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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
136/977

136.こう見えても優秀なんですよ。規格外な人がいるだけで。





 コンフォード侯爵家次期当主。

【ヨハネス・ウル・コンフォード】視点:




 親父が王都へと出立する前日の晩、ゆっくりと酒を酌み交わしながら話でもしたいと言うので、おそらく王都から帰ってきたら引退する件だろうと、喜んで秘蔵のツマミを用意させて部屋へと訪ねる。

 いよいよ俺の時代が来ると思えば、耳にタコが出来る程聞いた教訓だろうが、心構えであろうが、一晩中でも付き合えると言うもの。

 むろん、コンフォード侯爵家の当主として、やっていけるだけの自信もあるが、経験不足故に未熟な部分がある事も自覚しているし、これからも精進する必要がある事は確かだ。

 親父もそんな俺を支えるためだと、おそらく三、四年は、五月蝿い事を言うだろうが、親父の性格からして、本当に俺が貴族として、そして領主として足らない所を言うだけだろう。


 こんこん、こん。


「父上、私です」


 歳を感じさせない、しっかりとした声に招かれて入った親父の私室。

 部屋に用意されていたのは、ワインでも、それを蒸留した酒でもなく、芋を原料にした酒や、サトウキビを酒にした物。

 他にも小麦や大麦や雑考で作った酒など、おおよそ貴族では縁のない酒ばかり。

 貴族の中では下賤の酒と云われているの物だが、いやいや中々どうしてイケる酒が世の中にはある。

 確かに多くの酒は酔うだけのための、喉が焼ける酒とは呼べないような物や、水で薄めた味気ない酒が殆どだが、中には目の前にあるように、癖はあるが旨味に満ちた物もある。


「どうしたんですか父上、どれもこれも父上が大切にしている酒ばかりじゃないですか」

「なに、ゆっくりと話したいからと言うのは建前で、もっと凄い酒を手に入れたからな、少しばかり息子と飲むために放出しても良いと思ってな」

「ちなみにその酒は?」

「より完成度を高めるために寝かせてあるが、命が惜しくば手を出すなよ」

「はははっ、父上、冗談がきついですよ」


 俺は知っている、父上のこの言葉が決して冗談ではない事を。

 おそらく俺が本当に、父上のその秘蔵中の秘蔵の酒に手をつければ、剣を抜きかねないと言う事を。

 なぜ分かるかと言うと、おそらく俺も息子に同じ事をする自信があるからだとだけ。

 それにしても、幾らなんでも良い酒を用意しすぎではないだろうか。

 もしや当主の座を、まだ譲る気がなくなったとか言わないだろうな?


「まずはコイツで、最初の一杯で乾杯だ」

「いきなり良いのを持ってきましたね」

「祝いだからな。今日はコイツらを一通り飲ませてやる」

「明日は二日酔い確定ですね」

「修行が足らんわ」


 ここにある酒は、どれもこれも旨いが、同時に酒としてのクセも強いため、種類を重ねるほど悪酔しやすいと言う欠点がある。

 翌朝は最悪だが、飲んでいる時はそれが心地良いから、余計に性質(たち)が悪いと思うが、自然と止めようと思わないのが不思議であり、これらの酒の魅力であろう。

 とくとくと注がれたのは、この中で唯一ある上等の酒であり、赤い色の粘度の高い酒。

 庶民の酒の代表格の一つである蜂蜜酒ではあるが、コイツはその中でも特別な蜂蜜酒。

 魔物の一種である魔虫である紅皇蜂の蜜から作る蜂蜜酒で、魔物の領域近くに住む猟師だけが、巣立ちした後の巣に残った蜂蜜を採る事ができるらしい。


「では何に乾杯しますか?」

「秋祭り後の儂の引退と新当主にだ」


 キンッ。


 厄払いの意味を込めてグラスを打ち鳴らし飲んだ酒は、香り豊かで飲みやすいが、後から襲い来る普通の蜂蜜酒ではあり得ない、強い酒度特有の感覚がたまらない。

 なにより、親父が当主を譲る事を惜しんでいる、という事でない事が余計にそう思わせる。

 その後どれだけ旨い酒を酌み交わしただろう。

 親父とは雑談から領主としての心得や教訓、他にも気をつけるべき人物や組織、そして幾つもの口伝。

 その事に、ああ……親父は本当にもう引退する気なのだと、少しばかり寂しく思える。

 まぁ、幾つか気になる物もあったが大勢に影響はないし、そう言う物だと言えばそういう物なのだろうと納得できるものばかりだ。

 ただ驚いたのが……。


「儂が引退したら基本的には口は出さん、自分で何とかしろ」

「本気ですか?

 正直、二、三年は引き継ぎとして父上の助言と力は必要なのですが」

「ふん、相談には乗ってやるが、そのつもりでいろって事だ。

 その代わり、俺は商売の方に精を出す。

 楽隠居なんぞやっていたら、口を出したくなるからな。

 お前もその方が気楽で良いだろう」


 ええ、その通りです。

 とは流石に口にしはしないが、必要な時は助言と力を貸してくれるのであれば、これほどの好条件はない。

 代わりに、父の商売の邪魔は一切しない。

 当主としての力が必要な時は、力を貸す事など約束させられたが、それくらいで済むなら、幾らでも力を貸すし、父上の商売の邪魔になるものは全力で排除もいたしましょう。

 それで父上の商売というのは? ……ああ、最近作られた商会の。

 既にある商会をより大きくするよりも、立ち上げたばかりだからこそ面白いと、なるほど実に父上らしい。

 私もその辺りは本気で見習いたいものです。

 ああ、それで父上が王都に行っている間、商会の出資者の一人をそれとなく見守っていて欲しいと。

 他にも人手がいるだろうから、何人か人を借りておきたいという事ですね。

 指揮をする者は別にいるから、気を利かせて余計な事はしなくても良いからと。

 それで、その人物と言うのは……。


「父上、一つ尋ねますが、まさか腹違いの妹だとか言いませんよね?」

「おまえな、そんな空恐ろしい事を屋敷の中で口にするな。

 もし妻達の耳に入ったら、儂がどうなると思っている」

「失礼しました。

 ですがまだ子供で、家名がない身で、将来の楽しみな見目美しい少女が、父上が立ち上げられた商会の出資者に名を連ねており、更に人知れず見守れと言われれば、そう勘ぐってもおかしくはないのでは?」

「儂も同じような事を言って殴られそうになったぞ」


 親父が嘘を言っていないのだとしたら、親父を平気で殴りそうな人物というと限られている。

 そしてあの商会が取り扱おうとしている物を考えると、コッフェル老師の関係者か。

 もしかすると老師の子とも考えられるな。

 頑固で偏屈な老人だが、俺が若い頃に散々世話になったし、時には命も助けられているし、相談をすれば口は悪くても親身に乗ってくださる。

 今でこそ現場を退いた身だが、短い間とは言え魔法使いにまでになった魔導士であり魔導具師。

 そして俺の人生の師の一人でもある。

 最も向こうは俺の事など弟子ではなく、親友の息子を少しばかり面倒を見てやったぐらいにしか思ってはいないみたいだけどな。

 ふむ、ならば恩と借りを返すつもりでいるべきだろう。

 親父もそのつもりで商会の出資者に名を入れたのだろうし、おそらく老子が亡くなった後の事を考えての事だろう。

 そうなると、親父が本当の意味で隠居した後、その辺りを引き継げとか言われそうだが、実は腹違いの妹がいたと言われる事を思えば、なんら問題はない。

 少なくとも親父がハッキリと否定した以上、そのように扱える。


「本当は籍を用意するのが一番手っ取り早いのだが」

「……父上、本当に身に覚えはないんでしょうね?」

「当たり前だ、何度も同じ事を言わすな」


 どうやら、既にその手は老師に悪手だと言われたらしい。

 流石にどうかと思ったが、確かに此処までするのなら、籍を用意するのが一番手っ取り早いだろう。

 なかなか決断できる事ではないが、その辺りをあっさりと決断出来るとは流石は親父だと思える。

 そして、それだけの価値がその少女にあるのだろうと。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 親父がヴォルフィード家の次男達と共に王都に出立した後、念のため問題の少女について部下に調べさせた。

 親父と約束した手前、親父の商会はもちろんのこと、あまり強行には調べれなかったが、当たり障り程度の事は調べれたようだ、……懸念していた親父との血縁関係は、残念ながら不明。

 どうやら、どこかの貴族落ちらしいが、家名すら分からぬのでは、すぐに調べられるものではない。

 学習院に入る際に保証人となった書籍ギルドなら、おそらく掴んでいるだろうが、彼処は下手に手を出すと、彼処を利用している貴族達に睨まれるからな。

 この程度の事で手を出して睨まれては割りが合わん。

 かと言って老子本人に聞くのも憚れる。

 白髪、赤目、白すぎる肌という分かり易すぎる特徴を持つ色なし(アルビノ)なら、名前だけでも調べられないかと思ったが、残念ながら領内や、その周囲の領内で該当する者は今の所いなかった。

 一応は継続して調べさせてはいるが、それには時間がかかる。


「学習院の方も、あまり参考にはならなかったしな」


 報告では、アレだけの外見的特徴を持っていながら、捻た所はなく性格は温厚。

 学習院側の評価としては微妙とは言える。

 座学の方面は問題はなく、多少引っかかる所はあるものの、他者より抜きん出ている位には優秀。

 その反面、実技に関しては散々で、魔導師ではあるらしいが、魔法の実技教官からの評価は問題外とされ。

 体術の教官からは、体力筋力共に幼児並とまではいかなくても、かなり厳しいらしく、担当教官の目標は、せめて年相応の体力を付けさせる事らしい。

 他にも、先日まで学習院に居たヴォルフィード家の次男と、噂になったようだが真偽は不明と、……年齢的には近いためない話ではないが、身分的には有り得ないから、遊びと見るべきだが、仮にも公爵家の次男が噂になるような下手を打つとは思いにくいな。

 おそらく単純に気に入った顔見知り、と言ったところだろう。


「ただ気になるのが、コッチだな」


 街でよく出入りしている店や、街の出入口の門兵の記録には、かなり腕利きの猟師であるらしい。

 学習院の評価通り頭は良い様なので、罠の仕掛け方が巧いと見るべきなのだろう。

 ここ一年、例年になく多くの量が出回ったペンペン鳥や白角兎(ホワイト・ラビット) の大半は、どうやら彼女が持ち込んだ物らしいとの事。

 コンフォード領次期当主の俺でさえ、年に数度食べれるかどうかの白角兎が、今年は二桁も食べれたのは、彼女のおかげかもしれないと思うと、礼の言葉も言いたくもなる。

 それくらい白角兎は、至高の肉だからな。


「そうなると、やはり老子関連と判断すべきか」


 あの歳で、魔導具師と言う話もチラホラ出ているが、アレは年老いてか、負傷によって戦う力を失くした者が成るものであり、卓越した魔力操作ができなければ、成れるものでは無い。

 私も老子に憬れて夢見た時もあったが、次期当主という立場もある故に齧っただけだが、それだけに、まだ子供と言える少女が魔導具師である訳がない事は分かる。


「そう言えば娘達が、珍しく親父の持つ魔導具をねだっていたな」


 時が過ぎ去ったのを知らせる魔導具。

 確かに便利そうで俺も欲しいと思ったが、あの意匠は娘達には良いが、流石に俺が使うには恥ずかしすぎる。

 親父は気にしていない様だし、王都から戻ってきたら、代わりが手に入るから、その時まで待つように娘達を説き伏せていたので、その時に俺のも親父に頼んでおくとするか。

 無論、執務室に合う様な意匠の物をな。






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