……」


 お姉様の言葉に黙って首を横に振る。

 正直、まだ胃が脈動しているような感触が残っている。

 それが幻痛の類であるのは自覚しているけど、かと言ってそんな状態で食欲など戻る訳もない。

 むしろ食べたら、即座に戻す自信があるくらい。


「座ってもいいかしら?」

「……」


 再び無言で肯く。

 お姉様は、少しだけ陰りのある笑みを浮かべながら、私の白い髪を優しく愛しげに指で梳いてくる。


「綺麗な髪ね」

「……っ」

「私ね、正直、貴女の髪が羨ましかった。

 むろん、世間では貴女の髪がどう言われているかは知っているわ。

 だから私は、この人達はなんて見当違いな事を言っているのだろうと、いつも思っていたの。

 だって、こんなにも光を受けて輝く綺麗な髪なんだもの」


 なんて返事をしていいのか分からない。

 そんなふうに思われていたなんて、思ってもいなかったから。


「だからこうして、貴女の髪を弄れるのは今のうちだけね。

 お嫁に行ったら、そうそう此方には帰ってこれないから」

「私が会いにいきますから大丈夫です」

「ありがとう。でも無理よ。遠いもの。

 それに、そんな事をお父様達が許す訳ないわ」


 病弱な私が出歩けるのは、この町とその周辺だから許されているのだと、その目はそう語っている。


「……ねぇユゥーリィ、何か無理していない?」

「……何をですか?」

「さぁ? でも、それはユゥーリィの方がよく知っていると思うけどな」

「無理はしていません。

 本当にお姉様の事は心より祝福をしています。

 幸せになれる事を祈っています」

「そう、ありがとう。

 昨日も言ったけど、私は幸せになるわ」


 嘘は言っていない。

 お姉様には、本当に幸せになって欲しいと願っている。


「まったく、この子はしょうがないな」

「えっ? ひゃっ」


 お姉様は呆れた声と共に立ち上がり、いきなり私を抱きしめる。

 強く、優しく、その胸に私の頭を抱えるように抱きしめる。

 とくん、とくん、と優しい音色が。

 ふわっと包み込むように甘くて良い香りが。

 柔らかいのに確かにある弾力から伝わる温もりに、私は顔を埋める。

 自然と体の力が抜け、心が安らぐ。

 このまま目を瞑ったら、さぞ気持ちよく寝れるに違いないと思う。


「ユゥーリィ、不安になったんでしょう?

 自分の時はどうなるんだろうかって」


 流石はお姉様、よく見抜いてらっしゃる。

 最も悩み方に対しては、想像だにしていないだろうと思うけど。


「そうね、大丈夫だから何も心配せずにお父様を信じなさい、とは言わないわ

 この際、正直にユゥーリィには話しておくけど、たぶん、その方がユゥーリィには良いと思うから。

 まずはユゥーリィの場合は、色々と難しいと思っておいた方が良いわ。

 理由としては、まずユゥーリィの病気の事。

 此処数年は比較的良かったから大丈夫と言いたいけど、まだ安心できる状態ではないのは確かみたいだし」


 今日、倒れた事が家族には、それなりに衝撃だったと言外に言っている。


「病気持ちの娘を、嫁として迎えようとする家は少ないわ。

 ましてやユゥーリィの場合、人と色々違うから尚更の事。

 それにね、ユゥーリィには今まで黙っていたけど、貴女が幼い頃、王都の司祭様に言われたそうよ。

 その、……貴女は成人する事はできないって」


 最後の方は言い難くそうにするお姉様の言葉に驚くも、やっぱりなと納得する。


「お父様達は王都の司祭様なら、ユゥーリィの病気を治せるかもと思って縋ったらしいんだけど、逆にその事で教会に記録が残ってしまっているらしくて、……その」

「教会の支援者である貴族に情報が行っていると」

「……ええ」


 教会の守秘義務に対して思うところがない訳ではないけど、教会側の意見も分からないものではない。

 大きなパトロンである貴族が不利益を被る事を未然に防ごうとするのは、むしろ当然の事。

 逆に相手に対して病気持ちなどの情報を伏せたまま、騙すように婚姻を結ぶ事の方が不誠実だろうし、相手にしたって婚姻を結ぶ家の事を調べるのはごく普通の事だから、伏せていてもいずれはバレる確率のほうが高い。

 それこそ貴族としての信用を失う事になる。


「それに、病気の件がなくてもユゥーリィは次女だから、条件としてはどうしても下がってしまうの」

「ダルダックお兄様のようにですか?」

「ダルダックお兄様は、まだ良い方よ。

 家を出て貴族落ちをしたと言っても、アルフィーお兄様やアルティアに何かあった時のための予備でもある訳だから、この町にいる限りそれなりの生活はできるし、将来の名主としての発言力もあるわ。

 でも貴女の場合、もっと下である可能性があるの。

 ウチと同じ男爵家の次男や三男。ウチにいないけれ貴族に仕える陪臣。

 当主や次期当主狙いなら、第二、第三夫人か後妻だろうけど、これ等ならまだマシな方ね」


 第二夫人や第三夫人や後妻がマシな方って、その内容もそうだけど、それを真面目な顔で言うお姉様にも絶句する。


「妻と認められない愛人は、流石にお父様が断るからないでしょうけど、大きな商家は十分あり得る選択肢だから、立ち居振る舞いの違いには気をつけてね」

「……いっそ行かないという選択肢は?」


 私の言葉に、お姉様は困ったように肩をすくめ。


「ユゥーリィの場合、その可能性が一番高いかもしれないわね。

 でもそれって、幸せには成れないって事よ。

 それにお父様達に何も返せない事だし、次期当主であるお兄様達にも迷惑をかけ続けるって事なのよ」


 そう悲しげに言う。

 それは選んではいけない選択なのだと。

 だからなのだろう、私の頭を優しく抱きしめながら頭を撫でてくる。

 お姉様が羨ましいと言った白い髪を梳きながら、優しく、暖かくその想いを伝えてくる。


「私はねユゥーリィ、貴女にも幸せになって欲しいって願っているの。

 病気に負けずに結婚をして。

 優しい旦那様の子供を産んで、暖かい家族を築いて欲しいの。

 私がこれからそうするように、ね」


「…お姉様」

「色々嫌な事を言ったけど、ユゥーリィなら大丈夫。

 きっと良い答えが見つかるわ、幸せになれる答えがね」


 そう言ってお姉様は何度も頭を撫でてくれる。

 何度も何度も、私が安心するように。

 優しく抱きしめてくれる。

 とても幸せな時間。

 でもそれは不意に終わりを告げる。


「まだまだ時間はあるから、ゆっくりと考えなさい。

 じゃあ私はもう寝るわ。

 ユゥーリィ、おやすみなさい、良い夢を」

「おやすみなさい、お姉様にも良い夢が在る事を」


 そうしてお姉様が部屋を出るの確認すると、光球を消し再び横になる。

 部屋には、まだお姉様の残り香が感じる。

 この世で一番、安心する香り。

 その香りに身を任せるように、そっと目を閉じる。

 お姉様は本当に優しい。

 厳しくても、とても妹想い。

 それは間違いない。




 そして、……残酷だ。







2020/03/01 誤字脱字修正

2020/03/02 サブタイトル の消し忘れを修正


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― 新着の感想 ―
ここまで複雑に感情を表現できるなんてすごいな
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