138.あなたとの思い出は、とにかく美味しかったわ。
「いらっしゃーい。
ゆうちゃん、色々と聞いてるわよぉ〜」
十日ぶりぐらいに会うライラさんは相変わらず綺麗で、私に向けてくれる笑みは凄く嬉しいと感じてしまうのだけど……。
「それはそうと、色々ってなんですか?」
「色々は色々よ。
言うなれば、ゆうちゃんの活躍の類ってやつかな」
「凄く気になる言い方なんですが」
「うーん、全般的には良い事ばかりよ」
全般的でないのなら、良い事ではない事もあると言う事ですよね。
言われなくても、幾つかは身に覚えがあるので、それ以上は突っ込みませんが。
そう言えば、例の下着関係ですけど、何か変わった事はありませんでしたか?
いえ使い心地でなくて、お店の方とかの対応とかで。
はぁ、特に気がついた事はないと。
いえ、どうもコッフェルさんと言うか、関連の商会が無茶をやったみたいなので、気になって何か聞いていないかなぁと思いまして。
「大丈夫よ。
あの人自身は無茶苦茶だけど、そう言う事にかけては慎重で隙のない人だから。
逆に言うと身内と認識した以外の人達に関しては、言動はともかくとして、表向きには結果を残しているのよね」
「……ある意味、性質が悪いですね」
「そうなのよね。身内が幾らそれが事実であろうと悪口を言っても、社会的信用だけはあるから、此方の言う事は信用されないのよね」
本当に性質が悪い。
なのにある意味コッフェルさんらしいと思うと、納得できてしまうから余計に腹が立つ訳ですよね。
基本的には良い人なのは、間違い無いんですけどね。
言動がアレなだけで。
「「……はぁ」」
ええ、お互いに溜め息が出ます。
そう言う意味では、コッフェルさんに身内と判断されている事に、素直に喜んで良いのか、それとも嘆くべき事なのかは、少しだけ迷ってしまう。
「まぁあの爺いのアレなところは諦めるとして、お茶でも飲んでく?」
「ええ、できれば久しぶりに、ライラさんと話したいです。
たくさん話したい事もありますから」
「そう、私もゆうちゃんの話聞きたいかな」
と、その前に、本題を済ませておきましょう。
ええ、本だけに。
「……ゆうちゃん、今のはあんまりよ」
そう思うならスルーしてください。
なんなら、このまま持ち帰ります。
「冗談よ、冗談。
ゆうちゃんの本、多くの人が楽しみにしているんだから」
「残念、実は今日は全く違う種類の本です」
そう言って私が収納の魔法から取り出したのは、何時もの本よりも倍以上もある大きさの本。
一応、それでも本の大きさとしては、よくある大きさの部類。
冊数も、印刷である事を誤魔化すために、少なめにしてある。
「まずは、この最初の一冊はライラさんに受け取ってもらいたくて」
ライラさんに渡した一冊は、原書中の原書で、ぜひともライラさんに受け取ってもらいたい物。
そしてその中身は、ライラさんとの思い出の数々。
半年にも満たなかったけど、ライラさんとの楽しかった日々。
おそらく私の中で一生残るであろう日々の一部が、書き記された本。
それを書き記して、ライラさんに渡したかった。
「これって」
「ええ、ここで一緒に食べた料理のレシピの数々です」
少しだけそれ以外も入ってはいるけど、基本的には今言った通りのもの。
料理が少しだけ苦手なライラさんの力になれたらと、日々書き溜めていた物を整理した物です。
「あなたって子は」
「ああ、ライラさん、私、別に泣かせたいわけでは」
「いいのよ。こう言うのは。
もう、本当にこの子は、もう……」
カウンター越しに私を抱きしめ、涙声混じりに、私のお礼の言葉を言ってくるライラさんを、私もぎゅっと抱きしめる。
ライラさんと過ごした日々を抱きしめる様に。
滲む視界をよそに、ライラさんの温もりを感じながら、愛しき日々を抱きしめる。
だって、ライラさんの優しさがあったからこそ、私の今があるのだから。
「本当に、もしゆうちゃんが男だったら、惚れてたわよね」
「式を予定にしている人間の言葉じゃ無いですよ」
「いいのよ、もしもの話だし、あの人もゆうちゃんを相手に嫉妬なんてしないわよ。
むしろ嫉妬するぐらいなら、ゆうちゃんを超えてみなさいと嗾けてやるわ」
そんな事を言いながらも、きっとこの後で延々と惚気話が始まるんだろうなと、その事をこっそりと覚悟しておく。
「でも真面目な話、ゆうちゃんが男だったら、物凄い優良物件よね。
狩猟の腕はもちろん、魔導士で、魔導具師としても才能豊か、どう転んでも一生御飯に困る事はないわよね。
しかも家事も上手くて、面倒くさいと言いながらもこまめで気が利くし、子供も好きみたいだしね」
そう言えば、前世でも似た様な事を言われたなぁ。
結局は、隙がなさ過ぎてつまらない男、とか言われて散々だったけど。
他の男の所に走った彼女の言い訳を信じるなら、何でも自分より出来て、それがプレッシャーだったとか。
当時の私としては、彼女の期待に応えたかったのと、彼女の笑顔が見たかっただけの結果だっただけに、随分と落ち込んだ覚えがある。
「あの人も、もう少し気が利くと素直に甘えれるのに。
ゆうちゃんもそう思わない?」
結局、その後は文句を言いながらも、彼氏さんの惚気話が延々と続くのだけど、すいません、ライラさんの旦那様になる予定の人、未だに一度も見た事もないんですが。
ええ、紹介された事ないですよ。
いえいえ、無理に時間を作らなくてもいいですよ。
私としてはライラさんを幸せにしてくれる人なら、それだけで十分です。
えっ、だって、私の方が嫉妬してしまいそうですもの。
「もう、ゆうちゃん可愛い〜。
私がゆうちゃんをお嫁にもらいたいぐらいだわ」
「うぷっ ライラさん、胸が… 息が…」
ええ、ライラさんの凶悪な胸に鼻と口が塞がれて、意識が遠くなりかけます。
しっかりと固定されている分、両腕で固定されたら逃げ場がないです。
新しい下着のおかげで、肩こりが減ったと。
窒息しかけた身としては、返答し辛いのですが。
「でも真面目な話、彼、今忙しいみたいなのよ。
大口の注文が入っているらしく、夏に入る前には納めないといけないんですって」
「ふーん、大変なんですね」
「上手くいけば、もっと大口の契約になるらしいから、今が頑張りどきらしいわ」
「じゃあライラさん、ここは美味しい料理の差し入れでも」
「え〜〜、でも、あまり仕事の邪魔をするのもね」
「いえいえ、片手で摘まめる物で、日持ちする物なら喜ばれやすいですよ」
「なるほど、流石はゆうちゃん。
それでお勧めは?」
ここは良いお嫁さんである事を、アピールする絶好の機会とばかりに、本に書いたページをめくり、さらに口頭で簡単なアレンジポイントを伝える。
ええ、下手にオリジナル要素を入れるより、あくまで基本に則った料理の方が失敗はないです。
式を上げる前に、伝説は作りたくはないですよね?
冒険心は、一人の時だけか、結婚後にお二人の時だけにしておきましょう。
相手の家族を巻き込むのは悪手です。
「……ゆうちゃん、遠回しに私の料理の腕信じてないでしょ」
「いえいえ、信じているからこその助言です」
「……何気に酷いわね」




