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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
139/977

139.商会のダンディーな紳士は、……香ばしい香り?





「ようこそお越しくださいました。

 絹糸の様な白い髪に、紅玉(ルビー)の様な真紅の瞳、お伺いしていた通り美しいお嬢様で、私めもユゥーリィ様がお越しになられるのを、待ち焦がれた甲斐がありました」


 いきなり大げさとも言える出迎えをしてくれたのは、半分ほど白髪が混ざった、細身なれど締まった体格のダンディーな初老の小父様。

 まさに、シックな喫茶店のマスターが似合いそうな五十代前半の方なのだけど。

 すみません、挨拶が大げさ過ぎて怪しさ爆発です。


「えーと、私のような小娘にそこまでお気を使わなくても良いですので、どうか普通にお願いいたします。

 そこまでされると、逆に非常に話しにくいので」


 私の方が恐縮してしまうし、このままでは信頼関係を結ぶ以前の話になってしまう。

 誰だって、私みたいな小娘に頭を下げたくはないだろうし、おべっかを使いたくもないだろうからね。


「商会長より、良しなにと言われております」

「良しなにと言う事は、私に良い様にと言う事でもありますよね?」


 屁理屈を言うようではあるけど、此方としてはコッフェルさんの言う通り、なるべく長い付き合いにするつもりできている以上、最初に言うべき事は言っておかないといけない。

 私としては(へりくだ)るつもりはないけど、相手に謙っても欲しくない。

 あくまで互いにとって良い商売である事が、私にとっての望みだから。

 十秒ほどの睨み合いというか、見つめ合い。

 それを最初に打ち破った、っと言うより自ら打ち破ってくれたのはダンディーな小父様。

 まるで仕方ありませんな、と言わんばかりの溜息を吐き。


「ではその様に。

 私は此処の副商会長を任されているヨハン・コットウ。

 どうかヨハンとお呼びください。

 ユゥーリィ様は、どの様な呼ばれ方がお好みで?」

「私は平民ですので、様付けでなければなんなりと。

 ここの相談役で在られるコッフェルさんからは、嬢ちゃんとかオメエとか言われてますので、しっくりするもので構いません。」


 流石にそれはと溢す姿に、少なくともコッフェルさんよりは常識のある方なのだなと思いつつも、アレを超す人ってのはそうそういないとも思う。


「ではユゥーリィ殿」

「……」

「失礼、お嬢さんとお呼びする事をお許しください」


 絶対、ワザとだ。

 別に殿は女性に使っても問題はないけど、様付けするのと同じ事。

 それを敢えてしてみせて、私の反応を面白がる目をしていたのを隠しもしない辺り、この人も何処かあの老魔導具師と通じるモノがあるのではないかと思ってしまう。


「では改めてお嬢さん、貴女の担当となるヨハンです。

 敬称は不要ですが、呼びにくければ、さん付けで構いません」

「我が儘を聞いて戴き、ありがとうございます。

 しかし副商会長と言う立派な肩書きの方が、私の様な子供の担当など宜しいのでしょうか?

 それに此処はどう見ても、それなりの貴族向けの商会、紹介状一つでこうして話を聞いて戴ける事に少しばかり不安を覚えます」


 コッフェルさんが紹介状一つで大丈夫だと、あまりにも言うので、それほど大きくない商会なのだと思っていたのだけど、手書きの地図どおりに訪れてみれば、場所は外れとはいえ貴族街の一等地。

 商会の敷地は大きくはないと言っても、建物自身は周りの物より遥かに立派な建物。

 少なくても紹介状一つでは、敷地にすら入れてくれる様な商会ではないはずです。

 まず間違いなく、それ相応の貴族の方と共に来て、紹介される規模の商会である事は間違いない。

 ええ、一見さん断固お断りの商会です。

 そう言えば忘れていましたけど、コッフェルさんの店も、一応は一見さんお断りのお店でしたね。

 ジュリにお店の事を話したけど、もしかすると門前払いを受けていたかもしれないので、もしそうなら謝罪して、一緒にお店に行かないと。

 そんな事を考えながら返事を待っていると、ヨハンさんは一度天を仰いでから。


「確かに普通は紹介状だけでは、間違いなく守衛のところ止まりです。

 失礼ながら、お嬢さんは当商会の事を何処までお聞きに?」

「コッフェルさんが相談役をしているお店で、魔導具関係はなるべく此処を通して欲しいと。

 あと、入手しにくい素材の手配や、少し問題のある獲物でも買取をしてくれるし、問題事は相談すれば乗ってくれるから、借しを作っておけと。

 だいぶ失礼な言い方だとは思いますけど、そんな感じで伺っております」


 コッフェルさんを知っているのなら、下手に言葉を繕うより、なるべくそのまま言った方が伝えやすいだろうと、敢えて言葉に絹は挟まず言う私に、ヨハンさんは盛大に溜め息を吐き。


「あの爺い、面倒ごとを全部押し付けやがって」

「…ぇーと」

「失礼、どうやら本当になにも聞かされていない様なので、つい本音が」


 なにやら偉く乱暴な言葉が、口元から溢れたと思ったのだけど。

 うん……、どうやらこの人も、コッフェルさんの身内の様だ。

 ええ、被害者と書いて身内と呼ぶ類の。


「まずは、先ほどの認識そのものは、何ら間違っていません。

 お嬢さんの作られた魔導具は、なるべく当商会を通して戴きたいですし、そのための御協力は惜しみません。

 お嬢さんの御実家の事も知っていますので、其方からの材料の入手も可能です。

 無論、御実家の方に御迷惑になる様な真似はいたしませんし、させる気もありません。

 例えお嬢さんが、当商会と縁を切りたいと申しましても、その事だけはお約束いたします」


 実家の話に少しだけ不安になるけど、こればかりは今後を考えれば避けられない問題なので、不安にはなるけど、此処はコッフェルさんを信じるしかない。

 ヨハンさんとしては、腹の中でどうあれ、そう言うしかないと思うし、もし言葉通りならば、これほど嬉しい言葉もない。


「ただ、少々誤解が生じている様なので、その辺りの説明を少々よろしいでしょうか?」

「よろしくお願いいたします」

「まず当商会の歴史ですが、実はこの春に立ち上げたばかりです」

「それなのにこれ程の立派な建物を、……あっ、もしかして商会長と言うのは」

「頭の回転が早いようで助かります。

 御想像の通り、この土地の守護者たるドゥドルク様の商会となります」


 や……やっぱり。

 立ち上げたばかりで、一等地にこれだけ立派な建物を持つ商会などと言うのは、どう見ても高位貴族しかあり得ない。

 しかもコッフェルさんが関わっているとなると、一番可能性が高いのはコンフォード領の領主であり、コンフォード侯爵家当主であるドゥドルク様になる。


「……すみません、何か全速力で此処を立ち去りたい気分になったのですが」

「ええ、聞いていたお嬢さんの性格なら、そう言われるであろうと言う事は想像していました。

 まさか本当に肝心な事は、何も聞いてきていないとは流石に思いませんでしたが、お嬢さんにとって頭が痛いであろう話はこれからで」


 え……肝心な事?

 と言うか頭の痛い話って何ですか?

 できれば今すぐ帰りますので、その話は聞かなかったと言う事で。

 ……もう、この敷地に入った時点で、聞いていなかった事にするのは無理があり、文句は何でもかんでも人に投げつける元上司と、性格の悪い爺いに言えと。

 ドゥドルク様とコッフェルさん、親友同士で馬が合っているのはそう言う所が似通っているからだと思うのは、私の気のせいですかね?

 ……ああ、二人の被害者は皆さんそう思っていると。


「薄々はお気づきでしょうが、当商会の成り立ちとしましては、あの爺い、…失礼、コッフェル殿とお嬢さんが関わられた携帯(かまど)の魔導具を生産管理し、軍に卸すために作られた商会で、当初としてはそんな感じです」


 その説明に何となく納得。

 元々、携帯(かまど)の魔導具が軍事用と言う事は知っていたし、もし利便性が認められれば、コッフェルさんや私だけでは賄えない事は目に見えていた。

 だから魔導具としては出来るだけ簡素化し、多くの人間を巻き込んで製造できる事を前提に開発した物だから、商会に管理を任せる事は、ある程度は予想していた。

 ただ、新たに商会を作るとまでは、流石に思わなかったけど。


「……ん? 当初はですか?」

「ええ、当初はです」

「では今は違うと?

 …ああ、そう言えばテープの件もありましたね。少し無理を通されたとか」

「全てを否定する気はありませんが、なるべく服飾の方には便宜を図った次第です。

 物が軍用品への流用が可能な物だけに、向こうもあまり我は通せないでしょう。

 あまり我を通して、問題が起きた場合、責任は全て先方が取らねばならなくなりますからね。

 此方としては製法の機密管理を第一に、後は国外にテープが出回らなければ良いだけですので」


 大げさなと思いつつも、やはり滑り止め一つとっても、軍事力として影響が出る物なのだと思ってしまう。


「剣を振るった事はないのですが、そんなに違いますか?」

「私も剣を扱っていましたから分かりますが、剣、槍、弓、運搬力、全てに影響が出ます。

 一人一人の効果としては僅かではありますが、総合的に見たら馬鹿になりません」

「……そうですか、そんなに違いますか」

「ええ、力の入り方から、持久力まで影響します」

「そう言う事なら、革靴の中で履く靴下の底にもやると、踏ん張りが効く様になると思います」

「……本当に聞いていた通りの方ですね。

 商会の説明は後でも出来ますので、詳しい話を」


 忘れない内にと言う事ですね。テープがあれば実際に作りますが。

 ああ、すぐに持って来させると。

 ではその間に靴下を作ってしまいますね。

 ……いえ、ついでにより踏ん張りが効く形にしようかと。

 収納の魔法から、衣装用の帳面と麻布を取り出し、まず帳面に形を……すみません、型をとらせてください。ええ、帳面の上に足を置いてもらって結構ですので。

 私のではサイズに問題がありますし、あまり外で素足を出すのはよろしくないと教えられていますので。

 すみません無理を言います。

 あっ、できれば素足でおねがいします。



「……ゔっ、……足の裏は、毎日洗った方が宜しいかと」

「……失礼しました」

「此方こそ我が儘ばかりか、失礼な事を言いました」


 革靴は蒸れるから仕方ないとは言え、つい本音が出てしまったのはヨハンさんに申し訳ない。

 気を取り直して、形状変化の魔法で麻布を立体整形。

 形としては、少しだけ不格好だけど、試作なので問題はない。

 あくまで全体のイメージとして判ればいいし、細かいところは本職にお任せする。

 そもそも、布の様な繊維の形状変化は難易度がかなり高い。

 繊維の一本一本とまではいかなくても、それに近い細かい形状変化が求められ、正直、魔法石数個を同時製作した方が、よほど楽と言える程だったけど、……慣れたのかな。

 毎朝、無駄に長い髪をセットするのに使っていたら、今では少し集中すればいい程度で出来るようになっていた。

 あとは靴下の底面の一部分に、細かく長く切った滑り止めテープを波型に貼ってゆく。

 この時、あくまで滑り止めとして最小限の量に止める事が肝心。

 理由としては、靴下は手袋に比べて荷重が掛かるため、滑り止めの効果が高いと言うのもあるけど。

 あまり量が多いと蒸れてしまうし、ゴワゴワになりやすくなって履き心地が悪くなってしまう。


「麻手袋の時と同様に型を作れば、滑り止めを貼る作業は楽になると思います」

「随分と変わった形ですね。指が一本一本ですか?」

「履くのにコツがいるとは思いますが、足を手として考えてみてください。

 指一つ一つ分かれている手袋と、親指とそれ以外で分かれている手袋と、どちらが器用に扱え、しっかりと握れるか」

「なるほど道理ですな、…では失礼して」


 早速ヨハンさんが、滑り止め付きの指の分かれた靴下を四苦八苦しながら履いてみせる。

 俗に言う滑り止め付きの五本指靴下だけど、作るのと履くのに多少難があるが、踏ん張りやすさと言う点では、普通の靴下より優れている上に滑り止め付きなので、効果は高いはず。

 しかも足の指の間の汗も吸うので、匂い対策に多少は効果があるので、是非ともヨハンさんには気に入って欲しい。

 ええ……、匂いが凄かったですからね。


「なるほど、ただ歩くだけでも違いが分かりますな。

 これならば、靴の中で足がズレる事もないですから、より強い踏ん張りが効きますね」


 何度か部屋を往復してみたり、急に止まったりしてみせるヨハンさんを余所目に、私は手元の作業を進める。


「そちらは?」

「いえ、もし作られるのであれば、見本がいるでしょうから、その……なるべく未使用の方がよろしいかと思って」

「お心遣いありがとうございます。 ……此方の四角い物は?」

「……コッフェルさん用に作った物の余りで申し訳ないのですが、臭い消しの薬草が多く入った石鹸です。

 宜しかったら御試用下さい」


 ええ、コッフェルさんも一応気にしていたみたいなので、以前に作って贈りましたよ。

 なんやかんやと言って、使ってくれているし、ライラさんからも遠回しにお礼を言われたので、それなりに効果は高いと思います。


「重ね重ねお心遣いの程、ありがとうございます」

「すみません、此方も失礼な事ばかりで」


 放っておいても、誰も幸せになりませんからね。

 敢えて悪役になります。






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